II3.我儘王女は肩身を狭め、
「では、……残すは近衛騎士二名の配置でしょうか。」
ジルベール宰相の話を聞いた騎士団長が話を進めてくれる。
三十年若返らせる特殊能力者に関しても、正体がジルベール宰相ということは知らずとも、全員何となく想像はついていたらしく黙したままだった。
四年ほど前の殲滅戦で私やステイルが子どもの姿になったのは、当時の騎士団が知っている。ハリソン副隊長も冷静なのを見ると、わりと直接関わっていない騎士にも知れ渡っていたのかなと思う。……いやハリソン副隊長なら初耳でも冷静を保つ気もするけれど。
アーサーは私達と一緒に生徒として潜入。そして近衛騎士二名がセドリックの護衛として潜入。フリージア王国の王族だと色々鑑みられる可能性があるけれど、ハナズオ連合王国の王弟であるならゲスト体験入学も不思議じゃない。我が国の民になるセドリックが新体制機関に興味を持つことは当然のことだ。
国際郵便機関もこれから人材募集や体制についての相談も学校の後に行っても問題はない。私の為の体験入学後なら、こちらとしてもセドリックの予定を優先してスケジュールを組むことが出来る。セドリックの希望ではなく、我が国からの体験入学打診とすれば上層部も疑問には思わないだろう。
そこまで考えてふと、私は視線をちらりと隣に座るティアラに向けた。セドリックの話が出てから、また小さく頬を膨らませている。私がそっと頭を撫でると、無言でぎゅっと私の腕に両手でしがみついてきた。
セドリックの体験入学。最初にこれを提案したのはティアラだった。
ジルベール宰相との打ち合わせの際、私とアーサー、ステイルが生徒に紛れ込むという話になった時に、ティアラも一緒に潜入したいと声を上げてくれた。ステイルが「遊びじゃないんだぞ」と言ったけれど、それでも「私だってお姉様を守りたいんだからっ」と言い返してナイフを構えてみせたくらいに。ヴァルにナイフ投げを教わったティアラが強いのも知っているし、気持ちは嬉しかった。……けれど、最終的にそれは無理だった。
単純にティアラを巻き込めないという理由ではない。今やティアラは私やステイルより遥かに忙しくなるからだ。
〝王妹〟の勉学が、本格的に始まる彼女は。
元々、ステイルのお陰で誰が王配になっても問題ない体制が出来上がっていたらしいけれど、今はティアラが王妹になって王配業を担うことが決定した。
彼女が父上から直々にそれを教わらないといけない。私やステイルはもうずっと前から女王と摂政となる為に勉学をしていたから学校の潜入時間くらいは問題ないけれど、ティアラにその余裕はない。
父上の王配としての仕事をティアラに合わせることは流石にできない。ティアラが今一番に取り組むべきなのは王配業を身に着けて、私が女王になる時にはしっかりと上層部や民に自分が王配の職務を担えると証明することだ。
時々学校へ見学や視察に来ることはできるだろうけれど、潜入という文字通り毎日通うのは無理がある。次期王妹として潜入する私の傍に居るよりも、今はその立場を守る事の方が大切だ。
ジルベール宰相にそれを諭され、むうぅぅと唇を絞ったティアラは凄く悔しそうだった。そこで自分が行くことを諦めたティアラは「ならっ」と次なる策として私達に提案した。
セドリックを一緒に潜入させて欲しいと。
最初の希望はステイルや私のように生徒として、だったけれど、それだと彼にもジルベール宰相の秘密を明かさないといけなくなるし、彼へ極秘の護衛も更に必要になる。
そこでジルベール宰相とステイルが思いついてくれたのが、セドリックの体験入学だった。それなら、大手を振って彼に護衛を付けることが出来るし、それを隊長格でもある近衛騎士にすれば守りも盤石になる。一人をセドリックの傍につけ、更にもう一人をセドリックの安全の見回りと称して学校内に歩かせる形で私達の護衛にこっそり付いて貰えれば安全だ。
ティアラがセドリックを私の傍に付けたいと提案してくれた理由と同様に、セドリックは強い。今や我が国の騎士達に対抗できるくらいの実力であることは奪還戦でも証明してくれている。私がアダムに狂気の特殊能力を受けた後も彼のお陰で犯人確定できたらしいし、きっと彼がいれば助けられることもあると思う。ティアラがセドリックの存在を提案してくれた時も、正直私も巻き込むことはわかっていながら否定には入れなかった。彼がいれば、と思えば今は心強さの方が勝ってしまったから。……本当、申しわけなくはあるけれど。
