そして見出す。
「ええと、……こういうの私全然やったことなくて。アムレットはどう?今までやったことは。刺繍とかボタンをつけるとか」
「全然。恥ずかしいくらいに全然やったことがないの。この前の裁縫の授業でもこんなんで……。でも、私以外で裁縫ができない子なんて初めて」
どうやら現時点ではまだアムレットは本当にお裁縫ほぼ未経験らしい。つまり私と一緒だ。まさかこんなところでゲームとかけ離れたアムレットにお会いすることになるとは思わなかった。
悠長に話していたことに呆れられたのか、先生がふぅと短く溜息を吐く。目の前で自分が教えていた科目に全く興味なし技術無しの二人に嘆いたのかもしれない。
慌てて「すみません」とアムレットと声を合わせ向き直れば、穴を空けていない箇所でもう一度ゆっくり真っ直ぐやってみるように指示される。まさか縫う前の時点からワンツーレッスンだ。
私とアムレット二人で、スローモーションかと言われてもおかしくない程ゆっっっっくりと布に針を通す中、先生は肩を落として頬に手をあてた。
「私は昔からこればっかりだったから想像もつかないけれど、……二人は今まで服が破れたりボタンがとれたらどうしてた?」
侍女がつけてくれていたし基本的に次に着ることはありませんでした、とは言えない。
お気に入りとかだったら別だけれど、王族になると服なんて着古すほど使うことなんてない。破れたり解れたりなんてしたら余計にだ。
そしてそんなことを正直に言えるわけもなく、絞り出した答えは「全部母がやってくれていました」という十四歳の分際でなんとも恥ずかしい理由だった。実際の母上は針を持ったことすらないだろうけれども。
続いてアムレットが言いにくそうに肩に力を入れながら、一度顔を俯ける。
「わ、……私はそのっ、…………兄、が。家事とかそういうの全部やってくれていて……。包丁も針も危ないからって……〜〜っ」
ポンッ、と。
次の瞬間にアムレットの顔が真っ赤に染まった。ぷるぷると肩を震わせながら小さな唇をきゅっと絞っている。……なんだか、すごく納得する。
エフロンお兄様……、と心の中で私はゲームにはシルエットしか登場しなかった彼を呼ぶ。アムレットに過保護というほどメロメロだったお兄ちゃんとそれに怒り気味だったアムレットを思い出せば、彼が「アムレットには危ねぇから!」「兄ちゃんが全部やってやるからな‼︎」と彼女から針や包丁を取り上げる姿が想像できる。
「調理実習でも鍋の中身焦がすし調味料は入れ過ぎちゃうし……本当に座学以外だめだめで……」
がくんと項垂れたアムレットから罪の吐露のように悲しげな声が紡がれる。……そういえば調理の授業でもどこかの班でやらかしがあったような。
『ごめん焦げちゃった!』
あの声も、今思えばアムレットの声だったのかもしれない。更にはどっかの班が調味料を入れ過ぎたとかで倍以上薄めないといけない結果になった事件も覚えがある。あの時は、私の被害の方が酷過ぎて目立たなかったけれど、調理は完全に班内での分業制だったからアムレットは補習にならなかったのかもしれない。……というか、分業制の授業で補習にまでなる惨状を起こすのは、逆チートの私だけだ。
つまりエフロンお兄様は、アムレットの分家事万能なのだろうか。何となく流石ステイルのお友達、と関係ないけど思ってしまう。
ゲームでは消息不明のお兄様だけれど、つまりは彼がいなくなってから初めてアムレットは家事に携わることになったということだろうか。それなら今こうして全くできないのも納得できる。
「やってくれる人がいるのは幸せなことだし良いとは思うけれど、……やってみたいと思ったこともない?」
裁縫は楽しいわよ?と、ネル先生が首を傾けながら尋ねてくれる。
嫌味とかではなく自分にとって仕事にしちゃいたいくらい楽しいことを、私達が全然なのが純粋に勿体無いと思ってくれている顔だ。正直私は縫い物よりも料理ができなかったことの方が残念だったし、裁縫はあまり興味もなかったから今まで不便には思わなかったけれど……。
「ッそ、そんなことありません!」
アムレットが机から身を半分乗り出すようにして声をあげる。
目を大きく見開いて先生に詰め寄る彼女の手には握りすぎて若干皺くちゃになった布と、危うい位置に針がある。突然の大きな声に先生の方がびっくりして目を丸くする中、真剣な表情でアムレットは捲し立てるように早口になる。
「私だって最初はやってあげ……ッやってみたいと思ったことはあります!けど、やっぱり向き不向きは誰にでもあるとも思うし勉強の方が忙しくてあまり家事とかまで手がつかなくて、解れを縫うのも服洗うのもスープ作るのもパンを焼くのも珈琲淹れるのも私より家族の方が全部が全部上手で早くてっ、それに皿も食べ物も服も糸も失敗して駄目にしちゃって良いほどの余裕もうちにはないし……その、…………結局私が甘えてただけです……」
