そして絞り出す。
「アーサー殿も含め、子どもの姿になって頂きます御三方の〝親族〟として近衛騎士の方の家と立場をお借りし、送迎もお任せできればと。」
つまりは近衛騎士の遠い親戚ということにして、子どもの保護者役で送り迎えをして欲しい。
家の中にまで入れば、後はステイルの瞬間移動でそのまま王居へ帰れる。登下校の出入りだけに家を貸して貰えれば、誰にも怪しまれることなく城から学校に通うことができる。
あとは講師役の騎士の仕事時間を、送迎してくれる騎士と重ならないようにジルベール宰相が学校側に手を回してくれる。例えば四限ある授業の中で特別講師は間の二限と三限だけに限定すれば、送迎してくれる騎士が城から出ている時には講師の騎士が、そして講師の騎士が学校にいる間は送迎の騎士が城にいる。表向きは城にいる私の傍にはアーサーと一緒にちょうどどちらかの騎士がいるように見せかけられる。
もし、送迎か講師の騎士どちらかが別任務とかで手が離せなくなっても、通常私が王居内にいると思われていれば良い。近衛騎士一人の不在くらいなら、王居内では近衛兵のジャックもいるから一時的になら補える。ただ、一ヶ月の長い間に理由もなく近衛騎士が表向き私から離れているのは不審がられてしまう。
学校制度と推奨に合わせて、騎士団や城の人間にも自分の親族を学校に通わせる為の送り迎えの一時離脱も申請すればできるようにしている。学校は下級層の子どもが通えるように中級層内でも下級層よりの場所だからその配慮だ。だから騎士達も問題なく私達を学校へ送迎できる。
ジルベール宰相からの発言が出た瞬間、アラン隊長達の顔が僅かに引き攣った。王族を家に呼ばせろなんて、芸能人をお邪魔させるレベルの手軽さじゃない。そして、少なくともそれは私達と同じ子どもの姿になるアーサー以外の騎士でないといけない。
「いかがでしょう。何方の家であれば可能でしょうか?」
にっこり、と笑うジルベール宰相の言葉が逃言を許さない。
確実に誰かの家は借りるぞ、とも聞こえる発言に騎士達が完全に顔色を変えた。更には「騎士団長や、副団長の家でも構わないのですが」と続ければ、騎士団長達とアーサーの顔色まで変わった。確かに騎士団長や副団長の家なら、部下である隊長格が代わりに送り迎えに来ても怪しまれない。そして、次の瞬間。
見事な押し付け合いが始まる。
「いえ、私の家は妻が小料理屋を営んでおります。出入りする者が多いので客にも怪しまれるかと。客の身内に生徒がいないとも限りません。それに、アーサーの子どもの頃の姿を知る古い客も多いです」
最初に騎士団長が断固断る。
すると、思いっきり同調するようにアーサーが何度も頷いた。「自分も、そう思います……!」と声を上げた彼は目を力一杯見開いて唇も強く絞った。額に汗が滲んでいて、騎士団長の見事なお断りに小さく拳を握っている。
……ステイルが私の隣で堪えるように肩を震わせて笑っている。そのまま悪戯するように「寧ろ、騎士団長の親族という言い訳にはそっくりのアーサーも居ますし好都合なのでは」と笑いながら切り返したら、思いっきりアーサーに睨まれる。それでも、騎士団長がすかさず「私の親族をよく知る客も多いので」と断った。流石騎士団長。
「そうですね……それに、騎士団長の奥様にアーサーの正体は確実に気づかれてしまいますし。できれば僕も、若返りの特殊能力者の存在自体は騎士の身内にも隠したいですっ……ふふっ……‼︎」
ステイル、まだ笑ってる。
よほど騎士団長やアーサーの慌てる姿が楽しかったのだろう。発言後も肩がぷるぷる震えているステイルは、最初からアーサーの家は無理だとわかっていたらしい。……それを言うと、ジルベール宰相もわかっていて敢えて騎士団長にまで振った可能性がある。
ジルベール宰相は、ステイルの言葉に同意した後、危機を脱した騎士団長から副団長へと視線を移した。「いかがでしょう」とにこやかな笑顔で副団長に尋ねると、その途端珍しく副団長まで慌てた様子で「いえ私はっ……」と声を漏らした。
