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フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
頤使少女とショウシツ

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Ⅱ280.頤使少女は急ぐ。


あ!の!子!は‼︎‼︎


「ッなにやってンだあいつ⁈プライド様!これ、っつーかアイツ……‼︎」

「〝今の〟を見た者はいるか⁈居ればこの場で名乗り出ろ‼︎‼︎」

ティアラの予知を見た直後、実際の時間ではほんの数秒だけ固まっていたであろう私達は弾かれるように顔を上げた。

本当にあの子なにをやってるの⁈いやわかる!やろうとしたことや思考の行く末はわかるけれども‼︎‼︎全く共感できない‼︎特に最後の言葉は完全に自己満足の正当化だ。


ライアーを追ってることを知る裏稼業達の言葉を聞けば、このままだとレイの探す人間が恩人か宿敵か知らずとも確かにライアーが被害に遭うかもしれない。実際男達は仄かしていたし、そうするつもりだったのだろう。

けど、だからといって自分で撒いた種を焼却処分⁈制限したとはいえ自分が情報を彼らに撒いたのに、今度はその連中を「情報を持ってるから」を理由に皆殺ししようとするなんて‼︎

がっつり殺しちゃう上に、続いて大火事騒ぎ。ただでさえ余罪を控えているレイが、このままだとライアーを見つける前に捕らえないといけなくなる。というかそれ以前にレイをこんなところで人殺しにするわけにはいかない‼︎


しかもあの様子だと他の裏稼業達を全員追い払うどころか自ら始末に回ろうとしている。正直、レイが本気で特殊能力を使えば死体も残さず殺すなんて簡単だ。

泣くティアラを抱き締め、今の予知を見せたのは私達だけか尋ねながらレイのやらかしに頭が痛くなる。ティアラがこくこくと小さな頷きで返してくれる間に、ステイルからの問いに衛兵も侍女も言葉の意味もわからないように見返した。

私達以外誰もティアラの〝啓示〟を見ていない。彼女自身も私達にしか見せようとはしなかったらしい。……きっとおおごとにしたらどうなるかティアラもわかったからだろう。


「お姉様っ……アーサーも……あの方に見覚えが……?あの黒い……」

ティアラの潜めた声に、私は腕の力で返す。

そのまま彼女にだけ見えるように頷けば、ほっとティアラの強張った肩から力が抜けた。間違いない、あれはレイだ。

ティアラはレイに直接会ったことはない。けれど、明らかに脅されている側だった青年が間違った道に足を踏み外した瞬間なのはティアラもわかったに決まっている。

さっきまで安易に侍女達にも話せなかったのもだからだ。母上達に〝予知〟の詳細が渡ったら、確実にどんな理由があれ指名手配される。

しかも、大変なのはそれだけじゃない。ティアラの見せてくれた映像を思い出しながら、窓の外へ視線を投げる。レイを照らしていた月と全く同じ雲に隠れた月の、細い光が溢れていた。予知した未来と同じ空だ。つまり今夜の予知と考えてほぼ間違いない。

何より明日ライアーについて話そうと思っていたのに、予知のレイは明らかに何も知らなかった‼︎


「大丈夫よ、ティアラ。彼は絶対止めるから」

ティアラを泣き止ませるべくそのウェーブがかった髪を撫で、断言する。

レイがいた場所は、暗がりと木々がある場所ということ以外はっきりとはわからない。ステイルが心配する使用人達や駆けつけた医者にティアラは怖い夢をみただけだと。そう母上達にも伝えるように衛兵にも命じてくれる。

レイが一方的に襲われているか逆なら未だしも、あの状況で衛兵や騎士団へ指令を出すのは危険過ぎる。


「一度、ティアラと僕ら姉兄だけにして下さい。護衛も部屋の外に。この場に残るのは近衛兵と聖騎士だけで充分です」

私がティアラを宥める中、立ち上がったステイルが早々にその場を収めてくれる。

流石信用あるステイルの言葉だ。最初の騒めきが嘘のように少しずつ騒ぎもなだらかになる。「失礼致します」と深々頭を下げた彼らの前で、近衛兵のジャックが部屋の中から扉を閉めてくれた。

バタン、と殆ど音も出さず廊下の音を扉が遮断する。部屋が鎮まりきった時には、繰り返し撫で下ろしたティアラの背中も震えが止まっていた。

顔色を覗いてみれば、暗がりでもさっきよりは血色も良いのがわかる。涙目だった金色の瞳も潤みが収まっていた。ぎゅっと私を抱き締め返す腕だけがか弱くも強い。


「ジャックは、このまま扉の守りをお願いします。恐らく大丈夫だとは思いますが、部屋の内側から誰も入ってこないように見張りを。ティアラ、時間がない。少しだけお前の力を貸してくれるか?」

