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フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
頤使少女とショウシツ

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そして信じた。



これから一年間。ほとぼりが冷めるまで俺様の存在は隠すらしい。


「それではレイ様、失礼致します」


昔は言われ慣れていた筈の言葉に、今は妙な感じがする。

アンカーソン家に引き取られて一日経っても、まだ話す気が起きない。屋敷に通され医者に見せられ、俺様の〝本当の父親〟という男に出会った時ですら口を動かす気にもなれなかった。

あの火事は侯爵家へ不満を持つ裏稼業の〝放火〟として処理され、犯人は見つかっていない。そして屋敷内では俺様をここまで連れてきた人物の特定も急いでいた。……転がっていた焦げ死体に、いるんじゃないかとも噂された。

林が燃え切った後医者に怪我がないと判断された俺様も〝本当の父親〟と一緒に、処理される前の死体を見に行った。背格好以外、顔もわからないほどに焦げていた死体はいくつもあったけど、……ライアーはいなかった。

ほっとして、生きているんだと思ったらその場でまた泣いた。何も言わない俺様が急に泣き出したから、周りは勝手にあの中に俺様を連れてきた死体があると決め出した。

当時、俺様を連れてきた相手が裏稼業でも何者でも屋敷へ訪れられるように、屋敷周辺には騎士が寄り付かないように衛兵へ警備強化と根回しもされていたらしい。

部屋にいる間は一方的に色々なことを説明された。ベッドの中で何も言う気になれず目も合わせない俺様に、〝本当の父親〟は今のカレン家についても説明した。


俺様がいたカレン家の、当時の領主と領地はもういない。


〝本当の父親〟は、これまでどうしても相手の女性に子どもができなかった。後継ぎに困っていた中で、突然母上から手紙を受けたらしい。俺様が父上の手で消された。そしてまだ生きているかもしれない。アンカーソンの領地に捨てたと話していたと。

それを聞いた〝本当の父親〟は、自分の領地へ向けて俺様を探す為に手を尽くした。

俺様を捨てたカレン男爵は、……事情を聞きに来た侯爵へ突然斧を振り上げその場で処分された。

言葉を隠すように言われたけど、歯切れの悪い濁した言い方や使用人達の噂からきっと死刑か殺されたんだなとわかった。驚くくらい悲しみはなかった。

カレン家の領地も今は〝本当の父親〟であるアンカーソン侯爵が直々に管理しているらしい。母上は死んだと言われなかったけど、多分同じようなもんなんだろう。

これからは必要な物も生活も経歴も教師も、お前専用の使用人も用意しよう、と。気を利かせたように言われても全く嬉しくも思わなかった。今更教師や使用人が与えられても、何にもならない。カレン家の頃だって、母上も使用人もあの〝本当の父親〟も全員父上から俺様を助けられなかった。俺様を最初から最後まで守り切ってくれた奴なんて



『またな』



……あいつは、いま何処にいる?

ベッドの中からカーテンの開けられた窓を眺め、考える。

ライアーは他の誰よりずっと強かった。きっとあんな奴ら相手にだって生きている。

でも怪我をしていた。肩に、それに足にも。一人でどうやって逃げた?怪我の治療はどうする?もう泣けなしの金も全部使った後だった。それに


「……特殊、能力……」

治療を受けてから初めて出した声は、思ったよりも普通に通った。

特殊能力者は人身売買に狙われる。だからライアーも隠してて、俺様にも隠せと言っていた。あの時追ってきた奴らだって、俺様をアンカーソン家に届けるよりも人質か、人身売買に売ろうとしていた。それくらい、特殊能力者は人身売買で価値がある。

なのにライアーは、そいつらの目の前であれだけ派手に特殊能力を見せた。

……なら、何処に逃げた?


「お前は、何処にいるんだよ……?」

か細い声に、風の音しか答えない。視線を遠くに流しても、ライアーは現れない。

怪我をして、金もなくって、特殊能力も裏稼業に知られた。あいつの居場所を全部、俺様が奪った。城下にいるって、あの言葉は本当か?もしかしたら城下からだって離れているかもしれない。今までだって、決まった場所に留まったことなんてなかった。

なら、もう会えないのか?本当に、本当にあの言葉は嘘だったのか?


「……いやだ」

自分の意思が声になる。

毛布を握り、震える歯を食い縛り空を見る。昨日あれだけ泣いたのに、またパタパタと滴が頬を伝った。

いやだ、こんな最後で、もう会えないなんて。きっとあいつは何処かにいる。領地も、下級層も、城下も、国も関係ない。あいつはどこかで生きている。そして、いつか絶対に



『会いに行ってやるからせいぜい取り入っとけ』



俺様に会いに戻ってくる。

あの時の最後の言葉通り戻って来てくれる。前にだって言ってた。ヤバくなったらちゃんと迎えに来るって。俺様を置いて行く筈がない。いつかきっと戻ってくる。城下にいる。怪我も治って、あいつのことを裏稼業の奴らが全部忘れたくらい、熱りが冷めたらいつかきっと戻ってくる。この屋敷で待ち続ければいつかきっと顔を見せにやってくる。



『またな』



「……っ、まってる゛……」

唇を噛んで、しゃくり上げた喉で空に返す。頬に伝う涙が口に入って泡立った。

ここで待つ。ちゃんと、貴族として取り入る為生きて、だけどアンカーソンにも誰にも心を許したりなんかしない。何年経っても絶対にライアーを忘れない。そしていつか財産全部持ってライアーとここから逃げるんだ。

その為なら何年だって我慢する。何年だって待つ。次にまた一緒に過ごせたら、助けてくれたアイツを今度は俺様が助ける。

褒められて、成長したじゃねぇかと口先だけでも認めさせて、また馬鹿な嘘言われて、言い返す。そんな日々がこの先にきっと待っている。

震える唇を堪えながら、そう思った。

途方もない〝毎日〟が繰り返されるのも、今は怖くない。昔と違って今はその先に希望があると信じられたから。



〝ライヤーが無事逃げた〟としか思わなかったこの時は。


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