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フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
頤使少女と融和

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Ⅱ315.頤使少女は向かう。


「プライド様、仰せの通りご用意致しました」


ありがとうマリー、と専属侍女から受け取りながら笑顔で返す。

深々と礼をしてくれるマリーと並んで、同じく専属侍女のロッテが気になるように頭を傾けながらそれを見る。何かは知っているけれど、やっぱり中身が気になるらしい。

気持ちは私もわかると思いながらふふっと笑ってしまう。教えてくれるかしら、と期待を込めてロッテと一緒にマリーへ視線を向けるけれど、彼女は気付かない振りをするようにそのまま目を閉じて黙してしまった。彼女のことだからきっと私とロッテがどんな反応をするかも想定できていたのだろうなと思う。

落ち着き払ったマリーの反応に、ロッテと顔を見合わせて笑っていると不意にコンコンッとノックが鳴らされた。直後にはステイルがいつもの挨拶で扉の向こうから呼んでくれる。アーサー達も扉の向こうで待っている頃だろう。

ええ、ちょっと待ってねと声を掛けながらステイル達を迎える前に私はもう一度マリーに向き直る。


「マリー、本当にありがとう。仕事を増やしちゃってごめんなさい。けれど、マリーにとっても本当に良い時間になると思うから」

「プライド様の専属侍女としてこのくらいはお安いご用です。ご心配なくお任せ下さい」

流石マリー、相変わらず心強い。

今回、ちょっとだけお願いごとをした私にマリーはすんなり快諾してくれた。今も開け目をしっかりと私に合わせてくれ、優雅に笑んでくる。彼女が失敗するところなんて見たことがない私としては、もうその笑みだけで安心感が強い。

期待しているわ、と私からも同じ笑みで返した後、学校の鞄へそれをしまい込んだ。さらにもう一つ、いつもと違う手荷物もちゃんと鞄に入れたことを確認する。

荷物も良し、今日の予定もしっかり頭に入った。いつもより多い欠伸を少しだけ噛み殺しながら改めてステイル達へと返事をする。

どうぞ入って、とその言葉から一拍おいて部屋の扉が近衛兵のジャックにより開かれた。カラム隊長と一緒に十四歳の姿のアーサーとステイルが訪れる。いつものように皆と挨拶を交わした後、私達は城を後にした。



……



「ええ、少なくとも自分が演習場を出る時まではレイ・カレンの屋敷への応援要請はありませんでした」

レイの一件から一夜明けた、今日。

エリック副隊長と共にギルクリスト家から学校へと向かう私達は、エリック副隊長からの話にほっと胸を撫で下ろした。取り敢えず衛兵が騎士を要請する事態になってはいないことに、事態の収束を確信する。

今朝、早朝にとうとうアンカーソンとの共謀と学校私物化や裏稼業を雇っていたことの容疑で城からレイへ出頭が命じられた。

私が朝食の時に聞いた時には、城から衛兵が捕縛へ向かった後だった。昨晩のこともあるし、まさか衛兵へ抵抗や特殊能力暴走なんてしないとは思ったけれどエリック副隊長の話でやっと確信も持てた。もしレイが見つからなかったり、もしくは大暴れしていれば勅命を下した父上かもしくは騎士団に連絡が入っていてもいい時間だもの。それが無いということは、きっと問題なくレイは衛兵の出頭命令に応じたということになるのだろう。

きっと学校が終わる頃には裁判の結果も下されている頃だろう。


「必要以上に重い刑にならなければ良いのだけれど……」

「大丈夫です、あのジルベールがいるのですから。……公正には違いありません」

昨晩のレイを思い出しながら口から零す私に、ステイルがはっきりとした口調で返してくれる。……ただし、その目は若干不満げだ。

ステイルだけじゃない、反対隣に並ぶアーサーも気になるようにずっと私に視線を注いでいる。アラン隊長とカラム隊長が話したとは思わないし、やっぱり部屋の前で待っている間にステイルから少なからず聞いているのかなと考える。視線を注ぐだけで言葉で聞かないでくれるのはせめてもの情けだろうか。


昨夜、アラン隊長達と馬車で城へ帰った後私が王居に入った時点でステイルとティアラは玄関まで出迎えに来てくれた。

今回は急に消えたわけではなく、ちゃんと専属侍女達にも断りをいれての正式な外出ではあった。けれど、あまりに急な用事だったことと帰りが遅すぎる所為で二人にはしっかり心配をかけてしまっていた。

