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フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
頤使少女と融和

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Ⅱ343.頤使少女は確認し、


「ジャンヌ‼︎あのレイって奴が僕らの中等部に移ったって知ってた⁈」


「ディオス、声大きすぎ」

ネイトへの勉強指導を終えての一限後、いつものように訪れてくれたファーナム兄弟の開口一番がそれだった。

血相を変えたディオスと違い、クロイの方は大分落ち着いていた。兄へ少し煩そうに眉間へ皺を寄せながら目だけを向けている。それでも最後は私へと移して「で、どうなの」と尋ねてくるからやっぱり彼も気になってはいるらしい。

だだだっと駆け足で私へ駆け寄ってくるディオスは、もう鼻先がぶつかりそうなほど顔を近付けて詰め寄ってきていた。

すかさずステイルとアーサーが腕で間に入ってくれるけれど、私からも笑顔が引き攣ったまま背中を僅かに逸らしてしまう。予想はできていたものの、やっぱりディオス達のクラスにも噂が広がっていたんだなぁとどこか頭の暢気な部分で思う。


「ええ……、知っているわ。貴族ではなく普通の三年学級に移ったのでしょう?」

「ほらやっぱ知ってた。ジャンヌならどうせそれくらい知ってるって言ったろ」

墓穴を掘らないように注意しつつの私の言葉に、さらりとクロイが繋がる。

大人びたクロイの言葉にディオスが一度だけ悔しそうにムッとした顔ごと向けるけれど、すぐにまた私へと戻した。また兄弟揃って動きが似ている。……というか、クロイの「ジャンヌならどうせ」って一体どういう扱いだろうか。

私が知ってて当然な言い方に若干突っ込みたくなる。ネイトからも「お前またなんかやったのか」と言われたし、クロイの中でも私はどういう扱いなのか。

そう思っていると、今度はディオスがまた教室に響くほどの声を上げた。


「じゃあ今度こそジャンヌが虐められてたら僕らが二人で守るね!」

「ちょっとディオス、僕まで勝手に巻き込まないで」

全力で味方になるぞアピールをしてくれるディオスにクロイが冷静に待ったをかける。

その途端、そっと動作の挨拶だけで移動教室に向かおうとしていたステイルとアーサーがぐるりと振り返った。若干いつもより目が見開かれている様子の二人からも「ちょっと待て」の意図が感じられた。

怒っているようではないけれど、実際私の護衛と補佐のアーサーとステイルには少し聞き捨てならなかったのかなと思う。

優しいディオスと、その背後で若干肩が上がってこちらを凝視している二人の視線に思わず私も苦笑う。ディオスの気持ちは凄く嬉しい。レイを見事に悪者にされちゃっているところはあるけれど、私を守ろうとしてくれるのは純粋に胸が温かい。そして、その背後で振り返ってくれる二人にも。


「ありがとうディオス、凄く嬉しいわ。でも大丈夫よ、ちゃんと私にはフィリップもジャックも付いてくれているから」

安心して、とクロイといつもの兄弟喧嘩を勃発させかかった二人へ言葉を返す。

同時にちゃんとわかっているの意味も込めて背後のステイルとアーサーへ笑みだけ返せば、二人の肩が大きく上下した。どうやら伝わったらしい。

同時にじわわと静かに顔色が紅潮し出したから、子ども相手にうっかり競争心を出したのを私に気付かれたのが恥ずかしかったのかもしれない。ならここは気付かないふりをすべきだっただろうか。

けれど、ちゃんと私にはステイルとアーサーや近衛騎士達がいることをわかっているのは伝わって欲しかった。こうして学校まで付き合ってくれているのだから。それをよりによって巻き込んでいる本人である私が忘れているとは誤解されたくない。


目の前で「ほら余計だった」「ッ余計とまでは言われてないだろ!」「一緒でしょ」「クロイだってジャンヌにあいつは駄目だって言ってたくせに」「関わらせない方が良いって言っただけ」とまたクロイとディオスが喧嘩腰になっている。今日はセドリック不在だからか気が立っているのかもしれない。

