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フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
頤使少女と融和

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そして告げる。


「あの仮面の人。今日はまだジャンヌ達も会ってないの?それとも朝とかに来た?」


折角ハンカチで逸らした話題がまた戻って来てしまったことに、プライドは胸の底だけで肩を落とす。

さらにディオスも勢いよく食い付いた。バン!と机に両手をついてから意気をそのままに若葉色の目を尖らせる。


「またアイツがきたら僕らが追い出すよ!」

「無理でしょ、前回あんなに泣かされたくせに」

リベンジにと熱く燃える兄にクロイは冷ややかな声で水を差した。

その瞬間、カチンと首をプライドからクロイへ向けたディオスはみるみるうちに顔を赤らめる。前回、レイに食ってかかった結果、最後の最後に仮面の下を至近距離で見せつけられ思い切り狼狽え泣き出してしまったことを思い出せば、顔から火が出るようだった。

返り討ちになったことも悔しいが、そのままジャンヌに泣きついてしまったのだから。男としては情けない。

むむむ……と唇を絞るディオスに、クロイは視線で返す。今この場でクロイに何を言っても「本当のことでしょ」と返されるのが言う前からディオスにはわかった。

兄弟喧嘩をしそうな二人に、アムレットも宥めるべく「びっくりしたのは無理もないよね」とやんわり間に入る。彼女自身、流石にあの火傷を見た衝撃は今もはっきりと覚えている。しかし、それで止まるクロイでもない。


「別に、僕はディオスと違って追い払おうと思って聞いたわけじゃないし。……あの人、結局ライアーって人には会えたの?」

むきになるディオスと一緒にしないで欲しいとばかりに声を低めたクロイは、最後は独り言のように潜めた。

クロイからの意外な問い掛けに、ディオスやアムレットだけでなくプライドも両眉を上げて見返す。てっきりディオスと同じようにレイを良く思っていないだけと思っていたクロイの言葉は、まるで彼を按じているようにも聞こえた。

じっと目の鏡に映すように丸い目でクロイを見つめるディオスは、クロイが誤魔化しではなく本当に気になってそれを尋ねていると理解する。そんなことがどうして気になるんだろうと思ったが、口に出すよりもプライドからの返答の方が先だった。


「……ええ。無事に会えたわ。ちゃんと彼が探していた本人に」

「ふぅん、良かったね」

まるで興味がないように言うクロイだが、本人も気付かぬ内に肩が下がっているのをプライドは見逃さなかった。

アムレットも人捜しが叶ったことを純粋に良かったねと喜ぶ中、ディオスは首を二度連続で左右に傾けた。その動作と視線だけで、ディオスが口に出して言いたい言葉が倍量以上クロイの頭に流れ込んでくる。

どうせこんなこと聞きたいんだろ、と思いながら仕方なくクロイは頬杖を突いたまま口を開いた。


「……僕らも、セドリック様が行方不明とかになったら嫌だし。まぁ……会いたい人に会えたのは、良かったんじゃないの」


つんとした声でありながら、その言葉はこの上なく温かくプライドは感じた。

ディオスもその言葉を聞いてすぐ目を大きく開き唇を尖らせる。確かにクロイの言った通りだと思えば、素直にすぐ喜んであげられなかった自分の器の小ささに少し落ち込んだ。

視線を逸らし、少し落とす。ここで遅れて「良かったね!」と言うのが自分の中で酷くずるいと思ってしまう。

ディオスの素直過ぎる落ち込みようにクロイは机の下から小さく彼の足をつま先で突いた。そこで開き直らないのがディオスの羨ましいところだとクロイは思う。


「だからってディオスに嫌がらせしたのはムカつくけど。どうせジャンヌにお礼も謝ってもいないんでしょ」

それとこれとは別、と言わんばかりに言葉を鋭くするクロイはそう言って視線をディオスからプライドへと向けた。

言葉と一緒に眼差しまで少し鋭さを増した彼へ、プライドは苦笑をしながら「そうね」と短く答える。言葉で謝られていないことは本当だが、感謝の意思は受け取れている。しかし、レイの性格から考えてもここで自分がお礼を言われたことを言いふらすのは不名誉でしかないのだと理解し敢えて噤んだ。


「それでも良かったね。ジャンヌが頑張って探してあげたお陰だもん!」

「あっ!そうだね‼︎ジャンヌおつかれさま!見つかって良かったね!」

アムレットに続きディオスも今度こそプライドに改めて笑い掛ける。

レイのことを快く思ってはいないアムレットだが、貶されたら怒るくらい大事な人を探していたことも、それにジャンヌが協力的になっていたことも知っている。ジャンヌの頑張りが報われたという意味でもアムレットは心からの笑みで友人を労った。

