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フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
頤使少女と融和

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そして晴らす。


「ご安心下さい。王族名義でお断りと代案の騎士派遣が理事長元へもう届いている頃ですから」


にこやかな笑顔で返すステイルに、カラムも下げた頭が上がらない。

打ち合わせ時点からそれがカラムからの強い希望でもあった。講師としての仕事もやりがいはあり良い教師達ばかりだと思うが、あくまで本分は騎士。更には、プライドと半日行動を共にする近衛騎士でもある。

プライドからもカラムが望むならば近衛騎士形態に取り計らうことも鑑みたが、やはり彼には近衛で合って欲しいという気持ちが強い。そしてカラムもそれは同じだった。

ジルベール、そしてプライドからの意思確認に迷うことなく正式な断りをと望む中、まさかの自分の行動で王族の手間を増やしてしまったことはカラムにとって申しわけなさと羞恥が強かった。


「勿論カラム隊長が撤回したいのならば計らいますが」とステイルが悪戯にわざと掘り返せば、次の瞬間にはアーサーがその後頭部を軽く叩いた。

パシッ!と跳ねたような音の直後にステイルが髪を押さえてアーサーを睨むが、言葉にせずとも冷ややかな相棒の眼差しが「からかうンじゃねぇよ」と言っているのがはっきりとわかった。

むっと口を結び、カラムから放たれる謝罪を「冗談です」と途中で遮る。


「姉君も僕らも優秀な近衛騎士を手放しません」

少しむくれ気味の声で切られ、カラムも頭を上げればさっきまで無表情に近かったステイルが今は眉間に皺を寄せながらグラスを一口分傾けていた。

カラムへ面倒を増やされたことに機嫌を傾けているようにも見えるが、隣のアーサーがニヤリと機嫌良さそうに笑っているのと並べればそうではないことはすぐにわかった。ありがとうございます、ともう一度だけ頭を下げて感謝を伝えるカラムに、やっとステイルも機嫌を直した笑みで応えた。


調子を少し取り戻したカラムに、今度はアランが肩に腕を回し「お前は好かれそうって言ったろ?」と笑い掛ける。すかさず「それは生徒にという話だっただろう」と前髪を指先で払って言い返すカラムもそこで大分顔色が戻った。

明るい話題に少し空気が軽くなったところで、ステイルも感化されるように肩の力を抜けた。遠い目をしながらも自然と「そういえば」と口が開き出す。先ほどからずっと自分が悶々と思考を続けていたことである。


「トーマスさんが突然ライアーの記憶を取り戻したのは驚きました……」


ステイルの吐露したその言葉に、アランは目を合わせずともカラムへ回す腕へ僅かに力がこもった。

すかさずアーサーが「レイに会えたからじゃねぇのか?」と掛けたが、それだけで納得できるステイルではなかった。眼鏡の黒縁へ指を添えながらその奥の眼差しが僅かに鋭くなる。

ただ、突然思い出したと聞いただけならばステイルもそこまで深くは考えなかった。しかし、その晩に起きた出来事を思い返せば無関係とは思えない。

確かに不思議ですね、とエリックも相づちを打てばあくまで知らない振りをするアランとカラムも応じるが、胸の底だけはピンと張り詰めた。あくまで自然体で、口を噤み過ぎずいつも通りに振る舞った上で本気でしらばっくれなければ国一番の天才と名高い第二王子を欺くことはできないと考える。

そういうことあるのか?私も実際に見たことはないがと調子を合わせる二人は



アーサーに一目で見抜かれていた。



「…………」

やっぱ、プライド様不在に何かあったのかな。と、小さく思いながら蒼い瞳が先輩の見事な取り繕いを見通した。

アーサーもステイルが寧ろそっちのことで頭を悩ませていることはわかっている。しかし、ステイルと違いそこまでアーサーは深刻には捉えていなかった。

王族でもない自分が知れない部分があるのは当然なのだから。

プライドが単身で城を出たと聞けばそれなりに焦燥や疑問も浮かんだが、信頼できる先輩騎士が付いていてくれた以上不安もない。プライドのことを知れないのは歯痒いが、今はそれよりも隣で頭を休みなく回し続けているステイルを言葉代わりに肘で小さく突いた。

違和感がある、とその合図だけで伝えられたステイルは騎士達に気取られないように口の中を飲み込んだ。

やはり何かあったのか、と確信に近く思いながら思考の九割を更に巡らせる。


……何故俺まで置いて行かれた?


