Ⅱ313.頤使少女は帰還する。
「ヴェスト叔父様、お待たせ致しました。いま身支度を終えました」
ジルベールに特殊能力を解かれ、着替えを終えたプライドは客間の扉をノックする。
背後にアランとカラムを連れた彼女は、片手で胸を押さえながら返事を待った。
先ほどまで別室で着替えをしていた彼女を、扉の向こうの主は一言で許した。内側から扉が開かれ、見ればジルベールがにこやかな笑顔で迎えてくれる。客間の中央には見慣れた姿に身を整えたヴェストがソファーに腰を据えていた。
「お疲れ様です……」
「ああ、入りなさい」
自然とか細くなる彼女の声に、ヴェストはまた向かいの席を目で促した。
レイとライアーの一件後、彼女達は馬車で再びジルベールの屋敷に戻ってきていた。予定よりも長くヴェストを馬車で待たせてしまったプライドは、移動中も彼との会話は殆どなかった。
決して待たせたことを咎められたわけではないが、「お待たせして申し訳ありませんでした」と馬車が走り出してから謝罪をした彼女にヴェストも無言で頷くだけだった為、余計に帰りの馬車は緊張だけが張り詰めた。
まだ怒っておられるかしら……と、席に掛けた後も肩が狭まるプライドは空腹も忘れていた。ジルベールが目の前で淹れる紅茶に礼を良いながら、既に味わっていたヴェストを上目で覗く。
庶民としての姿と格好が嘘のように今は髪の毛一本まで整えられたヴェストにまた別の意味で萎縮する。雑破にされていた髪も今は綺麗に七三に分けられ、衣服もいつもの王族としてのピシリとした着こなしである。彼女にとってはずっと見慣れたヴェストの姿だが、同時にこれからお説教が入るのかなと根拠もなく胃が縮こまった。
湯気を放つカップを前に膝の上でぎゅっと拳を握り、何も言おうとしないヴェストに改めて彼女から口を開く。
明らかに緊張を露わにするプライドに、背後に佇むアランとカラムも身動ぎどころか姿勢一つすら気が抜けない。
「この度は、本当にお忙しい中にも関わらずお付き合い頂きありがとうございました。心から感謝致します」
「責任を果たしただけだ。だが、今回のことは全て機密事項だ。私の能力についても、そして今回の件に関わったことについても口外は禁じる。勿論ステイル達にもだ。部屋を出た瞬間にもう私の名も出すのはやめなさい」
再三に渡っての注意に、プライドは通った声で「承知しています」と顔を正面に向けた。
今後、レイとライアーのことでステイルに気取られる部分も多いだろうことは今から想定できる。だが、それでもヴェストとその特殊能力は隠しきらなければならない。
プライドの真っ直ぐな目を両目で合わせたヴェストは「良いだろう」とそこで短く頷いた。少なくとも今の彼女からは隠し事をすることへの躊躇はない。ここで万が一にも「どうやって隠せば良いのか」や、「隠しきれるかは自信が」と言葉を濁されれば、要件も増えていた。
馬車で先に帰りなさい、私は後から帰ると告げるヴェストにプライドもほっと肩から力が抜ける。
そっとジルベールが淹れてくれた紅茶に口をつけながら、心を落ち着けた。どうやらお咎めはなさそうだと心の底で安堵を呟きながら、今やっと鼻が利いたように紅茶の柔らかな香りに心が癒やされた。
さっきまで家畜商へ訪れてから服にしっかりと匂いがついていた彼女だが、着替えと香水と共にやっと家畜の匂いも消された。
慣れた上品な紅茶の香りは、まるで夢から覚めたような心地良さだった。特に〝いつでも帰って良い〟と許しを得た後の紅茶はまた格別だ。緊張感が全く違う。
「……学校の方は順調か。今のところ正体は隠せているか」
「はい、お陰様で。ステイルを始め、近衛騎士の方々が守ってくれているお陰です」
ぽとり、ぽとりと零された言葉は何でも無い雑談だ。
ここに来て初めて叔父らしい話題に、彼の背後に控えるジルベールも静かに笑んだ。紅茶を一口一口味わうヴェストも、今は上等な紅茶の味に機嫌が良い。今まであまり味わったことのない銘柄に、後でジルベールから聞いて個人的に取り寄せようかと頭の隅で考える。