更にディオスも、今やっと気が付いたように今度こそ力一杯お祝いをと声を張る。両手に拳を作ってみせながら「ジャンヌは頑張ったよ!」と全力で励ました。

優しい三人からの気遣いを嬉しく思いながら、プライドもまたもう一度心からの笑みで善意に返した。



「ええ、本当に。……良かったわ」





……






「レイ・カレン。以上の罪状に言いたいことはありますか」


しん、と無音の中で貫くような声が響き渡る。

広々とした謁見の間には、それを見届ける衛兵と上層部がずらりと並んでいた。最上層部のみで判決まで移行する裁判だが、案件が案件の為上層部もまた殆どが裁判の立ち会いを望んだ。

そして中央に立たされているのは、芸術的な仮面で顔を半分隠した青年だ。

この国の最大権力者を前に仮面を取らない彼に一度は指摘も入ったが、それを外して見せればすぐに再び身に着けることも許された。玉座に座る女王を佇み見上げるレイは、いつものような胸を突き出す態度も見せない。

真っ直ぐに両足でその場に立ち、前に両手を縛られたまま自分に課せられた罪状を聞き入れた。


「ありません」

侯爵家の権限乱用。アンカーソン家嫡男として当主の学校理事長権限を独占。裏稼業の人間を雇い、そして校内の下級層生徒へ恐喝を指示。学校理事長としての義務を放棄し、裏稼業の人間を校内へ引き入れたことも全て彼は一言で認めた。

嘘だ‼︎と直後には別の男の叫びが響き渡った。あまりの声だった為反射的に衛兵も武器を構えたが、叫んだ男は既に取り押さえられたままだった。

元侯爵家である男もレイの審議の為に独房からこの場に呼び出されていた。いつもの豪奢な格好が嘘のようにみずぼらしくなった男に、レイは一瞥すら寄越さない。既にレイにとって父親だった男への興味は消えていた。親子としての情どころか恨みすらも個人的な情が沸いてこない。


騒ぐな!と衛兵からさらにきつく締め上げられた男は、そこで退室を先に命じられた。

数日前から捕らえられていた男は、レイが親子の関係と罪を認めた時点で裁きも決まった同然である。息子であるレイに学校の経営権を譲り、学校の管理を放棄しただけの男は今この場を以て貴族としての立場も土地も財産も全て没収されることが確定した。

この出来損ないが‼︎という罵声を最後に、アンカーソンは扉の向こうへと消えていった。

一度開かれた重い扉がバタンと閉ざされ、レイの裁きのみへと移行する。


「貴方は、本当にこの罪を全て認めるのですね?」

「認めます」

「罪を犯した理由について、語れることはありますか」

「学校を私物化しようとした私個人の愚かな意思です」


威厳をもって放たれた女王ローザの声に、レイはやはり一言で答えた。

迷いない瑠璃色の瞳に、一度だけローザとその傍らに立つ摂政ヴェストは視線を交わした。

成人にもなっていない人間が大それた罪を犯すことは、今の時代も珍しくない。貴族という権威を持った相手であれば尚更である。しかし目の前の青年があまりにも迷いがなさ過ぎることがローザには少しだけ引っかかった。

洗脳を受けた奴隷のように虚ろとしたものでもなければ、誰かに脅されているようにも思えない。アンカーソンに対してカレン家の財産を奪われ父親を処断された報復かとも考えたが、それにしてはあまりにアンカーソンへ興味がなさ過ぎる。

裁判の中でも最高機関である城にまで引立てられた青年が、ここまで落ち着き払いながら開き直ることもなく自分の罪を全て受け入れることは長年裁判を司ったローザの目にも珍しかった。


裏取りも調査もつき、彼がアンカーソンの息子であることもアンカーソンにより母親が孕まされ父親が処断され財産を不当に全て奪われたカレン家の子どもであったことも、彼自身の罪も全ては間違いない事実。

それが判明してからすぐに逮捕へと取りかかった筈なのに、まるで心の準備が全て終えてしまっていたかのようだった。しかもアンカーソンが捕らえられてから彼には逃げる猶予もあった筈なのに、城下どころか屋敷からすら出ずすんなり捕縛された。

そんな青年が、何故ここまで学校私物化や裏稼業と繋がろうとまでしたのかと疑問は当然浮かぶ。ローザはその疑問を表情には出さずに思考の中で浮かべ、そして止めた。彼の事情がどうであれ、犯した罪は変わらない。


