表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
頤使少女と融和

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

504/1000

Ⅱ327.頤使少女は手繰る。


「でもジャンヌ、そんなのじゃとても」

「そんなことないわ。きっととても喜んで貰えると思うの!」


アムレットとの恋バナ相談から再び本題に戻った私は、狼狽える彼女に両手を合わせて笑い掛ける。

エフロンお兄様への誕生日プレゼント。最初の相談について今はお互いに案を固めているところだった。彼女としても反抗期中とはいえエフロンお兄様に何かは贈りたいらしく、今はパウエルや他の友達にも秘密での計画中だ。

最初に今までどんな物を贈っていたか尋ねれば、小さい頃は花や手紙。それから先は服や手袋、靴、ご馳走とか買っていたらしい。全部ばっちり実用的な物ばかりだった。生活も苦しかったしお兄様も毎回喜んで使ってくれたと。

ならやっぱり、この贈物が一番良いと思う。


それでも「確かに兄さんなら何でも喜んじゃうけど……」と心配そうに声を漏らすアムレットは、口角は未だに下がったままだ。

彼女としてはこれを機会にエフロンお兄様とパウエルにも大人っぽいと思われたいから、間違いないように熟考したいのだろう。そういう意味では、好きな人への贈り物以上の緊張感かもしれない。

そしてお兄様からしても、ステイルのことを話せない以上はアムレットのことを認めてあげる良い機会だ。


「もっと大人っぽいものにしたくて……、また子ども扱いされたら喧嘩になっちゃう」

「子どもっぽくなんてないわ。お兄様にわかって欲しいのでしょう?本当は手紙がきちんと気持ちも伝わるし絶対嬉しいとは思うけど、……それは難しいわよね?」

私の問いかけにアムレットが大きく二度頷く。

手紙の授業も選択科目にあるけれど、反抗期中の女子に身内へ手紙を書くのはハードルが高すぎる。なら、これが一番丁度良いと思う。

頷きながらじわじわとまた顔を紅潮させるアムレットは下唇を噛んだまま私を見つめ返した。顔の部品が全て中心に寄った力の入った表情だけど、今度は否定が入らなかった。

肩まで力が入ったまま眉まで寄ったアムレットは、私と目を合わせた後今度はぎゅっと両拳を握った。


「……わかった。そうしてみる……!」

力強い言葉をくれたアムレットは、ゲームでも見た覚えのある覚悟を決めた表情だった。

確か攻略対象者と一緒に学校をラスボスに譲り渡そうとするレイを止めることを決意した時と同じ表情だ。……つまりはそれだけの覚悟を決めさせたということになる。まさかの反抗期真っ只中のアムレットにとってはラスボス決戦と同域の試練だった。

そう思うと自然と苦笑いに口が緩んでしまう。眉を中央に寄せたままのアムレットは、自身を奮い立たせるように強い声を放つ。

「年に一度の大事な日だもん。認めて貰う為にも恥ずかしいなんて言ってられないよね……!」



『年に一度の大事な日だもん。…………に喜んで貰う為には恥ずかしいなんて言ってられない』



……あれ?

ふと、アムレットの力強い言葉と記憶の中の台詞が重なった。

ゲームのアムレットだ。確か物語の中盤くらいで、攻略対象者の誕生日プレゼントを贈る為に市場で買い物を……、…………誕生日⁇

目の前でアムレットが小首を傾げて私に呼びかける。瞬きができない目蓋で彼女を視界に入れたまま、今は反応ができない。それよりも頭の中の記憶を逃さないようにすることでいっぱいいっぱいだ。

そうだ、ゲームにもあった。アムレットが誰かの誕生日を祝うイベントが。脳裏に引っ掛かったそれが煙になってしまう前にと爪を立てる。呼吸をすることよりも今は〝彼〟のことが優先だ。

確か、ゲームでもアムレットが贈っていた。彼の誕生日を祝う為に。彼に喜んで貰う為に。だって、彼は



『僕なんて、生まれてこなきゃ良かったのにね』



記憶の向こう岸に、涙で潤みきった瞳が映る。

パウエルの瞳と少し違う、哀しげな色に胸が締め付けられる。……彼だ。

名前は、顔は、髪の色は、年はと。記憶を更に深く潜ろうにもそこで止まってしまう。

間違いない、彼を救う為にアムレットは市場に降りた。彼に自分の誕生日を受け入れて貰う為に。彼が生まれて良かったと、自分が誰よりもそう思っているのだとわかってもらう為に。