「私の家はっ……お勧めできません。今、家が少々バタついておりまして、これ以上の訪問者を増やせば妻が卒倒してしまいます。」
両手の平を見せて断る副団長は、口元が引き攣っていた。
これ以上、ということは断るための嘘ではなさそうだ。騎士団長もその言葉に「あぁ」と何かを思い出すように呟くと「確かに、彼の家は私もお勧めしません」と副団長を庇った。
「クラークの家には私もアーサーも以前より通っていましたから。少なくともクラークの妻にアーサーは正体がバレてしまうかと。」
確かに。
騎士団長の言葉に私も頷く。アーサー曰く、副団長と騎士団長は昔から仲が良いらしい。アーサーの昔の姿を知っていたら、騎士団長の奥さんと同じくアーサーには気づいてしまうだろう。
ジルベール宰相も私達と一緒に納得の言葉を返すと、副団長がほっと肩の力を抜いていた。額の汗を拭ってから、気を取り直したように笑ってとうとう近衛騎士達に投げかける。
「それで、どうだお前達は。確か、ハリソンお前は難しいだろう」
「はい。私には帰る家がありませんので不可能です」
副団長が消去法から始める言葉に、ハリソン副隊長が即答する。
あっさりと家無き子発言をするハリソン副隊長に、聞いてはいけないことを聞いてしまった気がして息が止まる。まさかこんなところであっさりと衝撃的事実を聞くとは思わなかった!
副団長に聞かれたハリソン副隊長本人は平然と答えているけれど、アラン隊長達は見事に顔が引き攣っていた。すると「そうだな」と既に知っていたらしい副団長は、さらりと流すと今度は私の背後に目を向けた。
「あと、カラムも……難しいだろうな」
「!はい。私の家では少なくとも、……その、身分を隠すことは不可能かと……」
副団長の言葉に飛びつくように返すカラム隊長が、最後だけ少し言葉を濁した。
そう、カラム隊長の家は伯爵家だ。身分を隠したいのに、上級層の人の屋敷から出入りすれば意味が無い。ハリソン副隊長と同じく、騎士団演習場の騎士館に住んでいるカラム隊長も一人暮らしの家はないらしい。
ジルベール宰相も想定していたように「確かにそれでは困りますね」と返した。それを聞いてカラム隊長からほっと息を吐く音が聞こえた。やっぱり流石のカラム隊長も家に私達を招くのは避けたいらしい。
「なら、残すはアランかエリックか」
消去法でとうとう二人に絞られる。
全員の視線を集中して浴びたアラン隊長とエリック副隊長はその言葉に同時に肩を上下した。まるで犯人の絞り込みのように追い詰められた表情の二人は、互いに顔を見合わせる。それからエリック副隊長に申しわけなさそうな顔をしてから、アラン隊長が発言へと手を上げた。
「自分も、……難しいと思います。自分は騎士館に住んでいますし、家は城下どころか山をいくつも超えた先にある地方の田舎です。片道でも馬で五日はかかりますし、流石にそこから通うことは不可能だと……」
まさかのアネモネ王国より遥かに遠方だ。
そういえば近衛騎士中も一回だけ纏まって休暇を取った時があったけれど、もしかして実家に帰っていたのだろうか。本人は〝野暮用〟と言っていたけれど。
やっぱり学校もゆくゆくはそういう国内の地方の人達にも利用できるように増設させたいなと思う。今回は同盟共同政策の一歩目だしということもあり、城下に建設することになったけれど、本来ならば無料の教育機関なんてそれこそそういう経済が回っていない地域にこそ在るべきだと思う。城下も城下で王都に近い影響もあって貧富の差が激しい地域ではあるけれど。
申しわけなさそうに言うアラン隊長に、隣に並ぶエリック副隊長が追い詰められる。ジルベール宰相からも「それでは、エリック副隊長の住まいは」と穏やかな声でじんわりと尋ねられ、顔色が既に緊張で赤くなっていた。「いえ、自分は」と僅かに震えた声が凄く細い。
