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フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
頤使少女と融和

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Ⅱ345.嘘吐き男は嫌だった。


ライアー。

もう何度目かも忘れた、テメェでつけた俺様の名だ。


「おー、じゃあ俺様が貰うわ」

正直いまも、出逢った時のことなんざ覚えていない。

あの頃はわりとやんちゃも最盛期だった俺様にとって、レイとの出会いも大して特別じゃなかった。荷馬車ごと捨てられてたなんざ、普通に下級層へ放り出されたガキと比べれば行く末はさておき生き延びることも多い。イイトコ育ちの札がついているのと同義だ。

正直、俺様と比べればずっと恵まれている人生だったんだろうとその時点で思う。


下級層育ちでも親が存在した奴と存在すら知らない奴の二種類がいる。

俺様は典型的な後者だ。気が付いたら親もいねぇし言いなりになっていた首領も親じゃなく、単にその辺で俺様を拾って小間使いに使っていたのおっさんだ。

当たり前みてぇに下級層でも荒くれていたわりとでかい組織で、特殊能力目当てに生かされた。まぁでも、何もねぇで親も何も知らねぇっていうのもこの世界では悪いことばかりじゃない。

生きていくには割り切りやすくて身も軽い。


『頼む‼︎この子達だけはっ……俺はどうなってもいいからこの子達は見逃してやってくれ‼︎』

親がいなけりゃあ変に親子へ情を沸くこともないし、羨む気持ちもハナから持ち合わせない。命乞いを見たところで、俺様が生きる為なら鳥の首を括るくらいの感覚で殺せる奪える重くもない。

無駄に親の記憶があった所為で情が湧いて背中を刺される奴も、逆に鬱憤を晴らす見てぇに金にもならねぇのに嬲って殺したがる馬鹿もいる。それに比べて俺様は無駄も無いから失敗もない。


『いっ、いつもの冗談だよな⁈面倒見てやった恩を忘れたか⁈わかったわかった!お前が特殊能力者だってことは誰にもッグアァ‼︎』

殺すも奪うも、テメェを守る為なら抵抗感も罪悪感もなくやってきた。

最初の組織から逃げた後は暫くお先真っ暗だったが、最後の切り札だと手探りで特殊能力も極めてきた。特殊能力者だと知られたら酒飲み交わす仲でも構わず殺したし、名前も見かけも住処も丸ごと変えた。

最後に信じれるのはテメェだけだと最初から知っていた。俺様の特殊能力は便利なもんで、死体だって灰になる。


『きゃははっ!やっだ~、ライアーったらもう嘘ばっかり!』

期待もしなけりゃあ何でも欲しがれる。

金があればイイ女だって抱けるし、無ければポイと捨てられてこっちも諦める。

誰も頼る奴がいねぇもんだと、逆に誰にでも愛想を安売りできる。どうせいつかは路傍で死ぬんだから宵越しの金は持たず生きるというのが信条になってから、わりと危なげなく生きてきた。十三くらいになれば、上手く生きる鉄則も自分の中で積み上がる。裏稼業で世渡り上手に薄く浅く雑魚のふりして仲良くできりゃあ安泰だ。

ただまぁ毎日女と遊べば、何度かは本気にもなるもんで。お陰でやっと〝愛〟だの〝情〟だのも遅れて覚えてきた。因みに本気になった女ほど手に入れられなかったことしかない。


「捨てられちまったもんはしょうがねーだろ!」

縛られて放られた汚ぇガキには、珍しくもなけりゃあ情もなかった。

泣かれた時は本気で焦って弱ったが、それだけだ。ガキは好きでも嫌いでもねぇが、ガキに泣きつかれるのは死ぬほど苦手だ。昔の所為で安易に見捨てれなくなる。

面倒を見るつもりなんざ毛ほどもなかった。本気で顔が良かったし、美人に見飽きていれば火傷程度は〝味〟だと興奮するオヤジが多いことも知っていた。

売る前に飽きるまで抱くのもアリだったが、流石にまだガキ過ぎた。出荷前の奴隷と同じように丸洗いして、後はさっさと売りに出すつもりだった。




娼館に。




俺様超行きつけの。……地方ほどじゃねぇが、城下の裏通りにも国で認められた色街が細々ある。

金に困った女を狙って堂々と建てた、公娼館が並ぶ色街だ。女が身体を売って男をもてなす店にはいくらか俺様もツテはあった。中には身元のねぇガキに衣食住をやる代わりに〝売女〟に育てる店もある。ガキが好む物好きにも人気だし、そうでなくても今から教え込めば良い金の種になる。


