表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
頤使少女とショウシツ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

423/1000

Ⅱ276.頤使少女は同席する。


「な、なぁ⁈俺、本当に売られねぇよな……⁈」


「大丈夫よ。ちゃんと迎えに来て下さったのはレオン王子殿下だったでしょう?」

馬車に揺られながら、明らかに挙動不審なネイトに笑ってしまう。

レオンの馬車が到着してから、彼に迎えられた私達は後続の馬車へと乗り込んだ。私とステイル、ネイト、そしてカラム隊長とエリック副隊長で馬車に同乗したけれど、ネイトは一人だけまだ落ち着かない様子だ。今もカラム隊長が膝に乗せているリュックを隣から鷲掴むようにしてしがみついている。

馬車に乗り込む時なんて「カラム先乗れよ‼︎」と、カラム隊長の背中をぐいぐい押していた。更には私の手を引っ張って「ジャンヌも俺の隣座るよな⁈」と言う彼は、まるでお化け屋敷に入る小学生だった。お陰で今は私とカラム隊長でネイトを挟んでいる。完全に保護者ポジションだ。


「大体あいつ……あの人が本当に本物の王子なのかよ?よく考えたら俺今まで王族なんてフリージアすら見たことねぇし」

「王族でもない人間がこんな馬車を用意するのは無理です。それに、レオン王子殿下の護衛を思い出してみて下さい」

不安が尽きないネイトに、ステイルが確信で打つ。

特に最後の言葉が信憑性としては効いたらしく、ネイトは小さくなったままチラリと目だけで隣と向かい席の二人を覗いた。

カラム隊長とエリック副隊長もその視線にすぐ気付くと目を合わせて返してくれた。

眉を寄せた顔だけど、それでもやっと少しはネイトも落ち着いてくれたらしい。しがみついていたリュックから手を離し、今度は腕を組んで窓の向こうへとそっぽを向いた。カーテンが閉められていたけれど、その隙間からじっと進行方向を覗いているようだった。

ガタンガタガタと、緩やかに馬車に揺られながらの時間はそこまで長くはなかった。時間で言えば数十分といったところだろうか。


動きを止めた馬車の扉が御者によって開かれる。到着致しましたと告げる彼に、ネイトはまたカラム隊長の背中を隠れるようにして彼を押し出した。先に行けという意図だろう。

エリック副隊長が馬車に乗った時と同じように怪我人のネイトに手を貸しながら降ろしてくれた。足もまだ完治はしていないネイトは、他も身体の節々もちょっと痛いのか段差になると少しだけ動きがぎこちない。

ネイトに続いてステイルも降り、私もステイルから手を貸して貰いながら降りた。いつもと馬車のサイズ感が違うから、一瞬だけ錯覚でつんのめりそうになった。ドレスじゃないだけ身軽なのが救いだ。

馬車から降り、動かないネイトの背後に立ち止まれば御者が扉を静かに閉める。前方を走っていた馬車から三人の影が近付いてくる中、ネイトはそれにも気付かないようだった。口をあんぐり開け、首が疲れるほど目の前の建物を見上げている。


王都にある、一角のレストランに。


先に降りたのだろうレオンが滑らかな笑顔で私達に手を振ってくれる中、私とステイルも礼をして返す。ここではあくまで庶民と王族だ。

更にレオンの背後では呆然とするネイトの様子に、護衛のアラン隊長がハリソン副隊長の隣で笑っていた。ネイトの反応が本当に正直なのが楽しいのだろう。


今回レオンの護衛についてくれていたアネモネ王国の騎士には、レオンの側近を我が城で一度アラン隊長とハリソン副隊長とに交代して貰った。表向きはフリージア王国の民であるネイトへの配慮だけれど、……実際は私への配慮である。

ステイルは時々程度だけれど、私はもう毎回定期訪問でレオンの護衛につくアネモネ王国の騎士とも顔見知りになってしまっている。その為セドリックの護衛に引き続きでアラン隊長とハリソン副隊長にレオンの護衛を任せることになった。……そして、ハリソン副隊長の不在を埋めるべくも含めてアーサーが今は八番隊に戻っている。流石に変装しているからとはいえアーサーとジャックにネイトが気づかない保証はない。むしろ気付かれる可能性が圧倒的に高い。


