Ⅱ289.頤使少女は振り返る。
「すごいすごいすごい!またレオン王子殿下が見に来てくれた‼︎」
「ティアラ様何度見ても美人だよな」
「レオン様って本当に男の人⁈ていうか人間⁈」
三限終わり直後、選択授業の講師が去った直後に再び教室は湧き上がった。
騒ぎに乗じて教室から抜け出す間にも、女子も男子も関係なく熱気が収まることもない。彼女らが騒ぐのも当然だ。何せ、我がクラスに二度目のレオンとティアラ訪問があったのだから。
表向きはあくまで、中等部の選択授業見学だけれど実際は私達の様子見もあるからちょっぴりこちらまで姿勢が伸びた。
敢えてティアラもレオンも他人として話しかけてくることはないけれど、それでもこうして国民の目線になると二人の人気の高さを実感する。一瞬だけレオンと目が合った気がするけれど、彼も前回よりは私の姿が見慣れたのか今回は目を逸らしてから柔らかな微笑だけを浮かべていた。やっぱりこの姿だとレオンにも私達は子どもなんだなと思う。
二度目の訪問にも関わらず、生徒の誰も飽きた様子はない。むしろ二度も王族に会えたことに興奮が跳ね上がっていた。
「まさか今日早速来てくれるなんてびっくりしたわ」
「心待ちにして下さりましたからね。〝手続き〟もありますし、きっと都合も良かったのでしょう」
「ンじゃあこの後も会うのか?」
アーサーの問いかけに私もステイルも首を横に振る。
レオンは今日、我が城へネイトの発明売買の手続きに訪れてくれる。けれど、その許可を下ろすのは私ではなくて母上やヴェスト叔父様だ。相手は我が国にとっても貿易最大手のアネモネ王国だし、信頼も厚いレオンだ。
ヴェスト叔父様が話を聞いて、そのまま最短で母上から許可を得て来てくれるだろう。いつもは私への定期訪問だから会っているけれど、これとは別だ。今日は私も放課後に用事があるし、余計に会うのは難しいだろう。
「今後も学校見学の優先期間までは頻繁に我が国へ訪れてくれるだろうが、その度に城まで足を運ぶかはわからない」
まぁ表向きはさておき、結局ひと目は会えるのだけれど。
今回もレオンとティアラが訪れたことで、学校や校舎の周囲はぐるりと我が国の騎士が包囲して守ってくれているだろう。それに校内を闊歩する二人の傍にだってアネモネ王国の騎士が付いて回ってくれている。
こちらの都合で待たせてしまった学校見学だし、私のことを除いても遠慮なく何度でも訪れて欲しい。……教師や生徒の心臓には色々悪いかもしれないけれど。でも事実、この時が最も学校全体の防犯レベルが上がっていることは間違いない。レオンのお陰で自然と騎士の見回りも校内に入るし、本当にいま校内が安全なのだとわかって私としてもありがたい。
今回はちゃんと学校に報せが入っていたからか、教師側も前回ほどの慌ただしさはなかったなと思う。一応カラム隊長にも教師側の話を聞いておこう。
理事長も元々いる学校教師からジルベール宰相が〝公平〟に選んで任命してくれたから大丈だとは思うけれど、まだ就任して数日だ。人当たりの柔らかいレオンとティアラなら、きっと和やかに話しも進むだろうしあまり気負わなければ良いなと思う。
「いかがですかジャンヌ。ひっかかる人物は」
ステイルの言葉に、考え事をしながらも教室を覗く私は首を横に振る。
三限終わりになり、今度昼の三年クラスを覗きにきたけれどやっぱり二度目でもそれらしい人物は見つからない。今回は見覚えのある人を探すというよりも、前回覗いた時に見た覚えのない人だけを確認する作業という方が強い。
もしかしたら朝に覗きに来た時にまだ登校数してなかったり、三限前に早退や休んだ可能性もある。だからこその二週目だし、今度は一限前にも覗きに行かないとなのだけれど今のところ一人も引っかからない。
そうですか……と肩を僅かに落とすステイルに、ごめんなさいねと謝りながらもう一つだけ教室を覗く。前回まではひとクラスずつ慎重に確認したけれど、もう一度確認した分今回は確認にも時間は掛からなかった。一番ちゃんと見ていないという意味ではセフェクの教室が一番怪しいのだけれど、なかなか深入りできないから苦しいところだ。
今回女生徒は教室に居たから、階段の踊り場で男子生徒が戻るのを待ち伏せ方式で無事確認できた。
