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フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
頤使少女と融和

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Ⅱ344.頤使少女はびっくりし、


「そうですか、やはりエリック副隊長の言った通り記憶が……」

「ンじゃあ今はトーマスさんじゃなくてライアーってことっすか?」


昼休みになり、待ち合わせていたパウエルと一緒に私達はいつも通り門の前で食事だ。

レイから正式に表向きの報告を貰えた私は、早速ステイルとアーサーにもライアーが記憶を取り戻したことを報告した。今後視察を終えれば殆ど関わることもないだろうライアーだけれど、彼らの心配をしてくれていたステイルとアーサーにもちゃんと話したかった。

事情を把握している私達と違い今回の件に殆ど関わっていないパウエルには申し訳なかったけれど、彼も彼でふむふむと聞いてくれた。

一応私やステイルからも会話の端々で彼にも状況がわかるように補足を入れたけれど、パウエルは本当に優しい。ステイルと交換したサンドイッチを頬張りながら、時々「へぇ」とか「大変だな」と相槌まで打ってくれた。


驚愕を言葉にする二人に、私から「みたいね」と軽く肩を上げてみせる。

あくまで私も目撃者のエリック副隊長やレイから聞いたこと以外、詳しいことは知らないことになっている。それでもほっと笑みが溢れた。

最後に、レイはそのまま教室から去ってしまったことまで話せば、ステイルとアーサーだけでなくパウエルも納得したようにそれぞれ大きく頷いてくれた。


「まさかあのレイが自ら俺達の教室に報告の為だけに来るとは思いませんでした。……ディオス達は大丈夫でしたか?」

「また泣かされませんでした?」

ええ、一応。と早速ファーナム兄弟の心配までしてくれる二人に思わず苦笑してしまう。

二人とも、直接見てはいなくてもディオスがレイにこっぴどく虐められたことを知っている。……まぁそれもレイのわかりにくい愛情表現の一つなのだけれど。

顔見知りでもあるディオス達の話題に、パウエルも「何かあったのか?」と前のめりに聞いてくれる。ステイルが掻い摘まんでディオスが私を庇ってレイに嫌がらせをされたとだけ説明してくれれば、ちょっとだけパウエルの傍からパチンと弾ける音がした。

流石ステイル、ディオスの面目を守りつつ的確な答えだ。

ただし、パウエルの逆鱗に触れていないかは少しだけ心配になる。第三作目のパウエルと第二作目のレイとのドリームマッチなんてとても見たくない。ドリームどころかデスマッチになりかねない。


「けれど、結果的に勉強会が今日は殆ど進まなくって……ディオスとクロイにも、アムレットにも悪い事しちゃったわ」

せっかく教室へわざわざ足を運んでくれるのに、レイが絡んでからは特にこういうことが増えた気がする。

しかも明日は私も学校に来れない。一応私が居なくても勉強会は進めてと話したけれど、もともとの主催者だった私が不在なんて申し分けなさすぎる。明日はレイも不在なのが、失礼ながらせめてもの救いだ。


レイ曰く今後もちょくちょくディオス達にちょっかいを出すつもりらしいし……ライアーの件が解決した今、彼らの勉強を邪魔することだけは止めて欲しい。

いっそ彼も勉強会に取り込んでしまえれば良いのに。貴族としてアンカーソンに教育を受けているのならそれなりに頭も良いはずだし、一応は中等部三年であの中では最年長者だ。

まぁどちらにせよ、大人しく勉強に彼らを集中させてくれる気になればの話しだけれども。

想像を膨らませれば膨らますほど今から色々胃の中が不安で重くなる。どうか平和的に済ませたい。


「いやアムレットはそんなこと気にしねぇよ。それよりすげぇなジャンヌは。勉強だけじゃなく人捜しまでやっちまうなんて」

「!あ、いえ、私は何もしてないわ。ただ、騎士のアランさん達がすごいだけで……」

私を元気づけるように話題を振ってくれるパウエルに、慌てて私は胸の前で両手を振ってしまう。

まさか不意打ちで褒められるとは思わなかった。しかも彼へ顔を向ければ本気で感心してくれているような顔だ。少なくとも彼へ話した中だけでは私は親戚の騎士にお願いしつつレイに押し売りした仲介業者でしかないのに!