『君は優しいねアムレット』

『そんな言葉をもらえる価値なんて僕にはないよ』

『あの子達は何も知らない』

『言われて当然だから。……僕は、そういう人間だよ』

顔も見れないのに、その哀しげな眼差しだけが記憶に浮かぶ。

場面はどれも違う筈なのにその目だけが変わらない。哀しげに笑うその眼差しは間違いなくディオスでもネイトでも、そしてレイでもない。

あと少し、もう少しで思い出せる。少しずつ霧が晴れていく。声だって思い出せた。あとは顔と、そして名前だけでも思い出せればそれだけでー……






『────様の言う通りだ』







「ジャンヌ‼︎」

は、と。

まるで夢から覚めたようにそこで視界に意識が戻る。気が付けばアムレットが目の前で私の両肩を掴んでいた。

目を開けていたままの白昼夢に、やっと瞬きを繰り返す。「大丈夫⁈」と心配そうに眉を垂らすアムレットに、今視界に捉えられない人達のことも心配をかけているに違いないと理解する。

大丈夫、ぼうっとしてただけよと笑って見せながら軽く手を振れば、アムレットが落ち着かないように肩に乗せていた手を私の頬に添えてくれた。


「ごめんね、朝から調子良くなかったもんね。相談に乗ってくれてありがとう。ちょっと横になる?それとも帰る⁇」

そう言いながらベッドに腰掛ける私をそっとそのまま寝かせようとしてくれる。

大丈夫、大丈夫よと繰り返しながらうっかり心配をかけてしまったことを謝る。今朝も心配をかけたばかりなのに申し訳ない。

昼休みに仮眠が取れたお陰でもう元気な筈なのに、つい記憶にのめり込んでしまった。やっぱり主人公であるアムレットとの邂逅は正解だった。お陰でまたいくつか手掛かりは思い出せたもの。


「それよりもアムレット、知り合いにパウエルと同じような瞳の色の人はいない?」

話を誤魔化すついでにと、思い切って単刀直入に聞いてみる。

もし主人公と昔からの知り合いポジションだったり、既に学校で知り合っていればそれだけでも大手掛かりだ。

突然の問いかけに不思議そうに目を丸くしたアムレットだけど、すぐに考えるように頭を捻らせてくれた。小さく唸り、……残念ながらお思い当たる相手はいなかった。いや、でもまだ出会っていないと知れただけでも大きい。


「近いのはジャックくらい⁇学校以外だと知り合いなんて街の人くらいだし……、私の周りには居ないかな。元から街の人じゃない友達もパウエルくらいだし」

ジャンヌは知っているよね?と、彼がもともとアムレット達の街の人間じゃないことを知っていると私も頷く。

彼を街に……というか、その近辺に瞬間移動させたのはステイルだ。

そっか、変なこと聞いてごめんなさいと謝りながら、ふとそこでまた疑問が浮かぶ。一瞬躊躇ったけれど、ここまで話したら聞いてみても良いだろうかと改めて彼女と目を合わせる。


「……アムレットは、どうしてパウエルのことが好きになったの?」


ピキンッ!と、次の瞬間アムレットが表情ごと固まった。

さっきまで私のことを心配して青くなったり、やっと落ち着いて本来の肌の色に戻った彼女の顔がまたじわじわと低音調理のように赤くなる。しまった‼︎と、折角自分から遠ざけた筈の恋話を掘り返してしまったことに一拍置いてから気づく。


「ご、ごごごめんなさい急に無遠慮なこと聞いちゃって!配慮がなかったわ‼︎やっぱり今のは」

「………………さんが悪いの」

慌てて前言撤回しようとする私に、細く重なるようにアムレットの絞り出した声が掠める。

あまりにも小さな声に思わず言葉を止めて聞き返せば、彼女の肩がふるふると震え出しているのに気付く。もしかしてパウエルのことで何か思い出したくないことを想起させちゃったのかしらと息を引く。

アムレット……?と私も彼女に負けず霞ませた声で呼びかせれば、返事が今度はすぐだった。


「〜〜っ……全部兄さんが悪いのよ……‼︎」


真っ赤に染まりきった顔で震わされた声は、若干怒りも混じっていた。

私に向けてではないであろう怒りの方向に、それでも勝手に肩が上下する。彼女の名前を呼びながら、顔がヒクつくのを必死に隠す。まさかここで再びお兄様にまで矛先が向くとは思わなかった。