全て察してくれた様子のジャックが一声返し、続けてステイルが順調に思考を回す。

ティアラが大きな頷きで返しながら、そっと私へ回す腕の力を緩めた。指先で目元の涙を自分で拭うと「ええ」と声にも出せた。震えていないその声には芯がある。

私も抱き締め撫でる手を降ろし、姿勢を正す。合わせるようにティアラもゆっくりと寝衣姿のままベッドを降りて私に並んだ。


「一応聞くがアーサー。レイがいたあの場所に覚えはあるか?」

この中じゃお前が一番詳しいだろう、と言うステイルにアーサーは険しい表情の後に首を横に振った。

今日のレイとの会話からアーサーもきっと私達と同じ程度の目星はついているだろうけれど、流石に範囲が広過ぎる。わかンねぇ、と頭を掻きながら少なくとも自分の実家近所ではないと断定してくれる。


「中級層っつってもあんなン探せばいくらでもある。夜中だし、裏通りや路地裏じゃなくても人がいねぇ場所も多い」

裏通り?路地裏?とティアラが首を傾げる。彼女の予知だけでは中級層の外れ以外判断できないから当然の反応だ。

だろうな、とステイルもアーサーからの返答に予想は出来ていたように一言返した。私達は城下の視察以外はエリック副隊長の家から学校までの往復やネイト、ファーナム姉弟家くらいしか覚えもない。いくつかはさっきの光景に覚え……というか似たような箇所がある。そしてあの情報量じゃ一ヶ所に特定も難しい。だから。


「プライド。〝行きますか〟?」

「ええ、お願いするわ」

くるりと身体ごと振り返って尋ねてくれるステイルに、私も答える。

ティアラと手を繋ぎ、アーサーも理解したようにステイルの肩へ手を置いた。ジャックにすぐ戻るから心配しないでと行き先を伝え、留守を頼む。……引き留めずに頷きで答えてくれるジャックに心から感謝した。

行き先は決まっている。ジャックに笑みで返してからもう一度アーサー達に向き直れば、三人もそこで異議はないようだった。

差し出されたステイルの手を掴み、次の瞬間私達の視界は切り替わった。





……





「…………クソッ、結局ここも違ったか……」


暗すぎて視界が狭い。

元々半分の視界は仮面に囲われ狭まっている所為で明かりがないと余計に見えにくい。息まで詰まりそうだ。もうこの場所ですら一度訪れた場所なのかどうかわからなくなる。

石造りの壁を拳で叩き、歩き疲れたまま寄りかかる。学校を終えてから屋敷へ帰ることなく中級層で馬車も置いてきた。日が昇っていた筈が、気がつけばもう月だ。今が一体何時なのかも歩き過ぎてわからない。ここには時間を知らせる従者もいなければ、俺様も時計を持つ習慣なんかありはしない。


『今後は下級層だけでなく中級層の方にも探りを入れた方が良いと思います』


あのジャンヌの言葉を聞けば、もう後は俺の足で探しに行くしかなかった。

雇った連中も手放した今、ジャンヌ共だけに任せられるわけもない。歩いてはすれ違う住人にライアーに似た男はいないかを尋ね、そしてまた歩くを繰り返した。中級層なんて歩き回った記憶も殆どない場所は、奥に入ればもう迷路だ。馬車を停めた場所もわからなくなった。


根も歯も根拠もない目撃情報を便りに最初は婆さんに示されるまま市場の店を歩き回ったのに、結局は身長しか共通点のない男だった。

次に聞いたことがあるかもと言った男の言った通りの家を何とか探し当てれば名前が似ているだけの別人だ。更にハゲ男に広場で物乞いしていると聞いてみれば、似た人間どころかそれらしい奴すらいない。今度は女がこの裏通りでよく見ると言うから来てみれば、辿り着いた時にはもう男どころか人影すらなかった。

こんな夜じゃライアーどころかライアーの目撃情報を聞く相手すらもう居ない。無我夢中で歩き続けて情報源まで途切れれば、どっと疲労感だけが押し寄せてくる。


「……ライアー……」

口の中だけで呼んでも、返事なんかあるわけない。

視界が黒い。その上狭い。壁に手を付き、引きずるように前へと進む。先ずはこの圧迫感から解放されたい。

人が二、三人程度横に並べるかどうかの通りは、普通ならば一人で狭さも感じないだろうが視界が中途半端な俺様には辛い。転ばないようにと足元に注意しながら、前へと動かす。

仮面を外せば幾分視界も気も楽なのは自分でもわかってる。ただ、代わりにそれを人に見られたら確実に騒がれる。ただでさえ中級層でも目立つ貴族の格好なのに、目立てば面倒なことになる。

噂になるか、俺様が雇っていた裏稼業の連中に中級層まで俺様が探し歩いていると知られたら先に奴らがライアーに足がつくかもしれない。もう金で雇ってない限り、あいつらにライアーが見つけられても危険が増すだけだ、クソ。


『騎士のアランさん達にも尋ねてみましょう』


待てるわけがない。

今こうしている間にも、アンカーソンの取り調べは進んでいる。いつ俺様まで国の手が届くかもわからない。

罰を受ける程度なら良いが、投獄でもされればライアーを探せなくなる。今あるアンカーソンの金がなくなれば、後は城下にいる為には下級層に流れるしかない。一つでも手段がある内にライアーを見つけ出さないと、本当にもう二度と



