そして訪ねる。
「ここに来たってことは、トーマスさんを呼び出せば良いですかね?問題なければ、自分が話を通します」
「ええ、……宜しくお願いします」
潜めた声で言ってくれるアラン隊長の声に、返しながら笑ってしまう。
やっぱりアラン隊長もここまで来れば大体の察しも覚悟もついているらしい。これから何をどうするつもりか話してはいないけれど、ここに来ればトーマスさんしかない。
数時間前にお別れした後なのに申し訳ないけれど、ここは大人且つ騎士であるアラン隊長が話を付けてくれた方が円滑だろう。
もう、自分達も一緒で良いのかどうかを確認しない近衛騎士二人の察しの良さが流石は騎士だ。
けれど、未だにどこか上擦った声に聞こえるそれに、ヴェスト叔父様から離れたのにまだ緊張しているのかもしれないと思う。さっき歩けるか確認してくれた時は、扉が閉まったからかいつもの口調だったのに。
気になって正面から隣を見上げれば、近付いた家の明かりに照らされてうっすらとアラン隊長の顔が見えた。進行方向よりも私が転ばないかを心配してくれているらしく、ぴったりと目が合ってしまう。未だに手を借りているから当然だ。
明かりの反射の錯覚で、顔色もうっすら赤みを帯びているように見える。まるで夕日だ。
「どうかしました?もう放します?」
「いえ、このままでお願いします。……いろいろ事情を話せなくてごめんなさい」
きょとんとした表情で見返してくれるアラン隊長に、自然と肩の力が抜けた。
さっきまでは凄い緊張状態だった上に、今日一日で色々ありすぎた中だからこうしていつもの反応をしてくれるだけで助けられる。もうデコボコはマシになったけれど、いつどこか泥濘んでいるかわからないから気が抜けない。
本当に庶民の靴で良かったと思いながら、このまま玄関前までは手を借りることにする。
支えてくれるアラン隊長に感謝しながら、改めてここまでの説明不足を謝れば「いえ護衛相手にそこまで説明責任はありませんし」と軽く笑い流してくれた。本当に本当にありがたい。
確かに護衛に逐一行き先で何をする予定かの説明責任はないけれど、ここまで極秘事項任務目白押しなのに。
最後にニカッと笑いながら「むしろ役得です」と言ってくれるアラン隊長がすごくほっとする。私に気を遣ってくれているのも勿論あるのだろうけれどこういう極秘任務とかも、もしかしてちょっと楽しんでくれているのかなと考える。釣られるように私までフフッと笑みが零れた。
空いている方の手で口元を押さえながらも、馬車の中では引き攣っていた頬が緩む。……その途端、取らせてくれていた手が一度ぴくりと震えたのを感じたけれど。
もしかして緊張感が足りなかったかなと見返せば、呆れるどころか凄くにこにことした満面の笑む意で返されてうっかり照れてしまう。
微笑ましいものを見るようなアラン隊長の目に、この姿で手を借りると余計幼く見えたのかなと猛省する。直後に「どうしました?」と聞かれたけれど、子どもっぽくてごめんなさいと自白もできない。
「やっぱり、明るい時に歩く道とは違うなと思って。……でこぼこしているだけなら良いですけれど、泥濘んでいたりするとびっくりしますね」
「あー、やっぱそうなりますよね。足下見えてもわかりにくいですし。ご心配でしたらがっつり掴みましょうか?」
今は手を重ねあっている状態から、アラン隊長がそっと指先に力を込めて掴んでくれる。
確かにこっちの方が安心感が強い。
お願いしますと、私からも握り返せばしっかりと受け止めてくれた。手を取るというよりも握手しているように繋がれば、安定感も増したからかさっきよりも足取りも楽になった。
トン、トンッと転ぶよりもステップを踏むような感覚で進んでいく。アラン隊長も私を支えやすくなったからか、さっきより機嫌が良さそうだった。……いや、単に緊張感の固まりであるヴェスト叔父様の馬車からかなり離れたからかもしれない。
一歩一歩転ばずに歩いて行く中、私と同じように声を潜めながらも〝アンドリュー〟のことは話題にすら触れないアラン隊長と進む。