しかも、帰った後に一体何所へ行っていたのかどんな用事だったのかと尋ねる二人に私も近衛騎士も満足に答えられなかった。カラム隊長達は口止め且つ記憶を消されていたし、私もヴェスト叔父様との約束を破るわけにはいかなかった。

ちょっと急な公務で、と言っても王女業務自粛中の私が公務という時点で怪しまれるのは当然だった。まさかヴェスト叔父様やジルベール宰相と一緒に城下に降りていましたなんて言えないし、ただただ心配をかけたことを謝るしかできなかった。


ステイルにはそんな極秘公務なら補佐の自分を呼び出してくれても……と言われたけれど、まさかの未来の摂政にも極秘という現摂政からのご命令だからどうしようもない。

ステイルだって極秘である可能性も鑑みて、正式に城を降りた私の元へ瞬間移動はしなかったのだろう。実際、あそこで駆けつけられてしまっていたら問答無用でヴェスト叔父様に記憶を消されちゃっていただろうと思う。

ヴェスト叔父様もあまりあの特殊能力は使いたくないと話していたし、可愛い甥であるステイルを最初から巻き込まなかった理由もそこだろう。


私から近衛騎士達にも口止めをしているから彼らをこれ以上は問い詰めないであげてとお願いすれば、ステイルもティアラも眉を寄せながらも頷いてくれた。

王族相手に答えられないことに、結局アラン隊長にもカラム隊長にも謝れせてしまったし本当に申し訳ない。しかも二人は本当に覚えていないところもあるから余計に申し訳なくて胃が重たくなった。人間、本当に知らないことをいつまでも問い詰められることがどれだけ辛いものか。前世で見た刑事ドラマとかを思い出すと、本当に本当に申し訳なくてその場で実際の倍以上は平謝りしたくなった。


それからというものの、糾弾することは諦めてくれたステイルだけれど未だに少しご機嫌斜めだ。

言葉こそいつものように振る舞ってくれるけれど、表情の雲行きは優れない。私に怒っているというよりも、未だに真実を解明できないのが嫌なのか釈然としないといった表情だった。

ティアラは今朝の段階でいつものように笑ってくれたけれど、二人とも私のことを心配してくれたのに本当のことを話せないのは私としても胸が痛む。なんだか考え過ぎたせいでジンジンと頭までも締め付けられるように感じてきた。

エリック副隊長も、事情は知らないまでもステイルの様子が少し違うことには察しているように私とステイルを交互に見比べていた。エリック副隊長にまで心配をかけないように、私からもせめて今の空気だけでも変えるべくステイルへ別の話題を投げかける。


「あの、……今日の予定なのだけれど。レイの裁判結果以外にも色々とあって……多分フィリップとジャックにも迷惑をかけちゃうと思うのだけれど」

「アムレットのことでしょうか。それでなくても何なりとお願いします」

やんわりとお願い事をする私に、やっぱりいつもよりステイルからの圧が強い。

けれど不機嫌から一転していつものお仕事モードのように言ってくれるステイルに少しだけほっとする。さっきまでの不機嫌な表情から今はギラリと漆黒の目が光っていた。アムレットのことを躊躇いなく口にする辺り、もうその辺は構え済みなのだなと理解する。

若干〝何なりと〟という言葉の強みに、やっぱり昨晩連れて行かなかったことを怒っているのかなとは思うけれど今は協力的な言葉を素直に感謝することにする。

俺もです!と自身の胸を叩いて前のめりに私へ顔を向けてくれるアーサーと一緒に挟まれながら、私は今日の予定について三人に相談した。


アムレットのことは既に周知済みだけれど、マリーにお願いした件についてはまだ話していないままだ。

実は……と、話をすれば三人とも一度目を皿にしてしまったけれど言い終わった時には瞬きも返してくれた。エリック副隊長が何とも言えない半笑いを浮かべる中、アーサーは今から緊張するように喉を鳴らした。


「ッそれ、ご一緒なの俺で平気っすか!?その、ハリソンさんとかの方がまだ安全かと……!」

「何の為の変装だ。顔見知りの騎士が居る方が気付かれる。どうせ顔を合わせたこともないんだから堂々としていろ」

引き気味のアーサーにステイルが足へ釘を打つように逃がさない。

確かに私もステイルの言葉には同意だけれど、いつもより鋭さのある声に苦笑いをしてしまう。アーサーには苦手科目な方だから嫌がるのも仕方が無い。

私からごめんなさいと謝罪したけれど、肩を落としながらも「頑張ります……」と言ってくれた。その様子を横目で確認したステイルが小さく笑うのが鼻音でわかった。見れば、さっきよりも機嫌の直った様子で今度は黒い笑みだけ浮かべていた。


