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フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
頤使少女と融和

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そして敗北した。


「どういう……つもりだ。何故君は降参など」

「んーー、取り敢えず歩きながら話さねぇ?肩貸してやるから」


結果の方が気になる。明言せずともそう伝わる口調に、カラムも眉を寄せながらも了承はした。

騎士になることが確定した自分と違い、アランが一秒でも早く知る為にそれを優先したいのは当然だと考える。……勝ちを譲った、アランが。

予想よりも平和に会話する二人に、審判だった騎士も息を吐く。先ほどからふらついているカラムに、最後の蹴り飛ばされた後の着地でどこか痛めたのかと思い声を掛けた。そうでなくとも、試合中にカラムが激しく消耗していることは顔色から明らかだった。

大丈夫ですと貫き通すカラムにアランも笑いながら「固いなぁ」と呟き、隣に並ぶ。

カラムの右腕を自分の肩へ回させ、そして歩く。いっそ自分で担いだ方が手っ取り早いと思うアランだが、それではカラムが大怪我してると触れ回るようなものだった。一歩一歩の歩みで走れないことを歯痒くは思いながら、どうせ結果は逃げないと自分に言い聞かせ足並みを合わせる。


「……それで、何故なんだ」


騎士の殆どが張り出し場所へ向かった後を歩きながら、周囲に聞き耳を立てる者もいないことを確認する。それでも抑えたカラムの声に、アランは少しだけ視線を浮かせた。

「文句を言うな」とは言ったが、本当に文句ではなく言及で始まったのが少し面白い。茫然としてたのもあるだろうが、閉幕まで何も言わなかったのもやはり自分の発言をちゃんと真に受けたのだなと考える。そうでなければ、あの場で異議を申したてることもカラムならしたかもしれない。

どういうもこういうも、と。出だしを繋げながらアランは苦笑う。


「良いじゃねぇか。どうせお前が本調子だったら俺負けてたし」

「そうとは限らないだろう」

「剣でお前に勝ったことねぇだろ」

「素手での格闘では私が負け続けだ」

淡々とした会話は、往復も互いに早かった。

アラン自身、それではカラムを納得させるほどの理由にならないこともわかっている。そしてカラムも、そんな理由だけで新兵が本隊騎士の機会を投げ出すわけがないことも知っている。

カラムの目から見ても、アランは優秀な新兵の一人だった。十四の頃に一度入団を逃したと新兵の共有部屋で話していたのを聞いたことはある。だが、そうとは思えないほど身のこなしには長けていた。

そして冷静に思い返しても、やはり今の負傷した自分と優秀な運動神経を持つアランではたとえ弱点を突かれても突かれていなくても自分が負けていた。本当に、時間の問題だった。

本調子では分からずとも、右脚の負傷した自分と縦横無尽に駆け回れるアランは最悪の対戦組合せだ。

どう言葉を選んでも、アランに優勝を譲られたのは間違いない事実でしかない。


「アレを、見たからか」

「ん〜?まぁな。つーか、条件知ったらこれしかねぇし」

あっさりと。

カラムの直球の問いかけに、アランも誤魔化すことなく認めた。あまりに平然とした口調で言われ、カラムも一瞬詰まった。一度は「そうじゃないけど」と誤魔化されると思ったばかりに、虚をつかれすぐには返せなくなった。

右脚の怪我を見たから。そしてカラムが課せられていた家からの条件を知ったから。

分かりきっていたことだが、自分の為にあの場で試合を放棄したのだと認めるアランにカラムは今日だけで何十度目の歯噛みする。アランに知られたことは事故だが、結果としては自分の所為でアランは優勝者の座を不当に失ったことになる。

互いに歩き、声を荒げることも出来ず潜めながらの会話になるのももどかしい。


「なぜ君がそこまでをする必要がある。本隊騎士になる確実な機会を捨ててまで私に同情することはないだろう」

若干声が低くなってしまったことを自覚しながら、カラムは必死に平静を意識した。

〝騎士〟の名は、他者への同情程度で手放して良い称号ではない。しかし一番今腹立たしいのはアランにではなく、こんな形であろうともやはり本隊騎士になれるという権利を手放さない自分にだ。

