表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
頤使少女と融和

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

509/1000

そして否認する。


「……い、おーいレイちゃん。終~わったっつの。俺様いつまで鏡持っててやんねぇといけねぇんだよ」


こつん、と。

突然横から頭を突かれ、一気に意識が視界に戻る。考え込み過ぎた所為で何も聞こえていなかったと今気づく。折角頭がまとまりかけた所為でまたライアーだ。

安物の手鏡を手に俺様へ突き付けてくるライアーを横目で睨み、それから顔を向ける。「寝てたか?」と言われても目を閉じてた覚えはない。考え事をしてただけで目をずっと開いていた。にも、関わらずわざと言いやがってこの野郎。


だが鏡の中の男を見れば、苛立ちも削げた。ほぉ、と声を漏らし正面から顔を向けてやれば「自分で持て」とそこでライアーに鏡を押し付けられた。仕方なく自分で持ちながら、まじまじとそれを眺める。……悪くない。

思わず口元が緩んだら、すかさず鏡の中にライアーまで入って来た。早く退けと、ニヤニヤ笑ったツラで押し出され椅子から立たされる。俺のいた椅子にズカッと音を立て腰を下ろすライアーは、大きく伸びをしながら欠伸を溢した。


「レイちゃんったら何話しかけても上の空でよぉ。暇で暇で立ったまま寝ちまいそうだったぜ。良いか?今度はお前が無視される番だからな兄弟。俺様ゆ~~くり寝てるから起こすなよ」

「ふざけるな。さっきまで俺様に話しかけてたんならテメェも起こし続けてやる」

「なにそんなに俺様と話してぇの⁇ほんとにいつまで経っても甘えただねぇレイちゃんは」

ぶっ殺す。

そう思いながら気付けば拳に力が込もる。記憶を取り戻してから本当にコイツは腹が立つほどライアーだ。

俺様が城門から出て来た時からここに来るまで息を吐く暇もなく質問攻めにしてきやがったのはそっちの分際で。

しかも俺様が考え中の間もどうやら話しかけてきていたらしい。ここまで来るといっそ指で突かれるまで頭が没頭していて良かった。そうじゃなけりゃあ何度首ごとライアーに振り返っていたかわからない。

俺様の気も知らねぇで椅子に足を組み寛ぐライアーは「まったく手がかかる」と寧ろこっちの台詞を言いやがる。ふざけやがってこっちの方こそこの六年間お前の不在にどんだけ手を焼かされ




「ど~せジャンヌちゃんのことでも考えてたんだろ」




「……………………」

「はぁ~やだやだ俺様置いて先に女作っちまうとか……、……?おーい、レイちゃん⁇そこ居るんだろ⁇」

一方的に言葉を続けたライアーが、途中でゆっくり振り返る。

俺様に向けていた横顔のまま、僅かに顎を上げて目をこっちに向けてくる。話しかけてくるなといった分際で、返事がしない俺様に尋ねてくる。

何を返せば良いかわからず口を閉じ切ったままの俺様に、鼬色の瞳が合う。一度大きく見開かれた眼差しの直後「……マジ?」と低めた声が投げられた。なにがマジだ何が。

やっと言い返せそうになるまで口が動いたのに、僅かに隙間が空いたところで「う~わっ‼︎」と耳を塞ぎたい声量で叫ばれる。

てっきり俺様の考えなんかお見通しだと思ったが、どうやら鎌をかけただけだったらしい。馬鹿みたいな鎌かけにうっかり引っ掛かったことに、奥歯を食い縛り顔の筋肉に力を込める。どこまでも人を食いやがってこの女好きの変態野郎。


「やめてくれよレイちゃん頼むから手ぇ出すな?な⁇いや良い女だぜ超良い女。そりゃあ俺様も結構好みだしアリか無しかなら大アリだがジャンヌちゃんだけはやめとけ?とっくにお前のコレだったんなら腹抱えて応援してやるけどそうじゃねぇならマジやめとけもうマジのマジ。俺様イイ女は星の数ほど見てきたがジャンヌちゃんはちょっと桁が違うから。なんつーの?高級品でいったら金銀財宝っていうより触るな危険取り扱い注意物とかそういう類⁇いやそういう女に惚れる気は俺様もよぉぉおおくわかるがとにかく」

