Ⅱ320.頤使少女は従い、
「ええ、勿論授業もちゃんと聞いていたわよ?」
二限が終わり、パウエルと合流したプライド達は四人で昼食を始めていた。
校門前の木陰に寛ぎながら、サンドイッチを頬張るプライドへ最初にステイルが尋ねたがそれだった。
一限から急ぎ戻ってきた時も変わらず顔の雲行きが悪かったステイルとアーサーだが、今は彼女に向ける眼差しもいつもより強い。まるで熱視線のようなそれに苦笑しながら、プライドは少し肩を狭めた。
「そうですか……」
プライドからの返事にもステイルの声は低い。
アーサーもそれをわかっているからこそ、無言のまま眉間を寄せてしまう。俯き、そして今度はプライドを盗み見るように覗いてからステイルもサンドイッチにかぶりついた。
ばくっ、と珍しく最初の一口から大口になったステイルは、第三者から見たらやけ食いをしているようにも見える。合流した時から顔色の優れない三人に流石のパウエルもとうとう首を傾げた。
「?どうかしたのかフィリップもジャンヌに、ジャックまで暗ぇけど。喧嘩でもしたか??」
「いえ、そういう訳じゃないのだけれど……」
あはは……、と枯れた笑いを零しながらプライドは首筋まで湿らせた。
まさかのパウエルにまで気を負わせてしまったことに申し訳なさで胃まで重くなる。しかしここで自分から正直に答えられるほどの元気もなかった。話す代わりにパクリぱくりとサンドイッチに自分まで逃げてしまう。
話しにくいプライドと、昼食に噛み付くステイルの代わりにアーサーが簡単に説明をすればパウエルも口を開いたまま大きく頷いた。
そのままステイルとプライドを見比べる。パウエルからの視線でさらに小さくなる彼女は、羞らいで顔まで火照っていった。言われずとも悪いのが自分だとわかっている。
眉を垂らして気まずそうに目を逸らすプライドに、パウエルも「それはジャンヌがダメだろ」と言うのは止めた。そんなことを言わなくても、彼女が気落ちしているのは見てわかる。
パウエルの視線が痛いと思いながら、プライドは黙々とサンドイッチを頬張り味も分からないまま飲み込んだ。食べている今だけは黙秘も許される。口の中で細かに噛み刻み、飲み込むを無心で続ければ一個目のサンドイッチも食べ終えてしまった。そのまま流れるように最後の二個目へ手をつけ
「ジャンヌ。……食べ終えたら、……俺のお願いしたいことはおわかりですよね?」
ピシンッとまるで窘めるようなステイルの言葉にプライドは食べようと開いていた口が固まった。
「あ」の形で固まったまま一時停止し、齧りつくことなく閉じる。恐る恐る声に引っ張られるように目を向ければ、じっと自分を見つめるステイルとアーサーとそれぞれお目が合ってしまった。
怒ってる⁈と肩を上下させ、無言のまま何度も頷いて返せば繰り返し過ぎて目が回った。食べるのが早いアーサーだけでなく、ステイルまで今回は速やかに食べ終わっている。
しかも視界の隅ではパウエルまでステイル達の味方になるようにこちらに横目を向けている。眉の間を狭めた眼差しに、まるでパウエルにまで睨まれているようだと思えばこっそり落ち込んだ。第三作目の彼にそういった目はなるべく向けられたくない。
ステイルが何を言いたいかはプライドも痛いほどよくわかっている。一限と二限前も彼からもアーサーからも言われていたことなのだから。
これ以上彼らの顔を曇らせないでおくべく、プライドは今度は少しだけ大噛みでサンドイッチを飲み込んだ。途中、雑過ぎて喉を詰まらせ掛けた途端アーサーが慌てて彼女に水筒を手渡した。ステイルからも「そこまで焦って頂かなくても結構ですから……」と呆れ混じりに言われてしまう。珍しく昼食は早めに済ませられたプライドだったが、達成感は皆無だった。
ふぅ……と自分への溜息を吐きながら肩が前に出てしまうプライドに、未だアーサーが大丈夫ですかと背中を擦っていた。その中で「ジャンヌ」と意識して落ち着かせたステイルの声をかけられれば、その場で自然と正座をしてしまう。
首まで垂らして向き直れば、とうとう思っていた通りの言葉をかけられる。
「もう、休んで下さい。昼休みが終わる前にはちゃんと起こしますから」
はい……、とプライドは垂らした首ごと深々と腰を曲げて頭を落とした。
だらりと下げた腕が芝生につき、俯かせたままもう顔が上げられない。あまりにも情けないと思いながら、彼らの前で二度目に深い息を吐いた。
もうこのままの体勢で気を失ってしまいたいと思いながら、渋々と彼女は正座になっていた足を崩し出す。食べてすぐに寝るのは女性として気が咎めたが、そんな言い訳を許しては貰えない程度には外堀も埋められていた。
アーサーから、持っているリュックを枕代わりにしますかと尋ねられたが、少し彼女の細い首には高すぎた。
このままで大丈夫よ、と笑い掛けながらプライドは両手からゆっくり横になるようにして芝生に転がった。ステイルやアーサーの前ならまだしもパウエルの前でまで転がった姿を見せるのが恥ずかしくなり、むむむと唇を絞ってしまう。
まるで波に打ち上げられた魚だと自分で思う。せめて自分の視界からだけでも遮断すべく、目を閉じれば視覚が塞がった分研ぎ澄まされた嗅覚で草の香りが際立ち鼻についた。
……まさか、こっちで心配かけちゃっていたなんて……。
そう思えば、恥ずかしくて口の中を噛んでしまう。
