そして去る。
「プライド。そのライアーという人物は、人身売買もしくは裏稼業に深く関わってきた人間ではないか?」
第一問。
その言葉が、プライドの頭に大きく浮かび上がった。これこそが、ヴェストが協力してくれる代わりに答えろと条件に提示してきたものなのだと思い知る。
ライアーの記憶喪失。それはヴェストの手違いでも抜かりでもない。ただ単純にヴェストの指定した記憶に彼の過去が大幅に関わっていた結果。
本来であれば裏稼業に捕らえられ、人身売買に売られ、奴隷として非道な扱いを受けた記憶だけが消される筈だった。そうすることで、期間を指定するまでもなく裏稼業に捕らえられてから奴隷の間の記憶のみを消去することができる。
しかし、裏稼業で生きてきたライアーは違う。
物心ついた時から裏稼業に身を置いていた彼にとって〝裏稼業に関する記憶〟は全てだった。記憶のない幼い頃に親に捨てられ裏稼業に育てられ利用されようとしていた彼にとって裏稼業と関係ない記憶など存在しない。その世界でしか生きてこれなかったのだから。
そして、プライドも全てとは言わずとも今はそうであることも全て察してしまった。通りで記憶が全て消えたわけだと思いながらここは誤魔化したくなってしまう。
しかし、自分を貫くように見つめるヴェストの鋭い眼差しを突きつけられてはそれも無理だった。協力を許してくれた叔父に、ここでしらばっくれることはできない。
胸を両手で押さえながら、プライドは心臓が大きく叩いてくるのを感じ取る。「はい……」と答えた声は、自分でも情けなくなるほどにか細い声だった。人身売買か?と尋ねられては首を横に振り、裏稼業かと言われれば縦に振る。彼女の答えに、やはりかと息を吐くヴェストはそこで休む間も与えずに二問目を提示した。
「彼が記憶を取り戻したとして、再び裏稼業として犯罪を起こさない保証はあるか?」
「……絶対、とは言い切れないと思います」
偽りは、許されない。
それは第一王女としてだけではなく、摂政であるヴェスト相手という意味でもある。ここで自分が一つでも誤魔化しや嘘をつけばきっとここで交渉は潰えてしまう。あくまで彼を説得する形で頷いて貰わなければならない。
記憶を取り戻したライアーが再び同じ職に足を踏み入れない保証はない。全ての記憶を失ってしまうほど、彼にとって裏稼業は人生に深く食い込んでいたのだから。ただそれでも、彼を慕うレイと今日自分が出逢ったトーマスを思えば、信じたいとも思う。少なくとも彼が根からの悪人とは思わない。幼かったレイを助ける為に命すらかけたのだから。
プライドの沈んだ答えに「そうだろうな」と相槌を打つヴェストは、深くは詮索せずに次の問いを彼女へ提示した。
「それに、もし私が彼の記憶を戻したとしてその所為で今の〝トーマス〟を苦しめることにもなる。……一体自分がどういう扱いを受け、どんな罪を犯していたかも知ることになるのだからな」
その言葉にプライドはハッと息を飲む。
本来、ヴェストが記憶を消していた理由を思い出せば当然だった。プライドの反応を確かめながら独り言のようにヴェストから「戻すとすれば裏稼業の記憶のみに留めることはできるが」と呟いた。
ライアーの人生の殆どでもあるその記憶さえ取り戻せば、〝調教〟を受けた影響は消えたままである。しかし、裏稼業に捕らえられ人身売買に売られ、最後ラジヤに奴隷として売られるまでの記憶は全て思い出してしまう。更には〝裏稼業〟として罪を犯していた数々も思い出すことになる。
平凡にひっそり生きることを望んでいる今のトーマスに、どれだけそれが衝撃かは考えるまでもなかった。ゲームでも彼は記憶の片鱗に苦しみ、思い出すことを拒絶していたのだから。
膝の上の拳が強ばりながら、瞬きの数が増えていくプライドにヴェストは補足するように付け加える。
