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フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
頤使少女と融和

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Ⅱ334.騎士は怒鳴り込む。



「っっクラッ……副団長‼︎‼︎」


怒声に近いその声が響かされたのは、ちょうど騎士団の演習が切り替わっていく合間だった。

数十メートルは離れた位置からその姿を確認したアーサーが張り上げた声に、副団長であるクラークはすぐに振り向く。各隊の演習を巡っていた彼は、ちょうど全隊を確認し終えたところだった。

聞き慣れたその声に軽く手を上げて返すと、思った通りの人物が駆け込んでくることに軽く検討付けた。


いつもならばとっくにプライドの近衛任務を終えて戻っている筈の彼だが、今日は違った。

第一王女であるプライドの都合で一時的に護衛任務が延長されていた。その旨は内密にクラークも騎士団長であるロデリック越しに話は聞いている。


ロデリックは騎士達の監督場から王居に呼ばれていった為、今はいない。ならばアーサーがこうして駆けてくるのも自分というよりも騎士団長である彼を探しているか、もしくはプライド関連だろうかと考えながらアーサーの方向へとゆっくり足を運んだ。

特殊能力でなく足の速さに定評がある彼はみるみる内に距離を詰めてくる。こんなに急いで走ってきたならこのまま休息時間を予定より早めに取るよう助言をしようかと考えつつ、もう普通の声すら届く距離に至るアーサーへ「どうしたどうした」と笑い掛けようとしたその直後。


「ッンでネルさんがアレしてんの黙ってやがったンすか⁈‼︎」


その場どころか、騎士団演習場中に響き渡りそうな叫びが響かされた。

あまりの凄まじい叫びに、演習中にも関わらず手や足を止めかける騎士まで現れる。「どうし」と言い途中で言葉を上塗られたクラークもこれには目を丸くした。

アーサーから予想外の怒声にも驚いたが、彼の口からその名前が放たれたことにも両眉が上がる。珍しく息を上げている彼に背中を僅かに背中を反らしながらも耳は塞がずに済んだ。しかしあまりの大声と、更には見回さなくても刺さる視線の数に笑みのまま口元が引き攣りかける。

こんな時が来ることを全く想定していなかったクラークではない。しかしまさかこの時にと息を引く。


副団長、と何とか体裁は保ったがその直後は乱れた言葉遣いの混ざった彼に、大分動揺しているようだと考える。

今日最後にアーサーと会ったのは早朝演習の後。ならばそれから彼はずっとその言葉を言いたくて今この瞬間まで堪えていたのだろうかと考える。

蒼い目を若干血走らせながら睨んでくるアーサーに「まぁ落ち着け」「場所を変えよう」と宥めながらクラークは騎士達の演習場所から彼を遠ざける。妹の存在を隠しているわけではないが、彼女の現状を今このタイミングでアーサーが何故知っているのかで極秘任務が勘付かれたら大変なことになる。

近場にあった射撃訓練所の裏まで誘導し、その間に彼の呼吸が少しでも整うようにやんわり語りかける。ちょうど休息時間を取ろうと考えていたクラークと同じようにアーサーもこの後は休息だった筈だと頭の中で整理を付ける。

パァンパンッ!と定期的に銃声の響くここならば、話し声を聞かれる心配も少ない。


「どうしたアーサー?とうとうネルに会ったか。意外と気付かれなかったな」

「クラークテメェなんで黙ってやがった⁈」

くっく、と敢えて喉を鳴らしながら笑って見せるクラークに、アーサーが今度こそ火を吐く勢いで怒鳴り込む。

顔を真っ赤にして怒るアーサーにクラークは「すまなかったな」と軽く謝罪をしながらも笑みのままだ。プライドと共にアーサーが生徒として潜り込むと決まった時から、この時が来ることはある程度覚悟していた。


しかし、何も知らされていなかったアーサーからすれば堪ったものではない。

ジャンヌに最も無関係と思われる筈であるアーサーが一時的に近衛騎士として〝被服講師〟との対面用の当番に選ばれたが、プライドに頼まれた時から生徒である自分も気が気でなかった。いっそハリソンに頼んだ方が良いのではと考えたが、彼とアランはセドリックの任務で学校講師に顔も割れている。カラムだけでなくセドリックの護衛までプライド関連だと知られれば、ジャンヌの正体も気付かれてしまうかもしれなかった。

隣に講師として同職であるカラムがいることで自分の印象も薄れられる筈と願いながら並び、なるべく顔を覚えられないようにと近衛についた時から落ち着かなかったアーサーにとって、ネルの登場はあまりにも恐ろしい事態だった。顔を覚えられないようにするどころか、昔の知人が現れたのだから。

ネルが現れた時点から、彼女より遥か先に知り合いだとアーサーの方が気付いていた。みるみる内に顔が蒼白になっていくアーサーにカラムも無言のまま心配になったほどである。目の前でプライドとティアラ相手にいっぱいいっぱいになる彼女を眺めながら、せめてこのまま自分に気付かず去ってくれと百は願い続けた。アムレット相手に死にかけるステイルの気持ちが痛いほどによくわかった。

