Ⅱ278.騎士達は確認し合い、
「本当に。……取引に応じて下さってたのがレオン王子で良かった」
ハァ……、と吐き出す息と共にカラムがグラスをテーブルへと置いた。
その言葉に、語らい合っていたステイル達から話を聞いたアーサーも首を縦に振った。
ネイトと分かれ、帰りは闇夜に隠れステイルの瞬間移動で帰城した彼らも、今は就寝時間である。アランの部屋でいつものように酒を交わし合う中、この場で不在なのはハリソンだけだ。瞬間移動後、プライドから任務完了の許可を与えられた瞬間に誰より先に戻った彼は今晩もここにはいない。
今はステイルを含めた近衛騎士達で、アーサーへ今日あった進捗を順を追いライアーの話題からやっとネイトの話題を話し終えたところである。
「っつーか、マジで特殊能力の発明って国外じゃ高ぇンだな。王都でも何度かだけ売られてンの見たことはあっけど」
「用途と質にもよるがな。レオン王子ならば広報も大々的に、その後もより供給を求める先に卸してくれるだろう」
ネイトの市場予想額をざっと説明したステイルに、アーサーも目が丸い。
発明の価値はある程度理解していた彼だが、それでも相場を聞けば頭がグラついた。レオンからの三つの条件も納得しかない。今のネイトが大金を持てば一気に金銭感覚が狂うか、誰かに言い触らしてしまうんじゃないかとも思う。自身で損得を理解し、自分の市場価値を理解するまではなるべく情報は小出しにすべきである。
既にレオンから渡された金額提示だけで動揺を隠せなかったのだから。
「貿易手続きってどれくらい時間掛かンだ?」
「通常早くて一ヶ月といったところだが……、レオン王子直々の申請だ。断然早まる。母上から直接許可を得れば、今夜買い取られた発明は即日にでも引き取れるだろう。遅くても約二週間後の本格的な取引開始には間に合う」
あー……、と視線を浮かせながら、アーサーは納得に一音を漏らす。
隣国への発明輸出手続き。本来ならばその発明が輸出しても問題ないかを確認するだけでなく、輸出先が信頼に値するかも調査や審議に時間を費やす。しかし、プライドの盟友でもあるレオンならばそこもすぐに通るだろうと理解する。
「まぁ、その前にネイトとレオン王子ならば学校見学で顔を合わせることになるだろうが」
グラスを一口分傾ける直前言った言葉に、騎士達はそれぞれ曖昧な笑みを浮かべた。
理事長を挿げ替え、新体制で始めた学校はやっと本来の動きを見せ始めた。今まで教師体制が整うまではと自粛していた学校見学もこれからは再び開催される。
フリージア王国からも正式にアネモネ王国へまたいつでもと使者に書状を持たせた。つまりこれからはまたレオンの学校見学が再開されるということである。
本来の期間に中断も挟んでしまったが、その分優先学校見学の期間自体を延長させることも女王ローザから許可は降りた。
「教師達も安心します。結果としてネイトの授業逃走もなくなりますので」
「そうですね。また停学処分にでもなれば、目当ての授業を履修することも叶いませんし」
肩から力を抜くカラムの言葉に、ステイルも笑みと共に返す。
こうしてみれば、停学処分は功を評したとすら思える。思惑は違ったとはいえ、プラデストでレオンからの課題を乗り越えるまで彼は授業をさぼれない。
一限でもこれ以上見逃せば、いつかは付いて来れなくなる日が来ることはネイトも自覚している筈なのだから。いくら天才とはいえ、別方面の畑を耕すことになれば完全に初心者である。
「なぁカラム、講師終わってもネイトん家にはたまに顔出しに行ってやれば?」
「確かにプライド様達にカラム隊長まで居なくなったら、心細くなるかもしれませんね」
彼も、と。アランの思い付きにエリックも柔らかく頷く。
今日初めてネイトと対面した彼らだが、やはりネイトはカラムに懐いていると思う。更にはプライドにも頼る姿までちらちらと見られれば、その彼らが急に不在となるのは寂しがるのも容易に想像できた。
