なごみ、
「!そこにタピオカ店ありますよ。これとかどうすか?」
俺買ってきます、と。数メートル歩いた間で紙コップの中身を飲み切ったアーサーがピンク色のテントを指差した。
祭りの醍醐味である値段表記のタピオカにプライドも「良いわね」と小さく踵を上げた。まだ遠目だが、吊るされたメニュー欄には「抹茶」「いちごみるく」「ミルクティー」と様々なラインナップが示されている。
人混みが多く、四人が固まって並べられる状況ではない中、店の端に寄る。プライド達を置き、個数一個と確認したアーサーが急ぎミルクティーを買うべく列へと並んだ。プライドが買う本人である自分が並ぼうと提案したが、ここは飲み終わった自分が!とアーサーが断行した。
タピオカ店の横で邪魔にならないように端でちびちび甘酒を飲んで三人で待つ。
アーサーほどではないが、それでもプライド達よりは早く飲み切ったステイルは店脇に設置されていたゴミ箱に素早く紙コップを捨てた。腕を組み、なるべく姉妹が人目につかないようにと角度を変えて立つ。男性の自分も人目を引くとは自覚しているが、女性の場合はナンパなどの対象にも合いやすい為に油断はできない。
「!……姉君。アーサーが飲み物を持ってくるまで火傷を増やすのは止めてください」
「~~……ごめんなさい。でもつい……」
「紙コップが二つになっても俺かアーサーが持ちますから」
あつっ、と霞ませた小さな呟きだったが、しっかりステイルには拾われた。
黒縁眼鏡の視線の先では、ちびちびではなく再び一口分飲もうと試みたプライドがまた舌先を小さく口から出していた。
アーサーがミルクティーを持ってくる前にどうにか甘酒を飲み切って手を空けたいと思ったプライドだが、完全に裏目に出るだけだった。手で持ってもわかるほど火傷しそうな熱さを誇る甘酒は真冬の気温下でも逞しい。
しかもその自分の空回りを見事にステイルに当てられてしまったのが恥ずかしい。再び両手で持ちながら俯き、ちびちびと飲み直すことに決めた。
「……ステイルは火傷しなかった?」
「ええ、一応。こういう店の甘酒は初めて飲みましたが、まさかこんなに熱いとは俺も思いませんでした。しかもかなり甘めですね」
ずっと小さい頃にも甘酒を飲んだ覚えもあるが、その頃にはここまで甘いとは感じなかったとステイルは思う。
子ども舌だったからか、それとも単純に今回出されたものが過糖だったのかはわからない。しかし、こういう寒空の中で飲む熱々というのはそれはどれで甘さとは別の美味しさもあった。
紙コップを手に取った時点で熱いとプライドとティアラに注意喚起すべきだったと反省点はあるが、取り合えずプライドの方は火傷は火傷でも二度目の敗北試合を試みる程度には軽度である。
ティアラも真剣な表情で火傷をしないように細心の注意を払っているだけで、甘酒自体は二人の口にも合って美味しそうにしている。……それに何よりも。
「でもすごく美味しいわ。ごめんなさいね、他にも美味しそうなお店があるのに早速待たせちゃって」
ちびちびと甘酒相手に苦戦しつつ飲んでいる姿も可愛いらしい。
……と、あくまで心に押し止め「いえ俺は」の一言だけを返した。
ティアラはともかく、火傷をしたプライドに対してそんなことを言っても失礼でしかない。眼鏡の黒縁を指で押さえつけ、一度視線をプライドから周囲へと外した。アーサーの方はと確かめれば次で注文を取るところまで列が進んでいた。
自分とアーサーが両手を空けれれば、他にも食べ物系を一つか二つは姉妹に買えるだろうと考える。
するとそこで今度はティアラが「兄様っ、ちょっと持ってて」と突然飲みかけの紙コップを自分に渡してきた。どうかしたのかと瞼を少し開きながら受け取れば、ティアラは大発見したと言わんばかりの満面の笑みで開いた両手をプライドへと伸ばす。
ぴとりと、ティアラの両手に頬を挟まれたプライドは一瞬身構えた肩もすぐ降りた。ずっと甘酒を持っていたティアラの手は、首に巻いたマフラーよりも遥かに温かかった。
「温かいですよね!」
悪戯を成功したような笑顔を向けてくるティアラにプライドも直後には、くすりと笑ってしまう。
