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フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
頤使少女とショウシツ

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そして追い出す。


「ジャンヌはまたそいつとデートするの?」

「デートじゃない」


ディオスからのまさか発言にびっくりするのも束の間、折角大人しくなっていたレイがまたディオスに顔ごと目線を上げた。

さっきのような鋭い眼差しではなく、ただただ腹が立ったと言わんばかりの反応だ。隣に並んでいたクロイが「ちょっと!」と慌ててディオスを怒るけど、もうレイと兄の目が合ってしまった後だった。


「だってジャンヌと今遊ぶ約束してだだろ、それってまだジャンヌの恋人気取りってことじゃんか」

「ばかディオス。それ言ったら僕らも……」

「ハッ。ガキはすぐ色事に関連付けやがる。俺様が呼び出したんだからこいつの方から足を運ぶのは当然だ」

「だからそれってデートだろ」

「色ボケはもう少し考えてから発言しろガキ」

「ジャンヌに振られたクセに」

「ッ振られていない‼︎」

第二戦目……。

断言できる。いま確実にレイは昨日の自分の失言を後悔している。

もともとはディオスを怒らせる為の軽い気持ちの嫌がらせが、まるっと自分に返ってきてしまっている。しかもネイトに続き今度はからかう筈だったディオスにまで〝振られた〟という不名誉を着せられている。流石にこれには彼も性格上黙っていられないだろう。

怒り出した貴族相手に、クロイがディオスを止めようと肩を掴む。


「ディオス。さっきのジャンヌの話忘れたの?この人はまだ振られたとかじゃなくて、単にジャンヌを」

「おい待て同じ顔。〝まだ〟とはなんだ〝まだ〟とは。俺様がコイツに振られるなんてことは一生涯あり得ない」

「!やっぱりじゃあ諦めてないんだ‼︎」

「お前らの脳は蜂の巣か‼︎‼︎」

クロイに指摘したと思えば、またディオスに追撃される。

声を荒げるレイにクロイの肩が揺れた。まさかディオスだけじゃなく自分まで怒鳴られることになるとは思わなかったのだろう。けれど、既にもう物怖じしなくなったディオスの方は全く動じない。

むしろレイからの頭空っぽ発言に「なんだと⁈」と怒る余裕すらある。


「だってそうじゃんか!昨日はジャンヌを無理やり口説いて今日もジャンヌと約束なんかして!貴族なら女の子を自分で迎えに行くぐらいしろよこの格好つけ!まだ恋人どころか友達でもないくせに‼︎」

「こんな女、頼まれても恋人なんざ願い下げだ。それにこいつをどう扱おうが俺様の勝手だ」

「振られたくせに‼︎」

「ッ振られてないといっているだろうが‼︎‼︎」

ディオスがちゃっかりとレイが一番怒る台詞を繰り返す。

怒り方は子どもっぽいけど、流石はクロイと兄弟喧嘩に慣れているだけあるなと呑気に思ってしまう。レイもレイで、折角ディオスを昨日みたいに見下そうにも不名誉極まりないその台詞だけは聞き流せていない。

とうとう怒りすぎて席から立ち上がったレイがディオスの眼前に近づく。年齢の差もあってディオスより背が高いレイだけど、前のめりの体勢で顔をしっかりと近づけた。

クロイが授業に遅れるよとディオスを回収しようにも、全く本人はそこから引こうとしない。


「双子揃って口の聞き方も知らねぇか。これだから庶民のガキは」

「振られ男に言葉なんか改まるもんか!庶民だからって馬鹿にするなこの」

「レイ・カレンだ。二度とその呼び名で俺様を呼ぶなよ庶民」

「ディ・オ・ス・だ‼︎お前こそ名前くらい覚えろ馬鹿‼︎」

グルルルルッとまるで犬同士の喧騒のように一歩も引かない中、ディオスがちゃんと間違われないようにと自分の星飾りがついたヘアピンを指差して怒鳴る。

敢えて弟のクロイが喧嘩を売ったと間違われないように示すのが流石お兄ちゃんだ。

若葉色の瞳と瑠璃色の瞳がぶつかり合う様子にアムレットだけでなくクラス全体が騒然とする、けれど……今回レイから黒い炎は放たれない。

じっと睨み合いを続ける中、ディオスが歯を向いたまま徐にレイの仮面に触れた。顔の左半分を隠す芸術的な仮面の顎部分を指先で摘むように触れる。


「貴族だからってこんな格好つけの仮面までして!学校でくらい外せこの格好つけ!」

「……なら外してやろうか?」

ニヤリ、とそこでレイが笑んだ。

アムレットも傍に立っている中、ゲームとは全く違う相手とシチュエーションで驚くべき言葉が放たれる。……いや、まさかよね?本当にここでそんな。

笑まれた理由がわからないディオスが眉をぴくりと動かすと、今度はレイの方が手を伸ばしてきた。至近距離にあるディオスの頭を固定するように上から鷲掴めば、ディオスも驚いて肩を上下した。

