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フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
頤使少女とショウシツ

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Ⅱ299.子息だった青年は、決めた。


「おい、お前。新人によく言い聞かせておけ。俺様は〝レイ・カレン〟だと」


あれから、五年。あと三年、十七になれば、俺様は正式に社交界でレイ・アンカーソンとして公表される。

アンカーソン家の長男として育てられてから貴族としての生活が続いた。まるであの二年がただの夢だったんじゃないかと思うほどカレン家での順調な生活と変わらない、寧ろずっと良い。

父親からではなく専用の家庭教師から授業を受けたお陰で、頭も同年の貴族と大して変わらず追いついた。カレン家の父が豹変する前の時期と比べても、侯爵家としての生活はずっと恵まれた生活だ。食うにも困らない、寝床は柔らかく暖かい。着るものは毎日新しいものが用意される。何もしなくても自由に欲しいものが手に入る。

暴力に震えることも、人身売買に怯えることもない。全てに恵まれているとすら言える。……この顔、以外は。


「部屋で休む。〝アンカーソン〟にも聞かれたらそう答えろ」

使用人達を追い出し扉を施錠する。

鏡を前に立ち止まり、正面から自分の顔を両目で捉える。

養子になってから身嗜みも全て整頓された。髪も貴族らしく切り整えられ、顔を半分隠していた前髪も今は必要ない。代わりに与えられたのは気味の悪い仮面だけだった。

鏡を睨みながら、仮面を外す。人前に出る時には必ず身に付けるようにしろと言われた仮面は、使用人達の前でも外さない。どんな腕の良い医者にも傷を癒す特殊能力者にもこの火傷は治せなかった。

昔は大して気にしなかった火傷も、……この生温い世界だと誰もが目の色を変えると思い出した。

裏稼業では、初見以外気にも止められなかったから忘れかけていた。平和に生きていた貴族や庶民には俺様の顔は〝化け物〟だった。ライアーがあれだけ顔半分を隠させていたのも納得できた。

仮面を外せば、使用人どころか医者でも最初は顔色を変える。普通の火傷じゃあり得ない顔だと言われれば、諦めもついた。

ただの火傷じゃない、あの黒い炎に直接炙られたのだから当然だ。やはり裏稼業の世界は、俺様みたいな容姿の人間には生きやすい世界だったんだと思った。あそこには異質な格好や姿や傷を持つ連中も珍しくなかった。……もう二度と戻りたくもねぇが。



ライアーを奪った、あんな世界に。



アンカーソンにも誰にも、俺様が裏稼業で生きてきたことは隠し通した。

あくまで下級層で生き抜いてきただけ。奴を父と呼んだことは無いが、裏稼業で生きていたなどと知られたら場合によっては屋敷から追い出されるかもしれない。現に俺様が下級層に二年もいたことも口止めされている。俺様の母親だったあの女を、影で〝下級貴族の女〟と呼んでいたような男だ。


五年も屋敷で暮らし、使用人達同士の噂に耳を立てれば嫌でもわかる。新たな使用人が噂をする度にすぐ五年前からの使用人共が無駄に訂正するから耳に入る?アンカーソンがどういう人間なのかも、そして没落したカレン家で何があったのかも。

カレン家の領地も、元々アンカーソン家の統治下の一つだった。

領地視察に現れたアンカーソンにカレン男爵と婚姻したばかりの母は迫られ、脅され拒めず夫にも明かさず俺様を産んだ。

報告と徴税提出でアンカーソンの屋敷領へ訪れた父……カレン男爵は、カレン男爵は俺様のことをたいそう自慢したらしい。幼くして特殊能力に目覚めた、才能ある自慢の息子だと。そして当時、いくら女を変えても後継ぎどころか子どもにも恵まれなかったアンカーソンはそれを妬み、カレン男爵に自ら事実を明かした。

そして母もずっとカレン男爵に隠していたことに気が咎めていたのか、否定をしなかった。その結果が俺様のあの地獄だ。


俺様はカレン男爵の手で殺されたと思われていたらしいが、二年後にカレン男爵が酒の勢いで零したらしい。

俺様を、アンカーソンの城下内の領地に捨ててきたと。カレン男爵からすれば、俺様の特殊能力でいつかアンカーソンの領地内で家事でも起これば良いと思ったんだろう。王族の最も目につく城下を狙ったのも、アンカーソンを陥れる為だ。

