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フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
頤使少女と融和

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そして胸を痛める。


「そういやぁアムレットはなんで被服の先生と一緒だったんだ?」


どきっっ‼︎と、予想外の引き留めに心臓が跳ね上がる。

目の前でちょうどアムレットが「じゃあジャンヌまた後で」と言いかけていた途中でのパウエルだ。私達に対してよりもちょっぴり遠慮がない様子のパウエルは、至極真っ当な疑問をストレートに投げつけた。

一難去ったと思えば更に一難イベント発生にバクつく心臓をアーサーの頭ごと押さえ付ける。途端にアーサーが抵抗するように私の腕を僅かに掴んだ。けどネルが数歩進んだ先でアムレットが付いてこないことを気にするように振り返るし、まだ手放せない。

私が思いきり過ぎたせいでうっかりアーサーの眼鏡まで落ちちゃってて今顔を出したら十四歳アーサーを誤魔化すのが髪型しか無くなる。


「あ……えっと、私は補習で……」

パウエルからの問い掛けに、アムレットが大きく上下させた肩を狭めた。

逃げ場を探すように目を逸らし、僅かに顔色が灯る。そうしている間にもネルが少し首をこちらに傾げた後、無言のまま背中を向けて彼女を置いていった。アムレットが私達と話し出したから気を利かせてくれたのだろう。

アーサーの大敵であるネルが遠のいたことで、今度はステイルがじわじわとアムレットとパウエルの間から距離を取っていく。私もやっとアーサーから腕を緩めてあげられた。

補習?と聞き返すパウエルに、アムレットは小さく喉を鳴らしてから向き直った。


「……被服の授業で裁縫が上手くいかなかったから、ネル先生にお願いして昼休みだけ補習を受けさせて貰ってるの」

「へー、アムレットはやっぱり真面目だなぁ。勉強もあんなに頑張っているのに裁縫までやるなんて偉いな」

「せっかくの学校だもん。私だっていつまでも子どもじゃないし」

おおぉぉ……良かったちゃんと誤魔化せている。

アムレットの恋心も知った上だとなんだか私まで緊張してしまう。アーサーから下ろした腕でぎゅっと手に汗握る中、パウエルは「そっか」と嬉しそうに笑って組んだ足の上に頬杖をついた。心なしかなかなか良い雰囲気に見える。

そういえばパウエルとアムレットの会話自体は聞くのもこれが初めてかもしれない。


「裁縫かぁ。俺もよく取っちまうし、できるようになったら今度はアムレットにも頼めるか?」

「!勿論っ‼︎ボタン付けもネル先生がいる間に絶対できるようになるから!」

「アムレットは物覚えが良いもんな」

ははっ、と楽しそうに砕けた笑みで笑うパウエルの横顔にうっかり私まで心臓がバクつく。

アムレットに向けての笑みで、且つ良い雰囲気だ。パウエルの言葉にアムレットも嬉しそうに目を輝かせて笑っている。

これが恋する女の子の目だなと思うと余計に可愛く思えてしまう。

がんばれ!がんばれ!と心の中で叫びながら唇をぎゅっと結ぶ。そういえばゲームでもアムレットが攻略対象者の服のボタンを付けてあげるイベントがあったような。確かレイだったかしら?いや他の子でも充分あり得る。これはもうフラグでは⁈とあまりの素敵な展開にゲーム脳が再発しかけ



