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フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
頤使少女とショウシツ

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Ⅱ293.宰相は承る。


「プライド様、ジルベールでございます。今、宜しいでしょうか」


鳴らされたノックと声にプライドは振り返り、答える。

学校からギルクリスト家を通し帰城した彼女達は、まだそれぞれが子どもの姿のままだった。既にこの後の予定を知らされているジルベールも、扉が開かれたところでそれには驚かない。

庶民の格好はともかく、特殊能力を解かずその年齢に留めさせているのはジルベール本人なのだから。

庶民の服装で十四の姿のプライドとステイル。そして子ども姿のアーサーの隣にカラムが第一王女の部屋に控えている様子は、何も知らない者が見れば現実かを疑うような光景だった。


「いかがでしたか、ティアラ様には今日もお会いできましたか」

「ええ。レオンと一緒に見学にきてくれたわ。今日も凄く人気で、まだ帰ってもいないみたい」

ティアラはまだ戻ってきていない。

レオンと共に学校へ訪れた彼女はまだ、学校見学と職員との挨拶の最中である。

四限を終えてから学校を囲む騎士団に気付かれる前にと、下校を始めた生徒達が最も多い間を見計らって彼女達も急ぎ校門のエリックと合流した。警護の任務中である騎士も、エリックが送迎するというだけで話しかけてくることはない。しかし、騎士達に顔を知られている三人は万全を期し前回と同様生徒達の中へと紛れ込み退場した。


城に戻ってからカラムと合流した彼女らは、着替える時間も省いたまま固唾を飲んでジルベールの来訪を待ち続けた。

彼が今日には用意できると明言した情報こそが、今最も欲しいものだった。着替えを省いた分、ジルベールを待つ時間がいつもより長く感じられた三人は殆ど雑談もなく静け切っていた。


「お待たせして申し訳ありませんでした」

いいえ、と言葉では返しながらもプライドの目はジルベールが携えてきた紙の束に突き刺さる。

そこにライアーの所在が、と心臓が煩くなるのを両手で押さえながらジルベールの言葉を一音一音今か今かと待つ。いつものようにプライドとステイルの向かい席へ優雅な動作で腰掛けるジルベールに、背後に控えるアーサーも思わず喉を鳴らす。

少々手間取りまして、と流れるような前口上と専属侍女のロッテとマリーが紅茶を用意する音だけが部屋に小さく残る。そして、ジルベールが溜めを残すのもそこまでだった。「早速ですが」と口火を自ら切ったジルベールの言葉はプライドの肩を大きく上げ、ステイルの眼差しを強め、アーサーの呼吸を一度躊躇わせた。


「ライアーと思しき人物の居場所が判明致しました」


「本当ですか⁈」

ありがとうございます!!と紫色の目を見開いてプライドが感謝を声にする。

同時にステイルがジルベールに気付かれないように眼鏡の黒縁を押さえるふりをして息を吐き、アーサーは俄かに口が開いたままになる。ジルベールの能力を疑っていたわけではないが、本当にたった一日でライアーの居場所を掴んでしまった彼に感嘆しか出てこない。カラムも、その返答に流石だと無言で口の中を飲み込んだ。表情を出したくないのはステイルだけだ。


しかし、プライドから続く感謝の言葉に「いえ」と控えめに返すジルベールの表情が笑んでこそいるが明るくないことに気取ったのも、ステイルが最初だった。

殆どアーサーと同時だった。眉間に皺を寄せた直後、本人へ指摘するよりも先にぐるりとアーサーへと振り返る。ステイルの視線に、アーサーも首を小さく縦に振って目を合わせた。

いつもの落ち着いた笑みにも見えるジルベールの表情だったが、アーサーにとっては違和感だった。そして一拍遅れ、目を輝かせたプライドも嫌な予感が頭に過ぎる。この中で最もジルベールの杞憂の正体を理解してしまう。カラムも彼らの様子とジルベールの表情を見比べ、関心から不穏な空気を感じ取る。

