Ⅱ326.頤使少女は聞き入る。
「違うのっ……兄さんへの贈り物っていうのも嘘じゃなくて……ただ、パウエルのことをずっと聞きたかったのも……」
恥ずかしさのあまり顔を両手で覆ってしまったアムレットは、途切れ途切れに話してくれた。
私からなんとか「大丈夫誰にも言わないわ」と約束した後、アムレットも私も顔が茹だりっぱなしだった。まさか予想外のタイミングでの恋話突入に、お互い走り出しから息切れをしてしまう。まさかまだ恋に興味も持ってないかしらとすら思ったアムレットの片想い相手がパウエルだったなんて、完全な盲点だった。
辿り辿り語ってくれた彼女の話を要約すると、エフロン兄妹とパウエルは四年程の付き合いらしい。つまりはステイルが彼を助けたのと同年だ。
パウエルとはお兄様を通して出会ってすぐ打ち解けられたアムレットだけど、彼は過去のことを殆ど話してくれないらしい。お兄様はまた知ってるかもしれないらしいけれど、アムレット自身はパウエルのことを殆ど知らない。彼が出会う前にどうしていたかも〝家族亡くして家が無い〟と説明したのはパウエル自身ではなくお兄様で、パウエル自身が教えてくれたのは本当に行くところはないことと、そしてもう一度会いたい恩人がいることくらいらしい。しかも、その恩人がどんな人かすら彼は話してくれなかった。
「この四年で今はすっかり明るくなったけど、時々すごく寂しそうな顔もして……それに、思い出す度にその恩人に「会いたい」って話してたの。探すのを手伝いたいとは思ったけど、どんなことをしてくれた人かどころか名前すら教えてくれないの」
細い声でそう言いながら俯くアムレットは、ベッドに腰掛けながら膝の裾をぎゅっと掴んだ。
ティアラと同じようにアムレットもきっと人の感情には敏感な方なのだろう。だからこそパウエルの心の傷にも気付いてくれた。
そんな彼女がパウエルの力になりたいと思わないわけがない。しかも四年間だ。
お兄様の〝友人〟探しもそうだし、大事な人二人の探し人の力になれなかったことはきっと本人なりに苦しかったのだろう。レイルートではライアー探しに単身で城下を歩き回った子だ。更にはそこで見事に見つけ引き合わせている。……ある意味、あれもご都合展開というよりも彼女のチートだったのもしれない。だって、結果として今この学校でエフロンお兄様もパウエルもステイルとの邂逅を果たしているのだから。……幸い、エフロンお兄様は気付いていないけれども。
「それで、学校が始まってからパウエルが出会えたって話してくれて。けど、一度も紹介はしてくれなかったの。それでこの間パウエルがジャンヌ達と知り合いって知って、もしかしてって……」
『もしかしてっ、その……ぱ、パウエルが話していた子って』
あの時、必死な形相で何かを言い掛けていた彼女を思い出す。
あれからは一度も尋ねられなかった。もしかして、パウエルの話題すら人目を気にしてあげていたということだろうか。
単純に彼の過去についてだから考えたこともあるだろう。けれど、さっきの慌てぶりを考えると他の人に自分とパウエルの関係を気取られるのも避けたかった可能性もあり得る。
わかったわ、ともう何度目かになる相槌を彼女を落ち着かせるべく繰り返す。背中をそっと摩り、今度は私からも言葉を返した。
「すごくアムレットはパウエルのことを心配していたのね。けどね、私達も彼のことを詳しく知っているわけではないの。それに以前の彼に……」
会ったのは私やジャックではなくステイルです。
そう言いたいところで言葉に詰まる。ここでそれを言ったら、確実に今度はステイルにアムレットの注意がいってしまう。今日まで一生懸命遠ざけていたアムレットにがっつり狙われることになるし、それだけは私の一存ではできない。
ジャンヌ?と顔を上げるアムレットに、私も笑顔のまま顔が強張った。
……正直に言えば、パウエルとステイルの間に何があったかも少しは聞いている。それにゲームの設定という形であれば、がっっつりパウエルの過去を知っている。今はゲームと違う人生を歩んでくれてはいるけれど、少なくともステイルに助けられるまでの過去は同じだろう。〝家族を亡くして〟もエフロンお兄様の方便の可能性が極めて高い。
けど、それこそ絶対に言えない。
本来私が知るべき内容でもないし、何よりもパウエルが隠したいと思っている以上たとえアムレットであろうとも言って良いことじゃない。
