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フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
頤使少女とショウシツ

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そして安堵する。


「うん……大体状況はわかったよ。君が、どんな人間かも……。…………本当にすごい子を紹介されちゃったな……」


焦り過ぎて肩に力が入り過ぎたまま口を絞って動かなくなるネイトに、ゆっくりとレオンが顔を上げた。

驚かせてごめん、と言いながら少し疲れた声が放たれる。


「君との取引は喜んでさせて貰うよ。最初は様子見も含めて…… 。取り敢えず今日はもう遅いし、明日から二週間後に五つ。問題ないようであれば、次からは月に十個でどうかな。今見せてくれた発明三種類を一つずつ、そして最初に見せてくれた発明を二つ。次からは全てその倍数で。アネモネ王国を介して売ってから、売値に応じて君に割分を支払う。……先ず、ここまでは良いかな?」

一言一言噛み砕きながら言ってくれるレオンに、ネイトも何度も頷く。

目を血走りそうなほど開いたまま、自分の希望数より少なめの納入にされたことにも文句を顔に出す余裕もない。もう、これだけでまた色々心配になってくる。

全て水飲み人形みたいに頷くネイトに、レオンも悪くなっていた顔色が少し晴れてきた。にこっ、と柔らかに笑むとそこで一呼吸を置いた。

お互いに頭を冷やす間を作ってから、ネイトの全神経が自分のみに集中したことを確認して唇を動かす。


「ただし、条件をがいくつかある。それを飲んでくれるなら、この場で交渉成立だ。明日にでもご両親への説明の為にも使者を送らせて貰うし、僕も君の発明が高額で売れるように尽力させて貰うよ」

はい、の言葉も枯れたようにネイトがコクリと頷いた。

いつもの滑らかな笑みで受けるレオンは、そこで片手を開いて見せた。三本の指を立てるそれは、きっと条件の数だろう。


「一つ。売買成立の収益割合は手数料を引いてから君が五、僕も五。ただし、この後提示する条件を満たせば交渉にも応じよう。そしてこの割文についてはここにいる人間以外には他言無用。割文の交渉をしたいのならばあくまで君の意思で、交渉したいと願った時だけだ」

えっ。

まさかの取引に思わず声が出そうになる。フリージア王国の特殊能力者の商品を五対五なんて。レオンにしては子ども相手にかなり吹っかけたと驚いてしまう。勿論あくまで商人の交渉なのだからこれも勝負の一つといえばそうだけれど!意外にレオンも容赦ない。

けれどネイトは全く疑問にも思わない。うんうんと、相場を知らない彼はやはり頷くだけだ。


「二つ。君へ支払う代金は全額、君ではなくご両親に支払わせて貰う。ご両親の許しがない限り、君は金額を知ってはいけない。……三つ目の条件を満たすまでね」

ご両親のことが信頼できないなら考えるけれど、と付け足すレオンにやっぱりネイトはすんなり首を横に振ってから「絶対大丈夫です」と二度頷いた。

これには私も賛成だ。ここで現実の価値を思い知らせるのも良いかもしれないけれど、あんな大金を一度で稼げると知ったらネイトの金銭感覚もおかしくなりかねない。


「そして三つ。これを満たしたら金額も知っても良いし、お互いの割文についても僕との交渉自体をするかどうかも君に任せよう」

つまりはこの三つ目が大本命ということだ。

勿体ぶるそれに一際大きく頷くネイトに、レオンは笑う。その途端、滑らかな笑みから翡翠色の瞳が妖艶に光った。





「学校で、僕が課する授業全てを勉強すること」





「……学、校?」

ぽかんと空いた口からネイトが丸い目でオウム返しする。

意味がわからないといったその表情に、レオンは妖しい笑みだけで答えると懐からペンを取り出した。懐から取り出した手帳から一枚破くと、サラサラと綺麗な字でいくつもの選択授業も含めた科目を箇条書きしていく。


「ああ、ちゃんと君が履修しているか、そして内容を理解して覚えているかも何らかの方法で定期的に試させて貰うよ。そして君が基準に値すれば、一つ目も二つ目の条件も君へ譲歩しよう」

なに簡単な科目さ。と言えば、ネイトが初めて「うえ⁈」と王子の前とは思えない悲鳴をあげた。私とステイルもレオンが書き綴っていく文字を逆さで追いながらその意図を理解する。なるほどレオンらしい、と思い直しながらいっそ感動してしまう。