「もう一度言うが、ライアーの記憶を戻すこと自体は構わない。それは私の責任だ。〝処置〟と彼の前科は良くも悪くも関係ない。彼が前科者であろうとも過去に罪を犯していようとも、私が記憶を戻すこと自体は別の話だ。……しかし、〝それ以上〟をしてやるつもりはない」
捕らえられてから人身売買に売られるまでの記憶までなら、まだ良い。しかし、それとは関係ない自身の過去や罪に苦しむことまでは責任を持たない。
もし本人がその後に強く望んでも、ヴェストは再び記憶を消去し直す気はない。それは人身売買に被害を受けたからではなく、あくまでライアー本人の責任なのだから。
己が罪に苦しもうとも、その結果記憶を取り戻したことに後悔しようとも、もう後には戻れないのだと。ヴェストの〝それ以上〟の意味を正しく理解したプライドは、それ以上尋ねなかった。
規則に厳格なヴェストが協力してくれるのは、あくまで王族としての範囲を出ないところまでなのは最初からわかっている。むしろ裏稼業の人間であっても等しく民として最低限の処置は協力してくれることはありがたいことでしかない。歴代の摂政や上層部、上級層にも裏稼業や前科者というだけで何でもかんでも〝当然の報いだ〟と括る者も珍しくない。
寛大な処置だと理解しながらも黙するプライドは、すぐには返事ができなかった。
そしてそれもヴェストは予想できていた。数秒黙し、握りすぎて爪が食い込みようになる拳も強張る肩も険しい表情でぎゅっと唇を結んだ顔も全て。きっとプライドならそうなるだろうとわかっていた。
「……今の彼は、どうしている。トーマスと名を変えた彼は今の暮らしがそこまで難航しているのか」
「いえ。……とても満足しています」
生き直そうと思う。そう告げたトーマスの目は嘘偽りのない真っ直ぐなものだったとプライドも思う。
レイと彼がどういう話をしていたかはわからない。しかし、彼は消えた過去も受け入れた上で〝今〟を選んでいる。裏稼業自体、そんなに長く居たのだとすれば彼が望んで選んだ生き方だったかどうかもわからない。気が付いた時にはその生き方しかなかったことだってあり得るとそう考えれば、記憶を取り戻させることは彼の新しい生き方を邪魔してしまうかもしれない。
そう考えれば、今自分がこうして交渉の場にいることすら酷く偽善的なものに感じられてきた。
「ならば聞こう、プライド。お前は本当にライアーとしての記憶を取り戻させるべきだと思うか?罪の意識も、辛い記憶も全て思い出し、更には今民として平穏に生きている彼が再び裏稼業に身を染めることになる恐れがあってもなお。……それで彼自身が最も苦しみ、後悔することになっても。それでもお前は彼に記憶を戻したいと私に望むか?」
「望みます」
凜とした声は、間髪入れず響かされた。
予想をしてなかった躊躇いない彼女に、ヴェストも両眉が上がる。てっきり再び言葉を詰まらせると思っていた彼女が即答するとは思わなかった。
拳を握る手が腕から肩まで力が入る彼女は、両肩が上がっていた。釣り上がった眼差しが意思を込めて更に鋭さを増していく中で、紫色の瞳がきらりと光る。
決して沈黙を望んでいたわけでもなかったヴェストは、彼女の意思を促すべく口を開いた。前のめりの体勢から再び視線をぴしりと正し、彼女を迎える。
「何故だ?理由を言ってみなさい。そのレイという青年の為か?」
「それ以上に、トーマスさんにとってもかけがえのない記憶が存在すると思えるからです。勿論、私の意思だけではありません。もしヴェスト叔父様が協力して下さると仰るのならば、もう一度トーマスさんに記憶を取り戻したいか確かめてからお願いします。もし彼が記憶を戻すことを望まないのなら、……その時は意思を尊重します」
その可能性もゼロではない。
自分の過去に興味を持っていたトーマスだが、完全に思い出すとなれば覚悟も別になる。人格に影響を及ばすほどの過去を思い出せば、〝トーマス〟という今の自分すらなくなりかねない。その時にはライアーとしての記憶が自分を締めているのだから。
