Ⅱ297.子息だった青年は思い知った。
「どーーっよレイちゃん‼︎俺様のこの髪っ‼︎世界一イケてると思うだろ⁈」
特殊能力がお互いバレて三日。
俺様達を追っていたのは人身売買の連中だと話したライアーは、肩の怪我も大したことはなく済んだ。あの時はてっきり死んだかとすら思ったのに、肩を掠っただけらしく包帯を巻いただけで治療も自分で済ませた。それ以外はあんなに焦った自分が恥ずかしくなるくらいにケロリとしている。……そう、今回も。
「今更医者に行くって言うから稼ぎ全部使って良いって言ったのに……どこが医者だこの大嘘つき」
「髪の医者だよ髪の。怪我なんざ唾つけてりゃ勝手に塞がるっつの」
何度も髪をかき上げ、一人で勝手に調子に乗っているライアーに、ムカつきを通り越して呆れる。
今朝、医者に診てもらうからと俺様達の有り金全部を使いに向かったのは結局医者じゃなかった。裏稼業の仲間内で金を払えば安くやってくれるという髪染めだ。
怪我を治す筈だった金全部そいつに押し付けて何をするかと思えば、傷の具合を見るどころか髪しか弄らない。出来立ての今は、元の濁った青髪も、地毛だろう黒髪も全部が一色に染められている。前から「そろそろ染め直すか〜」と長い髪を掻き上げながらぼやいていたけど、全部一色に染め直したのを見ると今までのもわざと黒と濁った青の二色にしてたんじゃなかったんだなと思う。どうせなら伸び切った髪もついでに髭も剃ってもらえば良いのに。
長さは変わらずただ染めただけの長い翡翠の髪は、前にも増して目立つ髪だと思う。
「レイちゃん売れなくなっちまったならいっそもうコレっきゃねぇと思ってよぉ。喜べよ?このライアー様とお揃いだぜ?」
……そう言われると悪い気がしない。
たかが髪の色でもライアーとお揃いなのが……今は、嬉しい。
「これなら次はマジで娘か妹ってことで通せるな」と笑うライアーは、相変わらず俺様を女ってことで通すつもりみたいだ。
特殊能力を知られたあの夜から、ライアーはずっと上機嫌なままだ。
人目のない場所で改めて話してくれたライアーの話は本人曰く珍しく本当の話らしい。
ライアーも炎の特殊能力者で、ずっとそれを隠して生きてきた。ガキの頃は俺様と同じように特殊能力の制御が効かなくなった時もあったと。ただ、歳を取ったら特殊能力の制御も上手くようになって、お陰でこの年までそれからはバレず隠し通せてきたと得意げに話していた。……なら、特殊能力の使い方も教えて欲しいと頼んだけど、「年と才能だから無理」とはっきり断られた。
特殊能力はバレると面倒なことになるから、この先もできる限り隠し通せとは代わりに教えられた。
そんなこと言っても、俺様は怒れば勝手に炎が出る。制御の仕方だってわからない。ライアーからの助言も「じゃあキレるな」だけだった。
ライアーは小さい時に下級層に捨てられて気が付いた時には裏稼業にいたらしい。下級層に捨てられたことも、当時世話をしてくれた裏稼業の奴から聞いたから本当かどうかわからない。ただ、拾われた時には特殊能力に目覚めていたらしいから、気味悪がって捨てられたんだろうと言っていた。「二足歩行し始めたばっかのガキが火ぃ出したらそりゃ捨てるわ」と笑うライアーは恨んではいないらしい。
ライアーを拾って育てた裏稼業も、その特殊能力目当てで拾って育てた。特殊能力者は、商品として売られる場合もあれば、特殊能力を利用して〝人を狩る側〟に育てられる奴もいる。子どもの頃から言うこと聞くように教育すれば、銃より都合の良い武器を手に入れたようなものだって。もし要らなくなったらそこで売れば良い。
特殊能力者は裏稼業じゃバレて売られる側か、その利用価値を示して幹部に上げてもらうかのどっちか。なら、俺様もいつかはどこかの幹部とかかなと思ったら、考えを読まれたみたいに「因みに能力暴走させるような馬鹿を抱え込む組織はいねぇから」と言われた。……取り敢えず今の俺様じゃ無理らしい。やっぱり特殊能力は隠した方が良いんだとわかった。
ライアーはならどうしてその育ててくれた奴らと一緒に居ないのかと尋ねたら「少ぉ〜しやらかしちまったっつーか」とちょっとだけ歯切れが悪かった。なんでも、子どもの頃にうっかり能力を暴走させたら火が派手過ぎて置いていかれたらしい。それからは一人で生きてきたと。俺様に偉そうなこと言ったそばからコイツも結局昔は暴走させてた。処分か売られないだけ良かった、と何でもないことみたいに言うライアーの話は不思議と最後まで嘘には聞こえなかった。
