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フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
支配少女とキョウダイ

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Ⅱ38.支配少女は覗き見る。


「ピンと来る奴、いねぇっすか」


三限後の、終わり。

アーサーの言葉に「そうね」と言葉を返しながら目を凝らす。

私の後ろから腕を伸ばしたアーサーは、ゆっくりと音を立てないようにして教室の扉を開いてくれた。

特別教室。

他の学年とは違い、将来や勉学の為というよりも学校制度自体の体験の為に入学した生徒達のクラスだ。貴族や富裕層などの家の子どもが主で、学年もわかれていない。初等部、中等部、高等部と学年を統一させてもらっている。

教室自体は広い一部屋だけだけれど、その代わりにこの五階で特別教室の生徒は用事全部が済ませられるように設備だけは整っている。授業用の専用教室だけでなく、休息や食事用の個室や教室とは別の交流スペースもある。

彼らは基本的に家で家庭教師がつけられるし教材にも困っていない為、入学枠も他の生徒とは分かれている。学校を体験したいとか、興味を持ってくれる生徒ではあるから拒みはしない。けれど一般生徒達の入学絶対数は変えないというのが私とジルベール宰相、そして上層部の総意だった。

授業内容も学力向上よりは趣味や多芸とかの体験が多い。授業とはいえ、貴族の家に農作業や土工演習や掃除演習なんてさせると角が立つし、無駄にモンスターペアレントやクレーマーが出かねない。まぁその場合ジルベール宰相が「適宜対応させて頂きます」とは言ってくれたけれど。

至れり尽くせりの五階は一般生徒は基本的に使用しないけれど、別段一般生徒の立ち入りが禁じられてもいない。お陰でこうして私達も問題なく階段を上がって潜り込むことができた。

流石に庶民の格好でズカズカ教室の中を歩き回ると悪目立ちするので、廊下から教室の窓を覗かせてもらうことにした。


「やはりこの格好では目立ちますね。上級層や貴族の中には庶民に目をつける人間もいますし、声をかけるのはやめておきましょう」

ステイルの言葉に頷きながら、私は教室の中へ一人ひとり目を向ける。

成人だとところどころ見覚えのある人もいる。恐らく式典か社交界で会った家の令嬢令息だろう。でも私が探しているのは彼らじゃない。


ファーナム姉弟に会った時に思い出した、もう一人の攻略対象者。


彼なら間違いなくこのクラスにいる。顔はまだピンと思い出せないけれど、今までみたいに見ればきっとわかる筈。

そう思いながら目を凝らして一人一人確認していると、何人かが私の視線に気が付いて眉を寄せた。やっぱり風当たりは少し強い。でも私からその背後に目線が上がった途端、気付いた生徒が無言でぺこりと挨拶するように頭を下げてくれた。もちろん彼らが頭を下げてくれているのは


「本当に助かりました。お忙しい中ありがとうございます、カラム隊長」


いえ、と。カラム隊長が私の背後を守るアーサーに並んで短く返してくれる。

特別講師を担ってくれているカラム隊長は、毎日二限と三限でどこかしらのクラスの騎士の選択授業を請け負ってくれている。

三限終わりの今、少しだけ保護者として私達についてきて貰った。庶民の私達だけじゃ悪目立ちや最悪の場合絡まれる恐れもあるけれど、騎士のカラム隊長が付き添ってくれることで特別講師に学校を案内して貰っているという形にしてもらえた。さっきの眉の寄せられ方から考えても、やっぱりカラム隊長無しだったら追い払われていたかもしれない。


「ところで、今ジャンヌに顔を顰めた生徒とジャックを指さした生徒。並びに庶民である僕らを睨んだ者と嘲笑った奥の生徒。……どうにも見覚えのない生徒が多いのですが、カラム隊長はいかがですか」

会ったことがあれば覚えている筈なのですが、と小声で尋ねるステイルからヒヤッと冷たい空気が流れる。

どうしよう、今振り向いたら怖い気がする。無感情に聞こえる声で淡々と言っているから余計怖い。声と台詞だけ聞いたらゲーム版腹黒摂政様だ。

カラム隊長が微妙に歯切れの悪い様子で、わかる人物だけ一人一人どこのお家の誰かを潜めながら教えてくれる。一回で覚えたステイルは「ありがとうございます」と声だけで笑んでいるのがわかった。