「ここなら安心して話せるよ。今日の為に貸し切りにしたから心配しないで」

「かっ……しきり⁈」

レオンの声にやっと気付いたように、ネイトが裏返った声で肩を上下する。

パッと見は静かなレストランだけど、景観を損なわない位置にしっかりとアラン隊長達と交代した側近騎士も含めレオンを我が国まで護衛したアネモネ騎士隊が配備されている。

ネイトが驚くのも無理はないだろう。王都にあるレストランなんて、庶民であれば先ず予約を取るのも難しい。ネイトの場合もしかしたらまだ王都自体訪れたことがあまりないのかもしれないけれども。

それでも、建物の豪奢さから見ても高級感はひと目でわかるだろう。更にはその貸し切りだ。……というか、正直今回は緊張しているのはネイトだけではないのだろうなぁと思う。だって


「お待ちしておりました、レオン第一王子殿下」


目の前で深々と礼をして並ぶのはウェイター達だ。更に総支配人らしき人も並び、優雅な笑みと低姿勢で私達を迎えてくれた。

レオンは慣れた様子で挨拶を返すけど、きっと平静に見せているだけで彼ら従業員も緊張はいつもの比じゃないだろうなと思う。

レオンが連れてきてくれた王都のレストランは、一度私も王女としてティアラと一緒に訪れたことがある店だった。レオンが我が国へ定期訪問で訪れてくれた時、城下を回りたいという希望に沿って巡った後にレオンとこのレストランを使った。とはいっても王族御用達という程ではないし、何だかんだで最後に訪れてからもう数年ぶりだ。


「以前、友人の食事でも使ってね。またこうして来れて嬉しいよ」

行こうか、と。そう言ってレオンは楽しそうに微笑みながら先頭をきってくれた。

口をあんぐりあけたネイトは完全に足が止まっているから、代わりに私が彼の肩に手を添え押していく。背中が遅れるように反りながら古いねじ巻き人形のように進むネイトと共に私とステイルもウェイター達の間を抜けていった。

一応、顔を一度合わせたことがある店員もいるから顔を伏せながら歩けば何気なくカラム隊長とエリック副隊長が私を隠すように歩いてくれた。

そのままゆっくりではあるけれど、店の中へ入れた私達は案内されるまま一番人目のつきにくい個室に辿り着いた。まさに商談に相応しい部屋は、ステンドガラスの窓から入る光で明るくはあるけれどうっかり覗かれる心配はない。


ウェイターに椅子を引かれた時でさえおっかなびっくりだったネイトは、椅子に掛けた後もまだちょっとビクビク気味にレオンを見上げていた。

椅子に座ってもやっぱりレオンの方が視線が高い。なめらかな笑みを浮かべ続ける彼は隙もないから余計に緊張するのだろうなと思う。

真ん中に座るネイトの隣に私、そしてステイルが挟み、テーブルの傍には近衛騎士四人が控えてくれている。個室の外からはアネモネの騎士達であろう静かな足音がいくつもうっすら聞こえてきた。


「さて。早速君の発明を見せて貰えるかな?それとも先に食事にするかい?」

「はっ……発明で‼︎」

レオンからの気遣いに肩を激しく上下させたネイトが声を上げる。

完全に借りてきた猫だ。確かにこの状態じゃ食事をしても味なんてわからないだろう。ネイトの元気な反応にレオンは翡翠色の目を少し大きくした後、柔らかく笑んだ。

ちょうどそこでウェイターが飲み物を尋ねてくれたけれど、ネイトに倣って私達もお酒は断った。フリージアには禁酒法はないけれど、それでもここは王族を前に遠慮する。グラスにレオンだけワインを注がれる中、ウェイターが去ってから「じゃあ早速」と彼に続きを促した。


大分あっぷあっぷに既になっている様子のネイトは、それを言われた途端自分がリュックを背負っていないことも忘れていたように紐があった肩に手を掛けた。

当然ながら何も背負っていない彼は、今度はびっくりしたように自分の背後を確認しそれからやっと思い出したらしくカラム隊長へと目を向けた。もうその時にはカラム隊長がテーブルに「失礼致します」とネイトのリュックを置いた後だったけれども。

おせぇよと言わんばかりにネイトが歯を食い縛って睨んだけれど、むしろカラム隊長はレオンが促した時から既にリュックを持ち直してくれていた。カラム隊長ではなく肩の紐や背後ばかり探し回ったのはネイトだ。