いつも通り勉強会の為に来てくれたアムレットも一歩離れた位置で困ったように二人を見比べている。まさかの落ち着くと思ったところでの謎再燃だ。

よろよろと今度こそ火照った顔のままペコリと私へ一礼だけして移動教室に去って行く二人をこの場で見送りながら、まぁまぁと二人を宥めることに徹底する。

様子を窺っていたアムレットも、ノートを手に「二人とも喧嘩しないで」ととうとう助け船を出してくれた。


「二人ともジャンヌの心配をしてくれたんだよね?そんなことで喧嘩したらジャンヌが悲しんじゃう」

「そうね、ごめんなさいディオスもクロイも心配してくれてありがとう。二人が心配してくれたのも力になってくれるのも本当に嬉しいの、ただ心配しなくても大丈夫よと言いたかっただけよ」

天使アムレットからの完璧な仲裁に、私も全力で乗って頷く。

第二作目主人公でもあるアムレットの説得で二人の勢いが薙いだところで、私からも「さぁ勉強をしましょうっ」と席へ着いて見せた。

促されるようにちょっぴり細い眉に力が入っているディオスがちょこんといつもの席まで周り込んでくれる。一言も心配したと言っていないクロイは「別に僕は……」と小さく零したけれど、渋々といった様子でいつもの位置に座ってくれた。……きっとディオスの話からしても少しは気に掛けてくれていたのだろうことはわかる。

そのまま一度気を取り直した私達は、いつもの勉強会前に明日のことについて一言断りを



「煩い駄犬は相変わらずみたいだな」



……ならなかった。

せっかく一度口を閉じた私達に投げられた言葉に、思わず唇に力がこもる。

むぎゅううと絞りながら、目を上げれば既にディオスとクロイは同じ顔の向きで振り返った後だった。「うわ!」とディオスのお化けでも見たような無遠慮の叫びに、クロイもまた表情筋に力が入っているのがわかった。今度はディオスの声が大きかったことが原因ではないだろう。


扉の前には、ついさっきまで話題の中心だった人物が我が物顔でこちらへ笑みを向けていた。

顔左半分を隠す芸術的な仮面と瑠璃色の瞳、傍若無人な態度も今や彼には慣れたものだ。ただ、たった一カ所だけに私も驚き自分でも目が丸くなっていくのがわかる。

ディオスもいの一番に「なんだそれ!」と指差す中、そんな私達の反応すら楽しいと言わんばかりにフフンと鼻でも鳴らしそうな優位な笑みにもう第二次喧嘩の気配を早くも感じとる。

まさか彼の方から来るなんてと頭を抱えたくなったけれど、よくよく考えれば前回のことを思い出しても一限後は最も出現率が高かった。だって今ここには、彼のお気に入りがいるのだから。


「なんだよ!ジャンヌにまた何の用だよ‼︎言っておくけどもうお前の言うことは聞かないからな!知ってるぞ!お前いまは」

「貴族じゃない。……それがどうかしたか ?」

まるで犯人はお前だのように席から立ち上がってすぐ人差し指を差すディオスの言葉をレイ本人が上塗った。

本来なら元貴族として一番認めにくい筈の指摘をさらりと受け入れたレイに、ディオスも喉を反らしてつんのめる。んぐっ、と唇を結べば指を差されていたレイの方が犯人確定のような不敵な笑みを浮かべて見せた。

クロイが無言で引かせるようにディオスの腕を引っ張る中、レイが次に動く。

腕を組み、そのまま真っ直ぐにズンズンと私達の方へ歩み寄ってくる。アムレットが心配するようにそっと机の上から私の手を重ねてくれるけれど、大丈夫よの意思を込めて私から更に彼女へ重ねた。両手で彼女の温かな右手を挟みながら歩み寄ってくるレイへと笑い掛ける。


「レイ。良かったわ、〝噂を聞いて〟心配していたの。大変だったわね?」

あくまで知らない振りを前に出し、言葉を掛ければ笑みのみだったレイの眉がぴくりと動いた。

意図を汲んでくれたのか、一音だけ返してくれると私の前で立ち止まる。座っている私を見下ろすように首を曲げてくるレイに、首を軽く傾けてみせる。察しが良い子で良かった。ちゃんと約束も覚えてくれている。

あくまで私はレイの噂を聞いただけ。私とレイとの関係はたった一つ。


「ライアーを見つけた今はどうでもいいことだ。その礼はいつか必ずしてやる」

ライアー捜索の協力者。

それだけを表に出して言ってくれたレイに私からも一言返す。お礼が社交辞令か本気かはさておき、あくまであの夜のことを隠してくれれば充分だ。

腕を組んだまま横柄な態度は変えずに言い切るレイに、ディオスとクロイも同じ動きで顔ごと向け私とレイを見比べた。まさかの早速レイから「礼」の言葉が出たのが意外だったのだろう。双子揃って全く同じタイミングで同じ動きを繰り返すのが可愛くて微笑ましくなってしまう。

