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フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
頤使少女と融和

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Ⅱ346.嘘吐き男は騙した。


「きっっれいな顔はしてんだよなぁ〜〜……」


はぁぁぁぁぁ……と息を吐きながら、目の前で寝息を立てるガキの髪を掻き上げる。

伸び切った翡翠髪に隠された顔の内半分は溶けてデロドロになっちゃいるが、残った顔は見れば見るほどに整っている。拾った頃は血色まで酷かった顔色も今じゃそれなりに健康児に見えてきた。物音にも敏感だったが最近じゃ俺様に頬を突かれるぐらいじゃ起きなくなった。肉づきもガキらしくなったお陰でぷにぷにと弾力のある肌は、手遊びには丁度良い。


レイを持て余してから、そろそろ一年が経つ。

路上で寝ることには最初から抵抗も大してなかったレイは、本当に貴族の生まれだったのかと何度か思う。馬車の積荷ん中よりは幾分マシらしい。まぁ捨てられる前もろくな寝方じゃなかったんだろうとだけ想像はできた。

拾った初日は、笑えるほどにすぐに寝落ちしていた。俺様が寝たふりをしていたのも知らずに素直に寝付いたレイは、眠りが深くなってからはグズグズと鼻を鳴らしていたがそれも最近じゃ全くなくなった。


結局拾ってから一週間経ってもレイの処理方法が思いつかなかった俺様は、仕方なく暫く引き連れ回すことを決めた。

女じゃなかったのは計算外だったが、顔が良いことには変わりない。今はまだ八歳くらいのガキだが、顔が良いやつはそれだけで使い所は多い。暫くはこいつを利用して稼ぐことでテメェお中の折り合いをつけた。

顔が良い男はガキでも女にモテる。悔しいが本音を言えば、俺様より今のレイの方が姉ちゃんにもモテるだろう。っつーか実際に初めてレイを色街に連れて行った時はやべぇぐらい客引きが寄ってきた。

本人はまだ火傷を気にしてるのか髪で顔を隠して俺様の背後に縮こまっていたが、裏稼業や裏通りの住人なんざが火傷程度を気にするわけもねぇ。あと五、六年でもすればガキ好きの女を渡り歩いて夜を凌ぎ続けることも難しくはねぇだろう。俺様よりも遥かにこの世界で楽して長生きできる。騙して貢がせるか、一夜で騙すならもっと稼げる。

取り敢えず暫くは俺様の仕事で利用して、使えそうになったらそっち方面で稼がせりゃあ良い。……その間もまだ俺様にくっつき回っていればの話だが。


レイは、懐いた。


この一年で、俺様の想定した以上に。

持て余して一週間経って利用してやると決めた時から、浅くぬるく薄っぺらく表面上だけ親切にしてやった。

色街に初めてガキを売りつけた時から知ってたが、本当にガキはちょっと可愛がってやってみただけで簡単に懐く。女もこれくらいチョロかったら良かったのにと何度か思った。

嘘は得意だ。いくらでも褒めるも口説くも可愛がるも、口だけならいくらでも言えるし金もかからねぇから何も持っていなかった俺様には必需品だった。

ちょっとガキ扱いしてやればそれだけで簡単に笑うし、優しい言葉を掛けてやれば簡単に気を許す。生い立ちを聞き出してからは特に懐柔が楽だった。

可愛がってくれた親が手のひら返して、血のつながらねぇ父親に本性出されて拷問まがいを受けたレイが欲しがってるもんは簡単に想像ついた。拾った時は泣き止ますのにも苦労したが今じゃ三秒だ。

目に見える形での愛情に飢えてるガキは、食い物と親子ごっこ紛いのことをしてやれば充分だった。呆れるほどに騙し易い。

もう俺様が命じれば大体のことは喜んで言いなりになる。物乞いした後の稼ぎも迷わず俺様に全部手渡すし、物取りの片棒を担がせても疑問の一つも溢さない。

まだ八歳のガキは、自分の人生というものを知らないままだ。

俺様も八つくらいの頃はそんなもんだったからよくわかる。


試しに今日は裏稼業の集会に連れて行ってみたが、俺様からべたべた離れない以外は全く問題がなかった。

レイのことは、取り敢えず〝女〟ということで傍に置く理由をでっちあげた。

こんなガキが趣味だと思われるのはぶっちゃけ不本意だったが、そうでもしないと俺様が傍に置く理由がねぇ。この区域で生きていく限り、俺様とレイとの関係をそのまま連中に隠すのは難しい。

ガキを連れてるなんてそれこそ、どうして売らねぇのか勘繰られる。表向きは人身売買も殺しも何でもするということにしている俺様が、まさか人身売買に関わりたくないなんざ知られるわけにもいかなかった。……ただでさえ、人身売買を遠巻きにする奴ほど特殊能力者じゃねぇかと同業者でも疑われやすい。たった一人でも特上を引けば遊んで暮らせる人身売買は、特殊能力者探しに血眼になる連中が多い。しかも俺様は本当に特殊能力者だ。

炎の特殊能力なんざは珍しくもないが、それでも奴隷にすれば上級は固い。幸か不幸か普通より火力が強い俺様なら下手すれば特上もあり得る。人身売買に関わりたくもねぇが、商品にされるのはもっと御免だ。

