そして考える。
「あれは貴方の自衛の為に許可したのであって!徒らに問題児生徒を退学に追い込む為ではありません‼︎」
プライドの叱咤にヴァルは聞き流しながらニヤニヤ笑う。
上等な絨毯の敷かれた床に足を崩し転がした荷袋に肘を置き寛ぐ彼から、反省の色はない。
配達途中に突然瞬間移動された彼だが、今はこの状況をわりと楽しんでいた。ジルベールの特殊能力で今のプライドよりも一つ下の年齢の彼だが、傍若無人さは全く変わらない。
プライドが許可を与えたのが、そういう為でないことはヴァルもよくわかっている。だが、問題なく実行できたことは彼にとって良い実験でもあった。〝あの程度〟なら問題なく好き勝手できるようになったことは都合も良い。
お陰で今日はクラス中の生徒が自分に話しかけてくるどころか目を合わせようともせず、授業中もそれ以外も平和そのものだった。プライドの為に学校潜入こそしたヴァルだったが、授業は勿論のこと〝ガキ〟相手に馴れ合いも当然したくない。
「貴方と違って生徒は皆一般人なのですからね⁈手加減してあげてください‼︎」
「手加減したから死んでねぇんだろ」
ああいえばこう言う!とプライドが頭を掻き乱したい欲求をぐっと堪える。改めて目の前の彼が前科者なのだと思い知る。
ヴァル自身は、年齢関係なく特殊能力さえなければ腕っ節自体は大したこともない。十九頃にもなれば前職の関係で今の身体より遥かに筋力もあるが、どちらにせよ大人数で囲まれれば負けるのは彼の方だ。あくまでゴロツキ程度である。
しかし、元は裏稼業の人間だった彼はえげつないことに全く躊躇がない。一般生徒が多い学校で、それは恐ろしい武器でもある。更にはプライドから特別な許可を得たことで、居心地の良い空間を自ら作るにまで至った。
プライド……、とそこでやっとステイルが口を開く。
溜息まじりの声にプライドが振り返れば、口を閉ざして二人のやり取りを見守っていた彼が真っ直ぐに彼女へ目を向けていた。今の今までは状況把握に努めていたが、どうにも核心に触れない会話に自ら問うことに決める。
「それで、プライドはあの時ヴァルに一体どんな許可を」
コンコンッ。
小気味良いノックの音が言葉を遮った。
振り返れば、扉の前に立っている近衛兵のジャックも扉に目を向けていた。部屋の外の衛兵から伝言を受けるべく待てば、プライドの返事からすぐに衛兵ではない声が放たれる。
「プライド様。ジルベールでございます。お時間宜しいでしょうか?全校生徒名簿がプラデストより届きました」
落ち着けた声に、プライドはすぐ返す。
ジャックが扉を開けば、優雅な笑みを浮かべたジルベールが深々と頭を下げてから部屋へ入ってきた。おや、と部屋の床に座り込むヴァルと、並ぶセフェクとケメトに軽く目を開けば「お取込み中だったでしょうか」と尋ねてみる。昨日に続き、学校の進捗について打ち合わせをしようとしていたジルベールには予想外の珍客である。
プライドが慌てて首を振ると、それと殆ど同時にステイルは眼鏡の黒縁を押さえつけ、ジルベールを睨んだ。
「丁度良いジルベール。お前も話に加われ」
決定事項のように断言し、後からプライドに許可を取る。
プライドがそれを了承すれば、苦笑しながらもジルベールは扉の前から彼女達の前まで歩み寄ってきた。畏まりました、と言いながらも既に不機嫌な様子のステイルと、ドレス姿で大きく足を開いているプライドに何となく状況だけは察した。
ジルベールまで立たせたままではいられないと、気を取り直すようにプライドはソファーに掛けた。合わせるように両隣にステイルとティアラ、背後には近衛騎士のアーサーとカラムも並ぶ。向かいの席にジルベールが掛け、ステイルの命令で仕方なくヴァルもジルベールの席の隣の位置になる床へ直接腰を下ろした。
ソファーに寛ぎたがらないヴァルの隣にセフェクとケメトが並んで立てば、カラムがプライドの許可を得て空いてるジルベールの反対隣のソファーを一つ、彼女達の横に運ぶ。身体も大きくなったセフェクとケメトには二人で寛ぐには少し狭いが、それでも躊躇いなく二人は一緒のそのソファーへ腰を下ろした。
