そして説明する。
「俺からも補足を」
並んだステイルが進言してくれ、二人でトーマスさんにレイとライアーのことを説明する。
レイが、六年以上前からの知り合いであること。
過去にライアーと呼ばれていたこと。レイにとって恩人でもありかけがえのない存在でもあることを、私達はトーマスさんの顔色を慎重に窺いながら話した。
一つ一つ話しても全く苦しむ素振りも見せなかったトーマスさんだけれど、一度も記憶に引っかかる様子もなかった。本当に記憶にない事実を始めて知っただけの反応だ。
それでも一つ一つ真剣に聞き入ってくれるトーマスさんは、きっとそれだけレイのことを気に掛けてくれているんだろうとも思う。最後まで話し終えた後も額にまた汗を湿らせたトーマスさんだけれど、二拍待ってから放たれたのは深い深い息の音だけだった。
「なるほど……だから、あの御方はあれほどに怒っていらっしゃったのですね……。てっきり恨まれていたのかと……」
やっと納得できました……と呟くトーマスさんはハハハと枯れた声で笑った。
言い方は最初と変わらず穏やかだけれど、目は見開ききったままだ。片手で短髪を必要もなく掻き上げ、そのまま頭を抱えた。
ショックを受けないように言葉や情報は選んだけれど、それでも戸惑いは大きいままだ。
あの御方、と。貴族であるレイを呼ぶトーマスさんは、まだ自分が彼と親しい仲という事実もしっくり腑に落ちてはいないのだろう。
「失礼ですが、トーマスさん。特殊能力を使ったことは?」
説明の中で、トーマスさんが自分が特殊能力者だということは前から自覚していたであろうことを確認できたステイルは、ゆっくりとした口調で彼へ問う。
私もゲームですらちゃんとは見たことないけれど、レイの話だと子どもの頃の自分よりも遥かに優秀な炎の特殊能力者だったという話だ。しかもアダムが用意した〝特上〟で、アラン隊長達からも凄まじい使い手だったという証言を得ている。
記憶がなくても、その能力さえ見ればレイも彼がライアーだと実感することもできるかもしれない。
「いえ、全く。裁判でそう聞いただけで、もし能力が暴走したらと考えると恐ろしくて。それに特殊能力者と知られれば色々と立場が。……まぁ」
それ以上は苦笑しながら肩を竦めるトーマスさんの言いたいことは、嫌でもわかった。
特殊能力者は人身売買に狙われる。弱い立場であれば特に。そして、記憶には無くても彼は実際に一度それを受けている。
私達も今の弱い立場の彼に、無理に特殊能力を使わせたくはない。しかも今のレイ以上の威力を持っていた場合、使い方もわからないなら本当に今度こそ周囲に被害が出てしまう可能性がある。レイに証明できないのは残念だけど……と思いながらも、私達は三人で意識的に口を閉ざした。
レイのことも大事だけれど、トーマスさんのこれからの人生だって代えられないくらい大切だ。
「ですが、嬉しいことですね。こんな私にも想ってくれる人が一人は居たのですから。……こんなところまで探しにきてくれて」
この柔らかな口調も、寂しげな笑顔も。レイは懐かしんでくれるのだろうかと思えば胸が痛んだ。
少なくとも目の前にいるトーマスさんはとても良い人だ。穏やかで、優しくて、初対面の筈の私達だけでなく、自分へ殺気を向けていたレイにも心を傾けてくれている。……けれど、レイのことを知らない真っさらな状態だ。そしてトーマスさんは既にそんな自分を受け入れている。
ゲームでは、アムレットのお陰でレイも受け入れられていた。
自分は一人ではない。だからこそ、これからのライアーに向き合えば良いのだと思えていた。「もう一度やり直そう」と自身の口からそう言えた。
けれど、……今のレイにそんな人はきっと居ない。
ゲームのようにラスボスと組んでもいなければ、アムレットと恋も始まってすらいない。
