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フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
頤使少女と融和

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Ⅱ336.頤使少女は思い返す。


「もうっ!もう‼︎なんで!副団長に!まで‼︎」


もう!と、大人げなく枕に噛み付き声を抑えながらベッドで板の上の鯉みたいにジタバタしてしまう。

寝衣に着替え、専属侍女のマリーとロッテとおやすみの挨拶を交わした私は絶賛大反省中だった。騎士達やステイル、ティアラの前でこの残念さはとても見せられない。けれど、一度くらい発散しないと堪らないくらいには頭の中がパンクしそうだった。ここ最近は連日で脳内が忙しすぎる。

色々すべきこともしたいこともあるけれど、取り敢えず今一番に嘆きたいのはネル先生、もといネルのことだ。


まさか彼女が副団長と兄妹だったなんて。


全く考えもしなかった。

もしかしたら選択授業に大人しく出ていたら「ダーウィン」の名で気づけたかしらとも思うけれどきっと私もカラム隊長と同じく、名前を聞いたところで他人だと思っただろう。いつもは副団長と呼んでいるし、別段珍しい家名でもないもの。

マリーのお陰で無事に雇われてくれることになったネルだけれど、あの後騎士団演習場にも向かったらしいしきっともう副団長も全部知っているだろう。今まで私達に秘密にしていたことも、彼女の様子から考えて頷ける。〝騎士が身内にいる〟というだけでもそれなりの牽制や勲章になるけれど、副団長の妹なんて掲げようとすればいくらでも特別視されてしまう。

アーサーが騎士団長の息子であることを大声で言いふらさないのと同じように彼女も隠していた。きっと副団長も、彼女自身の力でコツコツ夢を叶えて欲しかったのだろうなぁと思う。……のに、私が最強の青田買いをしてしまった。

いやだって!ネルの刺繍は本当に本当に素敵で‼︎あのままアネモネ王国に流れちゃうのが惜しくて堪らなかったのだもの‼︎


本当に刺繍もドレスも素敵で一目惚れで、だからこそどうしても手放したくなかった。

彼女の才能はマリーも認めてくれたし、きっときっかけさえあればこれから先彼女は私以外の客からも注文が殺到するだろう。今はただ単に目新し過ぎてお金を出すのを渋られているだけだ。

近々良い機会もあるしその前に直接私から彼女と商品の買い取りとあわよくば契約も結んでおきたかった。契約する前にネルから買い取った商品をもし〝あの〟場に出せば、彼女一人に迷惑がかかることだって目に見えている。だから早々にマリーと引き合わせて私にも紹介してもらって、無事彼契約を結んでくれたしちゃんと契約内容も問題ないと自信はあった。……けれど、彼女は副団長の妹さんだ。


結局最初の問題に帰結すれば、ボフリと顔面ごと枕に沈めてしまう。

ただでさえ、アムレットの件で騎士団長にも騎士の極秘派遣でご迷惑をかけたのに続いて副団長の妹さんにまでちょっかいを出してしまうなんて迷惑過ぎる。

極秘視察を知っている副団長からすれば、私達には知られたくもなかっただろう。なのに知り合うどころか、ちゃっかり懐に入れてしまった。本当に今度会った時にどうお詫びすればいいのか……。

ネルにしたことは後悔していない。彼女も喜んでくれたし、嫌がるようであれば諦めるつもりもあった。ただ、副団長の妹さんを勝手にリクルートしてしまったことが申し訳なくて仕方が無い。次お会いした時には全力で妹さんは才能ありますと主張しなければと今から思う。


「……アーサーもびっくりしてたわよね……」

はぁ……とまた溜息を深く吐いては枕に突っ伏す。

ネルを見送った後アラン隊長と交代して凄まじい速さで王居を去って行ったアーサーは、あの後もなかなかの不機嫌だったらしいとステイルから聞いた。今日は休息時間にも私の部屋に来なかったから夕食の時に話を聞いてみれば、アーサーに合図で呼ばれて稽古に付き合っていたらしい。