今朝もマリー達との準備で既に欠伸が増えていたことは自覚していたプライドだが、それからも段々と体調に綻びが生じていた。登校中の段階で表情に覇気がなければ顔色も優れない彼女に長年付き合いのあるステイルやアーサーが気付かないわけがなかった。
『大丈夫ですか?』
『顔色が優れませんし医務室にでも』
『本当に無理はしないようにな……?』
むしろ、登校中の時点で気付かなかったのはプライド本人だけである。
放課後にレイとライアーの元を往復し、更に叔父であるヴェストからの特殊能力を知らされその足で夜遅くまで再びライアーとレイを往復していた彼女の精神的疲労は一日で回復できるものではなかった。全てを終えて城へと帰った後にはステイルとティアラへの弁明と遅めの夕食、そして部屋に戻った後もベッドに入ればジワジワとヴェストの特殊能力とライアー、レイの行く末とゲームの設定が頭を巡り続けた。
流石のプライドでも一夜で晴れやかになるほどの要領をゆうに超えていた。
結果ベッドに入る時間も遅ければ眠りにつく時間も遅く、目が覚めてもステイル達へ言えないことへの罪悪感と今日一日の予定の詰め込みに睡眠不足の身体はとっくに白旗をあげていた。にも関わらず、一限前は攻略対象者捜し、二限前は定例の勉強会そのどちらも彼女は放棄しようとはせず更には授業中すら居眠りを断じ続けていた。
今も瞼の裏でこくこくと今日の予定の昨日の出来事を浮かび上がらせている彼女は、脳が休むことを忘れている状態だった。そしてプライドが自分の体調不良から二人の表情の雲行きを暗くしていたのだとわかったのは、一限終了後からだった。一限前に言いかけていたステイルがやっと、正しく最後まで彼女に言い切った。
『差し出がましいとは承知の上で言わせて頂きます。やはり少し休まれた方が良いと思います。今朝から顔色も悪いですし、ふらつくのも目につくことがあります』
ですから医務室へ、と。再び医務室で横になるようにと促したステイルと深く頷くアーサーに、やっとプライドも自分の体調不良を自覚した。
それまでは二人が昨夜の言えないことを気にしているのだと思っていたが、自分の体調の所為で彼らに心配をかけていたのだと知れば一気に頭もぐらついた。
しかし、一限後には勉強会が待っている。レイのことが迷惑をかけ過ぎてからやっと普通の勉強会に戻れたのにここで一人医務室で横になる気にはなれなかった。
『心配させてごめんなさい。だけど、この後はアムレット達と約束があるから』
『ジャンヌの体調に無理を強いて教えて欲しいと望む彼女達ではありません』
『じゃあ勉強会が終わったら二限で医務室に行かれるのはどうっすか……⁈』
『それだとアムレットが気にしちゃうわ。大丈夫、ちゃんとお昼休みには休むから』
心配し、休むように説得を試みた二人にそれでもプライドは断り続けた。
教室の移動で時間も差し迫っていた彼らもその短時間ではプライドに、アムレット達よりも自分を優先させるという高難易度を攻略することは不可能だった。
「本当に宜しいのですね?」とステイルに確認を取られても、彼女はディオス達との勉強会を選んだ。最終的に二人へ多大な心配をかけたまま移動教室へ送り出すことになってしまったことは、プライドは今でも申し訳なかったと思っている。結局一限後にはアムレットとファーナム兄弟にもバレている。
目を瞑ったまま、見えない三人の視線から逃げるようにプライドはごろり、ごろりと二度寝返りを打ってしまう。庭園でも昼寝をしたことがあるプライドは、芝生で寝ることにも抵抗はない。しかし何とも落ち着かない。
男性三人が起きている中、自分だけグースカ寝てしまうということも気が咎めてしまう。
「……寝苦しいようならば、やはり医務室まで運びましょうか」
「!いえ、大丈夫!横になっているだけでも楽だから!」
ただ疲労気味というだけで、重病人のように扱われてしまうのはプライドも避けたかった。
思わず目を開けて首を振れば、ステイルの言葉に彼女を自分が運ぼうかとアーサーとパウエルが同時に腰を上げかけていたところだった。
いい加減思考を閉じようと、プライドはやっと昨晩から回し続けていた頭をそこで停止させた。二人が今は昨晩のことよりも自分の体調の方を気遣ってくれている今、自分にできることは大人しく休息を取ることくらいのものだった。
閉じた瞼に力を込め、顔全体が梅干しのようになる。考えようとしていたことを全て途中で止め、打ち消し、暗い視界に集中すれば、……ポトリと。気を失うように彼女の意識が途切れた。
いつもの微睡みも経過もなく、すー……と顔から全身の力が抜けていくのが、寝息の音で彼らにもわかった。
「……やっと休んでくれた……」
「なんかすっっっっげぇ長かったな……」
ハァァァァァア…………、と彼女の力の抜けた寝顔に、一気にステイルとアーサーは脱力した。
さっきまで彼女へと強く訴えていた態度が嘘のように背中を丸くし項垂れる。険しい表情ばかりだった二人が、眉を垂らして安堵している姿にパウエルも口の端が引き攣るように笑ってしまう。
昼休みに合流してから、まるで喧嘩中かのように張り詰めていた空気が一転して和らいでいく。
「……二人とも、本当に心配してたんだな……」
ははは……と、まるで先ほどのプライドのように枯れた笑いがパウエルの口から零れた。
次の更新は6日になります。
4日21時半に活動報告より質問コーナー更新致します。