しかもレオン、まだ我が校に見学に来たのは一回だけなのに選択授業をちゃんと把握している。

経済学に交渉学、商売学に法律。特殊能力に、ちゃっかり通常授業である数学と読解学も入っている。全て、これからのネイトに大事なものだ。


「ジャンヌの紹介だし、君の才能は本物だから僕もできることはする。けれど、今の君では僕も〝まともに〟交渉するわけにはいかない。商売はその知識もあってこそ成り立つ世界だ。その努力を怠って才能だけに足を組むような〝馬鹿〟じゃ、いつ巻き込み事故も起こしかねない」

レオンの言葉が聞こえているのかいないのか、ネイトの目は今やレオンではなく彼が綴る授業科目に釘付けだ。

今日一番狼狽していると言ってもいいくらい、激しい瞬きの中でメモを凝視している。タラタラと流れている汗は確実に冷や汗だろう。カラム隊長にリュックを没収された時の表情にも似ている。


「勿論、君が学校は無駄だと。発明に集中したいというのなら強制はしない。ただし、学校に行かないでこれだけの教育科目を理解するのは並大抵なことではないだろうね。もしくは僕との交渉も諦めて、無知をひけらかしてまた別の誰かに搾取され続けるか」

ドン、と。レオンにしては少し強い口調と共に、記載されたメモがネイトの手元へと差し出される。

にっこりとした笑みが今は黒いことを考えている時のステイルやジルベール宰相にも似ている。圧倒的な覇気を静かに溢れさせるレオンには私でも異議を立てるのは勇気が居るだろう。



「選ぶのは、君だ」



弾丸を直接撃ち込まれたような強い言葉だ。

顔色を青くしたネイトは、履修項目をまるで疑うように見つめてはチラチラと助けを求めるように私やステイル、カラム隊長へと視線を向けてくる。けれど今回ばかりは彼の味方はいない。

にっこりと笑うレオンは、そのまま表情を一ミリも変えない。口を閉じたまま口角が緩やかに上がった表情に、ネイトの細いの喉だけ鳴った。


〝わかりました〟と。その言葉は、長い沈黙を経てから虫の音ような細い声で絞り出された。


「良かった。それじゃあこれから改めて宜しく頼むよ、ネイト」

契約書は明日使者に送らせるから、と。そう言って差し出したレオンの手を、ネイトは恐る恐る握り返す。

手を握るだけでビクビクと痙攣でも起こしているように肩が震えるネイトは、まだ顔色は良くない。

その様子にレオンはちょっとだけ苦笑気味に肩を竦めると、流れるような動きで彼の発明を手に取った。伯父に売っていた発明ではなく、今日の為に作ってきた新製品の方発明だ。


「さて。じゃあ、今回はこの発明だけ買い取らせて貰おうかな。僕が個人的に買い取っても問題ないかな?」

「え!はい‼︎」

まさかのレオン直接のお買い上げだ。

これには嬉しかったらしく、さっきまで死にそうな顔をしていたネイトの目が一気に輝いた。レオンが気に入ってくれたことも嬉しいのだろう。

顔色の戻ったネイトににこにこと嬉しそうに笑うレオンは、発明を手元に引き寄せながらペンを指の間でくるりと回し、一度懐にしまった。


「今後は、君の発明は担当を立てて直接君の家に取りに行かせるようにするよ。そしてまた君の商品を提供される日に、その前に受け取った商品の取り分も支払おう」

それで良いかな?と視線で確認すれば、ネイトは「はい!」と今度はひっくり返った声で返した。

確実に状況に色々流されている。必死に川を逆流で泳いでいる感じだ。うん、やっぱりこれはちゃんと勉強しないと心配だ。


「一応特殊能力輸出申請の際に、君の国であるフリージアか我が国アネモネの騎士手配も視野に入れて相談してみるよ。と一緒に騎士も付けておくよ。騎士が出入りするというだけで、周囲への牽制にもなるしね。何か不穏があったら彼らに相談してくれ」

一応極秘ではあっても、毎月アネモネ王国の使者が出入りしたりネイトの家が明らかに経済的に栄えていったらまた金の亡者に狙われるかもしれない。けど、騎士が出入りすれば下手に手出しはされないだろう。……輸送費と騎士の月一回見回り。そして隣国への貿易申請手続きの手間と隣国王子直々の交渉術での最高額取引。これだけの待遇がつけられていれば、破格の分け前交渉でも納得できてしまう。本当にレオンに相談して良かった。


