表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
頤使少女と融和

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

543/1000

Ⅱ350.騎士達は確認し合い、


コンコン。


夕暮れ時が過ぎた頃、その扉へノックが鳴らされた。

直後には伸びた声と共に忙しない足音が扉を開けるべく近付いた。古びているにも関わらず、妙にドアノブ部分がしっかりとしていたその扉が内側から開かれた。

尖らせた目を、自分達の存在に丸くした少年へ彼らは姿勢を正して書状を差し出した。


「ネイト・フランクリン殿で宜しいでしょうか。我が国の第一王子、レオン殿下より書状と代金のお届けです」


ご両親はいらっしゃいますでしょうか、と。

フリージアではない騎士二人の訪問と手渡された書状にネイトは小さな背をピンと伸ばした。



……



「そうですか、今日も進展は……」


カラムから報告を受けたステイルの声は、別の理由で沈んでいた。

学校を終えた深夜、アランの部屋に集まっていたステイル達は各々にジョッキやグラスを片手にあったものの、空気は僅かに重かい。合流してからいつものように報告をし合っていた彼らだが、その間もステイルだけが視線が低かった。

彼らの話を耳に通しながらも、頭の半分近くはまた別のことを考えてしまう。重々しい雰囲気を纏うステイルにカラムからそちらの進捗はと尋ねてみれば、答えは「今日も予知の人物は見つかりませんでした」の一言だけだった。

他にも報告できる話題は多かったが、今のステイルが最初に言えたのはそれだけだ。


三限の後、講師であるカラムと共に再び特別教室へ訪れてみたプライド達だがやはり見つからなかった。

もともと他のクラスと違い、中等部の全学年が統合されている特別教室は前回と同じ時間帯に確認しても面面は殆ど変わらない。城から貴族落ちを命じられた問題児が一人、一般の三年教室へ消えただけである。


「もう二巡目も三限後には全学級確認できました。残すは一限前の時間帯での二年と三年、そして特別教室だけです」

最近一限前は色々と慌ただしかったですから、と付け加えながらステイルの言葉は淡々とする。

朝は一年以外の教室が残っているといえばまだ残りは多くも思えるが、実際は三限後に一度は全員確認している。更には二年と三年の教室では一限前に一度は確認している教室もある。ここでプライドの話す予知した人物が見つかる可能性は極めて希薄だった。一限前の方が遥かに生徒が不揃いの場合が多いのだから。


「まぁ今も転入生は順次受け入れていますし、その中に今後……という可能性もありますが」

特待生、奨学生の噂や授業内容の充実。そして不良生徒の退学処分の徹底等により噂が噂を呼び少しずつ生徒希望者は増している。

レイの暴走により一時的に去った生徒も、その指示者の処分が下されたことと裏稼業等の不良生徒の退学処分を下されたことが広まれば、戻ってくることもあり得る。ディオスのように途中入学者も未だ受け入れ状態の今は、中等部にも生徒は増え続けていく見通しである。その中にプライドの予知した人物が現れることも充分あり得る。……ただし。


「残り一週間を切りましたからね……。もし最終日まで見つけられなかった場合どうされるかは……?」

言葉を選ぶエリックが、口を噤むステイルに慎重に問い掛ける。

女王ローザにより与えられた期限の一ヶ月。

その期限はそこまで来ていた。真実を知るプライドにとっては目的の内三ルートまでは救えたが、彼らにとっては志半ばだ。得られた情報は、プライドの予知をした人物が現在の中等部年齢に相応する生徒ということだけである。第一優先事項はプライド達の安全だが、当然それだけで満足する彼らではない。

エリックの投げかけにステイルは低い声で一言返すと、ゆっくりと今日のジルベールとの打ち合わせで決まったことを話し出した。その場に居たカラムとアランへも確認を込めて全員に向け言葉にする。