足下も明るく感じる距離から玄関まではすぐだった。立ち止まってすぐ、安全確保できた私の手を離したアラン隊長は一度目と同じように拳で玄関をノックする。
「夜分遅くにすみません!先ほどのアランです、お時間宜しいでしょうか?」
夜分ということも配慮してか、それとも家畜が静かだからかいくらか声量を抑えられたアラン隊長の声は広々とした空間に響いた。
今度は二度目の呼び出しをする必要もなく、ものの数秒で扉の向こうから「私が!」と聞き覚えのある声が聞こえてくる。バタバタといった足音がちょっと慌ててるように激しく聞こえた。勢いのある足音に、アラン隊長が僅かに私へ腕で後退を指示してくれる。
私も従い一歩分小さく背後に下がれば次の瞬間には、ガッチャン‼︎と古い金具音と一緒に扉が大きく開かれた。あまりの音と勢いに肩が上下してしまう中、現れたのは雇い主さんではなくトーマスさんご本人だった。
目を大きく開きながら息を切らしている姿に、訪問したこちらの方が何かあったのかしらと心配になる。アラン隊長が夜分に申し訳ありませんと挨拶する中、トーマスさんは予想外に大きめの声を張り上げた。
「レイ‼︎ッさんに、何かありましたか……⁈」
レイ⁇
まさかの開口一番のレイに一瞬聞き返したくなる。
アラン隊長も不意を突かれたのか、数拍置いてから僅かに首を捻っていた。背後から横にずれて私からもアラン隊長を覗き込めば、驚いたように大きく瞬きを繰り返していた。
押されるように、レイに何かあったわけではないこととどうしてそんなことをとアラン隊長が落ち着いた口調で重ねると、トーマスさんは脱力するように大きく息を吐き出した。……一体どうしたのだろう。さっきお別れした時はあんなに落ち着いていたのに。
まさかあの後にレイがまた訪れたとかだろうかと、一瞬背筋がひやっとする。
トーマスさんは「突然申し訳ありません」と改まるように謝ってくれると、短髪を掻き上げるような仕草で頭を押さえた。汗で湿りきった顔が光に反射している。
「……何もないです、本当に。……ただ、騎士様がいらっしゃったと思った瞬間にどうにも心配……というか。何故か急にレイさんが何か起こしたのではないかと……。……申し訳ありません。決して、レイさんがむやみやたらに能力を使うとは思っていないのですが……、…………この辺りも、物騒ですし。……あの時は派手に炎を出されていて、それが人目につかないとも限らないので…………」
途中からまるで自分でもわからないようにぼそぼそと小さな呟きになっていくトーマスさんは、最後に会った時より大分疲れた印象だ。
まぁあんなことがあったら疲れるのも当然だろう。それに、レイの暴走だって見れば特殊能力者として誰かにバレてないか心配する気持ちもわかる。一瞬、記憶を取り戻しかけたのかなと思ったけれど、この言い方だと単純にレイを心配してくれたということだろう。
過去の関係者とはいえ、今日初めて会ったつもりの相手にここまで心配してくれるなんて本当に良い人だなと思う。
アラン隊長が改めてレイに何かあったわけではないことと、トーマスさんに用事があったことを説明してくれる。
お時間宜しいでしょうか、と尋ねるアラン隊長にトーマスさんは快諾してくれた。話によるともう仕事は終わっていて、これから水浴びにと屋根裏部屋から降りてきていたところらしい。
折角の休憩に申し訳ないとは思ったけれど、ここは甘えさせてもらう。家の中に入れないか雇い主に聞いてみると言ってくれたトーマスさんにこの場でと断れば、中へ一言掛けてからそのまま外に出てきてくれた。
「何の、お話でしょうか……?」
玄関を閉じ、一応雇い主にも聞かれないように声を潜めて尋ねてくれる。
さっきより呼吸を落ち着けたトーマスさんの問いに、私は真っ直ぐに向き直る。姿勢を正し、見上げれば口を開く前からトーマスさんの視線が私へと移っていた。口の中を飲み込み、胸が膨らむほど息を吸い上げる。
問う前からきっと、彼は応えてくれるという確信が不思議と胸に灯った。
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