裁判に突き出されるほどの過去を持つ自分に、平穏を望むトーマスが戻りたいと思うかは賭けに近い。ヴェストの言葉通り、彼が後悔することもあり得る。その場合、自分が持ちかけた所為でトーマスが苦しむことになる事実は変わらない。
自分の偽善的な自己満足で、彼の人生そのものをねじ曲げる。今までように良くなる保証はどこにもない。少なくともゲームのライアーは過去を忘れた上でレイと良い関係を築きなおせていた。
しかし記憶を取り戻した結果、逆に「思い出したくなかった」とその関係が壊れる可能性もある。
「ただ」とプライドは言葉を続ける。自分がその後に後悔し、引き返せない罪をまた一つ背負う恐怖もわかった上で叔父へと相対する。
「彼の生き直す道は消去法ではなく、彼自身に選ばせたいのです」
ただ、目の前に提示された道を「これしかなかった」と選ばせたくない。
過去の自分も、今の生き方で満足している自分もどちらも知った上で生きる道を選んで欲しい。それがラスボスだったプライド・ロイヤル・アイビーの嘘偽り無い願いだった。
真っ直ぐな声で言い放つプライドに、今度はヴェストが黙す。彼女なりの信念でもあるそれに、過去の記憶がつい昨日のことのように蘇った。
「それに、……どんな辛い記憶でも、その向こうでずっと彼を待っていてくれた人がいるのですから。私も、彼を信じるレイを信じたいと思います」
両手で胸を押さえ、鼓動がさっきよりも穏やかになったことを確認する。自然と強ばり続けた自分の表情筋が和らぐのを感じた。
辛い記憶であっても、あんなに自分を想ってくれる人がいるならそれは間違いなく希望だと、プライドは思う。
もし、自身が奪還戦の記憶を消されれば過去の所業に苛まれることもなくなるが、同時に自分の為に大勢の人が必死になって手を伸ばして続けてくれたことも忘れてしまう。天秤に掛ければ間違いなく自分はこのまま記憶に苛まれ続ける道を選ぶと断言できる。
今はその罪も背負った上で、それでも一緒にいてくれる人達が自分にはいるのだから。
そしてライアーは、プライドにとっての〝大事な人達〟の記憶も全て忘れてしまっているのと同じである。過去が辛いものであれば辛いほど、その時に灯ったかけがえのない存在は大きかったにも関わらず。
ゲームでは〝恩人〟であることと、そして本当にちらりとしか彼らの過去は描かれていない。それでもあれだけ必死にライアーを探し求めたレイの想いを、彼が慕うライアーを信じたい。それは前世の記憶も関係ない、ただ純粋に現実のレイとトーマスを見た自分自身の結論だった。
ぎゅっと自身の両手首を掴み、強い眼差しを向けるプライドに暫く青い瞳で見つめ返していたヴェストだが、次第にフーーー……と長い溜息と共に全身の力を抜いた。脱力するようにゆっくりとソファーの背もたれに寄りかかる。
「……昔と全く変わらないな、お前は」
え……?と、呆れるというよりも懐かしそうな声色で言うヴェストにプライドは大きく瞬きを返した。
昔、という言葉に一瞬だけ自身の偽善的な自己満足が八歳前の自身と重ねられたのだろうかとも考えたが、ヴェストのその表情から違うらしいと考える。眉間の皺を指で押さえ付けながら俯く彼の口元は僅かに笑っている。
一体いつのことだろうかと考えを巡らせながらプライドが過去のヴェストとの記憶を遡るが、どれを取っても思い当たらない。
その反応に、やはり無自覚かと思いながらヴェストは彼女の〝昔〟を思い出す。当時たった十一歳であった彼女が初めて裁判に関わった時のことだ。処刑が、それとも隷属の契約かと裁きを女王であるローザへ任された彼女が最初に取った行動は。
『ヴァル、貴方はどちらの刑罰を望みますか?』
『彼の生き直す道は消去法ではなく、彼自身に選ばせたいのです』
あの頃から全く変わらない。