今回だけでもレオンを前に緊張する彼が、何度も無意識に助けを求める姿勢の先は殆どがカラムだったのだから。
既に察しもついているステイルとアーサーも言葉にせずとも同時に頷いた。あくまで仕事ではなくカラムの意思の為強制はできないが、まだネイト一人では心配だとも思う。学校でも現時点で彼が交流する相手は自分達だけだ。
カラムも彼らの言葉にすぐ頷くと、口を付けようとしたグラスを一度またテーブルへ下ろした。
「勿論、それも鑑みている。機会があれば、ネイトの近所も見回りにいれたい。彼の家にアネモネの騎士だけでなく不定期に私も訪れれば防犯の意味でも安心だろう」
カラム自身、既に考えていたことである。
伯父の脅威はもう無いが、月に一回以外でも騎士が訪れるなら彼ら家族もより安心である。これからネイトが大金を定期的に得れば、少なからずその経済状況は近所にも伝わるのだから。
騎士隊長であるカラムは今や滅多に任務で城下の見回りには降りないが、それでも非番の日程度なら問題ないと考える。それに、ネイトが少なからず自分のことを大人として頼ってくれていることはカラムも自覚している。
カラムの答えにほっと力を抜いたアーサーは、またネイトが失礼なことを言わないかは不安だが、やはりネイトに関わってくれる人がいることに安堵した。
そこでふと、今日あったことを頭で反復すればまた一つの疑問を思い出す。あとはー……、と声を漏らしながら視線を隣に座るステイルへと向けた。
「アレはどうした?プライド様の。お前、一度こっち来てたろ」
「ああ、ちゃんと話はつけた。概ね了承して頂けた。……折角ならばこの機会も〝利用〟したかったからな。結果としては丁度良かったよ」
利用⁇と、何か含んだ言葉に騎士達が視線を注ぎ、アーサーが言葉に出す。彼ら全員の注目を受けたことを感じ取ったステイルはフフンと悪い笑みを浮かべて見せた。少しだけ楽しげな彼は、それから口を開く。
以前彼らにも話したその話題を掘り返せば、誰もが口を噤んで言葉を飲み込んだ。
〝来た〟と、いう一言を。
「お前……ほんっっと、よくそォいうことすぐ思いつくよな……。つーか、やること早すぎだろ」
「そうでもない。進言してからは随分経っているからな。もし他にも意見があれば早めに言ってくれ。無いならこのまま進める」
皆さんも、と。そのままアーサーから視線を他の騎士達に合わせれば、いつもの社交的な笑みでステイルは投げかけた。
しかし彼らは全員が何とも言葉が出ずに、気まずそうなまま固まってしまう。
アーサーの友人でもあるが、同時にこの国の第一王子への発言の重みを鑑みる。特に今はエリックとカラムが引きつったまま顔が強張った。
騎士団長もそれに頷いたのかとアーサーが重ねて聞けばステイルは首を横に振った。あくまで最初の要件の為だけだと、騎士団長相手にすら水面下を泳ぎきっている。
一人優雅にグラスの中身を味わうステイルは、下校時と反して今は機嫌が良い。マイナスをプラスに変えられたことを実感できた時は、いつにも増して酒が美味いと思う。
その横顔にアーサーはまたジルベールに似てきたと心の隅で思ったが、そこで止まった。今はそれもひっくるめてステイルらしいと思う。
相棒の視線にすぐ気づき、横目で確認したステイルは蒼い目と合った途端ニンマリと悪い笑みで返した。アーサーや近衛騎士達が喜んでいるのではなく、どちらかといえば驚きと焦燥や困惑が強いことも理解した上でのしてやったり顔だ。
そのステイルの顔に「ハッ!」と鼻で笑うアーサーは、手の甲で軽く彼の肩を叩いた。
「止めねぇけど、からかうのは俺だけにしとけよ」
「安心しろ。俺はいつでも本気だ」
「そォいうンじゃねぇよ」
わかってンだろ、とはぐらかされたアーサーに、ステイルはグラスの中身をくるりと揺らし、また優位に笑んだ。