行儀が悪いとは知りながら半分以上残っている紙コップを自分の口に咥えると、温まった両手でお返しにティアラの頬を温めた。お互いにらめっこでもしているように両頬に手を当てている姿は、行き交う参拝者の目にも微笑ましい。
相変わらず仲が良い二人にステイルも息を吐きながら、困り笑顔でそっと空いている方の手をプライドの口元に伸ばした。
「そちらも持ちますよ」と行儀悪く紙コップを咥えたままの王女の口から回収すれば
両頬を、包まれた。
「「温かい?」」
姉妹の声が綺麗に重なった。
しかしステイルにはそれがティアラとプライドの声なのか、それとも視界を埋め尽くすプライドの声が二重に聞こえてしまったのかすぐにはわからなかった。
まだほんのりとでも温もりが残っていたらと、頬に両手を挟んでくるプライドに続きティアラもまた紙コップを持つステイルの両手首を握り温めた。偶然にもそのお蔭で紙コップを落としかけたステイルの両手は留められた。
にこにこと悪戯気分の笑顔を至近距離で向けてくるプライドに、頬に当てられるうっすらとして温もりに、顔を中心にじゅわりとステイルは熱くなった。
暗がりでなければ顔の色がバレていたと確信できるほどに、今は頬が鉄板のように熱を持っている。両手が捕まっている所為で、顔を隠すことも距離を空けることもできないまま自分の意思とは関係なく見開かれる視界に、温もりの発生源が微笑んでくる。細い指の感触まで甘く奥歯まで伝わってくるようだった。
返事のないステイルに、プライドはなんとなく気のせいか自分の手のひらの方が今度は温かくなってきたなと感じ出した。
さっきまでひんやり冷たかったステイルの頬が今はティアラ以上に温まっている気がする。もしかして子どもの遊びみたいで巻き込まれるのは恥ずかしかったのかしらと首を傾けたところで、「お待たせしました!」と別方向から声が掛けられた。
自然と両手を下ろし顔を向ければ、アーサーが片手にタピオカを持って戻って来た。「お疲れ様ですっ!」とティアラも両手を離し、自分の分の甘酒をステイルから回収し向き直る。
「アーサー、寒くありませんでしたか?」
「いや全然だ。それよりすみませんプ、……えっと。タピオカミルクティー、買えはしたンすけどなんか氷の量とかタピオカの種類とか甘さレベルとか全部適当になっちまって……」
「いいえ!こちらこそありがとう、ごめんなさいね代わりに買ってきてもらっちゃって。700円で良かった?」
後で平気です。と、心配してくれたティアラの頭を撫でた後、プライドへタピオカを手渡したアーサーはそこでやっと親友の変化に気付く。
横目で見れば、紙コップを片手にステイルが手の甲を自分の口に押し付け思い切り背後に身体を捻らせていた。どうした、と尋ねてもままだ第一王子は持ち直せない。
ン゛ン゛‼︎と、言葉にならない一音のまま「代わりに持て!」の意図を込めて紙コップをアーサーの胸へと押し付けた。
ステイルに手渡され、取り敢えずは意図を汲み受け取ったアーサーは、まさかステイルまで舌を火傷したのかと考える。自分が店からタピオカを受け取ってからプライド達の方に振り返った時には、ステイルの背中が影になってプライドとティアラもよく見えなかった。
両手が自由になった途端背中を向けたまま口を覆うステイルに眉を顰めながら、アーサーはグビリと一口飲んだ。確かに熱めだが、思ったよりは大分温くなっていた。その時。
「あっ。アーサーごめんなさいそれ私の」
「えッ⁈‼︎」
直後には飲み込んだ後の筈の喉で、思い切りむせ込んだ。
ゴホッゴホ‼︎と大きく背中を丸めるほどに咳込み、それでも紙コップだけは零さないように口から離したまま傾けない。だが、もう行き場が完全になくなった。
ティアラがよしよしと背中を摩って宥める中で、アーサーは必死に呼吸を取り戻す。ゼェ、ハァッと息を切り、長く束ね垂れていた銀髪が肩の前から背中へ跳ね戻る勢いで身体を起こす。
すみません‼︎‼︎と真っ赤な顔で叫んだ声は一瞬で周囲の注目を集めてしまう。
しかし今は見回す余裕もなく、アーサーは白く湯気を出しながら手の甘酒とプライドとを見比べた。
てっきりステイルに押し付けられたからそのままステイルの物だと思い込んでしまった。しかし冷静に考えてみれば、舌を火傷したプライドがステイルより先に飲み切れるわけがない。更によくみれば紙コップの口部分にはうっすらと紅色のリップの痕が残っている。