「屋上も空振りでしたし、他にも何か手がかりがありゃァ良いンすけど……」
次の教室を覗く中、アーサーの呟きに私は意識的に口を閉じる。
顔だけを先に三年の教室へと伸ばしながら、目の奥では視界よりも頭の記憶の方が瞬いた。
屋上で一瞬だけ思い出した、第二作目でのアーサー登場場面。確かにあれは現実ではないゲームのアーサー騎士団長だった。キミヒカの第二作目は、前作キャラとの恋愛延長ではない代わりにチラチラゲーム内で登場する。主人公だったティアラが学校に潜んでいたのが良い例だ。特にアーサーは他のシリーズを跨いで人気の高かったキャラだし、第二作目に現れていても不思議じゃない。……第三作目には現れなかったけれども。
お陰でほんの少しだけれど、攻略対象のゲームイベントだけは思い出せた。
やっぱりあの屋上は、攻略対象者のお決まりイベント場所だったらしい。アーサーにアムレットが偶然出会ったのも、主人公であるアムレットが攻略対象者を探し回ったのがきっかけだ。いつものあの場所ならと、そう思って屋上に駆け上がったアムレットだけれどそこに彼は居なかった。代わりに居たのが前作人気キャラ、アーサーだ。
『彼はもうここには居ません』
そう言って、佇んでいたアーサーがアムレットに告げる。
最終的には他の場所で攻略対象者に無事会えて……、なのだけれど。まだそこから詳しくは思い出せない。
大体、どうしてそこにアーサーが居たのかも謎だ。ティアラに会う為に心配してみにきた第一作目の攻略対象者も出ていたし、潜入していたティアラは別でもそっちの護衛で来ていたのかもしれない。
レオンとかステイルとかセドリックとか、学校創設者であろうジルベール宰相だってアーサーに護衛されていてもあり得ない話じゃない。だって相手はゲーム内の騎士団長だもの。……いや、それでも護衛対象放って何故一人屋上に。
それともゲームではアムレットが気が付いていなかっただけで、部下の騎士達も控えていたとか。いっそ、護衛対象も居たけれどそちらは物陰にでも隠して、自分一人が身代わりになって居る振りをした可能性もある。
アムレットも違う人が居たことにはびっくりしても、それ以上は屋上を探ったりすることもなかった。なんか軽く流れでアーサーと会話していた気もする……そこからが思い出せない。けれど、だからこそのアムレットへあの鼓舞だったのだろう。
というか、どうせなら普通にアムレットとその攻略対象者とのやりとりを思い出したかった。ここまでイベントを思い出しても、やっぱり攻略対象者の名前すら思い出せない。
「……この教室も駄目だったわ。ごめんなさい、戻りましょう」
折角確認したクラスも外れだったことを確認し、セフェクに見つかる前に逃亡する。
階段を降り、二年のクラスがある三階に段差を降り切ったところで私は背後についてくれていたアーサーに振り返る。正直、教室二週目よりも今一番濃厚な手掛かりは私達の一番近くにいるアーサーだ。
「そういえばジャックは、中等部に知り合いとかは大丈夫だった?」
今のところは無さそうだけれども、と前置きながら思い切って尋ねてみる。
もし屋上に居たのが偶然でなく、攻略対象者がアーサーの知り合いとかいう展開だったら既に今の時点でそうである可能性もある。アーサーもご実家は城下だしお母様は小料理屋らしいし、顔は広いと思う。騎士団以外にだって友人や知り合いはいる筈だ。
突然投げられた話題に目を丸くしたアーサーだけど、すぐに思い出すように視線を浮かせてくれた。少しだけ記憶を探るように唸り、それから「ないっすね」とやはり残念ながら予想通りの言葉が返される。
「それこそセフェクくらいです。ダチも所帯持った奴はいても、流石に中等部のガキはいませんし……まぁ店の客とか、その身内もいるかもしれませんけど。俺はそこまで客と顔合わすことないンで」
そういえばアーサーは基本、畑か裏方の手伝いが多かったんだっけ。料理が上手だった時にそんな話を聞いたことがあるなと思い出す。
しかも騎士団に居てからは殆どが騎士団演習場だ。休みの度に家の手伝いに帰ってはいても、やはり畑か裏方が主なのだろう。
「母方の親戚とかは何人か居ますけど、父方はもう城下に殆どいませんし。俺の顔見てわかるような知り合いも、みんな生徒っつーか教師側の年だと思います」