相手が罪人であろうとも、相手が再び裏稼業になり得る人間であろうとも彼女は本人の意思を尊重する。それが相手にとって辛い結果になりえることも理解した上で、それでも選ばせようとする。民の声を聞くべき王族としては素晴らしい素質であるとも思えるが、あれから八年も経っているというのにと考えれば感慨深く思ってしまう。しかも相手はまた間違いなく前科者だ。
疑問符ばかりを顔に浮かべるプライドにヴェストは眉間に皺を刻みながら、今度こそ呆れて笑う。
きっと今回も、間違いなく彼女はトーマスの選択を彼女自身が責任全て負うつもりでいるのだろうと理解する。
奪還戦でアネモネ王国の王子を救いプライドの奪還にも一役買った、配達人の昔と同じように。
ならばもう、ヴェストからこれ以上説くことは何もない。
「良いだろう。お前にそれだけの覚悟があるならば私も応じよう。ジルベールに頼んで今すぐ〝ジャンヌ〟として出かける準備をしなさい」
「え……あ、いっ今からですか!?」
疑問も解消されないまま突然の合意にプライドの声が裏返る。
その間にも目の前で残り一口をカップと飲みきったヴェストは、丁寧な動作でソファーから立ち上がった。皺を伸ばすように服を払い、自身の髪をぴっしり押さえ身嗜みを細部まで整える。
「今日、私へ頼み事をする前にジルベールが仕事を手伝ってくれてな。お陰で今は空きがある。問題でもあるか?」
いえ全然‼︎と思い切りプライドは首を振る。
空きも何も、王女業務自粛中の自分は現王族で最も暇な立場である。寧ろヴェストが空いている時間が今日しかないのならば、合わせない理由がない。
元はといえば、今こうしてプライドとの交渉の場を得る為だけに迅速に宰相業務から王配であるアルバートの補佐も進ませ、更に「手が空きましたので」と理由をつけてステイルが戻る前にヴェストの仕事すら補佐をしたジルベールだった。が、お陰でヴェストにしては珍しくプライドと語らう時間もできた。
むしろあまりあるくらいの業務の進みように、改めてヴェスト自身もジルベールの恐ろしさを思い知った。彼は本気を出せば宰相業務どころかそれに合わせて王配か摂政の仕事も一人で兼任できてしまうのではないかと本気で思う。
あとでジルベールにちゃんと礼を言っておきなさい、と伝えながらまだ座り込んだままの姪を見下ろした。
「このことはステイルやティアラにも秘密だ。今控えている近衛騎士だけ連れて生徒の着替えを持参し、一時間後にジルベールの屋敷へ向かいなさい。私とジルベールは先に屋敷で待っている」
「わ、かりました……」
ぽかんとしたまま、突然の展開についていけないようにプライドの声に力はなかった。
さっきまでの威厳が嘘のように呆けた顔で立ち上がるプライドに「もう少し意識を持ちなさい」と軽く窘める。ヴェストからの叱りに、スイッチが入ったようにプライドの姿勢が足先まで意識が通る。
まるで鏡の前のように姿勢を正す姪に、ヴェストは肩へ手を置くとそのままそっと扉の方へ促した。彼女の護衛にも見られないように、自分はまた扉の影へと移動する。
叔父に叩かれた肩の温かさを感じながら扉を開けようとするプライドはドアノブを掴む直前でふと、思いとどまる。
「あの、叔父様」
扉が近い為、声を潜めて呼びかけるプライドにヴェストも小声で返す。なんだ、と目だけを向けて答えればプライドはわずかに口端が痙攣させかけながらも頭に浮かんでしまった疑問を問い掛けた。
「……ちなみに、今までその能力を私に使ったことは」
「今。その質問ごと記憶を消しても良いのならば答えるが」
失礼致しました‼︎と直後に潜めた声で叫んだプライドは、今度こそ慌てて扉を開いた。
わたわたと慌てふためきながら扉から突然出てくるプライドを、ジルベールを始めとする護衛達が迎える。焦り過ぎて血流まで良くなった顔色と滴る冷や汗を浮かべる王女を前に「いかがでしたか」とジルベールが心配そうに眉を潜めた。うっかり逃げるように部屋を出てしまったことを反省しつつ、プライドは後ろ手で扉を閉めた。ガチャン、と部屋の中を確認できないように封印してから彼らへと笑い掛ける。