「……ごめんなさい。やっぱり私からも詳しく言えないわ。それに、パウエルが隠したいことなら余計に話すわけにいかないわ」
肩を竦め、謝罪する。
本当は言えれば何よりなのだけれど、彼が隠したい気持ちが痛いほどよくわかる。ゲームでファーナムお姉様が弟達に隠しごとがあったように、彼もまた過去を隠した上でアムレットやエフロンお兄様と一緒に居たいと願っているのだから。
私の言葉に「そう、よね……」と首ごと表情も萎ませたアムレットは肩が丸くなった。彼女自身も玉砕は覚悟の上だったのだろう。
落ち込んだ様子のアムレットはそこで食い下がる様子もない。ただ、最初の彼女が問おうとしていた言葉を思い出せばそれだけでも否定しておこうと私はもう一度声色を落とし口を開く。
「私もフィリップもジャックも、パウエルとはただのお友達よ。パウエルが話してくれた〝恩人〟も、その言葉だけの意味だと思うわ」
少なくとも私はアムレットが想像するような関係ではないし、実際の恩人は私ではなくステイルだ。
そう意味を込めて伝えれば、途端にアムレットの顔が再び紅潮し出した。唇を結んで目を大きく見開いたままの赤面に、本当に微笑ましくなる。
安易にほっとするのではなく、恥じらうところが可愛らしい。もしかするとずっとアムレットは私を恋のライバルみたいに思ってたのかしらと思うと、その上で裏表なく仲良くしてくれたこの子は本当に良い子だ。前世の少女漫画だったら十中八九そこでイジメの主犯格イベントになるのに。
だけどステイルに会えた時のパウエルの反応を思い出すと、相手が女の子だったらと不安に思う気持ちも少しわかる。
あれだけステイルのことを想ってくれていたのだもの。きっと今までも自分を助けてくれたステイルのことを思い出し続けてくれたのだろう。
そう考えるとちょっぴり私まで自慢に思えて胸が温かくなる。実際は私は何もやっていないし、ここで私は無関係よと言うべきなのだけれども。……ステイルの安寧の為にもここはあくまでジョーカーは隠し通させて貰おう。
それにパウエルも以前に〝ああ〟言っていたことだし、その相手がアムレットという可能性はなかなか高いと勝手に考えてしまう。私が言うには野暮だし、ここは口を噤ませて貰うけれども。
「ところでアムレット。お兄様への贈り物についてなのだけれど、パウエルに相談できない理由を聞いても良いかしら?」
話を変えるべく、真っ赤に茹ってしまうアムレットへ話題を戻す。
ゆっくりとした口調で尋ねてみれば、彼女もハッとしたように肩を揺らしてから呼吸を整えた。あ、うん、と僅かに惑いながらも頷いてくれる。
「……今までは、パウエルとも一緒に兄さんへの贈り物を選んでたの。けれど、最近ちょっと私が一方的に兄さんに怒ってて……。ジャンヌ達の前でも、恥ずかしいところ見せちゃったでしょ?」
上目で私を除くアムレットに、以前校門前で大喧嘩していたことを思い出す。
まさかのステイルが喧嘩の元だった時の話だ。昔の友人について話せないお兄様と、将来は城で働く夢を認めて欲しいアムレットとの口論。色々と事情が交差して難しい状況だと思う。
「兄さんってばずっと今でも私のこと子ども扱いするし……。何かとつけては〝危ないから〟とか〝兄ちゃんに任せとけ〟って!だからもうジャンヌみたいにハンカチに自分と一緒に兄さんの名前並べるのも恥ずかしいくらいで……」
そこまで言うとアムレットはまた言葉を詰まらせた。
身内の悪口を言うのも気が引けるように表情を険しくする彼女は、ゲームの主人公とも違う等身大の女の子だなと思う。まだ十四歳だもの。
彼女の言いたいこともよくわかる。ステイルのことで隠し事をされているのもそうだけれど、あれだけ妹のことを大事大事にしているお兄様へ反抗したくなるのも年頃を考えれば当然だろう。……特に、今は。
「よりによってパウエルの前でもずっっと子ども扱いしてきて……、しかも学校ですら最初はパウエルに私の面倒をお願いしてたんだよ⁈初日なんて、わざわざパウエルってば高等部から学級に馴染んでるか様子まで見に来てて……‼︎もう妹としか見られてないし私恥ずかしくて恥ずかしくてっ……‼︎」
しかも当日にお昼まで届けに‼︎と耐えられないように顔を両手でまた覆うアムレットは、顔が休む間もなく赤みを増した。
その話を聞きながら、パウエルと出会った初日にやっぱり中等部から彼が渡り廊下を歩いてきたのはアムレットに会いに来ていたからなんだなと思う。
