Ⅱ341.生徒達は目撃し、
「えっ、あの御方って……⁈」
「⁉︎えっ、待ておいお前みろって‼︎」
「なん……っっっ⁈‼︎‼︎」
その来訪に、生徒の誰もが目を剥いた。
悲鳴とざわめきが更なる波を呼び、校門の前で津波が来たかのような騒ぎが起きる。雨で視界も悪い中、傘を持つ生徒の方が反応も遅れた。
傘を持たずに駆け込む生徒の足は止まり、傘と雨粒越しにそれを確認した生徒は目を疑う。息を飲み瞬きも出来ず、瞬間的には理解もできなかった。
一体どうなっているのかと声も出ず、その人物へ尋ねることも当然できない。それでも行き場のない叫びや声が漏れ、そして注目の的へと左右に道を空けた。
普通教室へ足を踏み入れたレイへのざわめきなど遥かに凌ぐ。
ピチャッ、と雨で泥濘んだ道を躊躇わずに進む人物に偽物ではないかとすら思う。
しかし、傍らに並ぶ騎士の内の一人に傘を差され歩む姿は紛れもなく本物だと示していた。
その〝王族〟の登場に道行く生徒は目を離せない。早朝に登校する生徒と異なり、もう始業も近いその時間帯では普段は王族とすれ違えたことどころか一目見ることすら叶わなかった。唯一目にする機会は昼休みの食堂くらいのものである。
家や距離の都合から、いくら登校する王族を見たくても叶わない生徒は多い。
だからこそその登場に誰もが口を開けたまま動けない。一体どうして、何故と思いながらその美しさに釘づけられる。
雨の中で金色の髪を揺らす姿すら、その王族を輝かす為の装飾ではないかと錯覚した。
美しさを覆い隠すどころか、むしろ引き立て輝かす。その眩さに女生徒は傘を落として口を覆い、男性はあんぐり口を開けたままもう動けない。
護衛を任されているアランとハリソンには想定できた光景だが、それでもアランは王族の為の傘を持ちながら小さく苦笑した。
護衛対象が見事に全生徒の注目を独り占めする中、注目の人物は緩やかに手を振ってはすれ違う生徒へ笑みを送った。
目が合えば顔を紅潮させ、崩れかける生徒もいるほどに〝彼女〟は美しい。
「おはようございますっ、プラデスト生徒の皆さん。今日はお邪魔しますねっ」
ティアラ・ロイヤル・アイビー。
次期王妹にして、第二王女の彼女は軽やかな足取りで道を歩いた。
足元の悪い道を歩くことに慣れてはいないが、気にしない。馬車から降りた後も転び掛ければ優秀な騎士を手を貸してくれ、むしろ雨の中歩けることが少しだけ特別な気持ちになった。
次第に彼女が連れてきたかのように雲の隙間から太陽が姿を見せ出す。雨が引き、勢いを急激に失いパラパラサラサラと傘を叩く余力もなくなった。
第二王女を照らす太陽が、雨上がりに相応しい金色の王女を美しく輝かす。
「晴れてきましたねっ」と王女が嬉しそうに二人の騎士へ笑い掛ければ、濡れていた足下がキラキラと反射で光り出した。王女の行く道が宝石を散りばめたように輝けば、いっそ最初の雨もこの天気全てが彼女の為のものだったのではないかと過ぎる生徒まで現れる。
それほどに雨上がりに笑う彼女は愛らしく、王族の肩書きに相応しいほど誰の目にも美しかった。
……
「ティアラ第二王女殿下……!お足元が悪い中、ようこそいらっしゃいました‼︎」
ティアラの来訪に、中等部校舎の昇降口には既に教師が控えていた。
既にレオンとの来訪でティアラと顔を合わせることも初めてではない教師だが、今回は少し顔色が悪かった。その様子にまさかまた理事長からの連絡不届きがあったのかと心配したティアラだが、「どうしました?」と尋ねれば彼らから発せられたのは雨の中での来訪への謝罪だった。
ティアラ本人が指定した迎え場所である昇降口だが、王族でしかも女性を雨の中歩かせてしまったことは教師達が心臓に悪かった。天気など王族にすらどうしようもないのだから仕方ない。
それを理解するティアラも、くすりと小さく笑ってから気にしていないと教師に返した。