そのままリュックを開けるネイトは、慌ただしく手を伸ばして発明を取り出した。あまりにもいつもより口数が激減している様子に、本当に緊張しているんだなと思う。

とうとうネイトがリュックから取り出した発明がテーブルの上に置かれる。両手で持てる大きさのそれに、レオンは珍しそうに目を見開いた。滑らかな笑みから、一気に真剣な値踏みする目になる。そういえばこういう仕事中のレオンを見るのは初めてかもしれない。


「持っても平気かい?」と尋ねるレオンにネイトが勢いよく首を縦に振る。もうそれだけで息すらできないように顔が熱ってきていた。

私達は一個目の試作品で見ているけれど、レオンは完成品を見るのは今日で始めてだ。いつもの静かな表情だけれど、目だけが真剣なレオンはいつもとまた違った雰囲気で格好良い。まさに目利きといった様子だ。

手袋をした手のまま慎重に発明を持つレオンは、いろいろな角度で眺めながら流暢に紡ぎ出す。「この発明はどんな」「操作方法は」「使用上限は」「効果は」と、本来なら発明者本人から説明すべきなんだけれど、ガチガチのネイトに代わって質問する形式で引き出してくれる。その間もガッチガチのネイトはいつもとは想像つかないくらいに吃りながら短く答えるから、詳細を把握している私やステイルも捕捉する形で説明に加わった。


特殊能力で動くから使用は三回まで。期限は無し。どんなことができるかを説明すれば、段々と目に見えてレオンの目が光っていった。

試しに使ってみますかとネイトが震え声で提案したけれど、レオンが一言で断った。「本物なのはジャンヌの紹介だし確かだろう?」とネイトへの信頼を掲げてくれる。ここで試せば使用可能回数が一回減るからの配慮でもある。

その後もネイトの説明を聞きながらうんうんと発明から目を離さない。明らかに好感触の様子のレオンを前に、ネイトは逆に両肩だけが上がって身体全体が縮こまっていた。横から見ると冷や汗もすごいし、話が途切れる度に目が泳ぎながら沈んでいる。その様子を見るだけでなんだか私まで緊張が伝染しそうだった。

暫くはそのまま質疑応答を繰り返す間、私達だけでなくレオンまで一度もグラスに手をつけなかった。空腹になる余裕もなく、刻々と時間だけが順調に進んでいく。


「……うん。概ねはわかったよ。とても素晴らしいと思う。これならきっとアネモネ王国だけでなく国外にも欲しがる人間は多いと思うよ。早速具体的な契約に移らせて貰っていいかな」

発明を一度テーブルへ丁寧に置いたレオンが、はっきりと頷いた。そのままいつもの滑らかな笑みに戻ると、グラスを軽く掲げネイトと目を合わせる。

緊張でまだ頭が追いついてないのか、目を皿にしたまま十秒以上ネイトは口が動かなかった。ネイト?と、心配になって私が呼びかけると、やっとコクコクと二度頷いてくれる。

良かった、と微笑むレオンは一口だけグラスを傾けると、テーブルの上で優雅に指を組んだ。

発明を前に、それを創り上げた発明者ネイトを一人の商談相手として向き合う。


「もう話はいっているかもしれないけれど、国外輸出の手続きについては任せてくれて良いよ。ジャンヌの友人ということだし、これくらいは僕の方でフリージアに申請しておくから。ただ、もし僕以外に売るつもりになったら気をつけて。その時はまた別の手続きをしないと君が捕まっちゃうからね」

そしたら僕との商談も白紙だ、と。すんなり最初に恐ろしい最重要注意事項を語るレオンに、ネイトも瞬きも忘れて聞き入る。

国の法律自体も満足に知らないであろうネイトには、色々と寝耳に水だろう。今までは全部叔父に丸投げで搾取されていたのだから。……その叔父も正攻法では売っていなかったけれども。

こうなるといっそネイトが叔父にちゃんと現金で売っていたのではなく、借金から天引きの形にして貰っていたのは不幸中の幸いだった。そうでなかったら場合によってはネイトまで罪に問われた可能性もある。

実際は借金から引くどころか全て叔父の懐だったけれども。


「あとは受注数だけれど……いくつにしようか。確か君はプラデストの生徒だし、学校もあるからあまり無理のない受注が良いよね」

「あ!いや‼︎全然‼︎学校なんて辞めても良いし俺は発明ができれば……‼︎」

寧ろ発明に集中したいと言わんばかりだ。意見が纏まりきる前に声を上げるネイトの声が響く。

ちょっと創設者としては悲しいけれど、ネイトらしいなと思う。もともと学校に通っていたのもご両親の意向か、もしくは叔父から逃げる為だったのだろうから。学校の授業も興味無いつまらないと以前言っていたし、クロイの部屋を借りて発明に没頭できたネイトはとても幸せそうだったのを思い出すと仕方ないかなとも思う。