「勝手に盛り上がるんじゃねぇ。俺様があんな女に惚れるわけねぇだろ」

勝手にまたベラベラ捲し立てるライアーに、もうさっさと寝ろと思う。

こっちの言い分も聞かねぇで人前も気にせず大声で騒ぎやがる。これじゃあ言いふらしているのと同じだ。

大体ジャンヌのことを考えてただけで惚れたとは一言も言っていねぇ。なんでもそっちの方向に持ち込みやがって色惚け野朗が。

低めた声を張り言い切ったが、それでもライアーは飽きない。寝首を搔ける俺様に平然と横顔を見せながら「お年頃だねぇ」と楽しそうに笑いやがる。

俺様の否定にどこか安心したように肩の力を抜くのが余計に腹が立つ。今の俺様にアンカーソンの権威がねぇとはいえ、なんであんな顔だけの化物庶民芋女をこの俺様が高嶺の花扱いしてやんねぇといけねぇんだ。騎士の親戚がいようと、化物だろうとあの女がただの庶民であることには変わらない。

それなのにライアーの言い分はまさに俺様じゃ無理だと言っているようだった。ふざけるなそんな




そんなことまで見通されてたまるか。




『私が会わせてあげる』

違う。俺様は惚れてない絶対に。

蘇ったあの紫色の眼差しに、一瞬だけ口の中を噛む。次の瞬間ボワリと足元に黒炎が溢れ、迷わず踏み消した。

ダン‼︎‼︎と響く足踏み音に、ライアーが「ムキになるなよ兄弟」と軽い投げてきた。

そのまま振り向くなと頭で念じながら焦げた床を何度も蹴り叩く。途中からは本気で八つ当たりになっていると自覚しながら思考ごと踏み潰す。知るかクソ俺様があんな芋女。

けらけらと笑いながら「床にあたるなあたるな」と勝手に自己完結するライアーを今は無視する。どうせ大嘘つき野朗のコイツのことだ。今の軽口も鎌掛けか揶揄いに決まってる。俺様があの女に惚れる要素がない。顔が良いこととライアー探しに協力した以外何もない。

この俺様が惚れてやるわけがない。あり得ない、笑い話にもならねぇ。認めてやるものか。認めると同時にその瞬間俺様は






奴にフラれたことが決定するのだから。






『本当の恋人なら、私より心も身体も弱い男は願い下げよ』

あの時はただ圧倒されただけの言葉が、今は胸糞悪いほどに腹に太くぶっ刺さる。

まだ、あの時は今より金もあった。アンカーソンが処断された後も、学校での俺様自身の権威は大して変わらなかった。あの女だってこの俺様を的に男にも女にも注目され、腹の底では悪い気分じゃなかった筈だ。貴族だった俺様が庶民の女の元にわざわざ一度以上足を運んでやったのだから。

貴族に目をかけられ、更には恋人の名札までくれてやったのは俺様の方だ。……にも関わらず。

その上で、断られた。

俺様が身も心もあの女に劣ると断言され、見せつけられ、叩き返された。あそこまでボコボコに男を振る女がいてたまるか。なんでこの俺様がそんな女に惚れてやらなきゃならねぇんだ。…………違う、惚れてないし振られていない。

とにかく今よりは遥かに金も権威もあった状態で、それでも恋人どころか恋人の〝振り〟で両断された。今ここで俺様が惚れたことを認めたら、その時点であの時もフラれたことになる。あんな女にこの俺様が、金も学校の権威もあった時の俺様がフラれるなどあってたまるか。


