答え、
「誰がそんな女に色気付くか。噂一つに左右されるなどこれだから庶民は」
クロイも本人に聞かれるのは想定外だったせいで、顔色も若干悪くなった。
そのままクロイはやつ当たるように私の方へ振り向くと無言で眉を釣り上げて睨んだ。……しまった。誤解を解くのに急がしくて今日もレイが現れると言っていなかった。
「なんでまた来てるんだよ!!聞いたぞ!何が恋人だよ!この大嘘つき‼︎」
「なんだこっちか。……ほんの冗談を本気にした馬鹿が悪い。俺様がこんなのを相手にしねぇことくらい考えなくてもわかるだろ」
自分のことを話していたクロイではない方の片割れが牙を剥いてきたことに、レイが意外そうな声を一度出す。多分自分の悪口を話してたのもいつものディオスの方だと思ってたのだろう。クロイも後ろ姿と声は一緒だもの。
ニヤリと意地悪な顔で馬鹿にするようにディオスを見ると、わざとらしく二人の間を割るようにして押しのけた。私の前に立つと、早速手近な椅子を手にかけて腰を下ろ、……す前に一度だけ確認するように振り返った。ネイトに転ばされたのは意外と後を引いているらしい。やっぱり実は恥ずかしかったのだろうか。
レイから早速の悪口にディオスが目を吊り上げるけど、クロイが口ごと取り押さえた。アムレットが「勉強しましょ!」とディオスの腕を引く中、本人はモガモガと何やらまた文句を怒鳴っている。その間もレイはわざとらしくディオスを無視して私に「お前も座れ」と命令してきた。
さっきも結局ライアーのことを話せなかったし、ここは素直に従う。いつもの席に座りながら、身体ごとレイに向け直せば彼は既に足を組んでいた。視界の横では、状況を察してくれたアムレットとファーナム兄弟がいつものように机を囲ってノートを広げている。絶対レイよりも三人の方が大人だ。
「話せ。奴をどうやって見つけた?どういった経緯で奴はあの騎士と知り合った。今どうしてる」
……ほんっとに。どこまでも俺様な姿勢を崩さない子だ。
それでも、昨日みたいにディオスを弄ってからかうこともなければ、さっきのネイトについて居場所を探ることも私に苦情を言うこともないところを考えると、本当にライアーのことが気になってたまらないのかもしれない。早速本題に入るレイに、一度息を吐きながら肩を落とした私は今度こそ問いに答える。
「……彼は、つい最近騎士に捕まったらしいです。罪状は知りません。けれど、その時に彼を捕まえたのが偶然アランさんだったので、人相書きを見せたらすぐにわかってくれました」
あくまで、言える部分だけ。
アラン隊長とも打ち合わせ済みだ。今はまだ穴を埋める形でも十分だろう。
流石に今この場で〝奪還戦〟の言葉を出すのは難しい。貴族としてだけでなく、言動だけでも教室中の注目を浴びてしまっているレイにその単語も安易に出せない。何より、……ここでライアーが本当に奴隷被害者になっていたなんて知ったらショックを受けるのはわかっている。
言う必要のないことは、私の口から悪戯にするべきじゃない。ただでさえ、レイがくれたあの資料にも〝奴隷売買リストを探したが入手できず〟の記録があったのだから。
つまりは、彼もある程度想像もついていれば恐れていた展開でもある。
ただでさえ、ライアーとの再会がこれからどう転ぶかわからない、寧ろ喜ばしくない展開の可能性の方が大きいのに安易に言えない。昨日だってアラン隊長から聞いて落ち込むこともあったみたいだし、あくまで知る必要最低限に留めておきたい。一番良いのはライアーの口からそれが語られることだろう。
「今は判決を受けた上での監視下らしいから、所もわかるんですって。貴方の考えた通り、ちゃんとこの城下にいたわ」
実際は監視下じゃなくて保護観察中だけれども。
居所がわかるのも、騎士であるアラン隊長ではなくて宰相であるジルベール宰相の特権と言って良い。こっそり調べようとすれば、ジルベール宰相の職場である執務室に出入り可能のステイルやティアラにもできるのだろうけれど、やっぱり全ての裁判記録の資料場所を把握し資料も伝手もあるジルベール宰相が最強だ。騎士ではきっと調べられるのもできて彼の裁判結果くらいといったところだろう。
私が説明し始めた途端、唇を結んで大人しく耳を傾けるレイは真剣そのものだった。〝判決も〟というところで、一瞬顔を険しくさせた彼はそのあともずっとそのままだ。
すぐに判決結果が何なのかと尋ねられたけれど、これも今は知らぬ存ぜぬを通させてもらう。するとレイは落ち着かないように机に置いた手が指先をトントンとノックし始めた。最終的にはパチン!と自分の顔前で手を叩き、そのまま両手で髪を背後へ流し直した。
「まさかあの騎士が奴を。……よくも」
「法に則っての行いです。それにお陰でこうしてすぐに見つけることもできたでしょう?」
恨みの矛先がとうとうアラン隊長にまで向こうとするのを即刻止める。