ジルベールの登場で落ち着いた場に、専属侍女のロッテとマリーがそそくさと紅茶を淹れ始める。その間にステイルは改めて今日の潜入視察で知った学校内の問題から順に説明を始めた。高等部の治安悪化、特に一年しか残されていない三年の学業とは違う用途目的での入学理由、行き過ぎた不純異性交遊を始める成人男性生徒と教師の把握不足、そして昨日起きたヴァルによる四階突き落とし事件の話で
ガンッッ‼︎と、ジルベールの肘がヴァルの脳天へ落とされた。
「〜〜〜ッッ‼︎⁈」
最低限の手加減しかされなかった肘打ちの痛みと不意打ちに声も出ない。
ヴァルは無言で頭を両手で押さえながら堪えるように身を屈めた。ジルベールから一撃を受けるのはこれが初めてではないが、殺気どころか突き落としの件を最後まで話し終わるまではにこやかに「おやおや」「困りましたねぇ」と相槌を打つ余裕すらあったジルベールから、まさかの不意打ちだ。荷袋の砂を操ろうと意識する間すら与えられなかった。
音だけでも痛すぎて顔を顰めたプライドと同時に怒ったセフェクが手を構えたが、放水をする前にケメトにしがみ掴まれて止められる。「主の部屋が濡れちゃいますよ‼︎」と必死に説得を試みれば仕方なく構えは解いたが、キッと吊り上げた目でジルベールを睨み続けた。
しかし、睨まれた本人は涼しい笑顔のまま「これは失礼」と慌てない様子で言葉を紡ぐ。
「折角のプライド様にとっても待望であらせられた学校を、たった二日目で無法地帯にしかけるとは。……やはりもっと非力な年齢に変えるように〝依頼すべきだった〟でしょうか……?」
最後に低められた声に、ヴァルは痛みも忘れてぞっとする。
「アァ゛⁈」と唸ったが、今下手なことを言えば本当に年齢を若返らされかねないと一度飲み込んだ。カラムやセフェク達の手前公には話さないが、実際に年齢操作をする力はジルベールにある。彼ならば自分を十八どころかケメトより年下に変えることすら容易である。
「ッちゃんと死なねぇようにしたっつったろうが‼︎‼︎」
「そういう問題ではありません。プライド様の悲願でもある学校に問題や事件が生じては困ります。プライド様の本来の目的は貴方もご存知の筈でしょう。ただでさえ、昨日の時点で早退者や学校に逃げ潜む生徒で教師達も対策に追われているのですから。」
ヴァルからの苦情へ無慈悲に返すジルベールの言葉に、プライドだけでなくステイルまでもが無言で何度も頷いた。
教師に見つからなかった。発覚しなかった、怪我人が出なかったとはいえ立派な暴力事件だ。もし噂が高等部から外に漏れ出せば学校の評判すら落としかねない。
そのまま未だ胸の奥の憤りが治らないように絶対零度の笑みを浮かべながら「どうせ背を変えてしまっても良いのなら中等部……初等部、いえいっそ人生を幼等部からやり直させてみましょうか……?」とかなり恐ろしい脅しまで口遊む。
当然ながらそんなことをすれば、本来の目的でもあるプライドの護衛要員が不可能になる為するわけもないが、少なくともこの場でヴァルの顔色を悪くするには充分な脅しだった。ぞわっ、と総毛を逆立てて喉を反らすヴァルに、今度は怒っていた筈のプライドの方が間に入ってしまう。
「じ、ジルベール宰相……ごめんなさい、今回は私が彼に少し許可を加えてしまったことが元はといえば原因でっ……」
ソファーに腰を浮かし、ジルベールへと手を伸ばす。
自分が〝あの〟許可を与えなかったら、本来ヴァルはそんな事件も起こせなかった。そう説明しながら、改めて自分がヴァルに与えた許可を告白する。その途端、ステイルとカラムの目が驚愕に見開き、アーサーは開いた口が塞がらなかったがジルベールだけは「ほぉ……」と興味深そうに自分の顎を撫でた。
自身か生徒の身を守る為の、最低限の〝攻撃〟と脅迫行為。
〝反撃〟ではなく、攻撃。
その違いはヴァルも当然ながら、プライドもしっかりと理解していた。