駄目だ第二作目の攻略対象者に教師はいない。
そうよね……、と肩をあからさまに落とさないように意識しながらも、自然と悪くなってしまう。当然だ。今でこそ十四の姿のアーサーだけど、実年齢はこの中で一番年上のお兄さんなのだから。
それがどうかしました?とアーサーだけでなくステイルからも両方に尋ねられるけれど、横に振る。正直、ここは「気になっただけ」としか言えない。
ゲームのアーサーの知り合いと決まったわけでもないし、それに現実ではまだ知り合っていない可能性もある。実際、ファーナム兄弟とレイだってそうだ。本当に折角思い出したのに、手繰るどころか攻略対象者の謎が深まるばかりだ。
「客に親戚とかも来るのか?」
「たまにな。俺はあんま会わねぇけど。居る時に来ても、皿出すか下げる時ぐらいにしか挨拶しねぇよ。親戚の相手とか、母上だけじゃ客に手も回らねぇ時にしか俺も表に出ねぇし」
「?会いたがられないのか。あの噂を知れば、遠縁でも集まってくるだろう」
「あー……まァな。お陰で余計に表に出にくくなった」
思い出したのか、アーサーの顔が若干疲れたような顔になる。
聖騎士の噂。国中とは言わずとも、城下には〝聖騎士アーサー〟の名前は広まっている。アーサーによると、〝アーサー〟はアーサーでも常連の客や母親の親戚にも自分がその聖騎士だとは思われなかったらしい。
別の同名のアーサーだと思って聖騎士の噂を尋ねられ、そしてお母様もアーサーも、騎士団長までそこを敢えて訂正はしなかったと。アーサーが目立つのが好きじゃないのが大きく、ご両親もその意思を尊重してくれている。
ただ、それでも〝聖騎士〟と同じ名前のアーサーという騎士が息子にいる小料理屋。そして騎士団長の妻、という噂が広まって今はお客さんが一定以上の大盛況らしい。
お母様としては噂目的で客が増えるよりも、自分のペースでのんびりお店を回したいらしいけれど。そこで噂のご本人であるアーサーが登場したら噂目的の人が更に絶えなくなるから余計に表で手伝いにくく、居留守をすることも多いと。
畑も最近は人に見つからないように深夜に耕しているというアーサーに、なんだか凄く心配になる。まさか聖騎士の名がこんなところでも影響するとは思わなかった。
「まァ噂目的とか親戚でごった返すのは母上も初めてじゃないンで、わりと冷静ですけど」
流石、騎士団長の妻。
よく考えれば、騎士団長だってもともと騎士として名高い人で、功績も勲章も貰いまくっている上に、王国騎士団の最年少騎士団長なんだからアーサーの聖騎士前から、そういったことは慣れているのだろう。
ただ歳は取ってるから大変そうと続けながら、首の後ろを掻くアーサーは年相応の横顔だった。自慢できる夫と息子に恵まれるのも大変だなと思いながら、やっぱり少し微笑ましくも思えてしまう。きっとお母様もそれを迷惑とは思っていないだろう。
「一度、お母様にも会ってみたいわ」
ッいえ‼︎⁈と、うっかり溢れでた私の願望にアーサーが見事な反射で声を上げた。
やはり母親を見られるというのは恥ずかしいのか、顔を僅かに紅潮させながら断固拒否するアーサーにステイルが横で意地悪く笑っていた。
会うほどの人じゃないですし、とか、それこそ店が逆に客殺到で潰れますとか言いながら王族立ち入り禁止を訴えるアーサーに今回は私もすぐに折れた。
わかったわ、と笑いながら返せば、アーサーは心底安堵したように胸を撫で下ろしながら深い息を吐いた。
会ってみたいのは本音だけれど、やっぱり理由もなしに私の我儘で会えるような人じゃない。ただ、きっと絶対に素敵な人なんだろうなと、会ったことのないお母様への想像だけが膨らんだ。
廊下を歩き、四限目に遅れないようにと教室へと向かう。
次が終われば、残すは下校。城に戻った頃には、ジルベール宰相がきっとライアーの消息を掴み終えてくれているだろう。
そうすれば、残すはレイを連れてライアーへの引き合わせるだけだ。
『奴を見つけ出さない限り俺様はっ………前には、進めないっ……』
……レイの望む、再会になれば良いのだけれど。
そう、未だに捨てきれない希望を残しながら、この後の展開に胸が騒いだ。
どうか、家族のようにまた当たり前に会える関係に戻れればと。それだけを願った。




