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フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
頤使少女とショウシツ

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Ⅱ292.子息だった青年は知り合った。


「あっちゃぁ〜……親父が本当にそんなこと言ったのか、レイちゃん」

「言った。…………なぁ、まだ俺を売らないの?」


父上に捨てられて一週間。……何故か、まだ売られない。

てっきり服が乾いたらそのまま連れて行かれると思ったら、いつまで経っても売られなかった。

行くところもなくなって、男に腕を引っ張られるままに足を動かし続けた。売られるどころか「途中で腹が鳴ったら商人に顔を顰められる」と言って食事を分けてくれたり、「屋根の下以外で寝たらガキは風邪引くだろ」と寝る場所も譲られる。

その日は夜になって地面に転がってからそれを尋ねた。けど、男の言うことは何度聞いても同じだ。


「だぁあから‼︎半分溶けてて身体もできあがってねぇ野郎なんざ売れねぇの‼︎‼︎いくら可愛子ちゃんでも女と男は別‼︎半分溶けた貧弱美少年とか流石の俺様にも伝手なんざねぇんだよ‼︎‼︎」


……また怒鳴られた。

初めて尋ねた時からそうだった。人差し指を向けて怒鳴られ長い髪をかき上げ掻き毟ってそこまでだ。口調は荒いクセに父みたいに手は上げてこない。なら、どうして売れない俺を連れ回すのかと思ったけどそれは男が自分から続けてきた。


「家畜と一緒だ。女は可愛けりゃあ何歳でも売れるが男は労働力になってからだ。俺様はくたびれ儲けなんざ大嫌いだからな⁈お前はさっさと食って育って伸ばして男らしくなれ!」

そう言って、話を切るように今日もまた連れ回される。

物乞いならと金を集めさせられ、昨日は初めて男の〝仕事〟にも連れていかれた。明らかに裏稼業と思える顔の男達の中で子どもの俺は睨まれた。笑いながら男が「俺様の嫁」と俺の頭を叩けば、大概が馬鹿にするように笑い飛ばして終わった。

しかも、その後に「いや実はここだけの話」と前口上で続けられる話も全部違って全部嘘だ。俺が生き別れの妹とか、一目惚れした追い掛けとか、昔の女に押しつけられた娘とか。そして聞いている相手も全員「嘘つけ」と言って、信じるやつは一人もいなかった。

口の上手さで色んな奴らとも仲が良い。……ただし、女には何度も口説いては毎回振られてる。男曰く「行きつけじゃモテモテだ」らしいけど俺は知らない。


「今日も仕事行くぜ〜レイちゃん。話は俺様に任せてお前はとにかく黙っていろよ」

「……また嘘をつくのか?」

「そりゃあ俺様は大嘘つきだからな」

長い髪をかき上げ、悪怯れることもなく平然とそんなことを言う。

この男は口から産まれたような出任せ男だということはなんとなくわかった。昨日の仕事だって「安心安全な荷物運び」だと言ってたけど、受け渡しした相手からして絶対なまともな物じゃなかった。しかも荷物の中身を尋ねた時の答えも一回目と二回目で違った。


「ガキ連れだと裏稼業とも思われにくいから衛兵の前歩くのも楽だぜ。いやーレイちゃん最高、愛してるぜ。あ、それはそうとさっきの話だけどよ」

話す言葉は全部が薄っぺらい。

まだたったの三日なのに、俺を上手く利用しているらしい男は当然のように距離を詰めてくる。これからどう生きればわからない俺も、言われるままその通りにした。

聞かれるままに視線を上げ、少し見慣れたその男と目を合わす。


「マジで親父が母親にお前を「一夜を愉しんだ証」って言ったわけ?」

「言った」

「うっわ〜悲ッ惨。そのクソ親父に同情するぜ」

そりゃあ棺桶出すわな、と言う男は顔を痙攣らせて俺を見た。

けれど、当の本人である俺にはどういう意味かもわからない。疑問のままに言葉にして尋ねてみれば首を大きく横に振られた。わざわざ教えてくれるとは思わないけど、なんで今の話だけで男がわかったのかだけでも知りたいのに。


「知らねぇ方が良い。純情チャンはそのままでいろ。でかくなりゃあ嫌でもわかる日が来る」

雑談のように俺の事情を聞いてくる男は、自分のことは殆ど話さなかった。

たまに話の流れで口を滑らせたと思えば、どこかの国の王族だと言ったり実は潜入中の騎士だとか、生き別れの嫁を探しているとかめちゃくちゃだ。子どもの俺にも、こいつが一つも本当のことなんて話していないことはわかる。……大体、でかくなったらその時は俺が売られる時だ。


「それで八つ当たりにンなツラにされたってことか。……レイちゃん、ちなみにお前の顔はどっち似⁇」

「……母上?」

「だからバレねぇで済んだわけか。どうせならそっちの美人な人妻とお近付きになりたかったぜ」

あーあー、と一方的に俺のことを理解していく。……俺は全く何もわからないのに。

そのまま一人言のように〝父親〟似だったら半分じゃ済まなかったかもな、と言う男に首を捻る。俺の手を引きながら裏通りをひたすら進んでいく。

今日は宝探しだと言う男は、俺の家より小さな庶民の家に庭から潜り込んだ。鍵の掛かっていない窓を見つけ、俺は窓際で外向きに座らされる。〝見張り〟だから人が来たら教えろと言う男は、俺自身に宝探しをさせる気はないらしい。