クロイが慌てて庇うようにディオスの肩を掴み兄を引き剥がそうとする。私もまずいと一言止めようと前に出たけれど、先にレイ自ら仮面を外す方が早かった。

摘むディオスの指先ごと下から引っ掛けるようにして持ち上げる。露わになったのは、焼け爛れた人体模型のような肌と涙袋も瞼もない丸い眼球だ。



瞬間。当然ながら教室中に悲鳴が上がる。




きゃあああああああああああ‼︎と、ディオス達以外は女子しかいない教室で甲高い声が響き渡った。

アムレットも口を両手で塞いで目を見開き、ディオスとクロイもこれには叫んだ。整っていたレイの顔半分が面影も残さず焼け爛れていたら驚くのは当然だ。

うあああああああ⁈と二人が全く同じ声で二重に叫ぶ中、ちゃっかり顔を鷲津掴みで固定されていたディオスは嫌でも間近にそのグロテスクな顔を見なければならなくなった。

驚きのあまり、目を丸くして逸らすこともできなくなったディオスは特に悲鳴が凄まじい。あまりのディオスの反応に私も慌てて駆け込みレイとの間に入る。ディオスを鷲掴む手を払い落とし、目を逸せないディオスの顔ごと隠させるように抱き締める。既に若干涙目だ。それに対し、レイは「ハハハハッ‼︎」と上機嫌で爆笑だった。


「ちょっと‼︎手ぐらい離してあげなさい‼︎」

「俺様の仮面に文句を言ったのはこいつだ。ならよく見せてやるべきじゃねぇか」

「口で言いなさい口で‼︎‼︎一般人は大怪我なんて見慣れていないんだから‼︎」

釘付けになった視界が塞がったことで肩で息をするディオスを落ち着けるべく髪を撫でる。

すぐ背後にいたクロイもふらついていたけれど、こちらは自分であとずさって距離をとれた分か、もともとディオスよりは耐性があったのか口が塞がらない程度で止まっている。アムレットも硬直はしているけれど、顔色が悪いくらいだ。他の女子のように悲鳴を上げず、ゲームと同じように息を飲んで目が釘付けになっていた。


まさか本当にレイがこんな簡単に仮面を外すとは思わなかった。しかもアムレットとの二人きりですらなく、大勢の目の前だ。相当ディオスにまで舐められたのが我慢ならなかったのか、それとも……。

ディオスを抱き締めたまま首だけでレイに振り返り怒鳴る私に、仮面に隠されていない顔が両側とも楽しげに笑んだ。失礼ながら夜だったら夢に出るレベルの完全ホラーだ。


「お前には全く驚かれなかったからな。やっぱりこれが普通か」

「貴方は顔よりその捻くれた中身の方が断然問題です‼︎‼︎」

そう言い返した途端、ハハハハハハッ‼︎となにがおかしいのか今度はお腹を抱えて笑い出した。

それに比べディオスの方はかなり怖かったのだろう、えぐえぐと喉を鳴らし出した。レイもこの子をガキ扱いするのならこういうところもちゃんと気遣ってあげて欲しい。

大丈夫、大丈夫よと白髪の頭を撫でるのを繰り返す。そっと囁きかけ続けば、私の背中に手を回してきた。ぎゅぅぅと私を抱き締め返してくれるディオスが本当にかわいそうになる。


「ごめんなさいねディオス、もうちょっと早く止められれば良かったのに……」

「ディオス。ちょっとくっつき過ぎ。ッああもう遅刻するから帰るよ」

宥める最中、先に気を取り直したクロイがディオスの肩を引っ張った。

私から剥がされて顔を上げるディオスは、やっぱり若葉色の目が赤かった。次の瞬間には私の背中から弟のクロイの腕へと、むぎゅううっと力一杯しがみついた。また泣き顔を隠す為か、それともレイを見ない為かクロイの細い腕に目を擦り付ける。

プルプル震える兄に「も〜」と、ちょっと鬱陶しそうな声を漏らすクロイは、ディオスの分も筆記用具をもう片方の手で纏めて持つとそのまま兄を引きずるようにして扉へ足を動かした。まるで最初から平気だったように振る舞っているけれど、レイからは目も合わせれないように顔ごと逸らしている。