「自分は同じく騎士館に住んでおりますが、……城下に、両親が。弟の一人は家を出ていますが、一番下の弟と祖父母が両親と同じ家に住んでおります。ですが、本当に典型的な庶民の家なので王族の方々をお迎えするには粗末すぎるかと」
「とんでもない。それならばエリック副隊長のお住まいで通わせて頂きましょう。学校やエリック副隊長の親族の方々には……そうですねぇ、アラン隊長の親戚を任された、ということにすれば隠し通せるかと」
強制イベント突入。
遠慮する様子のエリック副隊長へ一気にジルベール宰相が話を進めてしまった。スラスラとたった今知った情報まで有効活用して組み立て、皆に有無も言わせないように話を進めるジルベール宰相凄まじい。流石は天才謀略家だ。
確かに直々の上官であるアラン隊長の親戚をエリック副隊長が任されたということにすれば、家の人や学校の生徒、他の騎士にも言い訳がつく。片道五日もかかる地方に住んでいる親戚を預かった。きちんと理屈も通る。
何より、遠慮のつもりで言ったエリック副隊長の〝庶民〟発言も今は好都合でしかない。そういう普通の家の民のふりをすることこそが最適なのだから。
頷いた騎士団長からも「頼むぞ、エリック」ととうとう命じられれば、真っ赤に染まったエリック副隊長が肩を落とした。「畏まりました……」と弱々しく答えると、アラン隊長が同情するように肩を叩く。
あくまで家に住むのではなく、家の中且つ玄関だけ借りるだけだけれど、ご家族にも内緒で王族を毎日通わせるなんて迷惑どころじゃないだろう。部屋を掃除どころの話じゃなくなる。……あとでちゃんと謝ろう。
こうしてエリック副隊長が私達の〝保護者〟として家から学校までの送迎を担当することになった。
騎士団にもその旨で申請することになる。我が騎士団にも妻子のいる騎士は普通に居るし、子どもを学校に通わせる人もいるだろうから紛れ込めるだろう。騎士は収入こそ多いけれど、あまり領主とか土地とか権威とかに拘る人が少ないからか、上級層並の収入でも中級層くらいの家や生活をしている人が多い。
騎士の家出身の人ですらそうだ。騎士団長とアーサーが良い見本だろうか。中にはカラム隊長みたいに貴族の家出身の人や、代々騎士の家系で貴族並みの屋敷に住んでいる人もいるけれど。
新兵とかなら特に収入も衣食住以外は収入も高くないから、学校に親族を通わせる人もきっと多いと思う。……ただし、その中でわざわざ毎日子どもの送り迎えする騎士が何人居るかはわからない。
「では、残りの配役についても決めましょうか」
拒否権のないエリック副隊長を残し、こうして残りの護衛体制も決定した。
スパルタ教育派のハリソン副隊長はともかく、アラン隊長は学校に講師になったらエリック副隊長に親戚である私達を任せておいて送り迎えをしないことが不自然になる為、セドリックの護衛になった。王族の護衛でセドリックに付いていないといけないなら、エリック副隊長に親族の送迎を任せる理由にもなる。
こうして、学校講師にカラム隊長。セドリックの護衛にアラン隊長とハリソン副隊長。私とステイルと同じ親戚としてアーサー。そして私達の保護者兼送迎にエリック副隊長が担ってくれることになった。
全てが丸く……といえる程ではないけれど何とか決定し、ジルベール宰相が「それではこの旨を陛下方にも報告しておきます」と腰を上げ始めた時。
「あの、もう一つ。……お話したいことが。」
震えそうな喉で、私は声を搾り出す。
両隣に座るティアラとステイルに顔を向けられながら、私は一度俯いた。両手首を掴み押さえ、突然バクバクと騒ぎ出す心臓に深呼吸で酸素を送る。
……言わなければいけない。
「母上達も知らない事です。……この場の方々にだけ、内密に」
ちゃんと、大事な彼らに〝守って貰う〟為に。
……アダムとティペットの、生存を。