アランに言われた言葉の通り、騎士になれる以上はあんな形でも文句を言ってる場合じゃなかった。


カラムの声に凄みが増し、若干苛立ちの色まで含んだことにアランは少し顔が引き攣る。

うわー怒ってる、と人ごとのように思いながらも頼むから今怒鳴るなよとヒヤヒヤする。あそこまで追い込んでみても甘えの一つも見せず騎士になる為死に物狂いになった男がまさか今更辞退するとは思わない。むしろその程度の覚悟だったら譲るだけ無駄だからと、わざと追い込んだところもある。

しかしここで公になって不正行為でも二人揃って疑われたら堪らない。自分はカラムから別に何を貰っても取引すらしていない。あくまで規則に基づいて認められた自己判断で負けを認めただけなのだから。

怒るなよー怒るなよーと心の中で唱えながらまずは「同情とかじゃなくて」と誤解を訂正すべく口を動かす。


「お前が騎士になんねぇの勿体ねぇから」


………。と、カラムは口が固まる。

意味もわからず顔ごとアランの方に向ければ、彼の顔色はまったく変わらずなんてことないような顔だった。

カラムの視線に「ん?」と今気付いたように目を向けるアランは、ぶはっとそれを笑い飛ばす。

自分でも今の言葉が説明不足なのはわかっている。


「いや、だって最後とか言われたらさあ。お前絶対向いてんのに騎士にならねぇなんて騎士団(俺達)にとって勿体ねぇだろ」

カラムを助けようと思ったわけではない。本人の事情を不憫や可哀想とも思わない。カラム自身が断言していたように、アランにもそれなりに事情がある以上譲れない。

しかし去年から本隊騎士に最年少で選ばれるような実力もあり、誰の目にも優秀でしかも特殊能力にも恵まれている。騎士の手本のような言動を表も裏もなく貫くカラムが騎士以外の道を選ぶことがどうしても勿体ない。

アランの理由は感情ではなく、ただそれだけだった。


カラムが今年最後の機会ではなかったらもしくは負傷をしていなかったら、アランも本気で勝負し優勝をもぎ取るつもりだったがどちらでもないなら仕方がない。

自分が騎士になる機会は来年もあるが、未来の絶対優秀だろう騎士を仲間として得るのは今年しかないのだから。

しかも決勝を終えても尚この調子だと、やはりこの真っ直ぐな性格は演技ではなく素だった。あんなに勝ちたいと言っていたカラムが、決勝の剣の押し合いで一度も特殊能力に頼らなかったことからも理解はしていたが。

カラムの負傷を黙っていると約束した時点で、もし自分がカラムにぶつかったら譲ると決めていた。

ただ、運良く決勝でぶつかってしまった為、もう後はないし良いかと思いちょっとだけ無茶させ過ぎたなぁとアランは反省する。本気で挑み、煽った自覚はあるが、あそこまで無茶すると思わなかった。これで本当に骨どころか足に後遺症に残ったら笑えない。そう考えると、今も張り出し場所よりも救護棟に責任持って直行した方が良いかもと頭に過ぎる。

そんな呑気なアランの思考に反し、カラムの方は返す言葉が出なかった。アランの世間話のような言い方もその言い分も、本気で言っているのかと疑う。新兵同士で交流が広く人格の良いアランが、同情して譲ってくれたとしか思わなかった。本当にそんな理由で本隊入隊する確実な機会をあっさり譲るのかと思う。少なくともこの一年、アランが絶対に本隊騎士になると新兵同士で息巻いていた姿をカラムも何度も目にしている。


