そして見逃す。
「何をしてる⁈話せる理由があるならこの場で言ってみろ‼︎」
エリックにより強く放たれた牽制に、ライアーへ血眼になっていた男達は振り返った瞬間に目を剥いた。
まずい!騎士だと⁈と口々に叫んだ後はそのまま逃げ足へ変換しようとするが、エリックが当然逃がさない。未遂であろうとも誘拐であれば充分に犯罪だ。
一番に逃げようとした男から打ち止めるべく、駆け出した男のその腹を他の仲間達へと蹴り飛ばす。人間一人があまりの勢いで飛び込んできた男達は、団子になっていた分バランスも崩しやすかった。無力化には遠いが、そのまま地面に一度転がった彼らへ銃を突きつければそれまでだ。
銃を構えた騎士を相手にここで暴れればどうなるかは男達もわかっている。
動くな、と。一言の牽制に膠着した彼らをひと睨みしたエリックは、様子を見守っていた民衆へ衛兵を呼ぶようにと協力を叫んだ。
もともと衛兵が見回りすることが多い場所な為、数人が指示通り早足で呼びに走る。
まだ時間も余裕がある為、このまま〝彼ら〟を監視しつつ衛兵が来るのを待とうとエリックは考える。すると、先ほどまで屋台の屋根に乗ったまま降りてこなかった男がストンと軽い足取りで自分の傍へ着地してきた。
「助かりました、騎士様。突然彼らが襲ってきて……このままではどうなることかと」
「失礼ですが、衛兵が来るまでは貴方も動かないで下さい。お帰りになるのは言い分を聞いてからです」
先ほどの態度とは別人のように丁寧な口調で頭を下げてくるライアーに、エリックは敢えて強めに正す。
被害者が彼だったことは間違いないが、現時点ではライアーがただ襲われただけの可能性は低い。何らかの事件に関わっている可能性もある今、見当はついていても安易に帰すわけにはいかなかった。しかも実際に事情をある程度知っているエリックからすれば余計に手放せない。
単純にまだライアーが裏稼業達に狙われているらしいこともそうだが、まさかアラン達から聞いた〝トーマス〟は全て彼の演技だったのではと可能性まで考えた。
騎士を前にトンズラするほど勝ち目がない勝負もないとわかっているライアーも、素直に両手を上げて従う意思を示した。「いえ本当に何にもやってませんよ」と僅かにトーマスの仮面を剥がしながら、その場から動かず舌だけを回した。
「こいつらがいきなり襲ってきたんですよって。こちとら久々の市場を懐かしんでたってのに」
「久々ということは、最近この辺に戻ってこられたのですか?」
「そうそう。なんでもこいつら俺様を探してる奴がいるとかで手土産とか人質とか指一本から送りつけてやろうぜとか物騒なこと言うもんで」
そこまで言ってねぇぞ⁈手土産としか‼︎と次の瞬間男達の中から怒声が上がる。
あくまで被害者の発言の方が信憑性を高くもたれる為、エリックも今は半分聞き流す。彼が間違いなくレイと再会を果たした筈の男と同一人物とは確信するが、あくまで今は一騎士と軽犯罪に巻き込まれた容疑者として相対に努めた。
「何か覚えは?」
「はいはい。最近昔のダチに会ったんすけどそいつが近所中手当たり次第俺様を探し人で指名手配してたらしくて。んなことしたらこういう奴らに狙われるからもう止めろって昨晩飲んだ時に言ってやめさせたばっかなんすけどね。三下は情報が古いからめんどくせぇ」
騎士相手に途中からは喉を掻き毟りながら悪態を吐くライアーの言葉に、男達はぎょっとする。
以前学校で落とし穴に嵌められたまま仕事自体を放棄した彼らは、既に彼がレイと会っていたことも、その指名手配自体が終わっていたことも今知った。さっきまでレイのことも知らないと言い張っていたライアーへ歯をギリギリ鳴らす。
なら最初からこいつを追う必要もなかったのだと、地面に座り込んでさえいなければ地団太を踏んでいた。
彼らが自分の話に聞く耳を持ったと視界の隅にだけ捉えて確認したライアーは、ちょうど良いとそのまま更に情報を彼らへ垂れ流す。
「ていうかそいつも今日国に取っ捕まったらしいですしね。俺様なんざを手土産にしようとあっちにゃ払う金もなにもねぇ文無しだろうに」
「……よくご存知ですね。今日、ということは貴方も相当早くにご存知になられたということでしょうか」
もうレイには人質を取ったところで金は取れないと暗に語るライアーへ、鋭くエリックが指摘する。