それを知った夫人は急いでアンカーソンに協力を懇願し、後継ぎが欲しかったアンカーソンも頷いた。

怒り狂ったカレン男爵は斧を振り上げ、逆に始末された。たかが男爵家が侯爵家に敵うわけがない。


別に、今更カレン男爵に同情しようともいい気味だとも思わない。母親だった夫人に対しても今更会おうとも思わない。アンカーソンに対して、復讐しようとも恨もうとも思わない。

どちらの〝父〟も、父親とは思わない。成長すれば大体わかるし理解もできた。どうして俺様があんな目に遭い続けたのかもそして



どれだけライアーに助けられていたのかも。



『だぁあから‼︎半分溶けてて身体もできあがってねぇ野郎なんざ売れねぇの‼︎‼︎』

子どもも男も火傷も関係ない。フリージア王国の人間というだけで、充分に俺様は奴隷として売れた。

少なくともライアーの毎日の稼ぎと比べれば、ずっと高額だ。


『こちとら、養わねぇといけねぇ嫁がいてよ』

城下へ出れば、路地や裏通りの先で何度も目についた。

幼い子どもは同じ下級層の人間に狙われる。見かけが浮けば、特に。守ってくれる後ろ盾がいなけりゃ石を投げられ、何もかもを奪われる。


『あとはちょいちょいっと定期的にその金を俺様に流してだな⁇』

最初からそんなつもりはなかった。単純に俺様を引き取る家を探していた。だから俺様を引き取ろうとする家からは敢えて食料しか奪わなかった。


金も、顔も、年も、力も何も持たないガキだった俺様が、あんな状況で生かされていたこと自体が奇跡だ。


「ッ何処にいる……⁈」

この五年間、何度も何千何万も吐き出した言葉をまた零す。

鏡の横に拳を叩きつけ、醜い自分の左半分を睨みつける。この顔を見ても二度と顔色を変えたりしなかった。普通のガキと同じように笑いかけてくれた。他の連中の視線からも守ってくれた。

あれから一度もライアーは現れない。買い物の振りをして城下に降りてもライアーらしき影はみつからない。もう五年も前の熱りなんて冷めている。

もう俺様のことは忘れたのか、興味もないのか、まだ城下に帰っていないのか、帰るつもりもないのか。……、違う。そんなわけがない。その程度だったらあそこまでして俺様を助けてくれたわけがない。隠し続けていた特殊能力を奴らに明かしてまで、…………奴らに。


「……本当に、生きているのか……?」

成長して、世間を知って、……もう一つわかったことがある。

五年前は考えようとしなかった。ライアーがあの火事を生き延びたもう一つの可能性。


〝人身売買〟


特殊能力者は特に狙われる。それは当時ライアーも言っていた。だからライアーもずっと自分の特殊能力を隠し続けていた。俺様を逃す為に使うまでは。


人身売買の連中にとって元々の標的は、希少な特殊能力を持った俺様だ。だが、俺様が逃された時点で奴らの目の前にはライヤーが居た。炎の特殊能力も能力の中では平凡でも、奴は優秀な特殊能力者であることは違いない。足を撃たれ、肩も負傷していたライアーは一人で逃げるのだって難しかった筈だ。なら、……俺様の代わりに奴が人身売買に連れ去られたと考えるのが打倒だ。


あの事件から暫くして、人身売買組織の大規模な一斉摘発が至るところで城から行われた。

なら、捕まったライアーもそこで上手く逃げているかもしれない。だがもし捕まった上で城の手が間に合わず、未だ何処かに流されていたとしたら。



ライアーと再会することは、絶望的だ。



「ッふざけるな‼︎戻ってくる‼︎奴は絶対にっ……戻……ッ」

二度目に叩きつけた拳の音で思考を打ち消す。

歯を食い縛り、悔しいことに続きが出なかった。

嫌だ、あり得ない。ライアーがもう死んでいるなんてあり得ない。まだ何処かで生きている。たとえ捕まっていても絶対にいつか逃げ出してここに戻ってくる。あんなに上手く裏稼業を渡り歩いていた男が、いつまでも良いようにされているわけがない。きっと奴は城下にいる。俺様に会いに戻ってきている。きっと侯爵家の警備で近寄れないだけだ。なら今度は俺様の方から探せば良い。アンカーソンのものは全て俺様のものになる。金も、使える人間も全て使ってー……







……使って、どうする……?