現中等部生徒に相当するということは確認できた今、もしこのまま見つからなければ今後は定期的な〝面接〟で確認ということで決議された。

中等部に絞り月ごとに転入生へプライド自ら学校訪問を行う形式である。元々期間を限定しての潜入視察をこれ以上延ばすことは許されない。ひと月後にはまた学校見学も増え、貴族も入れ替わりが進んでいく。


「長引けば各負担も大きくなり、綻びも生じやすくなりますから。騎士団には慌ただしい中申しわけないと思っています。僕とジルベール、そして姉君も皆さんには感謝しています」

そう言って一人一人へ目を合わせれば、順にエリック達がその場で「とんでもありません」と言葉と共に頭を下げた。彼ら騎士にとってはどれも当然のことだ。

最後にアーサーにだけは横目で合わせたステイルは、数拍長く無言を通してから目を離す。近衛騎士だけでなく、隣に座る相棒にも感謝という意味では間違いない。

ステイルからの合図にアーサーも頭を下げるではなくポンと軽く背中を叩いて応えた。


「そォいえばカラム隊長は、教師の方々とかどうでしたか?レイが特別教室から移る手続きで職員室とかって聞きましたけど」

まだいつもより覇気のないステイルへ切り替えるようにアーサーがカラムへ問い掛ける。

口こそしっかりと考えて動いてみえるステイルだが、アーサーの目から見れば心ここにあらずの部分が大きい。カラムからの言葉にも考え過ぎで無表情になっているステイルに、今は放っておくと決める。もし会話に参加したくなければ最初から瞬間移動でわざわざここに訪れるわけがない。

落ち込んでいるとは違う彼の様子に、今は第一王子へ気遣う先輩達への配慮を優先させた。アーサーの気楽な口調の投げかけにカラムもすぐに応じ頷いた。


「確かに、今朝から教師は戸惑いが大きかったな。昨日の内に通達は来ていたそうだがそれでもかなり騒然としていた」

しかも相手は元学園理事長子息であり、自分達を裏から指示し苦労を増やしていた張本人である。

流石に教師の中にも快く思わない人間もいた。レイの所為で罪も無い下級層生徒が何人も学校を一度は去ってしまったのだから。

しかし城からの通達でレイを一般生徒として更生を任された以上、その決定に文句を言えるわけもない。目の敵とは言わずとも、心の底から親身に関われる教師は少なかったというのがカラムの目から見た現状だった。

さらには今は貴族の称号を剥奪状態とはいえ、下級貴族ではあるレイに教師として上目線に関わるのも教師それぞれに緊張が張り詰めていた。

貴族ではなくあくまで一般生徒として扱う以上、敬語も使わず語りかけるのは当然である。教師の中には貴族相手に勉学指導経験者も大勢いたが、余程親しくでもない限り言葉遣いは整えるのが通常である。

それをつい数日前まで侯爵家だった彼に庶民と同じ扱いをすぐに切り替えろというのは難題だった。


「だが、今の理事長が方針もしっかり決めて下さっていた。「あくまで教師として特別扱いせずに見守ることを優先すれば良い」と、教師もそれには異議もなかった」

特殊能力こそ危険なレイだが、表向きは単なる権力行使者である。

そして城から命じられたのは〝更生〟とはいえ、あくまで一般生徒として扱い問題行動を起こせば即刻評価と城へ報告すること。教師が付ききりで指導する必要はない。

あくまで他生徒と同じように学び、授業の中で更生したことを示していくのは本人の役目である。上層部もそれ以上を教師や学校に求めていない。

実験的な裁判結果を下した女王ローザにとっても、大事なのは今後のレイ本人の動向だ。与えられた機会を捨てるか、それともやり直すか。教師は見守り監視するだけである。

カラムの話にグラスを傾け始めるアラン達もそれぞれ頷いた。もしそこでレイが特殊能力の暴走などで問題を起こせば、その時に彼を止めるのは衛兵か彼ら騎士団の仕事だ。


「……ただ」

ハァ……、とそこでカラムは初めて重く息を吐いた。

がくんと垂れた首に、隣に並ぶアランが続きを言われる前におかしげに笑った。

言葉を濁すカラムにエリックとアーサーが首を傾げる中、意識の三分の一はしっかりその場に留めているステイルの口元が僅かに緩む。帰城後、ジルベールとの打ち合わせでの話題はアランとステイルも知っている。