プライドの不在中、その夜にライアーが記憶を取り戻した。

偶然ではないとすれば、ステイルの最大の疑問と不満点はそこである。

最も怪しいと見当がつくのはと考えれば、最後にプライドの部屋へ残ったジルベールを思い出す。別段珍しいことでもないが、あのジルベールならばそれだけでも充分に関わっている可能性に繋がってしまう。

ライアーが記憶を取り戻したのが何らかの特殊能力者の手によるものであれば、数年前まで特殊能力者の情報を探し漁っていたジルベールがその人脈を持っていてもおかしくない。そして彼がその情報を持っていれば、プライドの為にも提案するだろうと思う。しかし、ならば何故そこで自分が外されたのかについては納得できない。


自分はプライドの補佐だ。そして宰相であるジルベールもそのことはわかっている。

そこで自分の目を盗んでプライドと暗躍したというならば、いっそ嫌がらせかとも思うがジルベールがそういう類いの嫌がらせを自分にしてくるとは思えない。

仄めかしてからかうなら未だしも、なにも言わず除け者にして影で嘲笑うのはステイルの知る彼とは違う。だとすれば、自分に言わなかったのはジルベールの個人的な意思ではなくそうせざるを得なかった理由がある。

近衛騎士だけでなくプライドにも口を噤ませる、それ以上の理由という〝存在〟が。


……順当に考えれば父上か母上。ヴェスト叔父様……先代王族のお祖母様方もしくはその関係者といったところか。


ジルベールやプライドに命じられる立場、もしくは口を噤ませられる人間など一握りしかいない。

養子として血が繋がっていない自分なら未だしも、ティアラまで教えて貰えないのはそうでもないと納得できない。〝極秘〟という意味であれば、ジルベールの過去の来歴を考えれば相手が犯罪者や裏稼業の人間だった為に表沙汰にできない可能性もある。

しかし、やはりそれなら自分に隠す必要はなくなる。ティアラは未だしも自分とアーサーはプライドと同様に、ジルベールの過去もよくわかっているのだから、と。

優秀な頭脳を順調に可能性を絞っていくステイルだが、それもここまでが想像の限界だった。

ヴェストを始め、先代摂政や王族関係者全員の特殊能力まではステイルも把握していない。その中の誰かが特殊能力者でも、その誰かの親族が特殊能力者でもステイルに知る術はない。

唯一王族で共通して民も誰もが知る特殊能力は王の証である予知能力だけである。また、権力者でなくてもジルベールとプライドの交渉相手であれば〝徹底秘密主義〟という可能性も捨てきれない。


ジルベールであれば特殊能力を隠し抜いている人物の情報までも掴んでいてもおかしくない。

例えば国内の貴族でも特殊能力を掲げる者もあれば生涯隠し通す者もいる。特に記憶関連の特殊能力などという〝始末が悪い〟特殊能力であれば敢えて隠すのも当然である。記憶操作か、洗脳や脳に働きかける類か、催眠か、ファーナム兄弟のような記憶を引き出すような能力か。考えればきりがない。盤上以外でのかけひきや水面下での工作をも必要とされる貴族社会では特にそういった能力を隠蔽する。

もしくは人身売買に狙われることを恐れて特殊能力者であることを隠している庶民の可能性もある。特殊能力者に関してジルベールの情報網は幅広い。


思考を回せば回すほど可能性が狭まったと思えば膨大に広がっていく。

ひたすら憶測を上げるだけ上げ続ければいっそ厳格秘密主義な何所ぞの貴族にプライドがジルベールと共に交渉したのではないかとまで考えてしまう。相手がプライドを慕う数多の内の一人かその関係者でもあれば、下手すれば引き替えに婚約者候補に自分もしくは身内入れて欲しいと交換条件を出してもおかしくない。

その場合、あのプライドでは頷きかねない。レイとライアーという民の為ならばと頷く姿が想像できてしまう。

妄想にも近いと自分でも理解しながらも、〝婚姻〟ならまだしも〝婚約者候補〟くらいならと彼女は承知しそうだと思考が跳んでいけば無意識に眼鏡の奥が鋭く釣り上がった。

民の為に身を砕く彼女の優しさにつけ込んでそんな条件を突きつける輩がいればと、居もしない敵へとふつふつと黒い覇気を滾らせれば周囲にいる近衛騎士達も触発されて身構えかけた。


目の前で殺気にも似た気配を放つステイルを宥めるべく、半分以上減ったグラスにアランが酒を注ごうと歩み寄る。

しかし、思考の一割は視界に向いているステイルは「お気遣いなく」と目も向けずに声だけで断った。無表情に目の色と覇気だけを変えていくステイルに今度はエリックとカラムが水差しと新しいグラスを手に取り歩みよるが、それもステイルは



─ ガンッ。



……目の前へ乱暴に叩き置かれたジョッキに、ステイルは思わず目を丸くする。

いつの間にかなみなみと注がれていたそのジョッキは、表面が波立ちポチャリとテーブルに三滴零れた。その様子を瞼を無くした目で見届けてから顔ごと視線を上げれば、思った通りのアーサーだった。