しかし、反撃など甘いことを言ってしまえば最初の一撃で取り返しのつかないことにもなりかねない。特殊能力を封じてしまった以上、それくらいの自衛は許しても良いと考えた。そしてだからこそ〝喧嘩を売られた〟だけで大した諍いも待たずに不良生徒へ攻撃できた。
最後にプライドから、あくまで自衛の為と〝最低限〟の境界意識が危ういであろうヴァルを理解し、やり過ぎと悪用防止の為に三つの条件で縛りも与えていると説明が付け加えられる。
「……それで、ヴァルがそのような暴挙に出たと」
なるほど、と。ジルベールが納得したように頷けば、一度ヴァルとプライド、そしてセフェクとケメトを順に見比べた。
直後にはステイルとアーサーが「しかし何故そんなっ……‼︎」「ンな手加減とかコイツ絶対わかってませんよ⁈」と叫ぶが、プライドは謝罪するように頭を下げたまま何も言えなかった。
彼女自身、二人の発言は尤もだと思う。しかしそれでも前世で〝学校という世界〟の恐ろしさを知る彼女が自分の所為で巻き込んだヴァルを守る為にはそれしか思いつかなかった。
こうして怒られている間も彼らに言い訳はしないが、同時にヴァルへの許可を取り消そうともしないプライドに、ティアラがぱちぱちと大きく瞬きをする。それからジルベールと一度目を合わせ、コクリと互いに頷き合った。
ティアラの視線を受け、ジルベールから確認を取るように、もともと何故その生徒へ攻撃しようと考えたのかと質問を投げかけたが、返事はプライド達に答えた言葉と同じだった。
しかし女子生徒に夢中だった男子生徒が、突然ヴァルに喧嘩を売ってきたとは考えにくい。ならば、どちらかといえばその絡まれた一般女子生徒を守るという方の大義名分を使ったと考える方が納得もいく。あまりに予想通りだったヴァルからの返事にジルベールは肩を落とし、息を吐く。
王族であるプライドが尋ねれば、また返答は違うのだろうかとも考えるがそこまで野暮なことをしようとも思わない。やり過ぎは否めないが、罪なき女子生徒を助けたというならば年齢操作はこのままにしておいてやろうと考える。
ジルベールの息を合図に今度はティアラがソファーから乗り出すように、隣に座るプライドの腕へぎゅっとしがみついた。
「ではっ、問題はその交際目的の男子生徒ということですねっ!彼らがそんなことをしなければヴァルがまた生徒を突き落とす必要性もなくなります」
でしょっ?とそのままステイルへ強めに促す。
ティアラの言い分に、ステイルも確かにそうだと思ってしまえば無言で眼鏡の黒縁を押さえつけた。今回はヴァルへの過失もあるが、元はといえばそここそが最も改善すべき問題でもあった。
ヴァルはひと月後には学校から消えるが、三年生は消えた主犯格の一人以外は全員校内にいる。来年からは、進級する今の二年生が新たな将来の展望を手にしていれば改善も見込まれる。だがプラデストで途中入学が随時可能な今、またそういう出会い目的の生徒が横行は充分あり得る。
そうだな……とティアラに言葉を返しながら、ステイルは一度だけヴァルを睨む。少なからずとも、結果としてそういう輩の早期鎮圧にひと役買ったことにもなると思い直してみる。
「行為は決して肯定できない、が。……まぁ今回だけは不良生徒のやり過ぎということで大目にみましょう。ひと月後、表向きには今回の件が発覚しての退学処分とすれば他不良生徒への示しもつきます」
腕を組み、まだ不満は残ると態度で示しながら言い切る。
ヴァルもヴァルで、ステイルの発言にケッと吐き捨てながら、自分の事でペコペコと意気消沈しているプライドに苛立ち出した。舌打ちを漏らし、押さえていた頭の痛みを誤魔化すようにガシガシと掻きながらそっぽを向く。
ステイルの妥協案にジルベールも「それが最良ですね」と手を合わせるように叩いた。少なくともそうすれば、学校が問題を発覚した時点で処分を示すことも全校生徒に伝わる。
「残すはその出会い目的の輩でしょうか。社交という意味であれば、始動予定の同盟共同政策の学園ではそれこそが目的でもありますし、悪でもありません」