『レイがジャンヌに振られたってー‼︎』

『ジャンヌに振られたクセに』

『振られたくせに‼︎』


ガン、ガン、ガンと。

ただただ屈辱でしかなかった筈の庶民共の言葉が、今は鈍器で頭を殴りつけられたように何度も痛む。

軋む頭を肩で抱え、指の先に血が溜まるほど力を込める。

ここで俺様が認めたらあの馬鹿共の言葉まで事実になる。それだけは絶対に有り得ない。

「〜からよぉ、レイちゃん。とにかくやめとけ?ジャンヌちゃんのことは綺麗な思い出にしちまうのがガキにゃあ一番健全だ」

「…………惚れてないと言ってるだろうが変態野朗」



この俺様が振られたなんて、絶対に。










……










「ふふっ……すごい、信じられないわ。こんなに好きなことだけで話し続けられる人がいるなんて」


口元を隠しながら、窓際の席に掛ける女性は笑う。

テーブルに置かれたカップを半分残し、ひたすら会話を楽しむ彼女は上機嫌だった。

向かいの席に座る女性に初めて会った気がしない。自分の好む刺繍や裁縫、被服の話だけでなく、最近のデザインの流行や幅広い教養に精通したその女性へ心からの笑みを向ける。

最初こそは自己紹介から誕生日、好きな食べ物など定番の話題から敬語でばかり話していたネルだが、今は完全にその女性と打ち解けていた。


「私もとても嬉しく思います。ですが、一番信じられないのはやはりこの刺繍です。……本当にお一人で卸されているのですか?」

笑顔で返しながら、女性の手にはネルの作品の一つが広げられている。

美しい刺繍の施されたレースを手に、マリーは信じられないという想いをそのまま彼女に伝えた。既に一枚の試作品は目にしていたマリーだが、お茶会で話で弾んでからはネル自らがトランクの中を見せていた。相手が商品を粗雑に扱わないことも信頼した上で手渡した作品の一つひとつが、マリーには手の上で光り輝いて見えた。

既にネルの身の上話から将来の展望まで聞いたマリーは、話を聞きながら何度も膝上の刺繍に目を奪われかけた。常に集中力を怠らない筈の彼女の目を奪うほど、そのデザインは素晴らしい出来だった。

元々、主人の突飛な料理などで〝見慣れないもの〟に見慣れている彼女に、従来の無いデザインへの抵抗はない。それよりも糸の一針一針まで計算し尽くされた繊細な刺繍には開いた口が暫く閉じなかった。


マリーの言葉に、肯定で返すネルだがそこで少しだけ眼差しに憂いを帯びる。

講師を始めてから作品を褒めてもらえることは増えた。そして今目の前にいる女性は間違いなく刺繍や服飾に心得のある人間である。その女性にすらこうして褒めて貰えたのに、どうしてこんなに売れないのか。やはり値段設定が高すぎるのかと弱気になりかける。

売れたい、大勢の人に手にとって欲しい、認められてもっと素敵なデザインや仕事を任されたい。けれど自分の作品の価値を貶めたくはない。

これまでの人生で何度も考えた葛藤が再び胸を波立てる中、目の前でいくらでも自分の刺繍を褒めちぎってくれる彼女の言葉が何らかの詐欺ではないかとすら疑いそうになる。

まさか、マリーがここまで一つの品を褒めちぎり続けることなど滅多にないとネルは知らないのだから。


「ネルさん」


はい⁈と、ぼんやりと遠い目をしかけていた頭からを引っ張り起こすような声に背筋が伸びる。

じっと真剣な眼差しを向けるマリーに、疑いかけたことが見透かされたのかしらとネルは僅かに肩身を狭くした。これほどまでに打ち解けた相手に、言葉にせずともそんな失礼なことを考えるなんてと。言及される前からネルは己で己を叱咤する。すると



「私の主人を是非貴方に紹介させては頂けませんでしょうか」



これを見た時から決めてました、と。そう言ってマリーはポケットから一枚の試作品をネルへ広げて見せた。

商品として作り込んだどの刺繍や服よりも出来が甘いその作品に、ネルは目を溢れそうなほど丸くする。真剣そのものの眼差しで語るマリーに指先まで硬直させ、頭だけが遅れて働いた。


……やっぱり、騙されているのかしら。


都合の良すぎる展開に、今度こそ詐欺を本気で疑った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