「さて、じゃあ食事前に一個問題だネイト」

チリンチリンとレオンがテーブル先の呼び鈴を鳴らす。

個室の外で控えていたであろうウェイターが速やかに現れると、食事の用意をして欲しいと伝えた。

呼び鈴を元の位置に戻すレオンは、手元によせたままの発明を上から示すように手を置いた。

問題、という言葉に過剰反応といっても良いくらいガチンと背筋を伸ばすネイトに、レオンはクスリと笑い、そして課す。



「この発明。君は僕にいくらで買い取って欲しいか、考えてごらん?」



悪戯っぽい笑みは、レオンからの間違いない第一問目だった。

食事が終わるまでのんびり考えて良いよ、とレオンが告げていく内に早々と前菜が運ばれてきた。カラム隊長とエリック副隊長にも手伝って貰いながら、テーブルに広げていた発明を全てリュックへしまい込む。

売却成立した発明だけが、レオンの傍らにちょこんと置かれていた。我が国へ申請完了するまではアネモネ王国へ持ち帰ることはできないけれど、とりあえず食事間だけはこのまま手元に置いておいてくれるらしい。


毒味は運ばれる前に全て済ませてある、と告げてくれた料理に私達全員がご馳走になる。

食事が始まると、今まで見たことがないであろう煌びやかなの皿の数々にネイトは何度も驚愕の声をあげた。食べては目を輝かせた彼に、レオンもそれからは他愛のない会話しかしなかった。ネイトもいっぱいいっぱいになりながら答えては、……時々思い出すように一人眉を寄せていた。きっと今まで考えもしなかった自分の発明の価値に向き合い始めたのだろう。


食後、デザートまで食べ終えた時にはお腹がぬいぐるみみたいに膨らみきったネイトは、リュック無しでも歩くのが辛そうだった。

馬車で家までは送るよ、と語るレオンの言葉に甘えて馬車に乗り込みネイトの家まで帰った。既に家に灯りがついていたからご両親は帰っているらしく、それだけで私もほっとする。

エリック副隊長に手を借り、カラム隊長にリュックを持ってもらって馬車を降りたネイトはレオンからもらったメモだけを握りしめていた。


「発明は、フリージアとの手続きが終わったら使者に代金と一緒に取りに来させるよ。それまでは大事に保管しておいてくれるかい?」

「は、い!」

家の前でレオン直々に発明を返却されたネイトは、それをヘルメットのように小脇に抱えた。そのままリュックへ仕舞おうとカラム隊長を見上げたところで「ネイト」とまたレオンに呼びかけられる。


「それで、いくらで売りたいと思う?」

「……えと、…………じゃあ……」

レオンに促された途端、控えめな声ではあるけれどネイトはすんなりと具体的な数字を言えた。

ちゃんと食事中も考えていたらしいことに、それだけでレオンの笑みが広がった。強張った声であげられた数字にレオンは「なるほどね」と一言返すとまた懐からペンを取り出した。

良いかな、とネイトの手から直筆のメモを受け取ると、そこにさらさらと数字を書き出した。数秒で描き終え、再び懐にペンをしまってからレオンはいつもの滑らかな笑みでそれをネイトに返す。


「見て良いよ。今回は、〝僕の独断で〟この額にさせて貰う。契約と手続き完了後、この額を使者にもたせるから」

買取金額が書かれたとネイトもすぐ理解したらしく、受け取ってすぐに視線を刺した。

暗闇で読みにくい中、家から漏れる光りを頼りに読み、……今日一番目を見開いた。多分、息も止まっている。身体全体、指先に至るまで強張りきった身体で固まる中、レオンはその様子に満足げに笑むと、ヒラリと私達に手を振って馬車へと踵を返した。



「その額が高いか安いか理解できたら、第一関門は合格だよ」



「⁈………ッあ!あ、あああの‼︎この前は助けてくれてありがとうございました⁈」

去っていくレオンに、やっと思い出したようにネイトは叫ぶ。

こんな時間に近所迷惑になっちゃうんじゃないかと思うくらいの声は、ひっくり返ったせいで余計に耳にキンと響いた。

自分でも何を言ったかわかってないんじゃないかと思う慌てた声にレオンは肩だけで振り返ると、ヒラヒラと胸の前で手を振ってくれた。

いい夜を。

最後にそう言って、それ以上言葉が出てこない様子のネイトを置いて馬車へと消えていった。頭を下げるのも忘れたようにロボット状態のネイトの代わりに私達が、礼をして去っていく馬車を見送った。

カラム隊長が「ちゃんと挨拶するように」と声を掛けてやっと、小さくなり過ぎて見えなくなった馬車にネイトが大きく腰ごと曲げて頭を下げた。


自分がレオンに言った希望額にゼロが一個付け足されたメモを握り締めて。


交渉、成立だ。


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