チェックされたのは皆、城には滅多に呼ばれない……というか、私の記憶でもジルベール宰相の誕生日パーティーで呼ばれた時に一度会っただけの下級貴族の令嬢子息だ。他の子は私も覚えてないから、多分そこにも呼ばれなかった貴族かもしくは純粋な富裕層だろう。寧ろ私達を大して気にしない生徒の方が見覚えのある人が多い。流石上級層の令嬢令息だ。……なんか抜き打ち人間性テストをしているみたいですごく申し訳ない。


「僕もカラム隊長も覚えがない生徒については気になりますね。つまりは中級か下級貴族か富裕層、もしくは地方の……」

ぶつぶつと小さく呟くステイルの声が怖い。確実に漆黒の眼差しが刃物みたいになっていると確信する。

生徒名簿が届いたら更に細かく調査されそうだ。そりゃあ確かに身分関係ない態度を示す人の方が素敵だけれども‼

そう思いながらステイルの黒い覇気から逃亡すべく目を凝らすと、やっと視線が一人に引っかかった。居た、と思った瞬間に中央列の一番後ろの席で本を読んでいる青年に目が釘付けになる。間違いない、彼だ。

揺れる翡翠色の髪を背後に流し、群青に紫みを帯びた瑠璃色の瞳。上から下まで重厚感のある布地の服に、顔の左半分だけを隠す芸術的な仮面をつけた彼は間違いなく攻略対象者だ。

クロイとかみたいに一人ぼっちというわけではなく同年代の取り巻きに囲まれている彼は、一方的に話しかけてくる彼らを完全に無視していた。ぺこぺこと頭を下げていたり、長々何かを訴えている人にすら目もくれない。

本に夢中なのか、それとも単に彼らの相手をしたくないのか。隠されていない顔の右半分は、どちらともいえないほどに無感情なまま本をめくっている。全てゲームの彼と瓜二つだ。……きっと彼は、もう。



『私が会わせてあげる』



「…………ありがとうございました。ごめんなさい、ここにも居なかったみたい」

彼にラスボスが嘯いた言葉を頭の中に巡らせながら、私は口を動かした。嘘ではない。

彼は、最後の一人ではないのだから。

ここで見つけたなんて言ったら、残りの彼らを見つける間もなくなってしまう。この一か月間で最優先なのは、全員を助け切ることではない。彼ら全員を思い出すことだ。それさえすれば学校の潜入を終えた後でもなんとかなる。クロイ達と違って彼は現時点で急を要する状態ではない。……筈だ。

少なくとも、ラスボスとはまだ出逢っていない。それを確認できただけでも充分だ。ゲーム通りなら出会うのもあと一年はある筈だし、彼には悪いけれど潜入視察を終えた後でも充分だろう。


そうですか、と少しだけ肩を落とすステイル達に私も首を傾ける。

本当はここで都合よく他にも攻略対象者が集合してくれていればとも思っていたから私も残念だ。乙女ゲームではそういうお金持ちクラスの攻略対象者なんて鉄板だし、もしかしたらとかも思ったのだけれど。

どうやらお金持ちポジションは王道攻略対象者である彼一人だけらしい。なら、後は普通クラスの一年三年同学年といったところだろうか。二年もまだ全クラスを見きってはいないし、可能性は五分五分だ。クロイの五組と私の三組は確認したし、明日からは残りの三クラスを確認しよう。

予鈴の鐘が鳴る前に戻りましょう、と彼らと共に階段へと向かう。昼休み時間以外は移動教室でもない限り人通りも多くはない。


「カラム隊長は、今日の講師はいかがでしたか?」

声を潜めながら、途中まで付いてきてくれるカラム隊長に投げかける。

いつもは城に帰ってから聞いている話題だけど、折角授業後だしとこの場で尋ねてしまう。アーサーも気になるように視線を上げる中、カラム隊長は「そうですね……」と小さく零してから話してくれた。