私の心境を悟ってか、レオンもその発言に小さく肩を竦めた。けど、ネイトはもういっぱいいっぱいでその反応に気付く余裕もない。


「俺は発明して稼げれば良いし‼︎だからできるだけっ……」

「うん、気持ちはわかったよ。……けど、もう借金の心配はなくなったんだろう?それともまだ負債でもあるのかな。先ず、君は月にいくら利益を出せれば満足なのかな」

「いっぱい‼︎‼︎」

上限すらない。

なんともネイトらしいけれど、レオンはちょっとだけ苦笑するように眉を落とした。まだ十三歳だし仕方がないけれど、きっと具体的な利益計算なんてしたことがないのだろう。恐らく今自分の家が月にいくらぐらいの収入で賄えているかもわかっていない。

それでも、ネイトにとっては譲れない主張らしく狐色の目を尖らせながら、レストランに入ってから一番背筋も伸びていた。


「いっぱい、かぁ……。うん。まぁ、君の展望にもよるけれど……。……たとえば、君はこの先どんな暮らしをしたいんだい?僕らみたいな王族に似た生活かな。それとも、このレストランで毎日食事ができるくらい?新たな事業を起こすつもりがあるならまた別だけれど……」

「父ちゃんと母ちゃんも馬鹿みたいに働かなくて良くて、俺も発明だけで食っていけて、発明の為に欲しいもの何でも買えるくらい!……ぁ。……です」

熱が入り早口を続けたネイトが途中でやっと気がついたように、語尾を付け足した。

もう今更だし、レオンも気にしてはいないけれど本人はかなり焦るように顔色が青くなった。ちらっ、とまた逃げるように視線を私やカラム隊長に合わせてくる。大丈夫、問題はそこじゃない。


ネイトの意見に、レオンは「つまりは一家庭分の安定した生活を賄える程度か……」と纏めると、少しだけ難しそうに眉を寄せた。私も彼がそうなる気持ちはわかる。

黙してしまうレオンに、ネイトが焦るように再び目を泳がせた。額がまたじわじわと湿ってきて、その場に座っているのも落ち着かないように足まで揺れていた。

私から「大丈夫よ」と声をかけながら、彼の膝にそっと手を置く。その途端ぎゅっと唇を結んだネイトは若干泣きそうだった。……恐らく、自分の希望も高望みと思い込んでいるのだろう。むしろ逆だ。


「……確かに貯蓄も必要だし、この発明を作るのにどれくらいの経費や手間と時間がかかるかにもよるね。もちろん君が望むなら僕としては受注数をいくら増やしても嬉しいだけだけれど、……因みに、これを一つ作るのに余裕を持ってどれくらいの期間が必要だい?」




「二日」




「「…え?」」

綺麗に、私とレオンの声が重なった。

自分の目が丸くなるのを自覚しながらネイトを見返せば、ステイルや近衛騎士達まで静まり返る。

しんとなった個室の中で、空気の滞留に気づいたネイトが数拍遅れて「二日、です」と言い直したけれど、もちろんそこじゃない。


「ネイト?レオン王子殿下は特殊能力をかける時間も含めて仰っているのよ?」

「だから二日!ていうか特殊能力を込めるくらいなら〝持てばすぐ終わる〟だろ?」

……なんかとんでもないこと言ってるこの子。

そういえばと、私はネイトが作ってくれたこれが二個目であることを思い出す。一個目の所要日数は約四日。二個目は三日。けれど元はといえば発明の特殊能力者はどれくらいが限界値だったか。


優秀な特殊能力物でも〝特殊能力が込めた〟発明を一個作るのには最短一週間、最長なら一年や十年。


そしてネイトは、〝余裕をもって〟二日。

しかも他者でも使えるように特殊能力を込めるのは日数どころか〝持てばすぐ〟と。

てっきり今までの発明も一週間分の所要時間をネイトが無理をして間に合わせたのだと思っていたけれど。



恐るべき攻略対象者のチート。



……ネイトとレオンとの商談は予想を斜め上の展開へと向かっていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