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フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
頤使少女とショウシツ

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Ⅱ287.発明家は改める。


「では、三限選択授業を始めます。建物補修は、仕事としてだけでなく将来家を持った時にも必要な技術です。先ずは手順についてですが……」


……すっげー……暇。


三限、一年のとあるクラスの男子選択授業。その講師の話を聞きながら、ネイトは大きく欠伸を零した。

停学処分が開け、今日から再び生徒として復帰した彼はいま初めて自分のクラスの選択授業に参加していた。男子は基本的に選択授業の為、教室を移動する前に場所は決められている。

校庭か、もしくは別教室か。そしてそこで初めて選択授業内容が知らされる為、いつどの科目があたるかもわからない。以前と違い、自分が受けるべき授業がいくつもある今はネイトも安易に外せなかった。

しかし、来てみれば今日の授業は建物などの補修作業。校庭に一度集まった彼らは、幼等部の校舎へと引率されていた。補修作業の実技にあたり、窓から生徒の姿が見えて教室内の生徒の集中力を削いで最も問題ない学年がいる棟である。

〝補修〟という言葉に少しは興味を抱いたネイトだが、聞いてみれば発明とは全く違う話だ。しかも、ある程度の修繕作業なら既に自分は手慣れている。

この前だって家の玄関扉を直したぞと大声で誇示したかったが、それよりも今はどうやってこの授業を上手くさぼれるかを考える。

もう、自分はどの授業からも逃亡すること自体はできないのだから。

課せられた授業こそ、いくつもある科目の中の一部だ。今回の授業もそれには入っていない。しかしもしまた授業から逃亡を繰り返せば、停学になってしまう。そうすれば他の授業も受けられないという状況がネイトには今一番頭の痛い問題だった。


……昼休みも、ジャンヌ達どこ探してもいなかったし。


後で実際に補修作業としてペンキ塗りや壁に亀裂や破損はないかの確認方法をやってみます、と講師に説明されても聞いてる振りのまま頭を素通りしていく。

朝の時間にプライド達と会ったネイトだったが、昼休みは誰も見つからなかった。ジャンヌ達の教室は勿論のこと、学食や以前会った校門前、そしてレイの教室である特別教室までこっそり覗きに行った。だが、どこに行っても目的のジャンヌ達はいない。

レイは居たが、ジャンヌ無しでは一人本を読んでいるだけの彼に関わりたいとはネイトも思わない。学校中を駆け回る中で、職員室か騎士の授業延長をしている筈のカラムまでも見つからない。

まさか彼らがまとまって立ち入り禁止区域の屋上にいるなど思いもしなかったネイトは、発明も手につかないまま学校中を駆け回って昼休みを終えてしまった。


歩きながら持参した食事は食べたが、絶対にジャンヌかカラムに会うと決めていた昼休みは本人にとって不満が残る結果となった。

折角仕返ししてやったのに、と。自分の朝のやらかしを正当化どころか功績のように考えながら、リュックを背負わない軽い背中で最後列から壁に寄り掛かる。他の男子生徒の中でも特に自分は背が低い為、こうしていると講師の顔すら見えなくなる。


頭の隅では今の授業よりも、一限で受けた必須科目が頭に残る。計算はもともと嫌いではないし、暗算もできる。ただし、足し引き以外の計算に興味もなかった。今まで使わなくても生きてこれた。

結果、それ以外の計算方法なんてわけがわからない。

今まで逃げ回っていた教師相手に尋ねるのも気が引け、授業が終わった後もノートを睨み続ける結果になった。既に自分がさぼり続けている間に、自分以外の生徒は網羅とは言わずとも掛け算と割り算がどんなものかは理解していた。

この前まで自分より馬鹿だと信じて疑わなかった相手に二歩も三歩も置いて行かれるのは流石のネイトも悔しさを覚えた。事実、入学直後はネイトよりも学力の低い生徒も多かったのだから。


……手伝うって言ったくせに。


そんなことを考えれば、朝にプライドが言ってくれた言葉を思い出す。

遅れを取り戻すのも手伝う。時間は限られちゃうけれど、とそう言ってくれたのが冗談や社交辞令でないことはネイトもわかっている。だからこそ今日だと約束しなくても、昼休みにはすんなり会えてすんなり頼めると思っていた。だが、よくよく考えれば彼女との知り合いは自分だけじゃないのだと今更ながら思い知る。


ジャックとフィリップ、カラムは当然ながらパウエルや男子寮の作業部屋を貸してくれた生徒に、授業サボり後にも会ったことのある凶悪な顔の高等部生徒。まさか居るとは思わなかった女友達も確認され、そして今朝出会ったレイという貴族。そして隣国の王族まで彼女の知り合いである。

なら今日も自分の知らない友達と一緒に居たのかなと思えば、ほんの少しだがつまらないと思う。ジャンヌに友達や知り合いがいることは不思議じゃないのに、何故か納得いかない。