彼らの反応の変化に、ジルベールもまた気取られたのであろうことを理解してから話を続け出した。

彼らが気取ることも全て、ジルベールの中では組み立てられた流れの一つである。全てが幸いな知らせではないことを彼ら自らに察しさせてから、心の準備をできた彼女らにジルベールは落ち着かせた声で語りかける。


「居場所をお伝えする前に。……プライド様。もし宜しければ、この後の打ち合わせの方は、報告とともに戻ってこられた後からでも構いませんでしょうか」

「?え、ええ……。ジルベール宰相が宜しければ」

むしろ、殆ど公務禁止中で暇を持てあましているプライドよりも忙しいのはジルベールの方だ。

今、こうして公式に王配のアルバートから忙しい時間を割いてプライドとの打ち合わせ時間を許される時間も貴重である。それを今から予定を立て直せば、しわ寄せを受けるのもまたジルベールだけに他ならなかった。

プライドの方からしても、早々に解決したい上にレイが今か今かと待ちわびている中でなるべく早くレイの屋敷へ駆けつけたい気持ちが強い。ジルべールからの提案は、願ってもないものだった。


疑問を眼差しの揺らめきのままに返すプライドに、ジルベールは「ありがとうございます」と優雅に礼をする。

その様子を怪訝そうに睨むステイルは、さっさと言えという言葉を唇を絞って今は我慢する。焦らされている心境はあれど、ここまでの情報を最速で用意したジルベールにここで更に急かすことは躊躇われた。

腕を組む代わりに眼鏡の黒縁を更に押さえ付け睨みを強めるステイルに、ジルベールは小さく苦笑してから続きを流す。溜める様子もなくすんなりと言葉を織りなした。


「ライアーの所在ですが、やはり城下の中級層でした」

プライド様方の見立ての通り、と繋げながらスラスラとジルベールは正式記録に則ったライアーの拘留後の経過についてから語り出す。

最後に彼が今具体的に何所で何をして保護観察下にいるかも語られた終えた時には、ロッテ達がジルベールへ用意した紅茶がテーブルへ並べられた後だった。話し終えてから湯気も薄くなったカップをジルベールは優雅に取って口を付ける。

以上です、と締め括った語りに暫くステイル達も言葉が出なかった。

レイが文字通り血眼になって探していた人物が、そんなところにいるのかと驚きが隠せない。プライドに至ってはそれだけではない。


……これって、やっぱりライアーはゲームと同じ……?


最も恐れていた不安が的中したと、心臓が重くなる。

胸の前に重ねていた両手をぎゅっと握り締めながら、今から絶望感が強かった。しかしそれでもレイに会わせないという選択肢はない。

どんな結果であろうともレイとライヤーを引き合わせるということは、彼女自身思い出した時から決意していたことなのだから。

しかしジルベール本人からは決定的な言葉を聞いていない今、未だにこれも自分の思い過ごしであって欲しいと願ってしまう。もしそうだとしても、ジルベールが知っているかいないかは別。

むしろここで自分がそれを指摘して尋ねたら、何故それを知っているのか、予知したのなら何故今までそれを自分から話さなかったのかと鋭いジルベール達になら指摘をされてしまう。やはり自分の目で確かめるしかないと覚悟を新たにする。


「……本当にありがとうございましたジルベール宰相。そんなことまで細かく調べて貰って……」

「いえいえ、この程度はお安いご用ですとも。それよりもどうぞプライド様方はレイと合流を。私は今より一度仕事に戻らせて頂きます。ティアラ様にも私からお伝えしておきますので、ご安心下さい」

細かく説明せずとも、地図は頭に入っている。具体的にどんなところかが頭に浮かばなくても、プライドもステイルも地形図として居場所も理解ができた。騎士として城下を理解しているアーサーや共に今回同行するアランも当然地図を見なくても案内できる。あとはレイと合流し屋敷から向かうだけである。