最初の勢いが嘘のようにだんだんとアムレットの声が萎んでいく。
最後はしゅんと肩を落として机に俯いてしまうアムレットは、また顔が恥ずかしそうに熱っていた。なんとも女の子らしい悩みと彼女らしい理由に微笑ましく思えてしまう。
彼女に応戦するように「私もできるようになれたら嬉しいです」と私からも続く。実際、この呪いをなんとかできるならそうしたい。ネル先生みたいな素敵な腕前とまで我儘は言わないから、せめてステイルやアーサー、ティアラにバレても恥ずかしくないものは欲しい。
そう思って見返せば、ネル先生がにっこりと笑ってくれた。「良かった」と安心したように言いながら、最初に落ち込んでいるアムレットの指先へ手を伸ばす。
「そういってくれると嬉しいわ。今からでも全然遅くないわよ」
そっと針と布を握るアムレットの指にそれぞれ添え、まるで子どもの野菜切りみたいに彼女の手をやんわりと動かす。
にこにこと笑ってくれる先生の細い指が、アムレットの手を誘導するように糸を進めさせた。ついさっき、穴を空けないように超低速で布を通っていた針が嘘みたいに通り過ぎ、そして海面のイルカみたいに上がってはまた布地へ潜っていく。
「勿論、被服は生活で必要な技術には変わらないけれど……それでも、もし興味なくて嫌いなら無理する必要もないの」
上手上手、と優しく小さな子どもにでも言うように唱える先生に、アムレットの目が丸くなる。
肩だけが強張ったまま、指だけは先生に誘導されるまま緩やかだった。
「自分ができないことは、誰かを頼れば良いんだから」
一本の並縫いを乗り越えた後、唖然とするアムレットに笑みだけ返した先生が今度は私に手を伸ばす。
ごめんなさい私は実力で発展途上のアムレットとは違うんです!と心の中で叫びながらも逃げるわけにもいかない。頭の中では調理の授業で先生にいくら補助を受けても惨殺鳥肉事件を犯してしまったことが何度も巡る。
アムレットと同じように手を添えられ、ゆっくりやったにもかかわらず針より穴が大きくなりかけていた布地を別箇所から針が通り抜け、そして一線を引いて波縫うままにもう一度布地へ
「けど、やりたいことならちょっとずつできるようにしていきましょう。私も協力するわ」
……優雅に、潜った。
あれ、えっ、うそ⁈と、喉に突っかかってしまう程に口が空いたまま塞がらない。調理の補修と違い、綺麗に一本の線が出来上がってしまったことに驚愕が隠せない。
単なるなみ縫いに大袈裟と思われるかもしれないけれど、私個人に関しては大袈裟なんかじゃない。人様に手伝ってもらって何とかなるものじゃないのに‼︎
無理に動かされた感覚も操られた感覚もしないのに、特殊能力かと疑いたくなる。一度息を飲んでから瞬きもできなくなった目で目の前の先生を見返せば、アムレットへ向けたのと同じにこにこと優しい笑顔が返された。
「ほらできた。二人ともちゃんとできるじゃない。今日は先ず、基本よりも刺繍ができる楽しさを覚えて帰りましょうか」
ねっ、と笑いかけてくれるネル先生が輝いて見える。
元気よく嬉しそうな声で返事をするアムレットに反し、私はまだ声がでなかった。彼女はともかく、どうして私まで今ちゃんとできたのかと不思議で仕方ない。そして、……思い出す。
第二作目の登場人物。
初めて会った時にも思い出した、ネル先生の立場。
調理の講師と違い、ネル先生はモブキャラとしてだけどゲームに登場した。そして当然ながら授業科目は今と同じ被服だ。
ファーナム兄弟のお姉様に手製の肩掛けを作ってプレゼントする為に、先生に教わりながら頑張って大作を完成させる場面。……よく考えれば、一般的な縫い物ができる程度の子が完成できるクオリティの肩掛けではなかった。
ゲームではキラキラした素敵な羽織物でも気にしなかったけれど、普通に考えたら恐ろしい技術進化だ。
彼女の腕前自体はお兄さんがいなくなって一人で生きてきたからこそ鍛えられた技術だとすれば、主人公チートでも何でもない。なら、……教えていたネル先生の方がチートだとしたら。
第一作目で料理をしたこともなかったレオンと一緒に料理大成功させたティアラのように。
「じゃあ先ずはアムレットから始めましょう。どんな刺繍にしたい?自分の名前以外でも好きな言葉でも何でもいいわよ」
好きなので手伝ってあげる。そう言って、ふふっと笑うネル先生にアムレットの笑顔がきらきらと輝き出す。
女神様……‼︎‼︎
小顔に小柄な細い身体、変装中のアーサーみたいに長い三つ編みを二個つけた明らかに文化系教師の彼女の頭に輪っかや白い羽まで見えてくる。
思わぬ救世主との運命的出会いに、気がついたら指を組んでいた。
Ⅱ83.86
Ⅰ132.168