当時よく通ってた店に、それまでも人身売買前のガキを何人か俺様は気まぐれに放り込んでいた。

国外の市場と比べれば屁みてねぇな捨て値だが、ガキの方は家畜同然に扱われる人生よりはいくらかマシだ。そこの店に見所のあるガキを人身売買前に流して、俺様は俺様で一晩イイ女を抱いて寝れる。まぁ、普通に人身売買に売った金で上玉買った方が良い夜も過ごせるんだが。


ただ、ガキの女っていうのは色々騙しやすい。

得意の嘘で奴隷で売られると信じさせて絶望させてついでにちょいと尊厳奪えば、そこから公娼店に連れて行っても先ず恨まれない。むしろ〝助かった〟とさえ錯覚する。

店主も扱いをよくわかってるから甘く接してガキの頃から上手く恩を植え付ける。奴隷よりは良い人生だお前はツイている運が良かったと言われ続ければ、たまに店に顔を出す俺様に売られたことを感謝までするガキもいた。もう客を取って稼いでいるガキもいる。

それが本当に救いになるとも助けとも思っていねぇし、それでもこのまま奴隷になるよりマシな生き方を提供してやるだけ情を覚えた俺様の軽い情けと気まぐれだった。

特にそのガキはあと数年経てばマジで見所があると思ったし結構顔も好みだったもんで、何年後かには客として贔屓にしてやっても良いと思ったくらいだった。


「お前、男⁇女⁇」


そいつがまさかの男でなけりゃあな⁈‼︎

あれだけ落ち込んだのは、本気になった女に逃げられた時以外だった。

今まで拾ってきたガキ共より良い女になると思っただけに、煉瓦で後頭部を割られたぐらいの衝撃だった。せっかく儲けになる荷馬車の積み荷放ってでも拾ってやる価値はあると思えたイイ女候補だったのに、男だ。

娼館にも〝そういう〟店は少ねぇが、一応ある。だが俺様もそんな店には伝手なんざねぇし、仕入れをどうしているかも知ったこっちゃねぇ。女の店ならいくら仲良くなっても良いがそういう店は別だ。あとはもう人身売買に売りつけるしかない。色町に売れねぇなら金になる方法はそれだけだ。が、……クソッタレ。人身売買は流石の俺様も駄目だった。


別にこんな生き方をしてきておいて今更善人ぶりたいわけでもない。

殺すも奪うもしてきた人生で善悪なんざ興味もねぇ。組織の巣窟だの市場の場所だのは、この世界で生きてる限り俺様だっていくらか知っている。ガキの頃は市場に連れられたこともある。……で、その時やらかしたっきりこのザマだ。

人間の形をした家畜が檻に入れられ繋がれ商品として売られる世界は、何も知らねぇガキだった俺様にも気分が悪かった。いつかはあっちの商品棚に並ぶことを想像しちまえば余計にだ。

まともな生き方をしてねぇ俺様だが、人身売買なんざに関わる連中はどいつも頭のネジがぶっ飛んでいると心底思う。まともな神経じゃねぇ、一体どんだけ反吐が出る人生歩めばやってられるのか。俺様以下の人生なんざ相当だ。

特殊能力者でいる限り、市場ではテメェが精肉の豚や牛と変わらねぇんだと思わされる。商品になっている連中が他人事に思えなかった。もう二度と近付きたくねぇ。


市場に近付くのもできねぇのに、俺様の手で奴隷を増やすなんざ冗談じゃねぇ胸糞わりぃ。

同じ地獄に落ちるとしてもあんな連中と同類にはなりたくねぇ。目の前のガキに対しても、人身売買に俺様の手で売りつけるくらいならこの場で殺してやる方がマシだった。裏稼業でどうしようもねぇクズの俺様にだってそれくらいの流儀はある。

折角お膳立てしてあとはいつもの店に売りつけるだけだったのに、その手も無くした途端にレイという名の可愛子ちゃんに殺意すら覚えた。女だったら、と頭の中で千は唱えた。

いっそ捨てて逃げるかとも考えた。もともと今までだって同じような境遇で助けてやったガキは女だけだ。男のガキは何度か見捨てたこともある。俺様からは売らずとも、同業者で売ると言って引っ張っていく奴を止めもしない。