「視察についてはどうだ。まだ全ては思い出せていないから引き続きと聞いたが」
「ええ、予知の未来は防げたとはいえやはり最後まで納得いくまで検証したいと思います」
ジルベールや王配であるアルバート越しに報告されている情報のままである。
つまりはそれ以外進展はないということかと考えながら、焦っても仕方が無いとヴェストは思う。更にはプライドから「既に中等部の教室は全員確認したのですが……」と言われれば、彼女が決して本来の目的を疎かにしているわけではないことはわかる。
予知の輪郭を掴むことも、それを具体的にいつなのか特定することも容易ではないことは女王の補佐をしている彼がよく知っている。
そうか、簡単にはいかないなと返しながら頷いた。こればかりは彼女の能力に頼るしかない。
「まだ生徒の入れ替わりも激しいだろう、今日まででも退学や除籍された生徒も少なくはないと聞く。同時に途中入学志願者も増えてはいる。その生徒がまだ入学していない可能性も充分にあり得る」
「ええ。……まだどれくらい先かもわかりませんから」
ヴェストの最もな意見に、プライドも僅かに声を低めた。
実際はゲームが始まるのが三年後であることも、もうわかっている。第二作目の学園創設自体、ゲーム設定では今から約一年後。ゲームの入学する枠が狭い学園に入学を果たした攻略対象者ならば絶対にプラデストにもと考えたが、入学するしないの誤差程度は充分あり得る。
しかし、自分が学校に居られるのはあと数日しかない。最初に女王ローザから期間を限定して許可を得ている今、これ以上の延長も許されない。
このまま最後の攻略対象者が見つからなかったら、あとは生徒としてではなく王女として学校へ定期的に訪れるしかない。王女としての行動が自粛制限されている自分では、公務としてもきっと探りにいける数は限られているだろうと考える。
思い出せるまで最後の攻略対象者がどんな状態か、ゲーム開始前の悲劇に間に合うかどうかもわからない。既にもう三年しか残っていないのだから。
そう考えながらプライドは自然とカップにかける指へ力が籠もった。表情にも影を差す姪に、ヴェストは僅かに眉を寄せ音には出さず息を吐いた。行き詰まり、という言葉が彼女の丸くなる肩から伝わってくるようだった。
「予知した全てを思い出すことは難しい。ローザも断片的な予知で終わることは珍しくない」
紅茶を全て飲みきり、テーブルに置けばジルベールが静かに新たにカップへまた注いだ。
ヴェストの言葉にプライドは僅かに下唇を噛む。実際はその〝予知〟自体は今日確かに防がれた。レイが学校経営権を早々に手放し、そして弱みともなるライアーを取り戻したのだから。
学校が特定人物に掌握される心配もなくなった今、ここで自分が手放そうと思えば手放せる。少なくともゲーム開始後の悲劇は防げた。ここで結局細かい予知内容は思い出せなかったという結果になっても、責められることはない。
「ごく稀にだが、意図せず未来が変わることも……ある。お前達がそうして学校に関わっている時点で予知した未来とは別の状況だろう。アンカーソンの件もそうだ」
未来が変わった、そう言えばいいだけだ。
ヴェストの言葉に心が読まれたような感覚を覚えながら、プライドは口の中を飲み込んだ。
しかし自分はまだたった一人の未来を変えることはできていないと胸の中で唱える。それまでは解決後も満足するつもりはない。彼女にとって思い出せない攻略対象者の存在だけが今も引っかかる。現時点で掴めたヒントは屋上だけだ。
「少なくとも、お前達が学校に極秘潜入したことで既に良い結果が出ている。……今回のことも、判明して良かったと思っている」
そこでやっとプライドも落としていた視線を上げた。
ゆっくりとなだらかに現状と事実だけを並べていたヴェストだが、うっすらと慰めの言葉が今度は混じっていた。
視線を上げた先のヴェストは変わらず紅茶を嗜みながらの落ち着いた表情だったが、それでも自分の潜入が無駄じゃないと認めてくれたような言葉にプライドの胸が灯った。規則にこそ厳しいが、昔と変わらない優しい叔父の言葉は胸の奥まで染み渡った。