アムレットが大丈夫?と心配して声をかける中、私もその背中を追う。「クロイもごめんなさい」と手を伸ばすけれど、「良いから」と一言で断られた。


「貴族相手にこれぐらいで済んだだけマシ。ジャンヌもこれ以上関わるつもりなら気をつけなよ」

笑っているレイに聞かれないよう早口の抑えた声で言うクロイは、そう言って今度こそディオスを引きずり教室を出て行った。

ディオスはまだ顔を上げる余裕がないのか、そのままクロイの腕にしがみ付いたままだった。折角昨日のことで謝れたのに、また謝ることが増えてしまった。


「レイも!いつまで笑っているの‼︎貴方もさっさと教室に戻らないと遅刻になりますよ⁈」

ファーナム兄弟が去った後も上機嫌だったレイに、今度は私から歩み寄る。

少し大股になりながら手を伸ばしレイが手に持つ仮面を没収する。そのままさっさと隠せと無理やり顔へと嵌め込んだ。もう女子の悲鳴は止んだけれど、皆が怯える限りずっとこの人も調子に乗る。

私に仮面を押し当てられて、目を丸くしたレイはずり落ちる前にと自分でそのまま仮面を固定し直した。

教師が来る前にと、私は背中を押してレイを教室から追い出す。


「彼について話せることは以上です‼︎放課後になれば会えるんだから大人しくしていて下さい‼︎」

「俺様が何をした?別に仮面を外しただけで勝手に怯えたのはあいつらの方だ」

そりゃそうだけれども‼︎‼︎

人の怪我をみて必要以上に怯えるのは相手を傷つける行為だし、失礼にあたるのは私だってわかっている。けれど、あれだけ大爆笑した彼にそれを言う資格はない。


「相手の嫌がることをしても嫌われるだけです‼︎その内ディオスから相手にもして貰えなくなりますよ‼︎」

「面白い。あの野犬がお前と俺様が傍にいるのを見てどれだけ「待て」ができるか見ものだな」

もう‼︎と最後に突き飛ばすようにして彼を教室から追い出した。

小学生に言うような説教文句も全く響かないレイへ、締め出すように扉を閉じる。もう教師が来てもおかしくない時間なのに、閉めた後の廊下からは「ハハハッ……」とレイの笑い声がゆっくりと遠のいていった。まぁ彼は遅刻くらいしても気にしないのだろうけれど。余程ディオスに一矢報いれたのが嬉しかったのだろう。

それから私が元の席に重い足でたどり着けば、同時に再び扉が開いた。講師の先生が授業を始めると着席を呼び掛ければ、鎮まりきった教室に女子生徒の足音と椅子を引く音だけが重なる。

二日連続で教室を騒然とさせてしまったことに肩身の狭さを感じつつ、私も席に着いた。そして考える。


……本当に、まさか仮面まで外すなんて。


ハァァ、と溜息が自然と溢れてしまう。

突然仮面を外したレイ。ディオスにまで舐められたのが我慢ならなかったのか、それともと考えれば机に突っ伏したくなる。

彼はゲームでも仮面は外す。ただしレイルートに入ったアムレットの前でだけだ。そしてそれは彼女を脅す為ではなく、彼にとっての〝テスト〟だ。自分の顔を見ても逃げないか、受け入れてくれるかというテスト。結果アムレットは怯えこそしたけれど、すぐに彼の心の傷ごとその姿を受け入れた。……つまり、ディオスはそのテストを受けるだけに値したとも考えられる。気に入った相手ほど苛めたがるレイにとっては。

いや、別にゲームのレイと現実のレイは別だしゲームの三年も前だ。それに屋敷では私達にも仮面を外して見せたし、今の彼にはそれほど特別な意味なんてないのかもしれない。ライアーに会えるとわかってもう他人の目が気にならなくなった可能性も大いにある。


ただ間違いなく彼の顔の火傷はそれ自体が心の傷で、トラウマそのものだ。他人にどう思われても良いと傍若無人で俺様な彼が、それでもあの顔は隠し続けていた。

私達に見せてくれたのは、テストだけでなく単にライアーを見つけられなかったら同じ顔にしてやるぞという脅迫の意図も強かったのだろうけれど、今回は違う。驚かせたかったのは確実だけど、お決まりの「この顔と同じにしてやろうか」とは一言も言わなかった。それはつまり自分の素顔を知っても相手がどう出るか、知りたかったという証。

そして私はよくわかっている。ディオスは一度くらいの逆境でへこたれるようなお兄ちゃんじゃないということを。


……知らず知らずのうちに、レイの内側に片足一本以上入り込んじゃっているディオスの今後が、なんだかとてつもなく心配に思えた。


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