しかもその彼女がこれからまさかのプライドの……、と考えれば今もギリリッと返事を待つ間に歯軋りを鳴らしてしまう。他の騎士には見せられない副団長への反抗と怒りの結集体が腹に宿る。


「最初はネルの仕事が決まって落ち着いたらお前やクラリッサさんにも話そうと思ったんだが……、プライド様の件があっただろう?あの時にはアイツがちょうど講師の募集を受けているところだったんだ。あの場でジルベール宰相に知られたら、あいつの合否にも影響しかねなかった」

肩を竦めて見せながらゆっくり、低めた声色でアーサーを落ち着かせるように言葉を返す。

当時兄である自分の家へ一時的に世話になることになった妹は、ちょうど講師の求人募集に飛び込んだところだった。まだ教職員が選抜中だった当時、もし自分の妹であるネルが講師に応募していると知られればプライドの正体を隠す為に億が一の芽としてふるい落とされていた可能性もある。教職員の選抜を担当していたのは、あの場にいたジルベールなのだから。

彼ならばプライドの為、正体に気付く可能性がある因子は意図的に学校から遠ざけかねない。

折角数年ぶりに国外から帰ってきた妹にとって絶好の就職を、自分の所為で棒に振らせたくは無かった。ただでさえ、刺繍職人としてロウバイ王国では上手くいかなかった経緯を知っている自分にとっては絶対に。


『私の家はっ……お勧めできません。今、家が少々バタついておりまして』


プライドの〝隠れ蓑〟として自分の家が候補から外された時には心から安堵した。

もしそうなれば自分は妹を家から一時的に理由をつけて追い出すしかなかったのだから。

クラークの言い分に少しだけ呼吸が深くなり出したアーサーは、今度は荒げるのを堪えて「父上は知ってンのか」と確認を取る。クラークもそれには苦笑混じりに頷いた。

友人であるロデリックには既に酒飲み話として語った後だった。しかし、妹の仕事に目処がつき生活が落ち着くまでは黙っておいて欲しいとクラークから頼まれた為、ロデリックも妻やアーサーにも話してはいなかった。


「それにアーサー、お前だってネルとはそんなに親しかったわけでもないだろう?」

「そりゃァそうだけど……」

尤も過ぎる言い分に熱が収まりかけたアーサーへ、更に冷やすべく言葉を重ねれば言葉を濁らせた。

父親であるロデリックとクラークが友人だった為アーサーもネルとは顔見知りではあったが、わざわざ帰国してすぐに知らせ合うほどの間柄でもない。親しさでいえば自分よりも母親の方が遥かにネルと親しかったとアーサー自身も思う。

仲が悪かったわけではない。だが自分とネルは明らかに行動区域からして好きなことも違い過ぎた。

それを数年ぶりの再会で突然もっと早く教えろと苦情を言っても無理な話である。

ゆくゆくはアーサーの家族にも挨拶に行かせようとクラークも思ってはいたが、今回の任務さえなければアーサーもまたここまで泡を食うことはなかった。もしネルが学校に講師として就任したと聞いてもわざわざ会いに行くまでもなく「良かったな」くらいのものである。


「っつーか……ネルさん、あんなに色々困ってたじゃねぇか。プライド様から聞いて全ッ然ネルさんの話だと思わなかったのに」

「言うことじゃないだろう?それに生活費だけなら私から援助はできる。お前にわざわざ心配かける話じゃないさ」

はははっ、と軽く笑い飛ばしながらクラークは腕を組む。

さっきまで怒っていたことが嘘のように眉を寄せてしょげた表情をするアーサーに気に病む必要はないと示してみせる。副団長として今は資金にも恵まれている。妹一人を支援する程度は支障にすらならない。

しかしアーサーからすれば自分の知らないところでクラークが妹のことで按じていたことも、父親は知らされていたのに自分は教えられなかったこともやはり引っかかった。自分にとって兄のような存在であるクラークに頼られなかったことの悔しさが形容できず喉で止まる。

口を結び顔を諫めて不服を顔で示すが、クラークはいつもの笑みのままだ。それにまた腹の底が苛立ちに火が灯れば、今度は意趣返しの一つもしたくなる。

時間がなくなる前にと、言ってやりたかったことの一つを彼へと投げてやる。


「……ネルさん、向こうで刺繍職人の商売上手くいかなくてこっち戻ってきたンだろ」

「ああ、だが心配することじゃない。あいつもちゃんと前向きに働いている。夢を諦めたわけでもない」

「ンで今はテメェが面倒みてんだな?」

「少しの間空いている部屋を貸してるだけだ。ネルも資金が貯まったら自分で職場の近くかもしくは隣国に移るつもりで」



「つまりテメェの家に居ンだな⁇」



ぴくりっ。

念を押すように低めたアーサーの言葉に、初めてクラークの肩が揺れた。

更には落ち着き払っていた顔が額からじわじわと湿っていく。ぴくぴくと口端が痙攣し、アーサー相手に今だけは動揺を隠せない。親友であるロデリックほどではないとはいえ、アーサーは自分の家の事情をよく知っている数少ない人物だ。当然、ネルが自分の家にいるということがどういうことになるかもよくわかっている。