手合わせをしながらネルと副団長のこともアーサーから聞いたけれど、何よりも「クラークあン野郎ふざけんな」と副団長を呼び捨てした上での大激怒だったと話していた。……きっと、副団長の愚痴を言いたくてステイルを呼んだのだろうなぁと思う。彼からすれば本当に予想外の再会だった筈だもの。

ステイルは珍しくアーサーから呼び出されたのが嬉しかったのか、呆れながらも少し機嫌が良さそうにその時のことを軽く話してくれた。アーサーのことを考えれば本当に巻き込んでしまって申し訳ない。

ステイルがアムレットやエフロンお兄様と接点を持ちたくないのと同じように、学校潜入中はアーサーも前もって知っていたら今回のネルへの勧誘にも同席はしたがらなかっただろう。……まぁ、それを知る前からアーサーは同席に引き気味だったけれども。


副団長の妹さんということは、実年齢は見かけよりも大人なのかなぁと思えば、子どもの頃のアーサーもお世話になったことがある人かもしれない。

明日になれば、アーサーからも少しはネルのことを聞けるだろうかと考える。二人のやりとりを思い出しても、きっと仲は悪くなかったのだろう。私もネルの事情はアムレットと一緒に少し聞いたけれど、詳しくは知らない。今後彼女とは長い付き合いになればと思うし、王女相手じゃ言いにくいこともあるだろうから知れることがあれば聞いておきたい。


「やっと……レイのことも落ち着いて、あともうひと頑張りだと思ったのに……」

頭に浮かべればいいものを、思わず愚痴めいて零してしまう。

ごろんっ、ごろんと広いベッドに転がりながら枕を強く抱き締める。解決をしているどころか、雪だるま式で親しい人達へのご迷惑が広がっていることに頭が重くなる。ネルのことや、女子寮のことみたいな個人的なことを思い巡らせばゲーム関連の事件もまた頭に浮上した。



『三件の人物像が見事に共通しております』



うん、きっと間違いない。

ジルベール宰相の言葉を思い返しながら、私は一人頷く。

彼女が既に暗躍していたことは恐ろしいけれど、少なくとも既に判明した攻略対象者のディオス達にはまだ悲劇を見回っていない。レイも間接的には被害を受けたけれど、直接やりこめられてはいないしその前にライアーと再会できた。それに、ジルベール宰相のお陰で彼女の影を知れることができたことは大きい。最後の攻略対象者を最悪思い出せなくても彼女をどうにか止めることができれば、ゲームで彼がラスボスから受ける被害だけは防げる。


そう思いながら、私はぐるぐると第二作目のラスボスを思い出す。

レイと一緒に芋づる式で存在は思い出せたけれど名前が浮かばなかった彼女が、今ははっきりと誰だかわかる。

ゲーム内の最高権力者だったレイと並んで揃う色合いの長い髪。青みがかった緑髪に暗緑色の瞳を持った彼女は、ゲームではまるで見栄と優越感の固まりのように煌びやか過ぎるドレスと高いヒールを履き文字通りレイの権威を笠に着ていた。

レイが思い通りになるお陰で学校で好き放題していた彼女はまるで女王のように君臨していた。レイを騙して利用し続け、ファーナム兄弟を自分の従者のように扱いながら大事なお姉様を精神的に苛み壊し、ネイトへ至っては権力を得るより前から両親を売るように伯父を誑かす悪魔のようなラスボスだ。……ただし、


第一作目のラスボス女王プライドとは比較にならない。


庶民学校の女王も、本物の女王には叶わない。

戦闘力もチートのプライドと違い、彼女の権威もそして戦闘力も全てレイが補っていた。どのルートに行ってもレイはライアーの居場所を握っている彼女の味方だったし、だからこそアムレットがルートに入るとレイは良心の呵責とアムレットへの愛で苦しんでいた。