重ねた中でアムレットの手も小さく強張りの力が抜けていくのを感じた。

殊勝な言葉だけで態度は全く変わらないレイは、手近な場所に空き席がないからかそのままどっかりと私の机に腰を下ろした。座られるのはまだ良いけれど、足を組むのはやめて欲しい。組み上げた方の靴が見事に私へ向いている。


「二限で俺様は早退でな。折角だから顔を見に来てやった」

「別に見に来て欲しいだなんて誰も頼んでないでしょ」

傍若無人な俺様発言に、珍しくクロイが口を挟む。

やはり貴族の名札を無くしたのは大きい。今までの鬱憤もこっそり堪っていたのか、今度こそ強い口調で言葉を尖らせるクロイにレイも軽く顎を向けた。

「ほう」と少し楽しげに笑む眼差しは、自分に刃向かったのがディオスではないことをヘアピンの数で確認した。


また何かを言い返すかなと身構えたけれど、レイはそこでまた私へ話を続けた。「二限後に教師との打ち合わせが入っている」と、事情を一方的に説明し出す。

レイの話を聞くと、今日は登校日というよりもクラス変更の手続きがメインだったらしい。貴族の称号を一時的に没収された彼は、庶民として普通教室に変更された。学校としてもまさか特別教室の生徒が一般教室に編入は異例中の異例で初めての試みだった為、色々と手続きや確認事項が多い。

しかも、ただの異動ではなく城からのお達しでの厳重注意人物だ。

もし問題を起こせば即退学と投獄が待っているレイへの扱いは〝更生〟目的も含んで慎重に対処しないといけないから、手続きが何重になっても無理はない。

今日の登校も恐らく新しいクラスの確認と、同教室の生徒への顔見せの意図が強いのだろう。……まさかの貴族転入イベントを受けた三年生生徒は大変な騒ぎだっただろうけれど。


「これから移住だ。今朝もライアーが無駄に屋敷から移す予定の荷物を増やしやがって」

「あら?彼も一緒なのね」

あくまでトーマスさん。そう頭の中だけで呟きながら、レイへ確かめる。

ライアーが記憶を取り戻したことも知らない筈の私に、レイはフンと一度だけ鼻を鳴らした。髪を耳に掛けながら「当然だ」と一言切る。それには私も自然と顔が綻んだ。

記憶を取り戻したからといって、その後の人生を決めるのは本人達だ。そしてレイもライアーの意思だけは尊重しない子じゃない。


「今頃もその辺にいるだろう。俺様が戻るまで久々の市場を満喫して女を引っかけてくるだと」

「うわ最低」

「貴族じゃないのにどうやって生活するんだよ」

容赦無いクロイの相槌に、比例するように少し棘が丸くなったディオスが首を捻る。

貴族じゃなくなったレイへ純粋な疑問だろう。多分、ディオスや一般の人にとって貴族イコール職業お金持ちみたいな感覚があるのだろうし、レイが仕事をする姿なんて想像がつかないだろう。

勉強家のアムレットもこれには興味深そうに視線を注いでいる。


無視をしても構わず言葉を投げてくる二人に「キャンキャン煩い駄犬だな」と悪態をついてから、暫く生活するだけの金はあるとだけ宣言した。

その途端、二人して「「働かないんだ」」と声が合わさる。……なんだか、前世のニートへの扱いを思い出す言い方に口元が変に引き攣ってしまう。

まぁ、レイもまだ未成年には変わりないし卒業すれば復職は確保されている。

ちょっと今度は不満そうにファーナム兄弟へ顔を顰めるレイへまた喧嘩を売る前にと他の話題を急ぎ考える。彼からすればきっと口は悪いけれど、現状報告をしにわざわざ来てくれたのだから。

ディオスを弄ることも目的の可能性はあるとはいえ、ここで乱暴に追い出すわけにもいかない。


「!……そういえばレイ、ちょっと私から聞きたいことがあるのだけれど」


ちょうど聞きたいと思っていたことを思い出し、靴先を向けてくる彼へ顔ごと見上げた。


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