それに気付いてしまえば、咳き込んだ時は全くブレさせなかった紙コップが今はがっつり水面を揺らしてしまった。
「俺ッいやてっきりステッ、のだと思っ⁈誓ってわざとじゃ‼︎‼︎」
「ええ、そうだと思ったから一応断っておこうと思っただけよ。大丈夫、別に飲むのは全然構わないから」
いえ飲みません‼︎‼︎
首を高速で横に振るアーサーに、プライドもあははと朗らかに笑った。
今まで一緒に食事をする際に、一口どうぞと何度提案しても断ってきたアーサーがわざと飲んだとは当然思っていない。それよりも無断で飲んでいることから考えても、いつものように男友達であるステイルの飲み物と判断して一口貰ったのだろうと察せられた。しかしどういう形であれ、アーサーに断っておかないとと思っての一言だった。
「気にしないで。私がステイルに持って貰っていたのが悪いんだから」
そう言いながら、タピオカを片手に甘酒も受け取ろうと手を伸ばせば、直後には「駄目です‼︎‼︎」と勢いよく紙コップを遠ざけられる。ぴちょんとあまりの速さに甘酒が跳ね溢れたが、今はお互い気になるどころではない。
本来ならば持ち主であるプライドに返したいアーサーだが、もう自分の一口が付いてしまっている飲み物は渡せない。
「あッ新しいの貰ってきますから‼︎‼︎こっちは捨てッ」
「え、でも半分も残っちゃってるのに勿体無いわ。それに無料のを2回貰うのも……」
しかも捨てた上でなんて、と。そう力なく言うプライドに、アーサーもンぐ!と言葉に詰まる。確かに尤もだと思う。
更にはプライドの本音を言えば、甘酒は美味しかったがもう火傷必須の二杯目は欲しくない。他にも気になる食べ物の出店があるのに、甘酒ばかりに時間をかけたくもない。
やっと温くなって飲めるレベルになってくれた残り半分の甘酒が今の許容範囲だった。甘酒をくれた気の良いおばさんの顔を思い出せば、余計に捨てるのは忍びない。
「……もう仕方がないアーサー。お前が責任取って飲みきれ」
アァ⁈と、風の速さで振り返れば、ステイルがぷるぷると肩を震わせていた。
さっきまで顔の熱さを隠すために背けていた顔が、今は爆笑を隠すだけで熱は引いていた。アーサーが大絶叫した時から気が逸れた。
飲み終わった紙コップをゴミ箱へポイと捨てたティアラが、ちょこちょことその足で兄へと歩み寄れば見事な笑い顔が表情にも滲み出ていた。
「そうね。アーサーはお腹はいっぱいにならない?あと味とか」
「ッいやそれは全然平気で‼︎す、けど……〜〜」
「よし時間はないから次に行くぞ。ティ、…お前は何が食べたい?三十秒以内に決めたら奢ってやる」
「!あっち‼︎あっちの角にかるめ焼きが売ってて‼︎テレビで見たことしかなかったの!」
いっそお腹いっぱいだと言えば良かったと。アーサーが自分の正直な発言に静かに後悔している内に、ティアラは既に決めていた標的へと人差し指をぴしりと伸ばした。
わかった、行こうと、ティアラに腕を引っ張られながら進むステイルに続き、プライドとアーサーも歩き出す。「大丈夫?」とやっぱりまだ遠慮してるのだろうアーサーの顔を覗き込み気遣うが、アーサーはアーサーで今はプライドと目を合わせられない。半分残ったままの甘酒を手に持ちながら、ふらふらとまた人混みの向こうへと歩いていく。
「アーサー、はぐれるなよ。不良に絡まれても助けてやらないぞ」
「ッだ‼︎いるかよ‼︎‼︎つーかはぐれねぇよ‼︎」
ちゃんといる‼︎と、少し調子を取り直しながらステイルに鋭く声を荒げる。
この勢いで飲み切れるかなとカップを持つ指に力を込めてみたが、やはり無理だった。一口で飲み切れる量なのに今はどうしても躊躇う。
それよりもと逃げるように周囲へ注意を払う。神社の敷地範囲とはいえ出店が並ぶそこは治安が保障されているわけではない。ティアラがステイルを引っ張るままに道の角へと向かえば、先が行き止まりな上に出店が少ない通りだった。その為、無意味にたむろする人間も
「「「「ヴァル⁈‼︎‼︎」」」」
「あ、来た」
「ヴァル!皆こっち来ましたよ!」
通りの物陰に、見覚えのある三人が並んでいた。