だが、ここで俺様がレイをその誰かに押しつけりゃあ結果として人身売買に売るのと同じだ。晴れてあの市場で奴隷を売り買いする連中と同類だ。


「……やけ酒用にもう二本貰っときゃあ良かった」

殺すか、売るか、置いてくか。

その三つの選択肢に肩を落としながら俺様は飲みきった酒瓶を垂らした。今までガキも女も古い仲も殺した俺様が、たった一人のガキを完全に持てあます。

いっそここで俺様へ殺しにかかってきてくれねぇかなと思った。そうすりゃあ返り討ちにしておしまいだ。

売るなんざ論外だ。市場にすら近づきたくねぇんだ。

ならもう置いてくか?真っ裸にひっぺ返したガキを置いて⁇ガキだぞ⁈いやガキも殺す。殺すし普通なら見捨てるが今このガキをこの俺様が見捨てれるか?顔だけは良い貧弱な美少女顔のガキなんざ下級層に捨てれば三秒で喰われる。しかも男ってわかったら速効で殺されるに決まってる。ここまで連れて来たの俺様なのに⁇いっそ元の場所に捨ててくか……いやそれじゃあ何の解決にもなんねぇ!

ああクソ。こうなるから今まで深くは関わらねぇで生きてきたってのに。

なんでよりにもよって傷物美少年なんっつーイロモノ抱えねぇといけねぇんだ。せめて女‼︎女のガキだったら俺様好みに育てる楽しみも……っつーか女だったら娼館にポイでこんな悩んだりもしねぇ‼︎‼︎

そこまで考えたところで垂れる髪を前髪ごと背後に流しそのままかき乱す。途端に俯いた視界の隅でガキがビクリと跳ねたが、今はどうでもいい。むしろ頼むからそのまま逃げて消えてくれ。


……物心ついた時にはこの世界にいた。親の記憶もねぇし、ダチも広く浅くの縁で生きてきた。

裏稼業の中でも住処や仕事を変える度に名前も髪も変えて、厄介な奴は殺して徹底して全部使い捨て痕跡消して生きてきた。世渡りは自慢じゃねぇが得意な方だ。適当に口だけで褒めて慕ってるように振る舞い人が良いように見せかけてきた。そう、〝見せかけて〟きただけだ。

女もガキも肩組んで飲み交わした野朗も自分の為になら殺せた。殺すも奪うもしてきたし、人身売買はしなくてもガキを娼館に売りつけてきたことには変わらねぇ。今更善人ぶりたくもねぇんだよ。けどな?




俺様無意味な殺しだけはできねぇんだよ‼︎




昔の、一回こっきりアレだけで。終いにすると決めたしできなくなった。

俺様みてぇに裏稼業だので生きてきた奴ならまだ良い。俺様と一緒で生きる価値もねぇ〝ついで〟で生きてるみてぇな屑だ。

一般人でも、俺様が生きる為なら何百でも奪うし殺す。物心ついた時から染みついた習慣だ。当たり前にやってきたからこそ抵抗もない。ガキも女も老人もそこに情は沸かない。

まだガキだから見逃すだの、女だから勘弁してやるだの、老い先短い老人ぐらいは許すだの子どもがいるだ今度生まれるだそういうことで殺すか奪うか迷ったことはない。俺様が決めた限りは、生きる為に奪うし殺す。



だが、今目の前にいるガキは俺様が見捨てたら秒で死ぬ。



こいつの身ぐるみを剥ぐとか、人質にして身代金奪って殺すとかなら全然できる。余裕でできる。だが今のこいつに何がある⁈

親に土産までつけて捨てられて今は真裸のガキだ。こいつに何の理由があって俺様は殺せるし見捨てれる⁈もう関わっちまった時点でこれから俺様が何をしてもこいつは簡単に死ねる。放っておいたら秒で喰われるか売られるか殺される。テメェでテメェを守れねぇどころか、どう生きればかもわからねぇクソガキだ。今も俺様の目の前で膝を抱えてぐずついている。

こっち側の人間じゃねぇ、ただのガキだ。ここで俺様が見捨てたら殺すこととと同義だ。……あああああああああくそ駄目だやっぱどう考えても俺様には置いてけねぇ。

今まで薄く広く関わらず、一般人とは間違っても関わらねぇように生きてきた俺様の完全な失錯だった。

八つ当たりに空き瓶を放り捨てながら、両手で頭を抱えて蹲る。干した服が乾くまで、目の前のクソガキをどうやって安心して手放せるかだけをひたすらに考え続けた。



人生で初めて、テメェの性分を呪った。



……ほんっっと、出会わねぇ方が良かったんだよ実際。


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