「今日は幼等部へ講習と、二限は高等部の演習だった。幼くても騎士に興味を持つ子どもは多く、高等部には筋の良い生徒も、いた。」

生徒に聞かれても平気なように、私に向けても敬語口調じゃないカラム隊長が少しだけ新鮮だ。

思わず話の内容とは関係なく途中で、ふふっと口元を隠して笑ってしまうと前方を歩いていたカラム隊長が小さく俯き、……頬を少し紅潮させた。いけない、からかったように見えたのかもしれない。

ただ少し新鮮なのが聞けて嬉しかっただけなのに!と慌てて理由が伝わるように私は言葉を選ぶ。


「宜しければ、〝校外〟でもそうして下さい。人前でなければ問題もありませんから」

「ッいえ、それは!」

元々、私としてはカラム隊長達やステイルやアーサーにも敬語無しで話して欲しかった。

これを機会にカラム隊長にそうして貰えれば嬉しいと、そう思って笑いかけたのだけれど逆に敬語で思い切り拒絶されてしまった。……悲しい。

思わずといった様子で敬語になった口を片手で押さえるカラム隊長は、そのまま顔ごと背けてしまった。顔が見えない代わりに赤い耳が赤毛混じりの髪に紛れることなくはっきり見えた。むしろ髪より赤い。

するとステイルがにっこりとした笑みで楽しそうに私とカラム隊長を見比べた。「それは良いですね」と笑い、カラム隊長へ更に言葉を重ねる。


「なら、僕にも不要ですよ。ジャンヌを良しとして僕だけそうされないのも気が引けますから」

「フィリップ。お前も呼べねぇくせにカラム隊長をからかうンじゃねぇよ」

黒い笑みではなかったけれど、悪戯心満載だった笑顔のステイルにアーサーが呆れるように溜息を吐いた。

やはり尊敬するカラム隊長をからかわれるのは嫌らしく、言いながらポカリと軽くステイルの頭を叩いていた。

アーサーに怒られた途端、叩かれた頭を片手で押さえたステイルが振り返りながら彼を睨む。何か理詰めで言い負かそうと口を開いた様子だったけれど、アーサーにジト、と薄く冷めた目で見返されたら口を噤んでしまった。逆にカラム隊長が「暴力は控えること」とやんわり言葉で窘めれば今度はアーサーの頭が低くなる。

すみませんと謝るアーサーに、叩かれたステイルの方がまるで後ろ髪を引かれるかのように目を向けた。自分より背の高いアーサーへ盗み見るような動きだったけど、三秒もしない内に「どォした」と本人に見つかった。

顔の火照りが大分落ち着いたカラム隊長もアーサーの言葉に釣られるように目を向けると、眼鏡の黒縁を押さえつけたステイルがぼそりと独り言のように呟いた。


「……本当に、そういう話し方にされても良いと思っただけだ……」

むすっ、とした顔は十四歳だといつもの大人の顔を知っている分、余計に幼く見えた。

遠回しに、カラム隊長とアーサーに謝りたいのも含まれているんだろうなと思いながら見ていると、二人もすぐにわかったらしく同時に小さく笑った。「そォかよ」と上から親友の黒髪をわしゃわしゃ撫でるアーサーに、ステイルは振り返らないまま片手でペシリと弾く。まだちょっとむくれたままだ。

それでも、意図を汲んだカラム隊長から声を潜めて「恐縮です」と言われると、やっと「いえ、……すみませんでした」と素直に謝れていた。いつもの調子と変わらない筈のステイルが、姿が違うだけで可愛らしい。ステイルも本当に気が付けば仲の良い相手が増えてきたんだなぁと姉としても嬉しくなる。…………ただ。




「私も、三人からそういう風に話してもらいたいと本気で思うのだけれど……」




ぼそっと思わず溢れた本音は、静かな廊下ではっきり彼らに届いた。

その途端、ほがらかモードだった三人の動きがピシリと強張り、ぎこちなくなる。それは、いえ、勘弁して下さい……とカラム隊長、ステイル、アーサーから重なるように断られてしまい、私の方が落ち込んでしまう。