「フィリップもアムレットがボタンつけてくれたら跳んで喜ぶぞ」



「…………」

ピキンッと。一瞬何かが凍り付くような音が聞こえた気がした。

さっきまで輝いていたアムレットの目が若干死んだ。笑顔のまま固まった表情筋が乾いてみえる。ハハハッと楽しそうに笑うパウエルだけがそのままだ。

脳内で鮮明にアムレットが部屋で話していたことを思い出す。この場にエフロンお兄様はいないけれど、こういうことかと既に納得が肩から浸食していった。


「……。兄さんのことは、もう良いの。私だって十四だし、特待生になれてそれなりに自立したんだから」

「そんなこと言って今もちゃんと会ってるじゃねぇか。なんだかんだでちゃんと仲良いだろ」

「そりゃ家だもの!たまには帰る、けど。……私はもう頻繁に校門までは会いに来なくて平気って言ったし……」

「心配してるんだろ。良い兄貴だと思うぞ。昔から人のことばっか気にかけてくれてるし」

「兄さんは単にああいう人なの‼︎」

恐るべきエフロンお兄様。いつの間にか二人の話題がアムレットからエフロンお兄様の話になっている。

はっとしてステイルはと目を動かし探したら、今はアーサーの背後に引いていた。アーサーも窮地に一生を得て気が抜けたのか両膝をついたままぐったり俯いているけれど、ステイルはそれ以上に頭を抱えて小さくなっているのが見える。こちらはこちらでアムレットの反抗期に居たたまれないのだろう。

お兄様の話題につい声を荒げたアムレットにパウエルも「すまねぇ」と軽く謝った。けれど彼女が怒った本当の理由はわかっていないだろう。


「そういや学校であんま話しかけちゃ駄目だったな。初日も言われたのにすまねぇ、引き留めて迷惑だったよな」

「!ちがっ、話しかけちゃ駄目なんじゃなくて‼︎馴れ馴れしくというかその……子ども扱いしないでって言っただけで……。迷惑なんかじゃ……」

「そうだったのか?悪い悪い、フィリップの妹だし俺もつい兄貴風吹かせちまって」

「そう、だよね。……。もう!パウエルったら兄さんに甘いんだから」

ぅあぁぁぁあああああああああああ……。

アムレットの肩がわかりやすく丸くなって頭まで垂れていく。パウエルを責めれないように笑う顔が哀しげで私が胸が痛くなる。これが画面の向こうの話だったら絶叫していた。

二人の様子にわなわなと手が震えてしまう中、アムレットが明るい声で話を切った。慣れたような締め括り方に、今までもきっとこうやって乗り切ったことが殆どなんだろうと思う。

パウエルもアムレットの心境など知らず「そうだな」と明るく笑って返している。今だけはその笑みが眩しくない。

もう完全に第二作目主人公様が〝友達の妹〟としか見られていない。まさかの友達カウントにすら入れられていない可能性すらある‼︎どうしよう胸が苦しい‼︎‼︎


「じゃあ、私ももう行くね。パウエルもいつでも話しかけてくれて良いから!ジャンヌ、また後でね!」

パウエルが一声返す中、私も強張った笑顔で手を振る。

にこにこといつもの笑みで駆け出すアムレットの背中が切なくて泣きたくなる。三年後のゲームスタート前からこんな切ない片思いだなんて。

これは確かにエフロンお兄様にプンスカして反抗期になる気持ちもわかる。ゲームでは攻略対象者に好意を向けられても気付かないことが多かった恋愛鈍感系のキミヒカ主人公アムレットが逆にものすごく悩まされている。いやゲームでも攻略ルートが決まった後は悪戦苦闘する場面はあったけれども‼︎現実の彼女はどのルートとも違った意味で甘酸っぱ過ぎる!

現実にここまで鈍感な人はなかなか罪だなと第三作目パウエルへ思いながら、私はこの先もできる限りは彼女の恋愛も応援したいと本気で願う。

ネルを追うように駆け足で遠ざかっていく背中を小さくなるまで見送り続け、息を吐いた。取り敢えず二難去りはしたことに二人へ振り返れば、未だに頭を痛そうに抱えているステイルと


俯けている顔が塗ったように真っ赤なアーサーが蹲ったままだった。


「?どうしたんだ、フィリップもジャックも」

「……ええと」

不思議そうに声を掛けるパウエルに、私もすぐには返事が思いつかなかった。今この場で正直に言えるわけがない。


エフロン兄妹の仲に頭を痛めているステイルも、ネル先生の登場に緊張が今になってぶり返したであろうアーサーのことも。


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