またいつものそれに帰結する。

叩きつけた拳が緩み、力なく肘から落ちる。噛み締めた口の中で血の味がし、視線が下がった。

金があっても、全てが思い通りにいくわけじゃない。

裏稼業を雇ったところで、下級層か人身売買の商品を探らせるくらいだ。

雇ったところで、アンカーソンに知られたらどうする?貴族であるアンカーソンは裏稼業の人間との関わりたがらない。俺様を探した時もアレが裏稼業と最初で最後だった。

それを俺様が急に雇うと言ったところで、目的を探られたら終わりだ。下級層の人間、しかも裏稼業の人間なんかを探すことを許すわけがない。アンカーソンはもう俺様と下級層との痕跡すら消している。ライアーとの繋がりなど知られたら、……俺様より先にきっとライアーがアンカーソンに消される。カレン男爵を殺すより簡単だ。

裏稼業を雇う金はあっても理由がない。護衛の固まった屋敷で、公表まで必要以外引き篭もり続けている俺様に裏稼業のお守りなど必要ない。

探し人を別人だと偽るとして、俺様の関係者なんかカレン家か下級層時代以外にいる筈がない。どちらも繋がりを禁じられている。

仮に過去の恩人と仄かしたところで、それを裏稼業の連中に知られたら俺様の時のように人質に取られるだけだ。


『指一本送ってやっただけでも大金はくだらねぇ』


あんな連中にライアーをこれ以上奪わせるものか。

裏稼業の連中を雇う理由が欲しい。アンカーソンの監視下から逃れる理由が欲しい。人身売買だってアンカーソンの名で調べさせればすぐに本人の耳に届く。そんなのと関わったと知られたら、すぐに俺様の立場も追われる。ライアーの捜索から始末依頼へ勝手に変えられるかもしれない。


下級層中に広めるわけにもいかない。アンカーソンのようにただ金にものを言わせて情報だけを撒けば、ライアーはどうなる?

人知れず身を潜めていたら、今度は俺様が奴を追い詰めることになる。もし捕まっていたら、奴の〝持ち主〟にライアーの価値を大声で伝えているようなものだ。

奴隷になった人間がどんな扱いを受けるかはもう知っている。どちらにせよ、ライアーの立場を危険に晒す。裏稼業を数を絞り雇って、そいつらに下級層も人身売買も内密に探させるしかない。

屋敷から逃げ出せば金も後ろ盾もなくなる。アンカーソンが死んで代替わりするまで待てと?待てるものか。何十年も待てるわけがねぇ。それならいっそ俺様の手でアンカーソンを亡き者に



『……頼むから。お前は俺様みてぇにならねぇでくれよ』



「ッッなら‼︎どうすりゃあ良いというんだ‼︎‼︎」

衝動のまま叫び、近くの椅子を蹴り飛ばす。

……もう、時間がない。アンカーソンの名で正式に存在を公表されれば、裏稼業なんかと二度と接触できなくなる。アンカーソンの今以上の監視下の元で後継者として自由もなくなり、何処へも逃げられない。裏稼業と接触を試みるだけですぐに嗅ぎつけられる。

豪勢な生活も金も望んでいない。ただ俺様は奴にもう一度会いたいだけだ。なのに奴を取り戻すには金も人脈も自由全ている。


ライアーの情報を公表したところで、もう五年経っている。少ない情報でライアーが見つかるか?

唯一不変の特殊能力は絶対に公表できない。だが、あのライアーなら髪も顔も名も全て変えていておかしくない。

この城下だけで下級層はどれだけある?裏稼業の連中を雇えたとして、城下の下級層をしらみつぶしにしてどれだけの期間がかかる?歳や火傷でわかりやすかった俺様の時と違う、下級層にライアーみたいな男はいくらでもいる。


ライアーが人身売買に売られているか、城下に戻っているかを知りたい。

城下にいるなら何処にいるか、居場所を知りたい。下級層の情報を一つでも多く欲しい。

その為に奴を裏稼業の連中に気取られることなく、俺の前に呼びつけたい。

その為に情報が欲しい。なんでも良い、ライアーに関連した情報を集めたい。

その為にアンカーソンに気取られることもなく、人身売買まで踏み入れることができる裏稼業を雇いたい。

そんな全てを叶えられるような都合が良い方法がどこにある?下級層連中から情報を集め、アンカーソンからの監視下を逃れた上で裏稼業を雇い、雇った人数だけであのただ広い城下の下級層から情報を、他の裏稼業連中に勘づかれず探れる方法など‼︎‼︎