ハッピーエンドルートになれば、どの攻略対象者でもレイが反旗を翻した途端ラスボスはなす術もなくなる。最終的には黒炎に飲まれるか、良くても全てを失うかのどちらかだ。

つまり、彼女自身は何も持っていない。主人公のアムレットと同じで特殊能力もなければ生活だってもともとはー……。


「……けれど、学校にはいなかったのよね」

口から零しながら、ぼんやりと顔ごと視線を窓へと向ける。

ここからは見渡せないけれど、中級層に位置する学校。そこに少なくとも三人の攻略対象者と主人公は揃った。でも彼女はいない。

年齢で考えれば中等部に居るはずだけれど、攻略対象者を探す中で見回しても影はなかった。そしてジルベール宰相の話から考えてもきっと彼女はこの城下に居る。身体的特徴と捜索する理由もできた今、彼女を見つけ出すのもまた目的の一つだ。

このまま最後の攻略対象者を思い出せなかったら、彼女が最後の手がかりになるかもしれない。極秘視察中に見つけ出すまでする必要はないけれど、早く見つけないと第二のレイが生まれてしまうかもしれない。

動き出している彼女はきっと今も標的を探している。ゲームでも弱い立場の人間に味方のふりをして甘い言葉を囁いては騙したり陥れたりと、人を目下で支配する為なら逆らう生徒を学園追放だってさせた彼女の性格はレイに出会う前からの筋金入りだ。ゲームのネイトへの悲劇が良い例だ。……立場を得る前から自分より下の立場や境遇に人を陥れることが、不幸にしてそして見下すことが大好きな人間だ。

そう思いながら、私は頭を整理する。今、私が極秘潜入として考えるべきはラスボスの行方とそして最後の攻略対象者。ジルベール宰相も近隣の衛兵に呼びかけるとはいってくれた。騎士団長と副団長へのお詫びと挨拶も女子寮もアムレットのプレゼントも今は明日の学校を無意味に過ごさないことを最優先に考えよう。攻略対象者の記憶だってまた少し思い出せたのだから。


両手首をぎゅっと掴み、そのまま胸を押さえつける。大丈夫、第二作目の三人だって悲劇へ行く前に止められたのだからきっと今度も上手くいく。そう自分を鼓舞して口の中を飲み込んだ。

最後の攻略対象者だって罪のない民だって、これ以上彼女に足を踏み外させたりはしたくない。

人を見下し高い位置で嘲笑う彼女のゲームでの姿を思い出しながら、私は小さく口の中だけでそのラスボスの名を呟いた。








()()()()


 






……





「はい、大丈夫です。すぐに戻りますから!」


ぺこりと頭を下げ、一人の生徒が男子寮から出て行く。

彼が深夜に寮を出入りすることは珍しくない為、管理人は今夜も軽く手を振ってそれを見送った。

仕事で遅くなるその生徒は深夜に帰ってくることもあれば、帰ってこない日もある。生徒一人で夜遅くに出て行くことを最初は心配した管理人だが、今では慣れた光景だった。

男子寮でも学級でも誰にも分け隔て無く仲良く社交的な彼は友人に遊びに誘われることも多かったが、深夜まで続く仕事を理由に断っていた。

中等部に入るまでは働かずとも衣食住が無償で保証されているにも関わらず、誘いを必ず断り仕事に行く。

男子寮でも生徒によっては寝静まっても良い時間に、生徒は一人校門へと駆けていく。もう騎士もいなければ守衛もいない校門の向こうを目指す。

満面の笑みで駆け、寮生徒用の出入り口から校外へと出た。途中に守衛が控える小屋があったが、窓の向こうから手を振ればすんなりと振り返された。

正門の前に佇んでいるであろう影の持ち主をこれ以上待たせたくない彼は外に出た後も駆け続け、そして月明かりにうっすら照らされたその少女に手を振った。自分をずっと待ってくれていたであろう、その少女に。そして彼女もまた彼の名を声に出して呼ぶ。




「ケメト」




「グレシル!お待たせしました‼︎」

生徒は笑い掛ける。

入学して間もなく知り合った、()()()()少女へ向けて。


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