『……頼むから。お前は俺様みてぇにならねぇでくれよ』



「っ…………」

知るか馬鹿。

お前を見つける為なら何人だって殺してやる。今までだって偶然殺さないで済んだだけだ。いつだって、何度だって、……殺したい連中なら山ほどいた。

歯を食い縛れば軋んだ音が顎に響く。今も何度も何度も夢に見ては最後の時を思い出す。いい加減こんな生き方はこりごりだ。さっさとライヤーを見つけて、それさえできればもう何も要らない。下級層だろうが田舎暮らしだろうが投獄だろうがなんでも良い。奴を見つけ出せない限り、一生俺様は前に進めない。


悪夢のように黒だけの視界で壁伝いに暫く歩き続ければ、やっと壁が途切れた。

心なしか淀んでいた空気も澄んだ気がし、深く息を吸い上げる。風が髪を揺らして汗を冷やした。同時に木々の騒めきも聞こえて耳を澄ませ目を瞑る。裏通りを抜け切ったのか、本当に何もない林地だ。人の気配どころか野良犬の気配すら感じられない。いっそライアーならこういう所に住んでいそうだと思う。

元の道を戻るのも面倒で、馬車を待たせた場所を探すも屋敷に足で向かうのも面倒で、また日が昇ってからここに来るのも死ぬほど面倒になる。いっそこのまま昔みたいに


「よぉ、坊ちゃん。真夜中にこんな中級層の外れにお出かけたぁ、何の御用だ?」


…………クソ。

ここでか、と。その声が聞こえた途端に苛立ちが立つ。

いつの間に居たのか、ずっとつけられていたのかと考えている間にも他の男達の言葉が続く。

庶民の女なんかに興味もない、金持ちだったのも昔の話だ。学校まで追ってきただけじゃなくこんなところまで来るとは裏稼業連中はどいつもこいつも暇人だらけだとつくづく思う。

肩だけで睨めば、細い月明かりでうっすらと奴らの下衆な笑みが捉えられた。

追い詰められたことより、今はライアーの目撃情報があったかもしれないこの場所をこいつらに知られたことの方が厄介だ。俺様よりもこういう裏通りにも奴らの方が精通しているに決まっている。本当にこの辺にライアーが現れるなら、今度こそ奴らに見つかるかもしれない。……ライアーが。



『またな』



「変な気を起こすんじゃねぇぜ?ここが何処か考えてみろ。テメェの特殊能力はこっちだってわかってんだ。周りをよく見てみろ。大ごとにはしたくねぇだろ?」

周り、と言われてやっと理解する。

こいつらはずっと俺様の特殊能力を封じれる場所に来るまで待っていた。確かにここで特殊能力を使えば、建物どころかここら一帯が燃えかねない。今は暗がりで見えないが、何人か屋敷内で俺様の側近だった連中もいたんだろう。俺様が特殊能力をまともに制御できないこともバレている。……が、それがこいつらを俺様が攻撃できない理由にはならない。


「……金はもう払った。俺様に構うな。お前達にはもう用はない。……ここで俺様と同じ顔にされたくなければ今すぐ消えろ」

邪魔をするなら容赦はしない。

俺様の特殊能力が制御できないのもわかった上で立ち塞がるのなら、ここで俺様に焼かれても自業自得だ。見ず知らずの連中の住処が焼けようと木が焼けようと林が火の海になろうと俺様の知ったことじゃ

「金を払わねぇってんなら、その獲物は俺達が横取りしちまっても構わねぇんだな?」



……横取り?



考えるより先に火が渦巻いた。

暗かった視界か見慣れた黒の光で照らされる。頭が、目の奥が炎に取り巻かれる身体よりも熱くなる。

殺す、殺す、殺す。ふざけるなふざけるなふざけるな‼︎

今度こそこいつら全員炭にする。俺様から奴を奪っておきながら横取りだとふざけるな。お前らみたいな連中さえいなけりゃあ俺様もライアーも……‼︎

思ったことをそのまま言葉にしようと舌を動かせば、上塗るように最初の一音は男の悲鳴に潰された。背中から地面に倒れ込み、顔を押さえ転がる男を前に、他の連中も怯みだす。炙られた足もとから周囲がみるみる内に黒炎に取り巻








「ッ見っけ‼︎」








ドカッ。

連中とは違う声が耳に届いたのと、突然の背後からの衝撃に襲われるのは同時だった。

息が詰まり、連中に目を見開いたまま、勢いに押され前へ倒れ込む。まだ連中に仲間が居たのかと思ったら、霞む視界の中で連中まで俺の背後へ向けて口を馬鹿みたいに開け目を剥いていた。火傷をした男と同じように地面へと転がる中、




「騎士だ」と。そう叫ぶのが聞こえた。




「っし。取り敢えずカラム達呼ぶより先に片付けっか!」

ぎゃあああああああああ‼︎という野太い悲鳴と共に、そこで俺の意識は途切れた。


Ⅱ265-2

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