『〝学校〟だ。下級層や庶民の……』




「!…………」

不意に、昨晩の夕食でアンカーソンに聞かされた話題を思い出す。

珍しく行った夕食会で、上機嫌なアンカーソンが話していた。自身の領地内で建設されることになった我が国の独自機関で、自身がその理事長を任されていると。

理事長など名前だけで後は面倒だが、それでも新機関の最高責任者になれたことに満足げだった。

アンカーソンの名を正式に継げるようになったら俺様も通わせてやろうかと言われたが、興味もなく深く考えもしなかった。だが、……


『下級層や庶民の為の機関だが、特別教室であれば貴族も一時期間の入学が許される。お前が望むなら私の一存でいつでも捻じ込んでやろう』


下級層の連中が、集まる。

国に無二とない機関だ。それを知った下級層連中は全員が挙って集まる。十二歳以下のガキであれば衣食住も提供される。下級層中のガキが一箇所に集結する。しかも全員が力も金もない、あの時の俺様と同じ何もできない連中だ。……情報の流出さえ留めれば、ライアーに何かできるわけもない。


「学校……下級層……、情報、だけなら…………」

ぶつぶつと呟き頭を整理する。

貴族が体験入学できる期間は限られている。だが、これを逃せばライアーを探しだせる機会は何十年後かもしれない。在学中、その間にライアーを必ず見つけ出す。ライアーさえ見つかれば、アンカーソンの名も金も権力も何を失っても構わない。その為にならなんでもやってやる。

どんな手を使っても、奴をあの世界から取り返す。アンカーソンみたいな馬鹿はしない。奴を人質にだってさせず、無事に必ず見つけ出す。


……もし、城下にいなかったら?


思考とは別の場所で俺様自身へ問いかけた。

そんなわけがない。奴は絶対城下に戻っている。もう五年も経ったんだ、俺様をアンカーソンに届けたのが奴本人だ。俺様がここに居ると知っている限り、絶対にまた戻ってくる。


『またな』

奴がそう言った。最後の最後に俺様へ残したあの言葉が嘘なわけがない。

必ず見つけ出す。〝アンカーソン〟の名になる前に。

城下にあいつはいる。きっと生きている。そして俺様に会いにきている。人身売買に捕まったのならアンカーソンの財産全てを放っても、……この手を汚してでも取り返す。

五年経っても変わらない。奴の影ばかりを追い続けた俺様に忘れるなんて選択肢はあり得ない。

最後まで俺様を守り切ってくれた。この悍しい顔へ向けて笑いかけてくれ、……最後まで裏切らず、命をかけて助けてくれた。そんなことができたのは、十四年で奴だけだ。



奴を見つけ出さない限り、俺様の人生などあり得ない。



「どういう風の吹き回しだ、レイ。……〝望む息子になってやっても良い〟とは、随分と傲慢な言い回しだな。だが、何度も言ったようにお前の意思など私の知ったことではない。これはもう決まったことだ」

部屋を飛び出してすぐ、俺様はアンカーソンの元へと向かった。

口癖のように俺様へ言葉遣いを改めろと言っていた奴は、昨晩と打って変わって顔を諫めて見返してきた。ノックもなく私室へ上がり込んだ俺様に大きく見開いた目も、今は訝しむだけだ。俺様自ら奴の部屋を訪れることなど今まで一度もなかった。


「アンカーソンの家名を継ぎ、お前の望む息子に公私共になってやる。……それでもか?」

これに賭ける。

いくら上手に立とうと、この男が俺様を持て余し続けているのは知っている。

ライアーさえ見つかれば後はどうでも良い。この家を捨てて下級層に下るでも、一生この屋敷の操り人形になろうとどちらでも。ライアーが無事で、もう一度会ってあの時の全てを返せればその後はどうなっても良い。奴を見つけるまで俺様は一生前には進めない。……進んでは駄目だ。

俺様の言葉にアンカーソンはわざとらしく聞こえるように息を吐きながら肩を落とした。やれやれとカップに口をつけ、椅子の背凭れに身体を預ける。


「やっと自覚を持ったか。……良いだろう。もう二度と〝カレン〟の名は」

「代わりに条件がある」

話を進めようとするアンカーソンの言葉を上塗る。

顰めた顔をいっそう険しくする男を見下ろした。強めた声に口を噤んだまま続きを待つ男に決めていた条件を突きつける。


「お前が理事長をするという学校。そこに入学させ、経営権を在学中の三年だけ俺様に寄越せ」

「経営?……そんなものに興味があったのか。お前のような子どもにできるわけがないだろう。一体何が目的だ?」

経営なんかに興味はない。

馬鹿にしたように笑うアンカーソンに、眉ひとつ返さず睨み返す。これくらいの切り返しは予想できていた。

今までアンカーソンの名を受け入れるどころか、父上とすら呼ばなかった俺様の頼みをすんなりと聞いてくれるわけもない。「それこそお前の知ったことじゃない」と切り、昨晩に奴の口から聞いた事実を突きつける。