ローザが改めてレイの罪状に相応しい罰について頭を巡らせる中、宰相であるジルベールからもいくつか刑罰の案が上げられる。

最後に決めるのはあくまで女王であるローザだが、裁判を司るジルべールからの意見も考慮される。ヴェストもジルベールの判断を聞きながら、どれも相応の処罰であることを女王の片腕として確認する。そして思考の別の部分では



……プライド。また、やはりあの子は。



こういうことか、と。静かにヴェストは理解する。

音も無く息を吐き出しながら、眉間の皺が僅かに深く刻まれた。書類さえ今片腕に抱えていなければ、確実に腕を組むか眉間を押さえていたと自覚する。

ヴェストもレイと会ったこと自体はない。昨晩の馬車でもカラムと共に待っていた彼はライアーとは出逢ってもレイを一目も見てはいなかった。しかし資料に記されたレイ・カレンの屋敷の住所を見れば、昨夜馬車が向かった場所だということはわかる。更にはプライドが話していた「レイ」という名と目の前の青年が同じ名前であれば、疑わない方が難しかった。間違いなくあの時にライアーが会いに走ったのはこの青年の為だと理解する。


『学校潜入中にとある青年と知り合いました。レイ・カレンという中等部特別教室に所属する男爵家です』


更にはプライドから聞いたライアーの事情を鑑みれば、レイがどうして裏稼業と繋がりを持ったのかも、学校支配権を独占などという大それたことを犯しながら何故裏稼業の引き入れと恐喝にしか使わなかったのかも全てが綺麗に繋がる。

プライドからはレイについては詳しく聞いておらず、彼女がそれを知っていたのかどうかも確証はない。ただ困っている青年の事情を知り、偶然それが学校の経営権を牛耳り裏稼業と関わりまで持っていた侯爵家の隠し子だったという可能性もゼロではない。しかし、彼女は全てを知った上でレイに協力をしていたのだろうとヴェストは確信を持ってそう考えた。


違反でも問題でもない。ライアーの前科がどうであろうとレイがどういう罪を犯していようと、自分が奪った記憶を返却したのは別の話なのだから。

しかし元はといえば学校を救う為に潜入視察をしていた筈の彼女が、予知した問題の関係者と別角度で関わっていたと思えば驚きを越して呆れてしまう。もともと、アンカーソンの不祥事が明るみに出たのは予知だけではなくジルベールの調査もさることながら、生徒として潜り込んでいたプライド本人や彼女の護衛の為に潜入していたカラムからの情報でもある。しかも、ライアーの問題が解決した途端にアンカーソンとレイの関係が発覚するなど出来すぎている。


レイとアンカーソンとの関係情報から事実を割り出したのは、城で上層部の元働く優秀な人材達とアンカーソン近辺への聞き込みやアンカーソンへ尋問を行っていた衛兵だが、それ以上に〝何か〟の力が働いているとしか思えない。

そう考えれば、ヴェストの視線は自然と今も目下でレイの審判を提案するジルベールへと強く注がれた。情報操作に長けた彼が関わっている証拠もないが、プライドを大いに慕う彼が暗躍していたと考えればまた一つ納得もいく。


「……以上が、私めの意見となります。少々突飛である部分も承知しておりますが、親の権威を振りかざし学校を私物化し生徒を脅かした彼へ相応しい罰ではないかと考えております。裏稼業との関わりに関しては傷害や人身売買には関わっていない点と、アンカーソン家に不正にカレン家の財産を奪われたことによる点も考慮させて頂きました」

そう言ってにこやかに笑むジルベールの審判に、僅かにレイの目は見開かれていた。

思考を勧めながらもジルベールの言葉を一字一句逃さず聞いていたヴェストも、その案には少し考えさせられる。自身がプライドとのやり取りで知った事実と、そこから導き出した真実は全て裁判審議に相応するほどの証拠はない。そしてここでローザに話したところで彼の罪状は全く変わらない。

判決をするのはジルベールでもヴェストでもなく、ローザのみ。しかしヴェストの中でその真実は渦を巻くようにして滞留した。

どんな事情があっても理由があっても罪は罪。それが国の法だ。

そうですね……、と今までになかった刑罰と判断にローザも僅かに思案する。これが本来与えるべき罰より重くないか軽くないかも彼女の中で精査する。

ローザと同じくフリージアの法律を把握しているヴェストは、ジルベールの言葉に改めて彼の手腕を思い知る。間違いなく正答であり、足し引きされた結果天秤は並行に保たれていると彼も思う。しかし、それでもと考え得るべき点も冷静に考えれば確かにある。その上で



「……興味深い試みではあると存じます、女王陛下」



ヴェストの意外過ぎる同意の言葉に。

ジルベールも、表情が変わった。


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