ありがとうございます、と。そこで少し元気が出たようにプライドが笑みを向けながら頭を下げれば、ヴェストも小さく笑んだ。そのまま部屋に掛けられた時計を目で指し示し、「もう行きなさい」とやんわり帰るように促した。彼女の身体が空腹を思い出す前にと、見送るようにヴェストが先に腰を上げる。
「安全に正体も隠せているなら、それが一番だ。今回は特例だが、決して潜入中は可能な限りステイルや近衛騎士から離れないようにしなさい。何か問題が生じれば予知も関係なくすぐに撤退を命じることになる。大勢の人間を城から口止めしなければならない。……私も、あまりこの能力は使いたくない」
はい、と。凜とした声で彼女は返した。
本来であれば城からの箝口令以外にも、契約などフリージア王国には方法が別にあるがヴェストの特殊能力こそその最も確実な方法ではある。そしてだからこそ叔父はその能力を多様したくないのだろうとプライドも理解した。
厳しい叔父ではあるが、自身の都合が良いように人の記憶を軽んじる人間ではないことはよくわかっている。今回、記憶を失ったライアー一人の為に重い腰を上げてくれた叔父が、他者の記憶を奪うことに何の躊躇いがないわけがないのだから。
ソファーから立ち上がり、部屋を退出しようとするプライドにカラムが扉を開ける。扉を抜ける前にもう一度ヴェストと、そしてジルベールにプライドは今回の感謝と挨拶を告げた。あまりにも突然の協力だったが、レイとライアーのあの姿を見れたのは二人のお陰に違いない。
本当にありがとうございました、良い夢を。
そう告げて部屋を去るプライドの後へ続くように近衛騎士のアランとカラムも
「待ちなさい」
ビリィッと、緊張が走った直後。ヴェストの低めた声に騎士二人は動きを止めた。
先ほどまでの柔らかだった筈の空気が凍り付く。部屋を退出しようとした身体の向きからヴェストへと振り返ろうとした二人だが、続けて「騎士はそのままに」と指示されれば息すら止まった。
唯一振り返ったプライドも、強張った顔で自分の方に身体を向けたまま立ち止まるアランとカラムそしてその背中にゆっくりと近付いていくヴェストを凝視した。
まるで万引きを引き留めるかのようなヴェストは、扉の一歩向こうに出た二人に「決してこちらは振り返らないように」と釘を刺す。
刃物でも突きつけられているかのような感覚に、振り替えれない二人も流石に喉を鳴らした。相手が王族でなければ、いつ攻撃されても良いように剣に手をかけていた。
「今回は御苦労だった。決して今回の件は口外しないように。プライド第一王女を守る騎士達を疑うつもりはないが、……なに一つも情報流出は許さない」
最後に声が凄みをきかされたヴェストの言葉に、はっ‼︎と二人は合わせて空気を揺らした。
ポンと静かに自分達の肩に置かれた手が、この国の摂政からのものだと理解する。鎧も纏っていない腕一本分の重みの筈なのに、力も込められていないそれにズシリと圧が感じられた。もともと極秘の任務であったプライドの潜入視察だが、今自分達は更に深みへ足を踏み入れたのだと改めて理解する。
妙に喉が渇き、瞬きすら咎められるような感覚に指先一つ動かなかった。プライドも三人のやり取りに胸を両手で押さえて声も出ない。
二人からは見えないヴェストの目が、心無しか鋭くなっている気がした。騎士二人よりも背が低い筈のヴェストが、今はずっと大きくすら見える。二人を順に見比べるヴェストは右手と左手をそれぞれの肩へ乗せたまま数秒の沈黙後、二人の肩越しにプライドへと目を合わせ、静かに言い切った。
「大事にしなさい」
先ほどの厳しい声色と反し、プライドに叔父として語らっていた時のような柔らかな声が最後に掛けられた。
音もなく二人の肩から手を降ろしたヴェストは、身を引くと同時に自ら扉を閉めた。バタン、と重厚な扉からの風圧を背中で感じた二人はそこでやっと小さく振り返る。固く閉ざされた扉から直後にガチャリと鍵まで閉められる音が聞こえてきた。
