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フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
頤使少女と融和

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そして見届ける。


「こんにちわ、貴方がレイ・カレンですね?」


瑠璃色の瞳に芸術的な仮面。そしてまだ垢抜けたままの貴族としての装いに、紹介される前から一目で彼だとわかった。

少しだけ容姿が把握していたのと違ったことに目を丸くしたティアラだが、話しかけられたレイの方がその倍以上目を見開いた。読書中だった本を片手に開いたまま、いまやっと王族の存在に気が付いてしまった彼には衝撃過ぎた。

授業が始まるまでは本に没頭を決めていた彼は、この騒動の中ですら名前を呼ばれるまで本から目を離していなかった。

振り返り、その神々しい姿と護衛の騎士を見れば彼にも一目で王族だとわかった。今まで式典などに参加をしたことがないレイだが、一度特別教室でも彼女のことは目にしている。しかも片割れに並ぶ騎士が、もう自分と無関係とはほど遠い〝ジャンヌ〟の親戚である。

未だに当時ライアーを捕らえた張本人という事実は引っかかっているが、それ以上に今は二日前の関係者という印象が強い。まさかこの第二王女に変なことを言っていないだろうなと思いながら、今は安易に悪い口は開けない。代わりに目の前の第二王女へと言葉を返す。


「……はい。何か、私めにご用でしょうか。確か手続きは二限後と聞いておりましたが」

「いいえ、ただ私がお話してみたかっただけですっ。改めまして第二王女のティアラ・ロイヤル・アイビーです。学校にいらしていて安心しました!」

茫然としたまま椅子の上から動けず、至近距離の王女に口だけを動かすレイにティアラの明るい笑顔が向けられる。

レイの特殊能力を知るアランがそっと間に腕を伸ばし「ティアラ様、もう少し距離を」と声を掛ければやっと前のめりになりかけた彼女も一歩二歩と下がった。彼女も予知でレイの特殊能力の恐ろしさはちゃんとわかっている。


トントン、と軽く下がってからまたレイと目を合わす。

にこりと笑われば、流石のレイも王族相手に視線を本には戻せない。パタンと片手で閉じながら身体ごと向き直る。

今貴族ですらない自分の立場で増してや最大権力者の王族に、尚且つ今後在学中に問題を起こせない彼はいつもの憮然とした態度も許されない。

椅子から立ち上がろうとするレイにティアラは「そのままで結構ですよ」と断った。始終自分への笑顔を崩さない王女にレイも次第に肩が上がっていく。

レオンへの学校見学で特別教室に訪れた時でさえ、ティアラが自分一人に視線を向けたことにも気付いていない彼にとって、話しかけられる理由で思い当たることなど一つだった。裁判で〝更生〟目的に学校へ身分落ちされた自分が判決に従っているか監視に来たのかと見当づけながら、睨まないようにティアラを見つめ返す。自分からは必要最低限以上言葉を掛けたくない。


笑顔でレイを見つめるティアラは、予知した記憶の中の彼と目の前で喉を鳴らす青年とを見比べた。

もう十五歳の彼は今の自分と一つしか年も変わらない。予知した先では憎悪と殺意に染まりきっていた彼が、今目の前では片鱗も感じない。自分への警戒こそピンと糸のように張り詰めているが、仮面の有無関係なくその両の瞳は濁りもなく綺麗な色をしていると思う。

そこまで確認できれば、後ろ手を組みながらまた少しだけティアラは上半身が前のめりになった。


「何のご本を読んでおられるのですか?」

「……下らない娯楽書です」

王女の興味が自分から本へと向いたことに、レイは机に置いた本を表紙が見えるように手に取った。

今まで本の話題など振られたこともない彼は、まさか王族にそれを最初に話すことになるなど思いもしなかった。レイが片手で掲げたその本の題目を目にすれば、次の瞬間にはティアラの目がぱっと輝く。

「私も知ってますっ‼︎」と声を弾ませ、両手を合わせてまた半歩だけレイに距離を詰めた。


「とっても素敵なお話ですよねっ!最後まで読まれましたか?私その作家さんの作品どれも好きで、特にそのお話はとても……!」

完読したかわからないレイに内容全ては明かせないまま、文学を嗜むレイに花を咲かせたくて仕方が無い。

主人公が好き、冒頭の家族とのやりとりも微笑ましくてと。話しながら本の内容を思い出す。子どもの頃から読書を嗜んでいたティアラにとって、レイの本も積み上げてきた中の一冊に過ぎない。

しかし、自分と同じ本を読んでいるというだけで充分にティアラの胸は弾んだ。特にその本は読み返したこともあるお気に入り枠の一つである。生き別れになった一つの家族が運命的にまた出会ったことから始まるロマンスに、彼も恋愛物語に興味があるのかしらとまで思ってしまう。


きらきらと目を輝かせて絶賛する第二王女の言葉に、話を聞いていた生徒教師も食い入るようにレイの本の題目を知ろうと目を向けた。

しかし、輝く視線を受けるレイの表情は変わらない。アンカーソンの財産没収からは免れた数箱分の内の一冊は、内容もある程度頭に入っている。しかし、目の前の王女が何故好むのかはわからない。