それでもやっぱり第三作目の登場人物でもあるパウエルに褒められると嬉しくなってしまう。自然と頬が火照るのを感じながら笑って見せれば「それでもすげぇよ」とゼロ距離で笑まれてしまった。嬉しいけれど今はその笑顔は天使アムレットに向けてあげてとも思った、その時。


「ジャンヌ‼︎」


弾けるような女性の声が別方向から上がった。

聞き覚えのあるその声に振り返れば、自分でも目が丸くなるのがわかった。一瞬の驚きと、直後には色々な意味での危機感だ。

校舎の方向からパタパタと駆け込んできてくれるのは二つの影。その内一つはまさかのアムレット、そしてもう一つは……


「ネル先生、それにアムレットまで……」

ゴロッゴロといつもより少し乱暴めにトランクを引いてくるネル先生だ。

そのすぐ背後を追うように駆けるアムレットは両手に大きなバスケットも抱えていた。意外ではない組み合わせだけれど、現状ではなかなかの危険な化学式だなと思う。

駆けよってくる二人に気付いた瞬間、アーサーがパウエルの背後に隠れた。いつもはアーサーの背後に隠れるステイルも今回ばかりは逃げ場所を明け渡すように、その場からは動かないものの眼鏡の黒縁を押さえる動作でアムレットから顔を隠しつつ俯く。

まさかの二人揃って正体隠し中の女性が現れてしまったのだから当然だ。

パウエルだけが気軽な様子で「アムレット!」と明るく彼女に手を振っていた。

追うように彼女へ視線を私も向ければ、心なしかちょっぴり顔に力が入っている気がする。きゅっと結んだ唇でネル先生の影から小さく手を振り返す動作が可愛らしい。

そして、私が暢気にそう考えられたのもそれまでだった。直後、眼前まで駆けよってきたネル先生が両手を広げて私に抱きついてきた。


がばっ‼︎と、大事な商品が入っている筈のトランクまで手放して私の体勢に合わせ両膝をついたネル先生はそのままぎゅぎゅっと私を抱き締めた。

「ありがと~~‼︎」と興奮した様子の声で言ってくれるけれど、首を絞められかねない体勢に一瞬どこかに居るであろうハリソン副隊長が威嚇しないかと心配になった。今のところ殺気もないのが幸いだ。

大人の女性ならではの甘い香水の香りまでしてきて、勢いのままにネル先生の金色の三つ編みがポンポンと肩にぶつかった。


「アムレットが場所知っててくれて良かった~……ジャンヌ、もう本当に本当に本当にありがとう‼︎貴方は天使よ天使‼︎」

「え……ええと、ネル先生……?その、何のお話でしょうか……?」

正直に言えば察しはばっちり付いている。

けれど、それを知らない体でいないといけない私はネル先生の柔らかい背中に腕を回し返しながらも真っ当な問いを投げ返す。

ネル先生の肩越しに、アムレットが私に目を合わせてくれた。なんだか困り笑いするような表情で、私にもわからないといわんばかりに首を横に振っていた。

「パウエルからここでいつもお昼を食べてるって聞いてたから」とだけ話してくれて、彼女がここまでネル先生を案内してくれたのだなと理解する。食堂でも中庭でもないここで私達が食べていることを知っている人なんて極一部だ。

むぎゅうううう、と抱き締める腕の強さだけで暫く応えていたネル先生は「もう何から話せば良いか」と小さく呟くと改めて明るい声を続けてくれた。


「あのマリーさんって方すっっごい良い人だったの!もうなんであんな凄い……じゃなくて素敵な人と知り合いになの?ううん、そんなことどうでも良いわ、とにかく貴方のお陰で私っ……」

興奮がまだ収まらないように言葉も纏まりきっていない。

ただ、早口で言いながらいつもよりも高くした声を弾ませたネル先生が、本当に喜んでくれていることだけ理解する。やっぱりその為にわざわざ探しにきてくれたらしい。

そのままネル先生は言葉を選びながらも、マリーと友達になれたことと、それとは別に仕事が見つかったことを話してくれた。一応お願いした通り、マリーが専属侍女であることは伏せてくれている。