昨晩飲んだという言葉が本当ならば、翌朝の検挙した現場に彼も居たのか。まさかレイが結局はライアーに騙されていた可能性も視野に入れ尋ねる。
いくら他の裏稼業達にもレイを狙う気を削がせる為とはいえ、騎士相手に少し話過ぎたことを自覚するライアーはへらりと笑ってそれに返した。僅かにエリックからの眼差しに敵意や警戒の色が見えたことに、これは自分の立場もまずいなということだけを理解した。
「ちょいと職場で噂が流れてきまして。まぁなのでこうして来たっつーか、まさか昨日の今日で早過ぎじゃね?と俺様もびっくりなんですよ。あいつもまさか今日捕まるなんざ言ってませんでしたし?」
どうせ二度と会うこともないだろう騎士相手に少し真実を混じえて今度は語ってみせる。
今朝、早朝から家畜の世話に戻っていたライアーだが、昼間に家畜商の取引先から噂で聞かされたのがレイの屋敷があった場所へ衛兵が詰め寄ったという話だった。
彼が逮捕されることは本人から聞かされていたライアーだが、流石に昨日の今日であることに落ち着いていられるわけもなかった。雇い主にもトーマスとして事情を話し、暇を与えられた彼は会える見込みがないことも承知の上でレイの屋敷にも訪れた。レイが城から帰っていないことを確認し、今度は城の近くまで様子を見に行こうかと思ったところで、……レイが以前雇っていた裏稼業に見つかり追い回された。
昨日までトーマスとして細々と城下の端で生きてきた彼がレイの屋敷まで近付いた結果である。
そうして人通りが多く、衛兵や騎士が足を運びやすい市場へ逃げ込んだところで現れたのがエリックだった。
「それが先ほど彼らの話していたレイ・カレンでしょうか。……失礼ですが、彼とはどのようなご関係で?」
「だぁからダチですってオトモダチ。流石に野朗相手じゃ食指も伸びねぇっすわ。昨日までまるっと他人だったけどよ」
自分がレイとの共謀を疑われていると感じ面倒になってきたライアーに、エリックは「昨日⁇」と眉を寄せた。
アーサー達から聞いた話では昨日の時点で彼はレイとの記憶がなかった。しかし今の話ではまるで昨日から思い出したかのような言い方にも聞こえる。
レイと会ったことで記憶を引き戻したのかと考えながら、更に一言踏み出してみる。
「昨日まで他人とは……?先ほどの話ではレイ・カレンはずっと貴方を探していたとの供述ですが」
「ああすみませんね、俺様この通りペラッペラなもんで。まぁでもマジでそんな大した仲じゃねぇですよ。べっつにアイツが一方的に俺様へピヨピヨ懐いちまっただけでこっちはただの寄生する気満々のクズだし。だからー」
平然と話していたことを否定したり肯定するライアーに、エリックも彼の真意が読めなくなる。
ただ、彼が昨日何かがあって記憶を取り戻したのだろうということは理解した。だがそうなると、元々裏稼業であるという事実も手伝って本当に記憶を取り戻した〝この〟男とレイを関わらせて良いのかと危惧をする。
この先の裁判でどんな結果が出るかはエリックもわからない。しかしあれだけライアーに固執していたレイがそのまま彼に利用されているとすれば、騎士として見過ごすことも
「忘れてくれちまっても良かったんすけどねぇ……」
……その言葉だけは、真実に聞こえた。
エリックから顔ごと逸らしたまま、遠い目で自嘲に近い笑みを溢す彼の言葉はまるで独り言だった。
先ほどとは違う含みを持ったその表情に、エリックも僅かに目を見開いた。
呼び出された衛兵が駆けつけ、引き渡しが行われる。
そこでやっとエリックも、そして事情聴取を受けたライアーも自由になった。
ゴロツキである裏稼業を監視していたエリックは勿論のこと、事情聴取と裏稼業達との仲違いを一度は疑われたライアーも話してからはすんなりと衛兵に被害者として見逃された。
「んじゃあ、お疲れサマでーす」
先ほどまで話をしていたエリックの目の前で、彼らに追いかけ回された理由を衛兵に「〝弟の迎えで〟歩いていたら肩がぶつかった」と平然と宣ったライアーは、手を振り軽い足取りで城の方へと歩いていった。
エリックも、引き留めはしなかった。
……
「じゃ、じゃあ行ってくるわね……?二人とも」
「ごめんね!そんなに時間はかけないようにするから!」
いってらっしゃい、お気をつけてと。
そう言って見送る二人へ、プライドは強張った顔で手を振った。
放課後となり、アムレットと二人で並び歩く彼女に続く〝影〟はなかった。