ヴェストからの圧から開放されたプライドは、最後まで秘密主義を徹底する叔父に苦笑いを浮かべながら「行きましょうか」と小さな声で二人に呼びかけた。
いつもより瞬きが多くなった二人も、プライドの呼びかけに一声返すと今度こそ彼女の背中に続いた。プライドの着替えを小脇に抱えるアランも、前髪を指で押さえてから息を吐くカラムも、そしてプライド本人も部屋を出てからは何も言わなかった。
屋敷の侍女達に案内されるまま屋敷を出て、馬車に乗る。先に自分達が出ることを伝えられていた為、玄関の前に止められていたのは自分達とジルベールの馬車だけだった。
恐らくヴェストの乗ってきた馬車はまだ奥に止めてあるのだろうと考えながら、プライドは御者の開ける扉から乗り込んだ。
続いてアランとカラムも乗り込み、扉が閉ざされれば馬車は間もなくゆっくりと動き出した。安全を配慮され、ガタガタと小さく揺れる馬車の中でプライドは深く息を吐く。
後は馬車に帰ってステイル達に言い訳するだけだと思いながら、ボロを出さないようにと意識する。カーテンの隙間から窓の隙間を覗けば、ジルベールの屋敷から明かりが遠のいていくのが見えた。
指先で小さく開いたカーテンを戻し、プライドは一度背もたれに寄りかかってから目だけで順番に二人の顔色を確認した。
馬車に入ってから誰も言葉を発しない沈黙は、ヴェストと同乗した時の緊張感にも似ていた。……だが。
「……今日は、本当にありがとうございました。カラム隊長、アラン隊長。……疲れてはいませんか?」
言葉を綿密に選びながら、コソコソ話のように抑えめに二人へ首を傾ける。
プライドからの気遣いに二人は「いえ」と短く返しながら、笑みや手を振って返した。それでも少し苦みの残るプライドの笑みに、自然と口を結んでしまう。
どこか気まずさも感じる空気に、プライドはじわじわと嫌な予感が足下から伝ってきた。口の中を何度も飲み込み、何かを言おうとしてはまた躊躇ってを数度繰り返した後にもう一度強張った顔で確かめる。
「…………先ほどのことは、どうか秘密でお願いします」
何度も言われてきた筈の口止めを、弱々しくなってしまう声でお願いする。
ぺこりと小さく頭を下げる仕草をしながら、二人から目を離せないように上目で覗き続けるプライドに二人は両眉を上げた。
今度はすぐには返事をしない。頭を上げた後の彼女を見つめ、今度は互いに目配せし合う。表情こそ殆ど変えないが、確実に何かの意図を互いに交わし合った二人は最後にもう一度プライドへ視線を返した。
ガタンガタンと馬車が揺らされている中、その音に掻き消されないようにアランがゆっくりと口を開く。
「……申し訳ありません。〝先ほど〟って、どのことでしょうか……?」
申し訳なさそうに眉を落として言うアランに、プライドは強張った顔のまま血の気が引いた。やっぱり、と心の中で叫びながら言葉は飲み込む。
プライド相手に察しも悪く伏せた言葉を催促してしまったことに、流石のアランも失礼だと思いながらも答えを待った。本来ならばここで口を合わせておけば良いことだが、しっかりと内容を把握せずに流すことはできない。更にはカラムから補足するように「失礼致しました」と自分とアランの分も謝罪を掛けてから言葉が続けられる。
「ジルベール宰相のお屋敷にステイル様達にも極秘で伺ったことか、それともその後にライアーとプライド様がなんらかの交渉を行った件でしょうか」
「またはライアーが馬車内で〝急に〟記憶取り戻したことでしょうか。馬車から飛び出したライアーを追ってレイとも会ったことか……」
ヴェスト叔父様ーーー‼︎‼︎
心の中でとうとうプライドは絶叫する。
そのまま「そういやなんで馬車に連れ込んだんでしたっけ」と言うアランにもう喉が完全に干上がった。彼らの記憶では見事にヴェストとその特殊能力についてが綺麗に消されていると理解する。
そしてプライドも予想しなかったわけではない。当時アランとカラムもまた、彼が子どもの姿で現れ、そして特殊能力を知った時点である程度覚悟はしていた。
仮にも王族の秘密の片鱗を目にしただけではない。彼らが一晩で知ってしまったことは、それだけに留まっていなかった。