フリージア王国の独自教育機関である〝プラデスト〟はあくまで教育と生活水準の向上が目的だ。
しかし、年頃の若者ならばある程度は許容の範囲内だとはステイルも思う。結果的にその繋がりが結婚や共同経営、新たな事業などに繋がり、国や民が潤うなら良い傾向でもある。
ただ問題なのはそのやり方だ。純然たる出会いなら未だしも、荒らしのような行為は学内の風紀や秩序も乱す。
そう一つ一つ段取りながら話を整理していくステイルにプライドもジルベールも頷いた。そしてそれはそのまま同盟国の社交目的で設立する来年の学校にも共通する問題であると考える。
「学校の規則にいくつかを付け加えるのはいかがでしょうか。たとえば暴言や脅迫行為、強要行為の禁止。いっそ学内では過度な不純異性交友を禁じてしまうのも良いかもしれません。教師の目では足りないならば、将来的には生徒間で監視するか統治する役員を作るのも良いかと」
つまりは風紀委員や生徒会だろうか、とプライドは前世の記憶を頼りに思う。
そして同盟国用の学園では、生徒全員がある程度自身が仕事をせずとも生活に余裕がある上級層の人間だ。それならば役員をする時間の余裕もきっとある。前世の記憶を元に活用できるものなら、仕組みでも委員会でも制度でももっと色々取り入れて行こうとあらためて考えた、その時。
……そういえば。
プライドの頭に、前世の知識が過ぎる。
自分には縁が遠かった〝それ〟をプラデストにならばと考える。
「では、規則に関しては直ちに私から取り計らわせて頂きます」
優雅に笑んだジルベールに、はっとプライドも頷きを返す。
思考を一度止め、早速校則に付け加えるように託すことにする。国内を統治するのは王配の役目でもあるが、学校という施設に関しては当時類似した法案を提唱したジルベールと、学校制度自体を提案したプライドに全面的に任されている。
ジルベールから学校に命じれば明日にでも校内に新たな規則は公布される。そのことにほっとプライドは胸を撫で下ろした。やはり学校を先に国内の民対象で行うことに意味があったと思う。ヴァルが突き落としたのが他国の王族でも問題だが、女生徒に手を出すなど王侯貴族間で起これば目も当てられないと思う。
一度息を整えてから心拍を胸に当てた手で確かめたプライドは、ゆっくりとヴァルの方へ上体を傾ける。「次は大ごとにならないように」と注意するように命じれば、生返事だけが返ってきた。猫でも払うように手をヒラヒラさせ、顔ごと逸らすヴァルは舌打ちを鳴らしてから今度は身体を揺らした。
「でぇ?もう話は済んだならさっさと元の場所に戻せ。こっちは仕事が残ってんだ」
ピッ、と服の中から指で挟むようにして取り出したのは、フリージア王国から同盟国宛の書状だった。平日は学校に通っている為、フリージアから半日しか配達に費やせないヴァル達には時間がない。
それを理解してステイルも仕方なくソファーから腰を上げる。褐色の指に挟まれた書状の宛先を目で確認すると、「ならば国まで送ってやる」と頭の中の座標へとヴァル達を瞬間移動した。
別れの挨拶をする前に三人が消えてしまったことにプライドも声を漏らす。結局、説教を言うだけ言って追い払ってしまうような形に申し訳なく思えば、ティアラが「また明日も学校で会えますよっ!」と満面の笑顔で元気づけた。
「ではプライド様。先ほどの規則改定も含めて今日のお話を」
「ええ。……あとジルベール宰相。実は、……もう一つ他に相談……というか、提案が」
本当に思い付きだけれど、と前置きながら控えめに言うプライドにジルベールは少しだけ目を丸くした。
それから「なんなりと」と優雅に笑んで見せる。プライドからの案ならば突飛な可能性はあるが、同時にきっと良いものだろうと期待を込める。
先ほど思いついた案、そしてヴァルのやらかしを含めても今日は時間がかかりそうだとプライドは頭の隅で覚悟する。
ゆっくりとマリー達が入れてくれたティーカップを上品に傾けた。
この後、近衛騎士の交代と同時にセドリックの元へ話も聞きに行かなければと考えながら。