彼らを見送るべくゆっくりと立ち上がるジルベールに、ステイルも会わせるように腰を上げた。プライドも目の前のカップを一口味わってからそれに続く。この後レイと合流し再開を果たさせ、再びジルベールと打ち合わせだと予定を頭の中で高速で整理したところで、取ろうとしたステイルの手を触れる前に振り返る。


「業務は大丈夫?ごめんなさい、ただでさえ私のお願いでライアーのことを調べさせたのに、この後戻ってまた時間を貰っちゃうなんて……」

それにステイルも自分が連れ出し、ティアラも戻って来ていない。

プライドからすれば、忙しいジルベールを勤務時間外に更に業務を増やし、手間まで増やしてしまったことが申し訳なくなる。ただでさえ、仕事の魔神と言えるほど多忙な彼をこのひと月間は特殊能力の協力まで頼んでいるのだから。

眉を垂らすプライドからの言葉に、ジルベールは今度こそ思わずといった様子で小さく笑んだ。「ご心配なく」と言いながら、そんなことで未だに気遣ってくれることが純粋に嬉しく思う。切れ長な目を垂らすようにプライドを見つめ返し、それから憮然とした顔を自分に向けてくるステイルの目とも合わせた。


「最近は優秀な摂政補佐殿と次期王妹殿のお陰で楽をさせて頂いておりますので。ほんの間のみ〝本来の忙しさ〟に戻るのも、丁度良いくらいです」

ご心配頂きありがとうございます、と笑い混じりに語るジルベールに今度はステイルが口をムの字に曲げる。

ジルベールの仕事の優秀さも、本来の多忙さも理解している彼だからこそ自分やティアラが抜けたところで彼の業務には全く支障がないことも知っている。むしろ自分達に仕事を分け、その上で今はティアラへのフォローも入れていることを鑑みれば自分達が不在の方が彼は仕事が早いのではないかとまで思う。

ステイルにとってジルベールからの言葉は遠回しな嫌味かと言いたくもなった。ステイルの眼差しから、彼の言いたいことを察したジルベールが言葉にされるよりも先に「本当に助けられております」と穏やかな声で感謝をしても、ステイルにはただの謙遜に聞こえてしまう。


「ッオラ、行くぞステイル。言いたいことあンならさっさと済ませやがれ」

じっと、文句ありげにジルベールを睨み続けるステイルにアーサーがその腕を掴んで引き寄せる。

どうせジルベールに言ってやりたいことがあるだけだと察した彼の言葉に、ステイルは視線を逸らさないまま結んだ唇を一度きつくした。これからレイの用事を済ませなければならない今、レイ同様にプライドのことも待たせられない。

唇をぎゅっと結んだ後、意識的に低めた声をジルベールへと突きつける。


「……俺達が帰ってくる頃には全て済ませておけ」

無茶振りにも聞こえるその言葉に、ジルベールはにこやかに笑みを浮かべた。

つまりはステイルが、自分ならそれくらいは支障なくこなせると信頼してくれている証だと理解する。

承知致しました、と。柔らかな声と深々とした礼で返したジルべールにステイルはフンと一度だけ鼻を鳴らした。


「行きましょう、プライド。速やかにレイとライアーを会わせてさっさと戻りましょう。ジルベールが仕事を片付けるよりも早々に」

絶対お前が終わらせるよりも先に戻ってきてやる、とジルベールへの意思表示を言葉にしながらプライドへと手を差し伸ばす。

全ての仕事完遂を振っておきながら、それより先にと口ずさむステイルに相変わらずだなとプライドは苦笑する。ジルベールに有言実行させたくないという気持ちと、純粋に彼の手伝いに戻って来てやるという気持ちが半々なのだろうなと理解する。ステイルらしい捨て台詞に微笑ましく思いながら、彼が差しだしてくれた手を取った。