その為にもレイを売らねぇのにもそれなりの理由が要る。金にならねぇなら勘繰ってもこねぇ奴らが多いが、理由が全くないことも怪しまれる。

普通の一般人みてぇな〝善意〟が浮くのが、この世界だ。


「お陰で女っ気もなくなっちまったぜレイちゃんよぉ」

ハァ……とまた重い息を吐き、寝ているレイの頬をまた突く。

レイに会うまでは頻繁に通っていた店も、狙っていた女もレイを拾って日を追うごとに自然と遠のいていった。野朗相手にはいくらでもでっち上げられるが、女を口説くのにレイは死ぬほど邪魔だった。

妹でも娘でも嫁でも彼女でも追っかけでも、どれを言っても女が離れていくのはわかってる。


レイの奴は会えば会うほど姉ちゃんにモテるくせに俺様はその逆だ。最後に一晩誘った女に断られた台詞は「もう一緒に寝てくれる可愛い子がいるでしょ?」だった。生憎レイじゃ俺様の身体は温まらねぇ。

レイを使って女を釣ることはできても、ベッドまでは全く釣り上げられなくなった。

女がいないと夜も寒いし飽きるし物足りないが、それでも本当のことがバレるよりはマシだと思うことにした。市場に出るのも人身売買に関わるのも商品棚に上げられるのも、女を抱けないことの比じゃない。それでもあまりに飢えすぎて、ガキでもレイが女だったらまだ……とトチ狂ったことを考えたこともある。


一年経った今も、レイのツラは整ったままの綺麗顔だ。

そう思えば、この苦労もあと数年の辛抱だろうと思う。自我がない今はさておき、その内に俺様のやっていることを理解すれば勝手に離れていくことを期待する。俺様より稼げる見込みがある分、できれば一度はドカンと稼がせてから離れていってくれりゃあ良いが。

昨日移ったばかりの住処に転がりながら、目の前で熟睡するレイを眺めてそう思う。すうすうと音を口から掠ませながら、指をめり込まされても眠り続けるガキは今じゃヒヨコみてぇなもんだ。


「……い、ぁー……」

「……。そういうのはガキじゃなくて女に呼ばれてぇんだよ、俺様は」

ヘッ、と呆れ笑いが溢れながら潰れた顔に掛かる翡翠髪をそっと掻き上げる。

ライアー、ライアーと。この名で呼ばれるのも慣れたが、それも結局は仮の名だ。自称から気付けば馴染んで呼ばれるようになっただけ。

掻き上げた下の顔には半分焼けて溶けたものがある。ここまで外見が目立つようならいっそこっちの世界で生きた方が楽かもしれねぇなとも思う。だが今だにこのガキに、手を汚させる仕事はさせる気にならない。

可愛がったふりで、愛情注いだふりで、情を持ったふり。俺様が与えてやっているものは全部が全部空っぽの大嘘だ。

俺様に騙されていたと知るのはいつか、下手すりゃあその時こそこっちが命を狙われて……んで、俺様がこいつを殺す時だろうと思う。

その前にレイから愛想つかせていなくなってくれりゃあ一番良い。それなら両方生き延びる。


「…………その内、お前にマトモな生き方をさせてくれる女でも現れてくれりゃあ良いんだけどな」


良い女に会えれば人生は変わる。そりゃあ男の鉄則だ。

変な女に引っ掛からず上手く喰って利用して、ンで最後はまともな女に惚れてまともに生きられれば良い。

独り言に呟いちまった声は、外じゃ響かない。

あくまで〝嘘〟のでっち上げでガキ騙して利用している俺様みてぇな屑じゃなく、もっとまともな奴に拾われりゃあ良かったなと他人事みてぇに思う。今だって俺様の流儀に巻き込まれているだけだ。

手さえ汚さず俺様に利用されただけでこのクソッタレな世界を生き延びれれば、いつかマトモな世界でも引き摺らず生きていける。

この世界で上手く美味しく女喰い繋いで生きていくか、それともマトモな世界で良い女と生きていくか。どっちにしろ、それをコイツがテメェで決めれる時には俺様とはいねぇだろう。……そうじゃねぇと、困る。


「さっさとデカくなって、さっさと離れてくれよレイちゃん」

俺様が〝可愛がっているふり〟に飽きねぇうちに。

鼻歌混じりに呼びかけながら、あれから背が伸びたかどうかもわからねぇガキに呼ぶ。デカくなって、女で稼げるようになって俺様に還元してくれる間は騙してやっても良い。利用すると決めたからには、これからも俺様と関わる限りは利用させてもらうしかねぇ。

いつかそれなりに自我が芽生えれば、その内どっかに行くだろう。

ガキでも利用し、嘘を吐く。そんな生き方をしてきたお陰で、面倒な流儀を貫きながらも生きてこれた。嘘ばっか吐いてきたせいで、逆に本音がどれか俺様でもわからねぇ。

まぁでもこんな嘘まみれの俺様のことなんざ、一緒にいれば嫌でもどんな人間かわかってくる日が来る。このまま嘘だけ吐いて放っておけば、いつかは勝手に見限ってくれるだろう。女に捨てられている俺様にはそれぐらいの別れがちょうど良い。…、………。


「…………別れ、ねぇ?…。なぁに、情みてぇなこと考えてんだか」

思考までも嘘になりきったか。

やっぱそろそろ寝た方が良いなと考え、俺様もまた目を瞑った。


……今思えば、まだたった一年のこの時で既に大分やばかった。


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