「……まっ。あんま恨んでやるなよ」

長い髪をかき上げ、ガタガタと家の中から戸棚をいくつも開きながらまた一人言が俺に向けられる。

振り返れば、こっちを見てない筈なのに「外見ろ外」と言われてまた顔を誰もいない外へ向ける。恨むなも何も、俺は訳も分からない内に殴られて蹴られて捨てられたのに。俺を毎日酷い目に合わせたのは父上で、自分が悪いと言ってたのは母上で、俺は何も悪くない。


「母ちゃんは庇ってくれてクソ親父も手のひら返すまでは良い親だったんだろ?俺様から言わせれば九か十まで良い人生送らせて貰えただけマシなもんだ」

「……俺、まだ七歳だけど」

マジかよ⁈と直後に男が叫ぶ。

肩を掴まれ、振り返れば俺の旋毛から足先まで何度も眺め、目を皿にする。出会った時から俺の火傷にも全く動じなかった男は、俺が顔が見えるように髪を耳にかけても気にしない。屋敷の使用人達も母も父すらこの顔を見たら顔を顰めたのに。むしろ「その女みたいな仕草は俺以外の前でやれ」とまた指される。

そういえば馬車で男と一緒にいた連中も、一度驚いた後は平然としていた。下級層じゃこれくらいの火傷は珍しくもないのか。


「じゃあ俺様とはちょうど十の差か。七にしては背は育ってるじゃねぇの。将来有望だな。あとは速攻でその女顔も治せ」

「……おじさん、それで十七なの?」

火傷どころか顔付きなんか治せるわけがない。そう思いながら、先に浮かんだ疑問を上げれば男は家中に響く声で「おじさん⁈」と叫んだ。

折角視線を外に戻したのに、その声に驚いてまた振り返ればちょうど男が棚から引っ張り出した宝石箱を鷲掴んでいたところだった。大玉のネックレスよりも今は俺の発言の方が聞き捨てならないと言わんばかりにギョロリとした目で口が開いている。


「おまっ……そりゃあねぇだろおじさんは⁈まさかガキには十代でも成人したらおっさんってことか⁈」

「いや、……おじさんが十七に見えない。母上よりずっと上に見える」

「少なくともテメェの母ちゃんが十でガキを産んだわけはねぇな⁇」

宝石箱の中身を懐に押し込みながら、顔ががっつりと俺に向く。

ピキピキと血管を浮き立たせながら今までになく怒ってることだけはわかる男は、もう俺に外へ向けと言わない。がっつり垂れ目を合わせて睨みを利かせてくる男を今度は俺が窓枠に座ったまま上から下まで眺める。

濁った海みたいな暗い青髪が肩近くまであって背後に流されている。けれど根元はわりとはっきり黒いから地毛は黒いのかもしれない。ところどころ層によって色が散らかって見える髪は、侍女にかかっても身嗜みに時間がががりそうだと思う。

垂れ目だけど鋭い目は鼬色で、鼻の下には無精髭。

細身だけど服を脱いだ時には腹も割れてて、背も父上よりずっと高い。十七歳なんて言われても、十七歳がどれくらいの見かけかわからない。少なくとも俺が知ってる十何歳は無精髭なんか生えていない。もっと十……二十は上の人だと思った。


「良いかぁ?レイちゃん。もう二度と俺様をおじさん呼ばわりすんじゃねぇ。ライアー様と呼べ。大体老け顔ならテメェもテメェで良い勝負だ」

まだ七歳で老け顔なんて初めて言われた。

外を見ろ‼︎とそこで思い出したようにまた言われて見張りに戻る。バタバタと急ぎ足で家の奥に入っていった男が、戻ってくるのはわりとすぐだった。「よっしゃずらかるぞ!」と女物のネックレスを何重も首に下げながら両手には食べ物を抱えている。

背中を肩で突き飛ばすようにして押され、窓枠から飛び降りる。足の長い男の後を、走ることすら慣れていない身体で追いかける。食べ物で両手が塞がっている男相手に腕も引かれず、いま逃げれば絶対逃げられると思えたのに足は男を追う。このまま行けばいつかは奴隷として売られるとわかっているのに追うしかない。

数メートル走ったところで息が切れて意思に反してその場に座り込む。「休むのは下級層に戻ってからにしろ‼︎」と怒鳴る男はわざわざ走って戻ってきた。背中を向けてしゃがむから何だと思えば「さっさと乗れ!」と叫ばれる。

二年くらい前に父にして貰ったことのあるアレかと思って首に手を回して背中に乗れば、間違っていなかったらしくそのまま俺を乗せて走り出した。


「体力もゴミじゃあますます売れねぇぞ‼︎食ったら今日から俺様がしごいてやるからな⁈覚悟しとけレイちゃん‼︎」

馬鹿にされたのに、悪口を言われたのに、しごくと言われたのになんでか腹が立たないし怖くない。

それどころか男の背中で風を切る感覚が、訳も分からず楽しくなった。揺れる背中とたかが首飾り数個と粗末な食べ物程度を持ち逃げするだけで血眼になって逃げる男が可笑しくて、売るためとはいえあのまま置いて行かれなかったことが嬉しくて、気がつけば忘れかけていた甲高い声で笑っていた。


毎日のように「まだ売れねぇ」「まだ酒瓶一本以下だ」と小言を言われながらしごかれるようになったのも、本当にこの頃からだ。

いつかは売られる身だとわかっているのに、行くところがないからか離れる気にもなれず、言われた通りにし続けた。

まずい飯を食って、馬鹿みたいな肉体労働をさせられて、衛兵に見つかれば捕まるほどの悪さに関わりながらの生活は目が回るほどに忙しかった。


ただその日を生きるだけでこんなにも一日が早いのだと思い知った。


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