思わず言葉を詰まらせ固まるクラークに、アーサーは唇を尖らせると「やっぱな」と確定づけた。自分の知らないところでクラークが確実に苦労していたのだとまた理解する。


「絶ッッ対まずいだろ」

「……まぁ、もうお互い大人だ。流石に今は昔ほどじゃない」

「いっそ俺ン家は?母上も父上もネルさんなら嫌な顔しねぇだろ。母上も店忙しすぎて手伝い欲しいっつってるし」

「いや、そうなるなら私が王都でもプラデストの近くでも部屋の一つや二つ用意した……。ネルも、あまり私に金銭面で負担をかけたくないと」

「だァから俺ン家っつってンだろォが。……視察終わるまでは絶ッッ対貸してやンねぇけどな」

ケッ!と吐き捨てれば、「わかっているさ」と返しながらもクラークの肩が丸くなる。

そう言うと思っていた……と頭の中だけで呟きながらも、痛いところを指摘された上に蜘蛛の糸を垂らされ取り上げられたことに首まで垂れる。

実際、プライドの学校視察が判明するまではロデリックからもネルを自分の家で暫くは面倒みようかと打診を受けていた。そして自分も色々な要素を鑑みた結果、それが最善策かもと考え始めていたところでプライドの極秘視察が決定してしまった。

今こうしてアーサーに知られてしまった以上切り上げてネルをベレスフォード家に頼むことも手の内だったが、アーサーが断った以上はそうもいかない。

自分を秘密ごとに弾き更には必要以上に焦燥させた仕返しに胸を突き出して歯を剥くアーサーは、フンと鼻息まで鳴らした。もうクラークを責める気はなくなったが、ネルとの予想外の再会で心臓に悪い思いをした自分の半分でも同じ疲労を味わえと思う。そして、だからこそ




「ネルさん、すっっっンげぇやべぇことになってンだからな」




教えてやらない。

はっきりと強い口調で釘を刺すアーサーに、クラークも今度は不安げに聞き返した。しかしアーサーは決めていた言葉だけ投げ言い直そうとは思わない。

この後にクラークがどうなろうともう知るかといじけるように放り出す。


本丸が来る前にとそのまま背中を向けて休息時間へ戻ろうとするアーサーに、流石にクラークも引き込める。

先ずアーサーが〝学校で〟知ったということは、もれなくプライドやステイルも知った可能性は高い。まさか今更になってネル関連でプライドの正体がバレたのか、もしくは彼女が学校から本当にそれで解雇を受けてしまったのではないかと肝も冷やす。

ちょっと待ってくれアーサー、と。汗を一筋滴り落として手を伸ばす。しかしそれを片腕で振り払うアーサーはもう長く束ねた銀髪しか向けてくれない。


「まさかネルが何かやったのか?それともお前が知っているということはプライド様の……」

「テメェで考えろッ‼︎絶ッ対プライド様に百回は頭下げンことになっからな‼︎吠え面かきやがれぶわぁぁぁああああああああか‼︎‼︎」

最後に火を投げ、人差し指だけをを突きつけてから駆け出した。

頭を⁈とクラークもあまりに不吉過ぎるアーサーの言葉に、何か不敬があったのかと血色が悪くなる。しかし自慢の足で逃亡するアーサーを追いかける暇もなかった。遥か遠くなる彼を掴まえるよりも先に、新兵の「クラーク副団長はおられますか⁈」の呼び声が引き留めた。

建物の影から飛び出したアーサーに続き、クラークも覚束ない足取りで前に出る。「どうした?」といつもより覇気の無い声で返してみればそれを頼りに新兵が駆け込む。

失礼致します!と礼をする新兵は、クラークの顔色の悪さに気付くことなく緊急の連絡事項を彼へと告げた。


「ネル・ダーウィンと名乗る御方がお見えになられました‼︎副団長の妹君とのことで、今演習場の門前でお待ちになられております!」


「……なに?」

ひくっ、とまたクラークの顔が引き攣った。

さっきのアーサーの怒号と「やべぇことになってる」の意味を嫌でも頭が考える。このタイミングであいつがと、もう嫌な予感しか浮かばない。

学校で一体何があったんだと思いながらクラークは頷き、自分の部屋まで彼女を案内通させるようにと新兵に命じた。不吉過ぎるアーサーの言葉に、これは確実に門前で済む話ではないと予感した。

まさか自身の〝嫌な予感〟を遥かに上回る緊急案件が生じるとは、思いもせずに。


クラーク・ダーウィンの苦悩はこれからだった。


Ⅰ693.Ⅱ8

Ⅱ3-2

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