ずっとライアーだけを探し続け、他者を見下し、壁を作って生きてきた子だ。屋敷の中でもずっと一人だった。きっと今の彼に言葉を響かせられるのは世界中を探しても─
「もう一度、あの御方……レイ、さんとお話しても宜しいでしょうか。彼からも、……聞いてみたいと思います」
えっ。と。
思わず、声が漏れた。俯き気味になっていた顔をはっと上げると、トーマスさんが優しい笑みで私と目を合わせてくれた。
さっきあんな目に遭ったばかりなのに、と思いながらもそうしてくれるなら是非という想いも強い。きっとこのまま納得もできずライアーを攻撃しかけたまま去ったなんてすれば、それこそレイが報われない。
勢いよく頷きながら一言返せば、困ったように笑いながら「騎士様にももしもの時の為にもう暫く留まって頂けるか、あとでお願いするのを手伝って貰えれば……」と逆に頼まれる。
やっぱりレイと対峙するのに不安はあるらしい。勿論その時は話の邪魔にならないところに私達も控えるつもりだ。勿論です、と迷わず一言返す。
それにお礼を返してくれたトーマスさんは最後にアーサーへ思い出したように「さっきは助けてくれてありがとうございました」とお礼を言っていた。トーマスさんからの続けての予想外の言葉に、アーサーもちょっとあたふたと手を動かしながら「いえ全然!」と声を張った。トーマスさんからすれば、きっとアラン隊長の次に心強い存在はアーサーなのだろうなと思う。
……けれど良かった。トーマスさんがまだレイと話してくれるつもりになってくれて。
そう思って胸を撫で下ろしていると、アラン隊長から呼びかけてくれる声が聞こえてきた。
振り返れば、さっきの雇い主さんの家にレイを寝かせて貰えるよう了承を貰えたと教えてくれる。流石アラン隊長。
それを聞いたトーマスさんもやっと膝に力が入ったように立ち上がると「それでしたら……」とレイを寝かせる場所まで提案してくれた。
按じた通りの望まない再会になってしまったとも思ったけれど、トーマスさんのお陰でまた一つ道が開かれた。
『思い出はこれから一緒に新しく作っていけば良いのよ』
私には、……あの台詞は言えないから。
そう思った瞬間、ズキリと痛んで胸を押さえた。
アムレットと同じ言葉を言ったとして、信頼関係のない私ではきっとレイには響かない。
それに、レイにとってどれほどライアーとの思い出が掛け替えの無いものかも知っている。ゲームではライアーとの過去なんてほんの少ししか紹介されなかったけれど、それでも子どものレイを負ぶったり裏稼業達に追われる中でレイを守る為に炎の壁を作ったり、……炎の向こうにいるライアーへ泣きながら手を伸ばした場面だけは画面で見た。
あんな辛い別れをして、自分を守る為に命をかけてくれた人を忘れられるわけなんかない。それにライアーは……、……!。
「あ、……あのっ!」
ふと思いついたことと記憶に押されるように、私はアラン隊長へ歩み寄るトーマスさんへ声を上げる。
両眉を上げて振り返ってくれる彼に、私は早足で駆け寄った。アーサーとステイルも付いて来てくれる中、立ち上がられると今の私じゃ背が届かないトーマスさんへ思わずつま先を立てて顔を近付ける。
「もし、その、レイと話すことができたら……、……お願いしたいことが」
私がお願いしたと言ってくれて構わないので、と。トーマスさんへ火の粉が掛からないように断りながら視線を上げる。
良いですよ、とすんなりそれに了承してくれたトーマスさんは私へ向き直ると、腰まで曲げてくれた。
本当に親切過ぎる彼に、過去のレイが慕った理由がわかった気がする。
ステイルやアーサー、そして扉の前にいるアラン隊長も聞いている中、私は一つだけ彼にお願いと伝言を託した。
どうか、彼らを繋げるきっかけになるように。