また逆恨みでもされたら堪ったものじゃない。あくまでアラン隊長は騎士として任務を全うしてくれただけだ。しかも、殺されてもおかしくなかった戦状況でちゃんと生きて保護されたのはアラン隊長のお陰といっても良い。……まぁ今回に限っては一概にライアーが悪いとも言えないけれども。
「えっ!じゃあそいつって罪人じゃんか!」
不意に私とレイの間に驚いたような声が割って入る。
あまりにも歯に絹着せない言葉に肩が上下しながら振り向けば、ディオスだ。ペンを握ったまま、どうやら私達の話も聞いていたらしい。しかも、彼だけではない。クロイもアムレットも顔だけ机に向けたまま目は真っ直ぐとこちらに向いていた。
「なんだと……⁈」
ディオスの台詞に、今度はレイの殺気だった声が漏れる。
振り向くより先にボワッと急に熱気を感じたと思えば、床にまた黒い炎が小さく生じた。
気付いていない様子でディオスを睨む張本人をよそに、慌てて大火事になる前にと私は足を伸ばす。これくらいの火なら踏んで消化できる筈と思ったら、足が届くより先にふわりと一瞬不自然な風が眼前に吹いた。
横ではなく真上から何かが落ちてきた時のような風圧に私の前髪が上がる。これは、と思った時には一瞬で火も消えていた。……どうやら今回はナイフではなく、ちゃんと消火だけに努めてくれたらしい。
姿が見えないけれど、心の中で感謝しながら改めてレイを見る。ギラギラと瑠璃色の瞳を光らせるレイがちょうど「もう一度言ってみろ」とお気に入りの筈のディオスに凄んだところだった。
「お前が奴について知ったような口を聞くんじゃねぇ。今度ほざいたら一生消えない痕を残すと思え」
「……っ。今朝は下級層や裏稼業はとか言ったのに、どうしてその人のことは庇うんですか?」
「ちょっとアムレット。君までディオスに感化されないで」
声を低めるレイにディオスが口を噤めば、今度はまさかのアムレットまで続いた。
貴族相手に話しかける彼女にクロイが声を潜めて止めに入る。まさか既に一限前にもアムレットがレイに異議を唱えたとは思わないだろう。
今はまた言葉こそ整え直した彼女の声は、少し恐々した様子だ。私もレイがまた怒り出さないかと胸を両手で押さえつけながら見守る。よってはまたアムレットを無視するかなとも思ったけれど、そんなこともなかった。
「奴が捕まったことは驚かない。が、あんな屑共なんかと一緒にするんじゃねぇ」
はっきりと彼らに顔だけでなく身体ごと向けて言い切るレイは、また発火しそうな勢いだった。
本当にこの子へライアーの下手な話題は禁句だ。自分に言い返してくる程度ならまだ耐えられる部分も、ライアーが絡むとすぐに我慢が効かなくなる。
だからこそゲームでもラスボスからの横暴な態度には耐えられても、騙されたと知った瞬間殺意に変わったのだろう。
怒りを露わにするレイに、今度はアムレットも唇を結んだ。けれどまだ言いたいことがあるようにぎゅっと眼差しは強いままだ。
クロイに肘で突かれたディオスが「ごめん……」と、どういう相手であれ悪口を言ったことを謝罪した。するとやっとレイも睨みを収める。
足だけでなく腕も組み、再び私へ視線を合わせた彼に、こちらからも窘めるべく言葉を掛ける。
「レイ。貴方にどんな事情があるかは詮索はしませんが、それも知らないのにを理解するなんて無理に決まっているでしょう。これ以上脱線するのなら放課後の約束もできなくなるわよ」
私はゲームの設定である程度知っているけれど、アムレット達は何も知らない。
そんな中で、一般論を投げられてディオス一人に怒るのは不条理だ。第一、レイ自身が自分の過去も事情も話したがらないのだから。
最後に彼が言い返してくるより先に放課後の約束を掲げてみせれば、開こうとした唇が途中で閉ざされた。言葉を飲み込むように一拍置き、それからまた開く。
「……今日の放課後、俺様の屋敷に来い。情報を得次第すぐにだ。いいな?」
「ええ、わかったわ」
一度城に帰り、ジルベール宰相から調査結果を聞き次第すぐにレイと合流。それからライアーを探しに行けば、暗くなる前には間に合う筈だ。
具体的に約束を決められたら少しは気も落ち着いたのか、再びライアーについての質問を重ねてくる彼に、私も答えられる範囲で返していった。昨晩もがっつりアラン隊長に聞いた筈なのにそれでもレイには足りないらしい。
昨日のように大きな諍いもなく、レイも重ねるごとに熱を引いていく。流石にライアーの今の姿や様子については私も会ったことはないからわからないけれど、少なくとも五体満足であることだけは肯定する。それ以上はまだ保証できない。
予鈴の鐘が鳴り、昨日よりは少し勉強会を捗らせることができたアムレットとファーナム兄弟達がペンを下ろす。席から立ち上がるのを視界の横で確認しながら、これ以上レイが余計なことをしないようにと私は彼と質疑応答を続けた。
教室を去るべく私達の横を抜けようとするところで、ディオスが一度立ち止まる。
「ジャンヌはまたそいつとデートするの?」
「デートじゃない」
デートじゃないわ、と。レイと声がうっかり重なった。