「もともと首席は興味ねぇし。本隊騎士になれりゃあ……いや、副騎士隊長とか騎士隊長にはなりてぇけど。とにかく首席はお前で良いんじゃねぇ?」

しししっと歯で笑うアランは、後悔など微塵もなければ淀みもない。

返事のないカラムに、まだ文句や納得できない部分があるんだろうと考えるが、どちらにせよ自分があの場で優位に立ったのだからやったもん勝ちだと開き直る。

無言のカラムを良いことにずんずんと少しだけ歩速を増した。結局は最初から向かっていた張り出し場所へそのまま足を進めてしまった。もう二人揃って視力で捉えられている。救護棟へ向かわないとなぁぁと思いながらも、やはり結果が気になる。すると、とうとう本隊騎士の手で張り出され始めた。発表を見終えただろう新兵の騒ぎ声が一気に膨らみ破裂する。

おぉっ⁈と思わず声を漏らすアランに、カラムはここで一度離脱するかと決める。もう良い、急いでいるところすまなかった、あとは自分で歩けると言おうとした時。


「おぉぉい‼︎‼︎誰か俺の名前もみてくれねぇ⁈」


キンッ‼︎と肩を借りる距離にいたカラムは思わず顔を顰め仰け反った。

まさかの、自分の目で見るまでも待てないアランがその場で新兵達に呼びかけ出した。何の情緒もない。

普通はこういう張り出しは自分の目で見たいものではないのかとカラムは思う。しかし、アランは情緒よりも知る方が優先だった。

アランの大声に、張り出し場所にいた新兵の大半が振り返る。アラン!お前なにやってんだ‼︎なんで降参なんか!なんでカラムと肩組んでんだ⁈怪我させたのか⁈エリートと喧嘩か⁈っつーか俺らから言って良いのか⁈と結果を見終わった者から駆け込んでくる。

中には「俺は本隊上がったぞ」と嬉しい報告も交えてくるが、今はとにかくアランは自分の結果が一番知りたい。

良い良い‼︎取り敢えずどっちかだけ‼︎名前あったかなかったか‼︎‼︎と大声で急かすアランに、カラムは耳が壊れる前に距離をとりたくなる。しかしがっつりと回した腕を掴んでくるアランに、耳を背けるしか抵抗ができない。

情緒を雑に扱うアランに新兵達も少し戸惑うが、本人が言うならと代表として一人が答えを告げた。


「名前があった」と。


おおおおおおおおおおおおおおあおぉぉぉぉおおおっっ‼︎‼︎と、瞬間にアランは今日一番の雄叫びを上げて跳び上がった。

マジか‼︎‼︎‼︎と言いながら結果を教えてくれた新兵へ手放しで飛び込み、勢いのまま抱き着いた。マジか⁈やった‼︎‼︎よっしゃあ‼︎‼︎と何度も喜びの声を上げ、両手を放し飛び上がってはまた別の新兵はへと抱き付いた。さっき自分が本隊に上がったことを教えてくれた新兵にも抱き付き、やったな‼︎同期じゃねぇか‼︎と満面の笑みだった。大興奮のあまり顔も紅潮し、目が光るように輝く。その一連の動作だけで五分以上有頂天で燥いだ後、アランは



カラムを地面に放り捨てたことに、やっと気が付いた。



「よっしゃああああああ‼︎‼︎…ッッうおお⁈‼︎やべぇ‼︎わりぃカラム‼︎‼︎」

ビクッッ‼︎と身体を跳ねさせ、赤みがかった顔から一気に青に引いたアランは慌てて駆け寄った。

アランが結果を聞いた瞬間に勢いよく手を離し飛び出した為、突然支えを無くしたカラムはそのまま倒木のようにバタリと地面へ仰け反り倒れ込んでいた。

あまりにアランの雑な扱いと格好悪過ぎる上に間抜けなカラムの転倒に、見ていた新兵も呆気を取られ助けられなかった。いつものカラムならば、これくらいでよろめく事もないのだから。

倒れた後も意識があることは新兵達の目でも一目でわかったカラムだが、受け身だけ取った後はそのまま脱力していた。受け身を取ってもなお右脚が削がれるように痛み、だがそれ以上に。……目眩を覚えるほどの安堵で頭がくらくらした。