「アムレットの方もご安心を。俺が責任を持って万全にしていますから。ジャンヌはお気遣いなく自然体で過ごしてください」

その言葉に、はっと今度は朝食での会話を思い出す。

ステイルが今日の為に何をやってくれていたかを知った今朝は、暫く冷や汗が止まらなかった。私のうっかりの所為で予想外に巻き込み事故を増やしてしまったことにいっぱいで、マリーに頼んだ件について話す余裕もなかったほどに。

相変わらず仕事を完璧にこなしてくれるステイルに感謝しつつ、だからこそ昨晩の置いてけぼりはショックだったのだろうなと思う。こんなに有能なステイルを戦力外通告するなんて、普通に考えたらおかしいもの。

事実を言えないことが歯痒くなりながら、何とか他の方法で納得して貰うことはできないかと考える。


「……ありがとう、フィリップ。本当にいつも頼りにしているわ」

「…………光栄です。ですからジャンヌも、ご無理だけはなさらないようにお願いします」

やっぱりいつもより元気が無い。

また笑ってくれたけれど、段々といつもよりどこか覇気のない笑みになっていくことに胸が引っ掻かれる。本当に本当に言えなくてごめんなさい‼︎

昨晩私が言えません発言をしてから一度も言及をしてこないステイルとティアラの優しさに甘んじている自分が恥ずかしい。今まで秘密をいくつも共有してくれた二人やアーサーにもこれだけは言えないのが心苦しすぎて呼吸も胸を上下しないと辛くなる。本当は三人にも話したいし、いっそヴェスト叔父様の凄まじさやライアーとの再会ができたことのお礼も改めて言いたいのに‼︎


表情に出さないように意識しながら心の中でそう葛藤している間にも、アーサーからは「大丈夫ですか?」と顔色を覗き込まれて心配されるしステイル本人からも「顔色が優れませんし医務室にでも」と言われてしまう。エリック副隊長もそれに応じて私の顔を覗き込むように斜め前を歩いて振り返ってくれて、本格的に居たたまれない。今は心配されて良い立場じゃないのに‼︎


「ッ大丈夫、です。それよりも今日も宜しくね。教室に付いたら早速一年の教室を再確認しに行きたいわ」

本来の目的を最優先するべくそういえば、ステイルとアーサーから同時に一言返ってきた。

やる気を示そうとにっこり笑って見せるけれど、ステイルだけでなくアーサーまで表情は少し優れなかった。……やっぱりアーサーも、ステイルから聞いて昨晩のことで連れて行かなかったことを気にしているのかしら。本当なら聖騎士であるアーサーは私と一緒にどこでも行ける権利があるのに、私が一方的に置いていってしまったのだから。

本来ならステイルと同じようにアーサーにだって私と一緒に〝急用の公務〟へ向かう権利はあった。そう考えればまた胃に鉛が一個分以上の重みが加算される。

本当に二人を信頼していないわけでも、頼らなかったわけでもない。けれどそれをどう言ってもヴェスト叔父様のことを言えない限り全部言い訳だ。

罪悪感か考えすぎた所為か、こうやって歩いていても頭がぐらぐらする気がする。いっそ本当に医務室に籠もりたい。けれど、今日もまた昨日と同じく放課後まで予定はみっしり詰まっている。


先ずは一年の教室に、一限が終わったらいつもの勉強会と……と考えながら校門まで辿り突く。

いつもより背中が丸くなってしまったからか、それともステイルやアーサーとの不穏を心配されたか見送る時エリック副隊長が生徒の目を気にしながら「本当に無理はしないようにな……?」と怖々とした声を〝ジャンヌ〟へ掛けてくれた。

何も知らないエリック副隊長にも気負わせてしまったと思うと、笑みで返しながらも少し眉が垂れてしまうのを自覚する。こんな顔じゃ安心してアムレットにも会えない。せっかく今日は



彼女のお部屋にお邪魔する日なのだから。



初めての女友達へのお部屋訪問。ちゃんと楽しみで、嬉しいものだと誘ってくれたアムレットにも伝わってほしい。……ちょっと、凄まじく申し訳ない部分もこっそりあるけれども。

それでも今日お迎えする人達の顔を一人一人思い浮かべながら私は中等部の校舎へと向かった。


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