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フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
頤使少女とショウシツ

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そして感じ取る。


「へへーんだ!うっせぇばーーーかっ!」


まさかのネイトがここで第一撃を喰らわせるとは思わなかった。

しかも、レイにあそこまで注視していた筈なのに全くネイトが背後に回ったことにも気づけなかった。多分止めに入らなかったステイルやアーサーも同様だろう。流石にレイを椅子ごと転ばせるなんて察せられたら誰でも止めた。

しかし結果としてレイへの奇襲を成功させたネイトは、彼が呆然している間にゴーグルを外し、目の下を指で引っ張ってまた舌を出した。


「王族でもねぇくせに偉そうにすんな!お前なんか騎士にもジャックにも勝てねぇヒョロ弱のくせに!だっせぇ仮面被って格好つけてるくせに!このキザ男!貴族は特別教室帰ればーーーーか!」

「ッなにを⁈」

おおおおおぉぉぉぉ……そういえばこの子もこの子だった!

物理的攻撃と悪口まで浴びせられたレイがとうとう怒りだす。

仰向け状態から横に転がり起き上がったレイが、真っ直ぐとネイトに歯を剥く。それでもへへーんっと変わらないネイトはちょこまかとレイを馬鹿にするように周囲を駆けた。ぐるぐるとさっきまで存在すら気にしなかったネイトをレイが今は血眼に首を動かし追っている。


「俺様に楯突いてただで済むと思うなよ!俺様はジャンヌに用があってきたんだ!有象無象は黙ってろ!」

「うるせーばーか‼︎ジャンヌに振られたくせに‼︎振られた女のところにノコノコくんなばーーーか!」

「なっ⁈」

まさかの汚名をレイが⁈

流石にこの誤解にはレイも言葉を詰まらせた。更には大注目を浴びていたネイトの大声に、周囲の生徒達も少なからずざわめき出す。振られた……?でも確かにと。不穏な声が耳を擦る。

さっきまで彼らの騒ぎ声もどこに吹く風だったレイもギラリと目を尖らせて囁き合う生徒を睨んだ。


「誰がこんな女‼︎俺様の方から願い下」

「恋人のふりして一日でジャンヌに断られてるくせに!恋人ヅラして振られてるとか格好わりー‼︎庶民のジャンヌに振られてるお前の方がだせーよバーカ!」

……どうしよう、若干上手く昨日と今日が噛み合ってる。

ネイトからすれば、さっきまでの私達の会話から適当に汲み取った悪口なんだろうけれど、完全に周囲の生徒は信じ始めた。

昨日レイが私を恋人として口説いて、そして一日で破局したという空気になるつつあある。目の前で噂の色が尾鰭付きで変わっていく様子に思わず肩が上がる。アムレットも突然の事態に目がまん丸で声が出ない様子だ。アーサーも口をあんぐり開けているし、ステイルは……、……笑ってる。

くくくっ……と、肩を震わせながら誰にも見られないように顔を俯かせ笑っていた。昨日と立場が逆転しているレイが面白いのだろう。

流石にこの中傷はレイも許せないらしく、怒りで顔を真っ赤にしたと思えばとうとうまた黒い炎が彼の周囲に灯り出した。

まずい、このままだと本気で学校丸焼け且つネイトが危険だと一気に喉が覚醒する。


「ネイト!それ以上は駄目よ‼︎レイも攻撃しないで‼︎」

慌ててレイへと駆け寄る。

するとさっきまで茫然としていた筈のアーサーが一瞬で私の前に出て、代わりにレイを両腕で捕まえてくれた。更にステイルまで、さっきまで俯かせていた筈の顔を上げて私を止めるように引っ張る。

びっくりして振り返った途端、ステイルがネイトに向けて「ネイト‼︎今は逃げて下さい‼︎」と声を荒げた。その間にもレイがアーサーの拘束を解こうと暴れ出す。黒い火が所々で足元を燃やし出す。


「ッ離せ‼︎今度こそお前も俺様と同じになりたいか⁈」

「ンなことしたら絶ッ対アランさんが居場所教えてくれませんから‼︎‼︎ジャンヌもフィリップもアラン隊長の大事な人なンすからアンタもちょっとは誠意見せて下さい!」

「ならあのクソガキは良いな⁈」

「なわけねぇでしょう⁈ジャンヌの友達っすよ⁉︎っつーかこれ以上能力使ったら騎士の悪口言ったのも全部アランさんに言いますからね⁈」

クソ‼︎と直後にはアーサーの言葉にレイが思い切り悪態ついた。

暴れるのはやめたけれど、彼の感情に比例して黒い炎がじわじわ漏れている。足元だけでなく、彼の周囲を取り巻きそうになったところで「わかったから離れろ!」と肘で突き飛ばすようにレイがアーサーを振り払った。アーサーもちょうど火が掛かりそうなのに気付いたところで、肘が当たる前に飛び退いた。直後にはレイが思い切り焔を踏み潰すように足をダンッと鳴らせば、まるで合図のように火が消えた。

取り敢えず小火騒ぎは避けられたこととアーサーに怪我がないことにほっとすると、ギリギリと歯軋りを零すレイにまた着火剤が投げられた。


「悔しかったらここまで来てみろばーか!」


べーっと、また舌を出したネイトはリュックを背負ったまま窓枠へと足を掛けていた。

まさか二階とはいえ飛び降りる気⁈と彼の両手を見るけど、例の傘は握られていない。思わず喉が干上がる中、ネイトはそのまま躊躇いなく窓の外へと飛び込んだ。見ていた生徒からいくつもの悲鳴が上がる中、アーサーも慌てて追いかけるように窓へ駆け寄る。そのまま下を見下ろす……と思いきや、アーサーの首が下から横へと向きがスライドしていった。