火関連の特殊能力は、特殊能力の中でも珍しくはない。けど、ライアーみたいに強力な炎を自在に制御できる能力者も、俺様みたいな黒い炎を扱える奴も珍しい。〝だからこそ〟バレるなと、そう言ってまた強く俺様に念を押した。自分以外でも火関連の特殊能力で珍しい奴がいるなんて思わなかったと嬉しそうに何度も笑っていたライアーに
捨てられてから初めて、この能力を持っていて良かったと思った。
「!待ってたぜライアー!例の仕事、ちゃあんと持ってきてやったぜ」
三日ぶりにまたいつもの裏稼業の連中へ顔を出せば、すぐにいつもの顔ぶれが振り返った。
すれ違いざまに他の連中からも髪変えたなと言われながら、真ん中を歩くライアーは「助かるぜ兄弟」といつものように礼を言いながら男の肩に腕を回した。
こっちじゃ他の連中にも美味い話は横取りされないようにコソコソ場所を移動する。今回も数を合わせてやる仕事らしくて情報を持ってきた奴以外の見知った連中もずらずらとついて来た。
俺様もライアーの背中に続きながら、話さないように口を結ぶ。背後や傍から「今日も半分は可愛いな」「まだ手は付けられてねぇのか」と笑いながら言葉を掛けられるのも聞き流す。
男と肩を組んだライアーもコソコソと聞こえない話をしながら、俺様の方は振り返らない。「へぇ」「そりゃあ良い仕事だ」と言いなが
ガゴンッ、と。
……いきなり、ライアーが殴られた。
本当に、突然、何の脈絡もなく。肩を組んでいる奴とは別の、俺様の隣を歩いていた一番身体のでかい男に両手で結んだ拳をハンマーみたいに振り落とされた。
いつものとっつき合いとは違って、本当に殺すような殴り方で背後から。
「ガッ……‼︎」と声を漏らしたライアーもそのまま前のめりに倒れた。さっきまで腕を組んでいた奴の横顔はまだ笑っていて、周囲にいる連中も誰も何も驚いた声をあげない。俺様だけが叫びそうになれば、声が出る前に後ろから口を塞がれ腕を掴まれた。
へへへと楽しそうに笑いながら大人しくしろと言われて訳がわからなくなる。
「わりぃなあ?ライアー。実はよぉ、そのお前に頼まれた仕事の探し人ってのがテメェの可愛い子ちゃんなんだ」
倒れたライアーの背中に乗り、後ろ手に組み押さえつける男はさっきまでライアーと仲良く腕を組み合っていた本人だ。
ライアーが呻いても構わずにニヤニヤ笑いながら、最後は視線を俺様に向けた。
今までもう見知った仲だと思っていた相手から知らない視線を向けられて、押さえつけられた腕よりもそっちで身体が固まった。息が止まって、塞がれた手の下で唇を絞る。前に倒れたライアーが気を失っているかどうかもわからない。力なく倒れ込んだ足先だけがこっちを向いている。
探し人?俺様が⁇
「〝七〜八歳〟〝瑠璃色の瞳〟〝波立つ翡翠の髪〟そんで〝顔の半分に爛れた火傷〟……こ〜んなわかりやすい奴、下級層にほいほいと転がっちゃいねぇよなぁ?」
男がそう言った途端、俺様を囲っていた一人が乱暴に俺様の髪を引っ張り上げた。今まで大して気にされなかった火傷痕を、男達にまじまじと眺められる。盗んだ品を見定める時と同じ目で俺様を見る。
二年ぶりのその視線に今はぞっと背筋が冷たくなった。
「騙されたぜぇ?手配書にゃあ〝男〟って書かれてるじゃねぇかよ。そりゃあ女好きのテメェが一年二年も手ぇ出せなかったわけだ」
ライアーの上で足を組みながら押さえつけるのと反対の手で男が懐から丸められた紙を出し、広げた。
男かどうかは一発で確認できるぜとゲラゲラ喉を上下させて笑う男達の声が聴き慣れた筈なのに、死ぬほど気持ち悪い。
ライアー、と叫んだけど塞がれた口じゃくぐもって届かない。
「しかも……、なぁ兄弟?俺達に隠し事なんざ水くせぇじゃねぇか」
今まで当然のようにライアーと腕組んで、笑い合って、仲良く話していた連中が全員俺様達の敵だった。
何も反応しないライアーが、死んでいるんじゃないかと考えながらわけもわからなくなる。もう全員がまるで別人だ。
へへへ、なぁレイ?と話しかけられても答えたくない。なんで今更になって俺様を探している奴がいるんだと一瞬思ってすぐ消える。そんなことよりもライアーが殺される。
乗り上がった男が勿体ぶるように一度言葉を切った。ひらひらと手配書らしき紙を揺らして上からライアーの顔を覗き込む。
「〝黒炎の特殊能力者〟……こんな美味しい奴、なんでずっと換金もせずに懐に入れてやがった?」
Ⅰ106.
Ⅱ241-2.260-2.294