自分の両膝を押さえつけるように両手で掴む彼女は、力が入りきった細い肩を上げたまま小さな唇を暴れさせた。


「昔から私に男の人の理想像を語って聞かせて擦り込んだのに、パウエルが来た途端パウエルにまでそれを毎日毎日教え込んで……!パウエルもすごく素直だったから兄さんの言うこと全部信じて言う通りにしちゃって……‼︎気が付いたら本当にパウエルが兄さんの理想を体言しちゃってて……‼︎」

早口で言いながら真っ赤な顔を両手で覆うアムレットの声は、うっかり廊下に聞こえちゃいそうなほどの叫びだった。

まさかの導火線に思わず私も背中を反らしてしまう。

そのまま小爆発を起こしたように「兄さんのばか!」と叫ぶ彼女は若干泣きそうだった。

……つまりは、アムレットの男性への理想像を教え込んだのもエフロンお兄様なら、パウエルをその理想像通りに育てたのもエフロンお兄様ということだろうか。以前アムレットが理想の男性像を語っていたのを思い出せば、確かに納得できる部分も多い。


「なのに兄さんはパウエルにも私のこと妹みたいに扱わせるし……!本当なら私だって兄さんと全然関係ない人を好きになりたかった……兄さんにバレたら絶対大騒ぎされるに決まってるのに‼︎」

でも好きになってしまったものはしょうがないとばかりにアムレットはそのまま頭を大きく左右に振った。

まさかエフロンお兄様も自分が妹の理想男性を作り上げてしまったとまでは思わなかっただろう。しかもこの言い方から考えてもアムレットの好意にパウエルは愚か、元凶のお兄様も気付いていない。

もしかして彼女が寮暮らしをしたかったのは、そういう意図もあったのかしらと邪推してしまう。

ゲームでは少しずつ段階を踏んで攻略対象者と恋に落ち、彼らの手を引いていたアムレットがなかなか見事にお兄様に振り回されている。その姿を半分不憫半分微笑ましく思いながら、私は背中ごと丸くなる彼女の頭を撫でた。


「昔から一つ覚えみたいに同じことばかり言うし、小さい頃からそういう人が素敵だと教えられたのにパウエルは凄く素直で優しくて……」

わかる‼︎‼︎

顔を覆った指の隙間からその後もつらつらと流れるように、お兄様への不満兼彼女の苦労話と時々可愛い惚気が栓を抜いたように溢れ出す。


「なのに‼︎昔からずっと兄さんは私よりもずっとパウエルと仲良しで‼︎‼︎私が好きになっちゃうよりもずっと!ずっと前からパウエルも頼るのは兄さんで!」

ゲームとはまた違った意味で苦労し続けた彼女の境遇に同情しつつ、パウエルの惚気に関しては私も思いきり頷いた。

むしろ本音で言えばパウエルの褒めトークだけで一晩超えれると思うけれど、今それを言うと確実に誤解を生んでしまうから自重する。

今まで抑えつけていたらしい吐露の滝が堰き止められるのは、気持ちを吐き出しきった彼女が顔を上げてからだった。なにげなく時計を確認し「もうこんな時間⁈」と慌てて話を切り上げ持ってきたカップを片付けるべくトレーに乗せる。


「ごめんね、いっぱい話し込んじゃって。お陰ですごく気持ちが楽になった」

ありがとう、と少し疲れた表情ではあるものの笑顔を見せてくれたアムレットに私も言葉を返す。

もともと相談に乗るつもりではあったし、むしろ色々話してすっきりしてくれたのなら何よりだ。それに、……大事なこともいくつか思い出せた。

私を見送るついでに食器を返しに行く彼女に、私が持つわよと提案しながら部屋を後にする。食器洗いは危険過ぎて私はできないけれど、トレーを運ぶくらいならできる。


「また何かあったらいつでも話してね。贈り物も私で力になれることがあれば遠慮なく言って」

「ありがとうジャンヌ。でもこうして聞いてくれただけで本当に助かったから。いつか私の実家にも是非遊びに来て。!あっそうだ最後に」

アムレットと他愛も無い会話をしながら階段を降りる。

今度こそ心配をかけないようい会話にも意識を向けながら、今回の収穫は大きいと改めて頭を整理する。

パウエルとアムレットの事情について少し知れたり彼女と仲を深められたこともあるけれど、特に大きいのは思い出すことができたゲーム情報だ。最後の攻略対象者の声と瞳にそして




ラスボスの、名前。




忘れないようにと、頭の中にしっかりとその情報を刻んで私はアムレットと一緒に帰り支度を進めた。

まさかこの後言葉を失うことになるとは思いもせずに。


Ⅱ36.172-2.185.210-2.

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