そしてお弁当を届けにとエフロンお兄様がパウエルに託したのも私達は目の前で見ている。確かに冷静に考えれば大人ぶりたい年齢の女の子に、その兄からのサポートは恥ずかしい。
ゲームではお兄様不在のアムレットは、どちらかと言うと攻略対象者の手を引っ張ってくれるようなハツラツとしたお姉さんタイプだったけれど……そんな女の子にとって実兄の介入は色々辛いだろう。しかも恋愛相手が幼馴染みのお兄さんタイプだ。
あちゃ〜……と、エフロンお兄様の妹への愛情がから回っているのを感じつつ、私は表情筋に力を込める。彼女曰く、何度子ども扱いをやめてと言っても断っても「兄ちゃんだからな」の一言で両断されるらしい。
「料理も、掃除も、買い物も裁縫も洗濯も全部兄さんがやってくれて……仕事だってたくさん掛け持ちしてるのに。私がやっても「アムレットは好きなことやってれば良いから」ってお礼は言ってくれても喜んではくれないし……特待生を目指すことも寮に入ることも私にとって良いことだから応援してくれただけで、服とか食器とか近頃じゃ珈琲器材までなんでもかんでも私の為に無駄遣いしていつもいつも自分ばっかり苦労して……」
段々と声色が下がっていく。
ゲームと違って苦手分野が増えているのもそれでかと納得する。ネル先生と話していた謎がまた一つ解けた。
お兄様が家のことをなんでもしてくれちゃうから彼女もスキルを鍛える機会がなかったということだ。ゲームだと周りには支えられつつも一人で生きてきたから必要に迫られてできるようになったのだろう。
同時に、彼女の不満が単純に子ども扱いされることだけじゃないんだなとも考える。不満といえば不満なのだろうけれど、お兄様の負担を思っての不満だ。
最後には消え入りそうな声で「私だって力になりたいのに……」と悲しげな音が漏れた。やっぱり大事な家族であることには変わりはない。
「勉強していつかは城で働いて、……それで兄さんが無理しないで良いくらいお金も稼げるようになるの。そうすれば兄さんだって私のこと一人前って認めてくれると思うし、……あのお友達にだって、いつかは」
そう言って寂しげに瞳を揺らすアムレットに私が胸が痛くなる。
やっぱり本当に良い子だ。結局はエフロンお兄様の為にも勉強を頑張っている。こんな可愛くて良い子相手にお兄様が過保護になってしまう気持ちも正直ものすっっごくわかる。ステイルのことを話せないのが心苦しい。
一度沈黙で止まるべく口を噤んだアムレットは、そこで小さく鼻を啜った。こんなに力になりたいと思っているのに、お兄様からは拒まれて将来も反対されて辛くないわけがない。本当は素直に頼られたいのだろう。
目の前の家族想いな女の子の髪を後頭部からそっと私は撫で下ろした。毛先の跳ねた胡桃色の髪が撫でた最後にぴょこりと跳ねた。
「……だから今は、あまり兄さんやパウエルにも頼りたくないの。子ども扱いされたくないし、……私は一人でも立派にできると、成長してるって思われたくて」
それが、パウエルにも相談できない理由だと言われなくてもわかった。
アムレットの視線が徐々に部屋の家具へと向けられていく。使い古された棚やカーペットはきっとお兄様とパウエルが運び込んでくれたものだ。本当に大事に大事にされている。
彼女も二人からも思い遣りには気付いてくれている。ただ、複雑な気持ちがそれを許さないだけだ。
「だから今日もネル先生にお願いして裁縫を練習したの。選択授業でも、……やっぱり座学だけじゃなく裁縫くらいは取っておこうかなって」
もともとは座学だけに興味があったのだろうアムレットの言葉がいじらしい。
本当に一歩ずつ前に進もうとしている。本当に学校を作ってよかったと思わされる。
欲を言えば他の実技も今は学びたいと思っているのかもしれない。けれど、将来城で働く為にはやはり座学で伸ばしたい部分が多いのだろう。勉強も特待生維持も忙しい中、昼休みに裁縫まで自主練習している彼女は優等生の鏡だ。
話しながら少し気持ちの整理がついたのか、大きく深呼吸をしたアムレットは三回繰り返した後に私へ顔を向けた。眉を垂らした笑みで「愚痴になってごめんね」と首を小さく傾ける。
「なんか、ジャンヌは兄さんもパウエルのことも知ってるから話しやすくて。あと大人っぽいからかな?」
ふふっ、と自分でおかしそうに笑うアムレットに私も釣られて笑ってしまう。
口元を手に隠しながらフフフッと声に出る。実際はお兄様よりも年上よと悪戯っぽく言いたくなりながら、今だけは同年の彼女と素直に笑い合った。
Ⅱ168.13