遅れてレイもアーサーに並んで窓を覗き込んだけれど、同じく首の向きが変わっていく。下ではなく、斜め横に。

更には、その方向から「火しか出ない能無し仮面!」とネイトの悪口が大声で放たれた。途端にレイが窓枠に片足を乗せ、声のする方へ指を伸ばすら、


「ッお前こそ〝壁を歩く〟能がねぇ特殊能力の分際でふざけるな‼︎お望みならこの場で炭にっ」

「だァからそれは駄目っつってンじゃねぇっすか‼︎」

今にも手から火を放ちそうなレイにアーサーが凄まじい反射でバシンと叩き、下ろさせる。

「良いからそのまま行け‼︎」と窓の向こうへ怒鳴るアーサーに、駆け寄った私とステイルも窓から顔を出す。レイとアーサーの隣の窓を開け、首を伸ばせばそこには確かにネイトがいた。……壁を、垂直に駆けて。


多分アレも彼の発明だろう。

そういえば授業をさぼっている間、カラム隊長以外には見つかったことすらなかったのだと思い出す。例の鍵もそうだけど、本当に色々逃走手段は確保している。もしかして私達が教室前で彼を待ち伏せしていた時も窓から教室侵入したのだろうか。

授業の始まりと終わりにしか現れないネイトに、今まで一度も教師が彼が現れたのも消えたのも気づかなかったのも、窓から隙を見て逃走していたなら少しは納得できる。寧ろここまで来るとそれだけかも怪しいけれど。

私達がこぞって覗いているのに振り返って気がついた様子のネイトは、大きく手を振ると壁をスキップ混じりに掛けながら再び触れ回るように窓の向こうの教室へと声を張り出した。


「レイがジャンヌに振られたってー‼︎振られたくせに付き纏ってるとかだっせー‼︎」

「このクソガキ今に見てろよ⁈‼︎」

ネイトからの悪評を打ち消すように、レイの怒鳴り声が重なる。

今までの憎悪とは違う純粋な怒りを剥き出しにする彼は、本当にこのまま窓から飛び降りそうな勢いだった。

アーサーが「危ないですって」と取り押さえる中で、レイが翡翠の髪を激しく振り乱す。黒い炎がまた身体を取り巻き始め、余波の熱にアーサーが「あちッ!」と声を漏らした瞬間、レイがハッとなったようにまた窓枠から足を引っ込め振り返る。

服に黒い炎が燃え移ったアーサーが自分で叩いて消そうとすれば、アーサーが触れる直前すっと消えた。多分レイが慌てて火を止めたのだろう。……意図的、というよりも今のはアーサーを怪我させたらアラン隊長の不興を買うと頭も背筋も冷えたからだろう。

一応私からも袖を捲ってアーサーの腕を確認させてもらうけれど、少し赤いだけでギリギリセーフだ。熱したフライパンにちょっと触れたくらいの痕に、うっすら赤くなっている。

慌てて私はリュックから出した水筒でハンカチを湿らせる。そのままアーサーの患部に当てる間も、窓の外からは「貴族のレイがジャンヌに振られたー!」と元気な声だけが響いてくる。


「あのクソガキ……‼︎目上の人間に対してなんだあの態度……‼︎」

ガンッ!と八つ当たりのように倒れた椅子を蹴飛ばすレイは、その後も恨めしげにネイトの逃げていった窓を睨んでいた。

黒い炎に至近距離で炙られた服を冷ますように、自分の防火布製の服を叩いている。それからアーサーの怪我をハンカチ越しに一目確認すると「それは怪我に入らないからな」とまるで決定事項のように私達を睨みつけた。

そして。……とうとう鐘が鳴ってしまえば、ギリッとはっきりと歯を噛み締める音がレイから聞こえた。


「一限後にまた来てやる!その時にこそちゃんと奴について詳しく話せ‼︎一言でも脱線したらどうなるかわかっているな⁉︎」

……どうやら私からの謝罪はどうでも良くなったらしい。

怒りのまま一方的に捲し立てた彼は、最後にもう一度椅子を壁際に蹴飛ばすと早足で教室から去っていった。

昨日のように他の生徒に牽制する余裕もなく、仮面に半分隠された顔を怒りで歪めながら去っていく彼はちょっと年相応に見えた。

昨日以上に嵐のように去っていくレイに教室は完全に鎮まりきる。教師が入ってくるまで、誰もその場から言葉を発しないどころか一歩も動けなかった。


教師の声掛けてやっと時間が動いたように各席に着く中、ステイルが交換してくれた椅子に座り直す。顔を怒りに歪ませ去ったレイを私はぼんやり思い出し、そして思う。



だいぶ能力自制できるようになったなぁと。



本気で怒れば、周囲に黒い炎を取り巻くどころか一人で大火事を巻き起こす彼が。

本気で怒れば、アーサーに押さえられたくらいで止まらず感情のままに黒炎を放出してしまう彼が。……一度も暴走はせず、あの程度で留めたのだから。

ちょっと前ならば、あんな侮辱を受けたらアーサーが取り押さえる暇もなく大火事を起こしてる。屋敷だって実際それで大穴だ。ゲームでも、怒り出せばあっという間に足元どころか全身に黒炎を取り巻いてた子だ。


ライアー効果かレイの早々のちょっぴりした成長と、ゲームではラスボスを通して以外関わり皆無だったレイとネイトへの変な縁を感じながら私は授業へと意識を向け直した。


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