中盤からは家族との新生活に戸惑う主人公とその隣の家に住む少女との恋物語だと思い出せば、恋愛であればなんでも良いのかと考える。

「どの場面がお好きですか?」と彼女の熱に押され、自然と素直な感想が零れた。


「……読み終えてはおりますが、私は前半部分しか好みません」

機嫌を取るためにも話を合わせてやるべきだと考える前に、いつもの思考が前に出た。

本自体はティアラと同じく気に入っているレイだが、後半からは未だ理解できない部分が多かった。前半と異なり、主人公がヒロインとのロマンスを主軸に走り出したところで興味も共感も薄れていた。

両親の恋愛に巻き込まれて虐待されたレイにとってロマンスなど良いものとすら思えない。つい最近も玉砕したばかりである。この先寝食を共にする同居人が根っからの女好きであることも思い出せば、余計に恋愛に良い印象を持てない。子どもの頃に裏稼業の人間に色目を使われた記憶も更に最悪の印象を手伝った。


大まかなレイの感想に、少しだけ首を傾けて返したティアラだが、否定的な意見については気にしない。それよりも彼が読み返すほどに気に入った前半部分のことばかりが気になった。

プライド達から聞いた彼の経歴や事情を考えれば、どこが気に入ったのか思い当たりもしたが今ここで明らかにするような無神経なことはしない。前半も素敵ですよね、と明るい口調で返しながら彼女の胸に残るのは。


……きっと〝ライアー〟が何も覚えていないのは彼も哀しい。……筈なのに。


プライド達からそこまでしか未だ聞かされていないティアラは純粋にそう思った。

ライアーと再会こそ果たしたが、全てを忘れてしまっていた。それでも互いに無事和解はできたと。

二人が再び歩み寄れたと聞いた時はほっと安堵をしたティアラだが、しかし彼はそれだけじゃ寂しいのではないかと胸が締め付けられた。あくまで彼が裁判に掛けられたことしか知らない筈の自分にそれ以上踏み込むことは許されない。だが、しかし。




目の前の彼からは全くそんな気配は感じられなかった。




「……貴方は、その本みたいにもう一度会いたい人はいますか……?」

本当ならライアーに忘れられていることに傷ついていてもおかしくないのに、今の彼からはそういった類いが全く感じない。

人の気持ちに敏感な彼女には、それが不思議で仕方が無かった。予知をした時はあれほど胸が張り裂けそうなくらい恐くて哀しかったのが嘘のようだった。

その疑問を胸のままに少しだけ関連づけて問い掛けてみれば、レイの眉間が僅かに狭まった。王族の機嫌を損ねたわけではないことは良かったが、妙な問いをすると思う。やはりアランが何か吹き込んだのかとも思ったが、どこまで知ればそんな疑問を自分に投げかけるのかまで結論が届かない。

王族と没落貴族の邂逅に、教室中が学校一静まり返す中でティアラの細い声はしっかり響いた。そしてレイもまた同じく独り言のような声で彼女に返す。


「もう、いません」


まるでもうこの世にはいないとも、もう会えたとも取れるレイの言葉にティアラはただぎゅっと胸を両手で押さえた。

淡々とした抑揚の無いレイの言葉では、真意がどちらか彼女にもわからない。しかし、自分へまっすぐに向ける瑠璃色の瞳は陰ることがなく透き通っていた。

思わず唇を絞る彼女に、今度はレイが探り合いはやめようと言わんばかりに口を開く。目の前の王女が少なくとも自分へ嘲笑目的で訪れたのではないと理解した。


「償いますが後悔はしておりません。今はただ正当な裁きの上での償いとー……、……未来の為に。ここに居ます」

迷い無いその隻眼に、ティアラもそれ以上は問わなかった。

一息静かに吐き出した後「素敵ですね」と心からの笑みで彼に返す。

後悔はしていないと言った彼が〝未来〟を語る姿は間違いなく光に満ちていると思えた。予知したような哀しさも重さも感じない彼の表情に、その未来にはきっと二度と自分の予知は再現されないと確信できる。


「ちゃんとお勉強して、教師の方々からそれ以外もたくさん教わって、素敵なお友達を作って下さいね。我がお姉様のプライド第一王女もそれを心から願っていますから」

それではまた、と。

そう言ったティアラは読書の邪魔をしてごめんなさいと一言添えてくるりと背中を向けた。

少し機嫌が良さそうに後ろ手を組み直しながら、アランと共に教室を後にする。うっかり友達にまで手を振らないようにだけ気をつけた。


続いて教師達も去り扉が再び閉ざされるのを見届けてから、ゆっくりと教室がざわめきを取り戻した。

王族独特の空気が消えたことにレイも肩が上下するほどに深く息を吸い上げ吐き出してから再び本を手に取った。まさか朝から王族に絡まれるくらいならば、用事も素直に一限前に済ませておけば良かったと後悔する。

しかしこれ以上苛立ちで特殊能力を発現させる方が困る彼は、本を開きながらまた深呼吸を繰り返した。

閉じたところがわからなくなり、仕方なく適当に自分の気に入り箇所から読み直すことにした。




 〝─それから俺達は語り合う〟

〝今思えば、最も幸せな時間だった頃のことを〟




再会を夢見続けた愛読の一冊を。


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