アランが気付いた時には、新兵達がカラムに手を貸そうとしていたところだった。しかし呼びかけられた声には一音で返せても、途中から瞼まで閉じたカラムは差し出された手を取る気力どころか、気付くこともしなかった。

ぐったりと身体中の虚脱感を覚えながら、もうここで寝たいと投げやりに思う。自分が本隊入隊したことに浸るよりも前に、アランが入隊できたことに心の底から安堵し胸を撫で下ろす。


「わりぃわりぃカラム‼︎っつーかよ聞いたか⁈俺も入隊だってよ‼︎」

「そうか……良かった……」

当然聞こえていたと、言い返す気力もない。

ぐったりとしたカラムの声を聞きながら、アランは慌てて自分の手でカラムを助け起こす。悪いと言いながらもやはり入隊できたことで頭がいっぱいになるアランは、にこにこと笑顔が復活した。

いや良かった‼︎これでお前も同期じゃんか‼︎と言いながら、怪我人の起こした背中をバシバシ叩く。


「!そーだお前もこれから正真正銘のエリートじゃんか‼︎やったな‼︎おめでとう‼︎‼︎」

「……君も、おめでとう……」

ハァ……と、腹の底から息を吐く。

額を片手で顔ごと覆い、そういえばお互いにそれを言っていなかったなと気付いた。そういう状況じゃなかったのだから当然だが、感情が二周回って呆れしか出てこない。アランに引き摺り回されているような感覚になりながら、また深い息を吐く。乱れた髪がそのまま目にかかった。


「なんだよ同期だろ同期‼︎他人行儀にすんなって‼︎‼︎あーあとケネスとマートもな‼︎」

バシンバシンとまた背を叩く。

完全に浮き足立ってさっき目の前で本隊に上がったと話していた新兵を紹介するアランに、自分が怪我人なのを忘れているだろとカラムは思う。

しかし腕を取られ、立ち上がらされれば大人しくまた肩を借りる。また再び救護の態勢になる二人に新兵達は改めてカラムが怪我をしたのかと尋ねた。怪我をしたことは明かせても、まさか決勝前からだったとは言えない。

「試合後も疲れてたから肩貸してやった」「来る途中で転んだ」と。アランが笑いながら言った言い訳に、カラムも無抵抗に肯定した。


「じゃっ、俺ら一旦救護棟行ってくるから。今夜皆で飲もうぜ」


今度こそ救護棟へ連れて行こうとするアランに、カラムももう自分で行けると言う気力も無くした。

未だにうきうきと笑顔を輝かせるアランの横顔が視界にチラつきながら、口を閉じて呼吸を落ち着けた。

念願の本隊騎士。

それをきちんと実感するには、まだ自分は時間がかかるだろうと静かに思う。今日までを夢に見た数は果てしない。入隊が決まった時、自分は泣くのか笑うのか、幸福感に満たされるのか解放感に襲われるのかと今日まで色々考えた。しかし現実はそんなのを覚える余裕も間もなく茫然とするだけだった。

更には今も。自分に首席を譲られた理由を知り、自分に譲ったアランも入隊が決まったことに安堵したにも関わらず全身に満ちるのは今まで想定したどれでもなく─




水面のように静かな〝敗北感〟だけだった。




「集まるから飲もうぜ。あとお前叙任式どうすんだ?」

「その前に私とお前は本隊騎士の手続きだ……。叙任式も、怪我治療の特殊能力を受けて何とかする……」

試合に勝って勝負に負ける。それを騎士になる前に味わうことになるとは夢にも思わなかった。

救護棟での治療と、本隊騎士手続き。更にはそこで言い渡された騎士団長への挨拶を二人が共に渡り終えたのは深夜に回ってからだった。


Ⅱ31-感謝


本話をもって重版感謝話は取り置き停止します。

これからは作者Twitterにて重版のお礼をさせて頂きます。

本当に皆さまありがとうございます。

これからもよろしくお願い致します。

心からの感謝を。

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