あんな女子に人気がありそうな二人と知り合いならと、女友達は皆無が当然とすら思っていた。ジャンヌに対し、男にモテる女という印象がネイトには強い。

そういう奴は女には好かれないんだ、と彼自身自分の母親の武勇伝を馴染みの医者からも聞いている。母親の場合は顔が良いが若い頃は男まさりだった為、女子にむしろ人気だったもんだといいことも。


ジャンヌがわざと男性を何人も侍らせているとまではネイトも思わない。

今朝のレイはフラれた一人だと本気で思うが、ジャンヌは所詮は庶民でしかない。そして彼女がはべらすような人間でないことも今はわかっている。むしろ顔がいくら美人でもあんなヤツをどうして特別教室の貴族が狙ったのかとすら疑問に思



おおおおォオぉぉおおおおおおぉおおおおおッ⁈‼︎



突然の太い悲鳴に、ネイトの思考が途中で止まった。

背の低い彼には、顔を上げても一方向に目を剥く男子の背中しか見えない。彼らの向く方向に自分も顔を向けるが、やはり男子生徒の影でよく見えない。

色とりどりのその声は興奮にも驚愕にも取れる反応だった。まだクラスに友人と呼べる相手もいないネイトには尋ねるどころか、首を捻ることしかできない。

授業が中断したように教師まで、生徒達へ横顔を向けていた。次の瞬間にはその顔も見上げられず、頭を生徒達の影に埋まるほど深く下げたのだろうということだけわかった。


すげぇ、マジかよ、本物かと最前列方向の生徒が口々に唱え、中には凄まじい勢いで顔を紅潮させ、後ずさる。

彼らの向く方向は校門。そういえばここに引率された時には既に守衛の騎士以外にも教師が数人佇んでいた気がするなと思い出す。

なら誰か偉い奴が来たのかと、またレイのような貴族かとも考えながらネイトも興味を向ける。人混みの列から横に逸れて離脱し、一人だけ飛び出す形で覗き見れば


「以前も確かこちらの校舎で授業をされていましたよね……?ペンキ塗りの授業、でしょうか」

「いや、建物補修じゃないかな。自分の家を直すのにも役立つし、災害時には持っていて損のない技能だよ」


うっかり案内する側の王女が疑問を零し、案内役の教師が答える前に正答を放った王子の姿がそこにはあった。

ちょうど自分達の並ぶ列へ足を止めていた王族二人に、ネイトはうっかり抑えることもせず「うえ⁈」と声を張り上げた。

まるで夢で出会った相手が目の前に出てきたかのような感覚に、現実感がなかった。むしろこれは夢か幻なんじゃないかと本気で思う。

ネイトの素っ頓狂な声は、他の生徒の歓声から一際色が違い際立った。失礼過ぎる声に案内役の教師も目を剥き、講師も「こら!無礼だぞ!」と注意を掛けては代わりに王族へ謝罪する。その間もネイトはただただ目を見張り、棒立ちで佇んだ。

ネイトの叫びに、当然気がついたレオンとティアラも目を向ける。きょとんと金色の目を大きくするティアラに対し、レオンは嬉しい誤算とばかりに滑らかな笑みを彼に向けて優雅に手を振った。


「やあネイト。こんなところで会えるなんて嬉しいよ。今日は君の授業姿も見に行こうと思っていたからね」

「!この子がっ……ええと、レオン王子が仰っていた〝ネイト〟なのですねっ」

レオンの言葉に周囲の教師生徒も騒然とする中、ティアラも跳ね上がる。

姉兄達が話題にしていたネイトにここで会えるなんてと嬉しくて目をきらきらとさせてしまう。レオンが肯定の言葉を一声かければ、彼と並んで早足にティアラはネイトへと歩み寄った。

レオン一人でも驚愕だというのに、更にもう一人初めて見る王女が自分を視界に捉えたことにネイトは立ちすくむ。あ、う……と声しか出ないまま、他の男子生徒と同じように顔が熱くなる。


「始めましてっ。レオン王子から伺っています。私、ティアラ・ロイヤル・アイビーと申します。この国の第二王女をさせて頂いています。実際にお会いできて、とても嬉しいです」

鈴の音のような軽やかさで明るく笑うティアラにネイトの息が止まる。

きらきらと金色のウェーブがかった髪が太陽を浴びて光り輝く光景が現実感を更に遠ざけていく。女性らしい可愛らしさと気品もさることながら、ネイトにとっては大人の女性であるティアラへ緊張するなという方が無理な話だった。

何故よりにもよって問題児のネイトが王族と知り合いなのか、王族に慕われているのか周囲の教師生徒は驚愕を隠せない。騒つく余裕もなく、唖然とする中でネイトも声が出なかった。