「それよりも今日はありがとうございますっ。例の件でお忙しいのは重々承知でしたが、どうしてもレオン王子殿下が次にいらっしゃる前にもっと学校に詳しくなりたくて」
「いえいえ!ティアラ第二王女殿下に興味を持って頂き、教職員一同光栄に思っております!」
肩を狭くして笑い掛けるティアラに、案内役の教師は深々と礼をした。
同盟国の王子であるレオンへの案内役として学校の見識を深めるために、ティアラ単独での来訪見学をと城からの報告を理事長の口から伝えられたのは今朝早くだった。隣国の王子と共ではなく、第二王女単身での来訪はいつものように護衛の数も大勢の騎士ではない。
体験入学中の王弟と同じく、二名の優秀な騎士のみに任された。
「今日はちょうどセドリック王弟殿下がいらっしゃらないので、彼らに私の護衛もお任せしましたっ」
校内にも詳しいですし、とそう言いながら改めてティアラより顔なじみの騎士二名が教師に頭を下げた。
数日前、大好きな姉と兄に頼まれた大事な代理の護衛運び役だ。
ティアラにとっても姉の近衛騎士として信頼に厚い彼らが最も望ましい。何より、本来の目的の為にも彼ら二人でなければ意味がない。
教師の一人に傘を預け団服についた水滴をパラパラとアランが払う中、ハリソンは今すぐにでも離脱したくて堪らない。通常のように教室へは向かわないティアラの背後に佇む彼に、アランは暴走する前にと早々に「見回り頼む」と促した。
一瞬の風だけ残して消えるハリソンに、ティアラも一度振り返れば気にしない。それでは宜しくお願いしますと、教師へ最初に向かいたい場所を希望を伝えた。その先に、教師達も目を皿にして一瞬互いに目配せし合ったが、第二王女の希望に添うべく速やかに移動へ動いた。
廊下を歩く間も注目を独り占めするティアラだが、今はその視線も生徒ではなく案内役の教師へ移っていた。「驚かれましたよね」「どうぞ宜しくお願い致します」「お姉様も皆さんに期待しています!」と戸惑いが残る教師達へ明るく寄り添いながら鼓舞して声を弾ませる。
「教職員の方々はとても優秀な方ばかりだと理事長からも伺っていますっ。そんな素晴らしい教師の皆さんに教えて貰える生徒さんは我が国の希望ですね!」
第二王女本心からの称賛に、教師もお世辞と受け取りながらも顔が熱くなる。
さらにはすれ違うだけで甲高い悲鳴やざわめきの第二波を起こすティアラは、彼女の足音だけが今は軽やかだった。
レオンと一緒の学校見学も楽しいひと時だったが、こうして自分とアランやハリソンだけの見学も楽しいと思う。教師の話をいつもの倍はたくさん聞けるのも嬉しい。
今日だけは特別に始業前から終業時間までじっくり学校見学を父親のアルバートから許されたティアラはスキップをしたいくらいにご機嫌だった。そしてその軽い足取りと共に、アランに手を取られながら階段を上り続ければとうとう目的の階へと辿り着く。
校内でさえあればティアラが見学する範囲自体はプライドのいる中等部や隣接する後頭部以外でも自由だが、今日彼女が最初に訪れると決めていたクラスはたった一つだった。
こちらになります、と。そう告げた直後に教師が扉を開く。既に騒然としていた筈の教室は教師と廊下の声で一時的に静まりかえっていた。
しかし扉を開かれた先で現れた王族に、一拍の息を飲む音だけを残し今日一番のざわめきが波立った。どうしてここに王族までと、予想をしなかった来訪に生徒が目を剥き光らせ肌を紅潮させる。
こんにちわ、失礼致しますねと歓声にも慣れた笑顔で返すティアラは物怖じせずに一点へと歩み出す。途中で見知った生徒に気付いたが、大勢の中で話しかけては駄目だと目だけを合わせて笑い掛けた。
彼女もこの教室だったのだと嬉しい再会に口元が緩みながら、目的人物へと歩み寄る。
「こんにちわっ。貴方がレイ・カレンですね?」
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