初めて聞いたであろうアムレットもネル先生の栄転に「おめでとうございます!」と嬉しそうに目を見開いた。パウエルもこれには同じようにお祝いの言葉を掛けながら拍手を鳴らす。

申し訳程度にステイルからも「おめでとうございます」とくぐもった声が聞こえた。抱き締められて振り返られないけれど、きっとアーサーも本当なら言いたいだろうなと思う。私も続き「おめでとうございます」と第一優先のお祝いを返した後、感謝してくれる相手にしらばっくれるのは悪いと思いながらやはり言葉を選ぶ。


「マリーさんと仲良くなれたことも嬉しいです。だけど、お仕事が見つかったことと私は関係ないんじゃ……」

「そんなことないわ‼︎ほんっとうにジャンヌのお陰よ!もう昨日なんて嬉しくて眠れなくて!」

実際はジャンヌが紹介したマリーが王族へ引き合わせたわけだから間違ってはいない。

けれど、マリーの仕事を知らない一般人からすればもうわけがわかないだろうなと思う。ただネル先生からの感謝の気持ちだけはヒシヒシと伝わってきた。

ここはこれ以上掘り下げない方がお互いの為だろうと、胸だけでなく肺まで抱き締められた圧の中で「御役に立てたなら嬉しいです」とだけ絞り出した。

その後も「ありがとう」「本当に天使!」を繰り返し続けるネル先生の腕の細さと意外な強さを感じながら、こっそり頭の隅で王女としてもこれくらい仲良しになってくれないかしらと期待してしまう。

正直、ティアラ以外でこんなに全力で愛情表現してくれる人なんていないし、本当の女友達を得られたような気分で嬉しい。副団長の妹さんということからも、きっと年は離れているのだろうけれどそんなこと気にならないくらいの可愛い人だ。


「もうこんないきなり幸せになっちゃって良いのかしらって思うくらいで……。このお礼はいつか絶対ちゃんと返すからね!」

そこまで言うとやっと気持ちの整理が追いついたのか、ゆっくりと腕の力を抜いて密着状態から身体を引いた。

アムレットへ振り返り「ありがとう」と彼女にもお礼を言うと、大きなバスケットを受け取った。どうやらこちらもアムレットではなくネル先生の私物だったらしい。あまりの大きさに、持ち手を片手に反対の手で広いバスケットの底へ手を添えたネル先生は輝くような満面の笑みでそれを私へ差しだした。


「取り敢えず今日はこれだけだけど。お腹いっぱいだったら帰ってから食べて」

手渡してくれたバスケットの中には大量のお菓子や果物が入っていた。

どれも可愛らしい包装がされているし、果物も市場で買ったら高そうなものばかりだ。私じゃなくても一目で高い買い物をしてくれたことがわかる。

あまりの量に圧巻されながら受け取ると、ネル先生がいま気が付いたように「お友達と食べても良いからね」と小さく耳へ囁いてくれた。ちょうど良いし、ステイルとアーサーだけでなくパウエルやアムレットにもお裾分けしたいなと考えると、続けてもっとびっくりな言葉が続けられる。


「こっちは買ったものだけだけど、別のお礼はこれから作るからもうちょっとだけ待ってね」


えっ⁇と思わず嬉しい悲鳴が上がってしまう。

ネル先生が言う〝作る〟という言葉から確実にお菓子や料理じゃないだろうと理解する。つまりそれって!と言葉より先にネル先生へ目を合わせれば、ふふっと声を漏らしながら柔らかい笑みとウインクを返された。これはもう間違いない。

しかも!実際は第一王女からも発注依頼がこれから入るにも関わらずの〝もうちょっとだけ待ってね〟だ。それだけ優先的に作ってくれているのだとわかると、どちらも私なのにも関わらず嬉しくて身体がくすぐったくなる。

一体どんなのかしら、と今からわくわくする。


「新しい仕事が軌道に乗ればお金も貯まるし、そしたらやっと実家からも出られるわっ!」


そう言って声を弾ませるネル先生は本当に嬉しそうだった。……やっぱりご実家からは出たいらしい。


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