本物だった、本物だった、本物の王子だったと。その言葉だけが頭に繰り返し響く。


「我が国の民がレオン王子と仲良くなって下さるのはとても嬉しいです。身体にだけは気を付けて、学校生活も是非楽しんで下さいね」

はい、の言葉も出ず唇を結んだネイトはコクコクと頷いた。

敢えて自分の特殊能力やレオンとの関係について具体的には言わない目の前の王女が、にっこりと笑むだけで陽だまりのような温かさが胸に灯る。

まるで遠い昔のように、以前に馴染みの医者が自分の母親が若い頃に大勢の男を狂わせたと語っていた片鱗を理解してしまう。目の前の美女にそれくらい何も考えられない。

借りてきた猫のようになるネイトに、ティアラはそっと小さな手を両手で包んだ。握手をするような動作に流石のネイトも肩が上がる。

ぎょろっと目が溢れそうなほど丸く見返すが、ティアラとレオンは変わらない笑みだ。


「レオン王子とこれからも仲良くして下さいねっ」

そう言って、ぎゅっと最後にネイトの右手を包んだまま握り締めたティアラはやっと彼から一歩引いた。

天使のようなティアラが遠退く光景に結んでいた口がポカリと開きかければ、入れ替わるようにもう一人の現実が自分の前に立った。


「良かったよ。ちゃんと君が授業を受けてくれていて。またこうして時々見に来るよ。君が頑張っている姿もね」

にこっ、と子どもに向ける優しいレオンの笑みすら今は心臓に優しい。

ティアラよりは同性のレオンの方が王族として関わるのに遥かにマシだとネイトは思う。何故自分一人がこんなに注目を浴びているのかと頭だけが妙に回る中、返事のないネイトへやはり気にしないようにレオンは言葉を続ける。


「もしどんな授業であれ、手を抜くようなことがあったら。……取引相手として信頼に足るかも難しいからね」

最後の一言だけ潜められる。

急に周囲の温度も下げるようなレオンの声に、思わずネイトは寒気を覚えた。脅されたというよりも、ただシンプルに王子から〝釘を刺された〟事実が充分にネイトの喉を干上がらせた。

良かったこの授業もサボらなくて‼︎と頭の中だけで叫びながら、停学処分の事実さえなければきっと今の自分の状況は全く違ったことを自覚する。実際、今の授業だって真面目に受ける気はなかったのだから。

そんな顔色を変えたネイトにレオンは滑らかな笑みのみを崩さない。むしろネイトのその反応も想定の範囲内だった。

ポンと彼の肩に手を置き、身長も合わせて腰を曲げながら更にネイトへ顔を近付ける。至近距離で見れば男のネイトの目から見ても女性かと疑いたくなる整った顔だ。その顔で男性らしい低めた声が、彼へと注がれる。


「今日、早速フリージア王国の城で〝手続き〟を頼んでくるよ。良い結果を期待しててくれ」


ピクッ!と大きく小さな肩が上下する。

見開かれた目で自分からレオンと目を合わせたネイトは、息も止めて意味を理解する。

発明を国外輸出するための手続きと許可。ジャンヌからも説明されたそれを、彼もまだ表面上しか理解していない。

しかし、今の自分では方法すらわからないそれが法に則っての商いに必要不可欠で、そして子どもで無知な自分の代わりに王子が担ってくれていることは理解している。

ありがとうございます……、と口を動かしたが殆ど掠れて声にならなかった。それでもぺこりと頭を下げるネイトに、昨晩の勢いが嘘のようだとレオンは微笑ましく思う。


「じゃあ僕らはこれで失礼するよ。今日は幸いにも理事長とお茶ができそうだからね」

「授業中失礼しましたっ。皆さん、授業頑張って下さいね!」

佇み続ける教師をこれ以上待たせないように、ととうとうレオン達も歩き去る。

軽やかに頭の横で手を振り、最後にネイトのクラスメイトから講師全体に視線を投げた王族二人は並ぶ姿さえ絵になった。教師の案内の元、進む姿すら威厳に包まれ誰もが自分達とは別世界の人間だと思い知る。

遠くなっていく後ろ姿が視界に捉えられなくなるまで、講師すら何もいえなかった。一際背の低い問題児が何故王族とという疑問と、前回は通り過ぎてしまった第二王女が立ち止まったことでその目に間近で彼女を見ることができてしまった衝撃が大きい。


講師よりも一手早く正気に戻れたネイトは、一瞬だけ思い出したようにフラついた。

昨日の今日で起こったことの現実が頭の中で反響する。本当に自分の発明が売れる、そしてあの大金が手に入ると思えばいま目の前の面倒な授業も頑張ってやろうかなと小さく思う。そして



……伯父さんより、絶対裏切っちゃ駄目な人だよな……。



自分の、人生最大の機会。ジャンヌが紹介してくれた、庶民の自分に手を差し伸べてくれた人。

これから不定期に現れるであろう第一王子に幻滅されたくない。またいつ視察の目が来ても、問題無いようにしようと。

考えを改めたネイトは、今度こそ今からでもと目の前の実習説明に真剣に耳を傾ける。

伯父から逃げる為だけだった学校が、一番緊張感のある場所になったことが妙な気分だと思う。だが今はレオンからの信用を失うことが一番怖い。ただし



……がんばろ。



〝支配〟ではなく〝期待〟によるそれは、ネイトにとって逃げ出したい怖さではなかった。


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