カラムも思わず零してしまったものの、それ以上を自分から言うのは少しだけ躊躇った。ハハハッとアランが陽気に笑いながら彼の背中をバンバン叩く。項垂れたカラムの赤毛混じりの髪に、その拍子でぴしゃりと握っていたジョッキの中身が跳ねた。

どうしました?何かあったんですか?とアーサーとエリックが尋ねれば、カラムの代わりにステイルが疑問に答えた。


「無理もないと思います。……カラム隊長に、引き続き講師として残って欲しいと希望が寄せられるのも」


マジっすか?!と、次の瞬間にはアーサーが声を張り上げた。

レイの更生に努める為にもと、学校側から唯一の希望として城へ寄せられた書簡だった。

ステイルとアーサーの追撃に項垂れたまま頭が痛そうにジョッキとは反対の手で額を押さえるカラムは、ジルベールの打ち合わせ時と同じ声色で「申し訳ありません……」と謝罪を重ねた。

表向きは騎士の特別講師として学校に訪れているカラムだが、当初からひと月と決められていた。その後は別の教師が選択授業を担うことになる。騎士が校内にいることの利点と、カラムにより選択授業が好評であることも手伝い上層部でも騎士団から交代制で一人派遣させるのも視野に入れられていた。

しかし、学校側が指名したのは〝騎士〟ではなく〝カラム〟である。


「教師達からしてもカラム隊長の空ける穴は大きいのでしょう。短期間でそれだけ信頼を得たカラム隊長を僕達も誇らしく思いますよ」

「いえ……‼︎私が講師として引き継ぎに不安を持たせてしまった責任です。本当に、まさか理事長自ら城に嘆願書まで出すとは思っていませんでした……」

「いや単純にお前が好かれてんだって。学校でも教師達にすっげー詰め寄られたんだろ?」

残ってくれって。そう言いながらアランはテーブルに額をぶつけるほと低くなるカラムの背中をまた叩く。

実際は引き継ぎの問題ではないことを、カラム本人だけでなくステイルを含むこの場にいる全員が理解する。元々教師から支持が高かったカラムだが、今では学園理事長からもその信頼は厚いという現状だった。

この一ヶ月で教師や学校の為に助力してくれた彼が残り一週間足らずでいなくなってしまうことは、教師にとっては心細いどころの問題ではない。追撃のようにレイのクラス替えを命じられた教師達にとって、ここで頼れる騎士が不在になることを不安に思わないわけがなかった。


以前から理事長を含めた教師達自ら是非残って欲しいと何度か言われていたカラムだが、「ありがたいお言葉ですが、私の一存では」と断っていた。

しかし、今回のレイの件を受け、とうとう城への報告書に加えて理事長自らペンを振るった。

ジルベールへと届けられた報告書に同封された嘆願書には事細かにカラムの功績が書き綴られていた。

プライドとステイル、アランの目の前でジルベールの手により明らかにされてしまったカラムは赤面を隠せなかった。内容全てがプライドの目には熱烈なファンレターにしか映らなかったほどである。最後には、正式にカラムの講師継続もしくは延長、せめて定期的に講習をと望まれたことにカラムの口からは謝罪しか出なかった。理事長もまさかカラム本人に読まれるとは思っていなかった故の事故である。


流石です‼︎とアーサーが声を上げると同時に尊敬に目を輝かせる中、エリックも気持ちとしてはこの場で拍手をしたいほどに改めて畏敬の念を抱く。

しかし、目の前で耳まで赤くするカラムにそれを形にしてもただ彼を追い立てるだけだということも理解し笑みだけで口を噤んだ。


「ご安心下さい。王族名義でお断りと代案の騎士派遣が理事長元へもう届いている頃ですから」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