第一王子である自分に無言で酒を叩きつけてくる人間など彼しか思い当たらない。

ステイルの眼前にジョッキを置いた後は、自分の分のジョッキにもジャバジャバと酒を注ぐアーサーは無言だった。ジョッキの縁ぎりぎりまで注ぎ終えれば、間髪入れず仰ぎ出す。

グビッグビッ、と喉を鳴らせばステイルも一度眉間を狭めた後にグラスから目の前のジョッキを手に取った。

アーサーからの挑戦状にも窘めにも思えた無言の圧に押されるように勢いよく顎ごと傾ける。

ぐいーっとアーサーより細い喉で飲み込み続けたが、やはり飲みきるのは圧倒的にアーサーの方が早かった。ガンッ、と天井を仰ぐステイルにもわかるようにジョッキをテーブルに着地させた後も、ステイルは変わらずジョッキを仰ぎ続けた。

あっという間に黒い覇気も消失させて酒をかっ喰らうステイルに、アラン達も半笑いしたまま呆気をとられてしまう。


ステイルも、アランとカラムをいくら問い詰めたところで彼らが言えないことも、そしてプライドやジルベールが言えないということはそれだけの理由があるのだと既にわかっている。

更には、寸前の妄想のような悪条件をプライドが突きつけられれば絶対にジルベールが黙っていない筈だということも。

いくら優秀な頭脳で考えようとどうしようもないこともあるのだと知っている。だがそれでもどうしても気になっては勘ぐってしまう自分にも苛立った。


アーサーからの酒の誘いに、ヤケを当てつけるようにジョッキを仰げばその場しのぎではあるが気は落ち着く。

十数秒遅れてからやっと追うようにジョッキをテーブルへ叩きつければ、ぷはっと声が出た。勢い余って口元についた酒を拭うように手の甲で擦れば、アランから応戦するように「言い飲みっぷりですね!」と明るい声をかけられた。

続いて肩に肘を置いてくるアーサーから「ジョッキでも飲めンだな」と楽しげに笑い掛けられば、やっと気も和らいだ。

代わりにうっすら足下に浮遊感を感じたが、すかさずエリックとカラムからグラスの水を差し出されれば今度は素直に受け取った。

二杯三杯と水で身体の急激な火照りを冷ます。アーサーの特殊能力で病に近い体調不良は治せても酔いは別である。社交の場で酒には慣れているステイルだが、ジョッキで一気飲みなどには慣れていない。

クセになってはいけない飲み方だなとぼんやり思考が逸れたところで、自然と息が深くなった。部屋に訪れた時より落ち着いた様子のステイルに、カラムからも「何にせよ、ライアーが記憶を取り戻したことは喜ばしいことだと思います」とゆっくり呼びかけた。


「これもプライド様とステイル様が尽力して下さった結果だと思います。彼らにとって望む再会になったことは私も幸いに思います」

「自分もそう思います。市場で会った時も、……まぁ揉め事に巻き込まれてはいましたけれど。それでもレイとの再会を後悔しているようには思えませんでした」

「もめ事っつってもアンカーソンごと金もなくなったってわかればその内それもなくなるでしょうし!自分も一度ライアーの方にも会ってみたいですよ!」

エリックに続いたアランの言葉に、カラムは冷静に「奪還戦で遭遇しているだろう」と訂正する。

実際は記憶を取り戻した後も会っているアランだからこそのしらばっくれだが、言い過ぎだと心の中で思う。しかし「でもあれだと洗脳された後だろ?」とアランも動じない。

「そういえばその時のことは記憶にあるんですかね」「覚えてるもんなンすか⁈」「覚えていない方が良い」と続くエリックとアーサー、カラムとの言葉に自然と流れた。


「…………そろそろ、僕は失礼します。明日はまた忙しくなるので、皆さんもどうぞ宜しくお願いします」


わいわいと穏やかな会話が続く近衛騎士の会話にステイルもやっと内側の波風が薙いだ。

水差しの中身を半分減らしたまま、にこやかな笑みで彼らに笑い掛ける。

ステイルからの挨拶に、彼らは身体ごと正面に向き直った。宜しくお願いします、と三人分の声を合わせながら彼へ礼をした。

皆さんも無理はされないように、ゆっくり身を休めて下さいと、平然とした口ぶりで表面には出さないがその実一番この場で無茶な飲み方を相棒に誘われるままにしてしまった彼が言う。

明日は自分達より遥かに忙しい筈なのに無茶させたかなとアーサーも少しだけ申し訳なく思いながら心配そうに口を結んで見返すが、それにステイルは敢えての悪い笑みだけで返した。



「明日はセドリックの誕生日ですから」



それではと。そう言って気張らしを終えた王子は瞬間移動で去っていった。


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