きっと全てが終わったらいくらか記憶を弄られるのだろうと、言葉にせずともアランもカラムも覚悟はできていた。
ヴェストの特殊能力が記憶関係の特殊能力であることと、そして
宰相であるジルベールの特殊能力も目の当たりにしたのだから。
ヴェストと違い、最初にジルベールの屋敷に訪れてから間もなく、殆ど隠す素振りもなく着替えの為に入っていったプライドの部屋へ訪れすぐに出てきたジルベールを二人はしっかりと確認してしまった。更にはその後に十四歳の姿のプライドが現れれば、気付くなという方が無理な話である。
ヴェストに続いて、今まで自分達にも秘匿されていた〝見かけ年齢を変える特殊能力者〟の正体がジルベールだと知った彼らはその時点で、隠蔽されることを確信した。少なくとも契約での口止め程度はあり得ると思ったが、ライアーの記憶を難なく取り戻させたヴェストが記憶関連の特殊能力者であれば、その必要すらないだろうとも。
そして、予想通りヴェストは最後の最後に彼らの記憶を消去した。
自身とジルベールの特殊能力関連全て。自分とアンドリューという少年の記憶もジルベールの屋敷に訪れてからプライドが着替えの間に誰と関わったかも殆ど消去していた。
いま、二人の記憶の中には今回の件でヴェストの存在自体がない。
プライドと三人で馬車に乗り、そしてトーマスと会い、記憶を取り戻したライアーを見届けた断片的な記憶のみで構築されている。
改めてヴェストの特殊能力は恐ろしいものだとプライドは全身の寒気で感じながら、ここは必死に表情に出さないようにと意識した。
優しい叔父の言葉と、絶対厳格な摂政の眼差しを思い出しながら手の平が湿っていく。
「……その、ステイル達に内緒で屋敷に訪れたことからライアーとレイに関わったことも全部秘密でお願いします。ごめんなさい、先ほどって言い方が大雑把だったわ」
やんわりとそう言えば、今度は二人とも納得したように快諾した。
今回の件が全て秘匿を命じられたことは覚えている。ただし、それがプライド以外誰に言われたのかまでは思い出さないままだ。
ヴェストに記憶を消されてから、ぼんやりと何故自分が客間の前に立っていたのかを考えていた二人だったが、当然ながら思い出せるわけもない。
深くは考えず「でも良かったですね」とレイとライアーの再会を思い出して明るく声を掛けるアランと、疑問が多いが今はプライドの護衛に集中しようと気持ちを切り替え「プライド様も王居に帰られたらゆっくりを休みください」とカラムはそれぞれ声を掛けた。
二人の言葉に相づちを打ちながら、プライドはまず目の前の二人にこれ以上ボロを出さないようにと考え直す。もし、自分の所為でヴェストやジルベールの秘密が知られてしまえば、最悪の場合二人と自分の記憶もがっつり消されることも視野に入れる。
そしてアランとカラムもまた、自身の残された記憶の全ては〝敢えて〟口にはしなかった。
〝口外しないように〟
〝プライド第一王女を〟
〝大事にしなさい〟
最後の最後に、そこだけが不自然にぶつ切りされて記憶として残された。
誰からの指令かもわからないその言葉が、少なくとも目の前にいるプライドからのものではないことはわかった。
そして、敢えて不自然になったにも構わず自分達にその言葉を残したということは、ある程度自分達が記憶の違和感に気付いてしまうことも、〝この特殊能力者〟は承知なのであろうとも思う。
その上で、二人は互いに口を噤む。その人物に指図されずとも言われたことは彼らにとって至極当たり前のことだったが、少なくとも自分達の記憶を弄った相手はこのまま詮索する必要はない相手だと思えた。
─ 何故、ジルベール宰相がそのような者と知り合いになられているのかは気になるが……。
─ ま、プライド様と手ぇ繋げたことは忘れてねぇしいっか。
必死に隠そうとするプライドとの談笑を敢えて続けながら、アランとカラムは気付かない振りをそのまま決めた。
城に戻ってから彼女の帰りを待ちわびていたステイルとティアラに問い詰められても。