次にアーサーもステイルの腕を掴み直し、カラムが見送るべく近衛兵であるジャックの隣に並んだ。


「いってらっしゃいませ。どうぞお気を付けて」


その合図を受けたのを最後に、次の瞬間プライド達は姿を消した。エリックの待つギルクリスト家へと瞬間移動する。

三人が消えたのを見届けてから二拍置き、ジルベールもカラムも息を整えた。これからジルベールは宰相業務、そしてカラムは宮殿に待機である。

主の居ない第一王女の部屋にいつまでも滞在するわけにも行かず、近衛兵のジャックと専属侍女のマリーとロッテに見送られながら部屋を出た。


「それでは、私はここで。カラム隊長、どうぞこの後も宜しくお願い致します」

「お任せ下さい」

自分を間際まで見送ろうとするカラムに、敢えてここまでと挨拶を済ませる。

ジルベールの意図を汲んだカラムもそこで両足を揃えると、規律通りの礼でそれに返した。互いに個人的に会話することもない二人だが、カラムにとっては式典でのボルドー郷としての会話よりも今のやり取りの方がやはり落ち着くと思う。

無駄な雑談もなく、速やかにその場を後にするジルベールは背中を自然な動作で彼に向けた。廊下を歩き階段へ向かい始めたところで、最後まで崩さなかった笑みを静かに落とした。


「私も、その間に済ませておかなければ」

口の中だけで呟いた言葉は、カラムにはもちろん衛兵や侍女の誰にも聞かれることはなかった。

プライド達へ語ったライアーの事実。それに関してジルベールが語ったのはあくまで〝書類上の記録内容〟のみ。第三者が読んでも知ることが許される程度の内容でしかない。

そしてジルベールの頭にいま浮かぶのは〝それ以上の〟事実だった。

レイと直接関わったことのないジルべールだが、プライドの話から鑑みても杞憂は晴れない。この後にライアーと再会を果たしたレイがどう考え、選ぶのか。そしてそれを見届けたプライドが、ステイルが、アーサーが



─あの方々にもし、陰りが差してしまった時は。



プライドが、ただ会わせただけで自己満足に浸る人間ではないことをジルベールはよく知っている。

そしてステイルとアーサーもまた同じだと。レイのことを良く思っていようとなかろうとも、きっと彼らもそれで満足するような人間ではない。そして彼女が陰れば余計にその表情も曇らせる。特にプライドは自身の無力さを嘆き、そしてステイルも彼女を支えきれなかったことを気に負うと容易に想像できる。だからこそ彼は今、〝宰相〟としての最大限の特権でそれに備えるべく動き出す。


先ずは宰相として授けられた業務を優先させる。

ステイルからの指示がなくても、彼はその仕事を一秒でも早く終わらせるつもりだった。その後に、そしてプライド達が戻ってくる前にもう一つ整えたい場がある。王配であるアルバートの補佐、国内の情報統制と裁判記録整理と裁判許可。それを全て片付け滞りなく進められた頃にはティアラも戻ってくる。そうすればアルバートの補佐が増える分、自分はステイル不在のヴェストの手伝いにも回されるかもしれない。今日はレオンが訪れたということは、そのままネイトとの取引についての手続きも望むだろうと、冷静に今後の流れを計算する。

階段を降りきり、王宮へと繋ぐ回廊へと進んだ時にはジルベールの脳内で全ては終えていた。すれ違う使用人や衛兵へ挨拶と顔色を確認しながら歩み、そこでまた小さく呟いた。


「……全てはプライド第一王女殿下のお望みのままに」


宰相として、彼女にできる最大限を。

その意思を胸に、ジルベールは進んでいった。









『助げでぇ……‼︎‼︎誰か、誰かっ……』









宰相である彼すら知り得ない化け物と、……彼ゆえに知る化け物の解放に。


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