「大丈夫……です。これから私は急用で外出の準備をしますので、部屋に一度戻ります。ジルベール宰相、本当の本当にありがとうございました」
交渉をしていたこと自体この場で話せないプライドの言葉に、それだけで充分ジルベールには伝わった。
それは何よりです、と安堵のままに微笑んだジルベールは、目の前で頭まで下げてくれた王女に自分からも低頭した。無事あのヴェストとの交渉に打ち勝ったのかと思えば、ここで「流石はプライド様です」と一言賛辞も掛けたくなるが、今は笑みだけに留めた。
そのままいそいそと僅かに早足で近衛騎士と近衛兵を連れて部屋へ戻っていく王女を見送ってから、再びノックを鳴らし扉を開ける。
「それでは、このまま私の屋敷まで御案内致します。ヴェスト摂政殿」
無駄は省き、これから自分がするべき段取りを確認するジルベールにヴェストは一言返し部屋から踏み出した。もう部屋の外には自分の護衛についてきた衛兵二人しかいない。
どうもお疲れ様でしたと労うジルベールと並びながら、彼は早速馬車へと向かった。既にプライドが交渉に成立した場合の段取りはジルベールとも打ち合わせている。
女王であるローザと王配であるアルバートからも許可と秘匿の協力を得ている今、彼の次なる行動は決まっている。
「すまないな、ジルベール。突然お前の屋敷を借りることになるなど」
「いえいえ、とんでもない。元はといえば私からお願いしたことですから、これくらいのお手伝いは当然かと」
城内に住まいがあるヴェストと違い、ジルベールの屋敷は城下である。正体や身分を隠すのに、ヴェストが知る限り彼の屋敷が最適だった。
既に準備も整えていた馬車へと乗り込めば、ジルベールもそれに続いた。扉の前にいた衛兵二人も護衛に連れたまま、馬車は単身でゆっくりと走り出す。
「ご多忙な身にも関わらず、こうしてお時間を急遽作って頂き心から感謝致します」
「ここまでの暇を作ったのはお前だろう、ジルベール」
どこまでもしたたか且つ謙虚に振る舞う彼に、ヴェストは腕を組んで息を吐いた。
そういえば彼もまた、数年前までは今と別人のように荒んでいた時期があったなと思い出す。詳しい事情は知らないヴェストだが、王居の一角で現在の妻であるマリアが養生していたことは六年前から知っている。
一時期はプライドを目の敵のように棘を纏った言葉ばかり吐いていた彼だが、妻の回復をきっかけに今ではすっかりプライドを慕っている。それが単純に心にゆとりができた結果か、もしくは彼もまた自分の知らないところで〝選択肢〟を得た結果なのかはヴェストにも結論付けられない。
民を一人として見捨てず民の為に尽くす女王。
それは間違いなく美徳であり、求められる王の姿でもあるだろうと思う。
しかしそれは彼女の強みでもあり、同時に弱点や欠点にもなり得ると。そうヴェストは冷静に分析する。
理想といえば、間違いない。しかし、その全てに手を差し伸べようとする彼女がいつか自ら深淵に飛び込むこともあるかもしれない。
だからこそ、今のうちに彼女とその傍らを選ぶ者達には今以上の力が必要になるであろうことも。
「屋敷へ向かう前に、服屋に寄りましょう。王都のものでよろしいでしょうか」
「お前に任せる。なるべく目立たない物にしてくれ」
理想を叶えることができるのは〝優しさ〟ではなく〝力〟なのだから。
この先も彼女の理想を叶え続ける為に、彼女やその傍らにいる者達がどれほどに力をつけていくのかと。今、自分の目の前で「承知致しました」と微笑む宰相を見つめながらヴェストは静かにそう思う。
自分もいつかその〝力〟の一端になる日が来るのであろうと、理解しながら。
Ⅱ297
活動報告更新致しました。大事な募集もありますので、どうかご確認下さい。