「お前が下級層の人間の為の機関に興味などないことは知っている。なら、お前にとっても良い話の筈だ」

あくまで条件を出しているのは俺様だと示す。

今度はすぐに返さず黙したアンカーソンは、暫く口を開かなかった。湯気の立ったカップにも手を付けず、顰めた表情を維持し続けた。

表向きの立場まで寄越せとは言っていない。俺が求めているのはあくまで奴の興味がない内部の権利だけ。どうでも良いもので、俺様を一生利用できるなら乗らない理由がない。

あとひと少しできっと首を縦に動かすこともできる筈だと、その前に他の条件も追加すべく思考を巡らせる。


「……そして俺様もこの屋敷を離れ、在学中はあくまでカレン家の人間として振る舞う。それならもし俺様が何を犯しても、カレン家ごと切り捨てればアンカーソン家に火の子もかからないだろう」

学校経営だってお前が困るわけじゃない。そう言えば、とうとう静かに息を吐いた。

奴の中で結論が出たのだろうと取り巻く空気で理解する。

不幸な身の上のカレン家の長男を引き取り養子にした高貴な侯爵家。最後はカレン家の生き残りが親と同じろくでなしだったと言われ、アンカーソンはあくまで統治下の貴族の生き残りに援助していただけと言えば良い。

後継ぎを無くしても、そんな役立たずなら自分の手で殺さずに済んだだけ得になる。むしろそんな不良品に情をかけてやっていたと知られれば評判だって上がる。

間違いなく、奴には有利な話の筈だと思いながらも手のひらが湿った。勝手に力が籠る肩が下がらないまま、もう一度俺は覚悟を口にする。


「それさえ叶えば、カレンの名にも悔いはない。俺様はレイ・アンカーソンとして生涯お前の望む通りに生きる。お前を〝父上〟と呼び、息子と名乗ろう。……もう二度と、逆らわない」


良いだろう、と。

その言葉を聞いた途端、安堵で思わずフラつきかけた。

あくまでカレン家としての悔いを晴らす為と、奴の中で何らかの帳尻もついたらしい。今までアンカーソンへの反感の為だけにカレンを名乗り続けて良かった。……ライアーの言う通り、もっと上手く取り入っていても簡単に済んだのかもしれないが。だが、俺様とライアーを追い詰めた元凶に傅けるわけがなかった。


アンカーソンは条件の上乗せとして、自身への報告役と監視役として同年の人間を従者代わりにつけると決めた。勝手に掌握下の下級貴族から仕立てれば良い。どうせ俺様が万が一にも下手を打った時の身代わりだ。俺様としても構わない、俺様と同い年のガキなど利用も口止めも容易い。

カレンとして暮らす為の仮住まいもアンカーソンが用意した。使用人もこの屋敷の人間から連れて行くように命じられた。

あくまで俺様を監視下に囲うことが奴の絶対条件だった。


俺様は、引き取られた時から間もなく俺様専属に雇われたも使用人達を引き連れてアンカーソンの屋敷を離れることを決めた。

移住してすぐ裏稼業を金で雇い、そのことは使用人達にも口止めした。過去の俺様を少しは知っているという使用人連中からは、どうでも良いことをぐだぐだと言われたが、目的を決めた俺様の耳には入らなかった。


あとはもう簡単だ。理事長権限で裏稼業の連中を高等部に正式入学させ、下級層のガキを狙って情報を集めさせる。

口止めを徹底させ、学校では俺様にも話しかけず校内では目立たないようにと命じた。

金が絡む間は奴らも俺様に従い続ける。貪欲で卑しく金しか信じず従わない。それが裏稼業の連中だと俺様はよく知っていた。


学校を掌握し、下級層のガキから効率よく情報を集めるように裏稼業の連中に調べさせる。商品リストは手に入らなかったが、それでも確かに順調だった。このままいけばアンカーソンにも下級層や他の裏稼業連中にも隠したいことは気取られず、ライアーの情報にいつかは辿り着ける。

ライアーは生きている。きっと城下にいる。だから必ず見つけ出す。そして、……見つけ出したその時は。







『またな』







「遅い」と、当たり前のように言ってやる。


Ⅰ70

Ⅱ253


300感謝話は別日更新致します。

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