やっぱり次期女王という立場の相手には三人も未だに恐縮するらしく、断りながらの顔が緊張で揃って赤くなる。ステイルは手の甲で口を押さえて俯いてしまうし、カラム隊長は口から手で覆って背けるし、アーサーは腕ごとで撃沈だ。

これで彼らにフラれるのも何度目かなと思う。なんか昔から私だけ彼らのわいわいモードの輪に入れて貰えていないことが多い気がする。

がっくしと歩きながら項垂れる私に、三人か気を紛らわすように話題を投げてくれた。

それでも暫く、丸くなった肩はなかなか治らなかったけれど。



……



「ごめんね、クロイちゃん。今日も迎えに来てくれてありがとう」


四限が終わり、殆どの生徒が下校しきった教室で一人の女性が弟に笑いかける。

下校時間になって今度こそ教室で待っている姉を迎えに来た弟は「当然でしょ」と短く返し、彼女の分の鞄も持った。昨日の下校から今朝までは不思議と体調の良かった姉だったが、午後になったらまた血色が少し悪くなっていた。

ちゃんと食べたの?とクロイが尋ねながら、二人で教室を出る。


「ちゃんとパンは全部食べ切れたわ。今日はね、男女の選択授業が移動教室だったのだけれど、クラスの親切な人が荷物を持ってくれたのよ」

「急に⁇そいつ男?姉さんに気でもあるんじゃないの?」

弟からの心配に、大丈夫よと笑いながら彼女は手摺に手を添えて階段を降りる。

姉に急に優しくしてきた生徒が男子生徒だとすれば、クロイの不安は拭えない。本当にただの良いやつか?と疑いたくもなったが、親切にされたことを純粋に喜ぶ姉に強くも言えない。その後も柔らかな口調で今日の授業についてを話していく姉の言葉に相槌を打つ。校舎を出たところで姉から「クロイちゃんはどうだった?」と尋ねられれば、ぴくっと肩が一度だけ震えた。

弟の様子が変わったことに気づき「何かあったの?」と首を傾げる姉だったが、クロイは首の後ろを擦りながら口の中を噛んだ。姉の話を聞く限り、自分のことは気取られていない。食堂では高等部の生徒にも見られたからと、噂が姉にまで伸びていることも想定して言い訳をいくつも考えたが、その必要もなかった。〝パウエル〟という親切な男子生徒以外、姉は自分から誰とも関わっていないのだから。


「……何も。昨日と一緒だよ。授業は面白かった」

アレとか、選択授業にはこんなのを、と授業の内容を指折り思い出しながらクロイは語る。

それに姉は、あらあらと嬉しそうに聞きながら両手を合わせて笑んだ。弟が授業を楽しめたことが自分のことのように嬉しい。


「良かった。クロイちゃん、お姉ちゃんの付き添いで仕方なく入学も付き合ってくれたでしょう?クロイちゃんも楽しんでくれたなら嬉しいわ」

「別に……仕方なくじゃないよ。本当に興味はあったし」

「だけど、最初はクロイちゃんも興味ないって言ってたじゃない」

むぅ、と姉の言葉にクロイは唇を尖らせる。

確かにその通りではある。実際、一度はそう言って姉からの誘いを突っぱねた。生活の為に仕事を優先させる為と、そして姉には言えない理由で。しかし、今は。


「……」

気が付けば、使い古したズボンのポケットを布越しにクロイは押さえた。

この後にある真夜中までの仕事の稼ぎよりずっと良い報酬だ。「今日の分だ」と昼休みが終わった予鈴の後に手渡された数枚の報酬は、クロイにとっては充分過ぎる額だった。

これで今日の夕食は美味しいものをご馳走できるかとも思ったが、すぐに思いとどまる。今、この仕事を姉に話したらきっと心配をされてしまう。驚かれるし、下手したら期待させてしまうかもしれない。やはりひと月後、仕事を全て終えて報酬をもらいきるまでは黙っておこうと心に決める。


まだジャンヌに騙されていないと決まったわけではないのだと思いながら。


屈辱が、一瞬だけ彼の胃を煮えさせた。


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