セドリックに事情を話して打診してみようという意見で纏まった時には、ティアラも少しほっとしてくれた。ステイルとジルベール宰相も「彼なら首を縦に振る筈」と確信している様子だった。
ステイルに至っては「姉君かティアラが頼めば間違いないでしょう」と断言していた。私はともかく、彼の片思い相手であるティアラならば確かに確実だろうけども。
それを言われた途端、ティアラは唇を絞ってステイルの肩をポカリと叩いていた。少し顔が赤くして怒っていたティアラは、セドリック本人だけでなくセドリック関連のことで自分を結びつけられるのも嫌らしい。なんだか前より嫌われ度が上がっている気がして、勝手に話題に上げられて勝手に巻き込み決定されて勝手に大好きなティアラからの好感度が下がっているセドリックが余計不憫になった。
ただ、ティアラにとってセドリックが私の協力者としても頼れると思って貰えていたことだけは、素直に良かったねとも思う。ティアラがこういう風に誰かを進んで推薦するのは、基本的にそれくらい信頼した相手だけだもの。今も自分が潜入に関われないことは不満そうなティアラだけれど、それでも玉座の間では一度も「私も行きたい」と言わなかった。打ち合わせ通りに見届けて、今もずっと我慢してくれている。本当に優しい妹だ。
「ええ、それで先ず一名は学校内の講師としてお迎えするのはいかがかと」
ほう、と騎士団長の目が僅かに丸くなる。
背後に控える近衛騎士達も虚を突かれたような表情になった。まだ、アーサー以外誰がどの配置になるかはわからないけれど、講師という言葉が新鮮過ぎるのだろう。
これも、ジルベール宰相と私達で考えたことだ。
プラデストでは、選択授業に合わせて教師だけでなく、色々な講師を雇うことになっている。服とか土工とか料理とか、生徒達が将来仕事にありつくのに困らないように、そして自分に向いた仕事が見つかるように。
その授業の一科目として、男子生徒の選択授業に騎士の講師としてひと月だけ本物の騎士を講師として導入することにした。騎士を目指したい子も居るかもしれないし、取り敢えずは試験導入という形で。
もともと、プラデスト自体が同盟共同政策の為の導入なところがあるし、一時的に導入してもおかしくない。元々、騎士の授業を取り入れることは以前から決まっていたし、それを最初は本物の騎士にお願いしても誰も疑問には思わない。
試験導入、ということで全てが終わったら別で剣の教師を付けることも良いし、必要だったら定期的に騎士団から毎日一人ずつ誰かしら講師として騎士を派遣して貰うのも良いと思う。つまりは、その一時的な剣の講師として特別に近衛騎士の誰かに任せるということだ。
隊長格なら基本的に部下への指導にも慣れているし、特別難しいことではない。あくまで授業の目的も、〝騎士〟と名を冠してはいるけれど、実際は護身の為の剣や格闘術の指南だ。
本当に剣の振り方や身体の使い方を教えるだけで良いし、騎士団の演習内容を物凄く優しくすれば良いだけだ。
ジルベール宰相からそう説明をされると、近衛騎士達が無言で違いに目配せし合った。現段階で、誰がどれにつくかを鑑みているのだろう。ハリソン副隊長の顔が今日一番に顰まったので、恐らく講師は絶対嫌なのだろうなと思う。副団長も察したようにハリソン副隊長に目を向けて少し笑っていた。
「そして、最後の一名なのですが……先ずはこの役割に関して近衛騎士の方々にも相談に加わって頂きたいのです」
今まで黙して話しを聞くことに徹したアラン隊長達が、驚いたようにジルベール宰相を見返す。
騎士団長から目で許可を得て、口々に「何でしょうか」と返す彼らにジルベール宰相は手で順々と私とステイル、そしてアーサーを示した。
そう、……この役割が、ある意味一番人を選ぶことになる。
「今回、プライド様とステイル様は生徒として潜入しますが、寮には住みません。王女、王子としての公務もありますし、何より一日中の護衛も男女の別れた寮での警護も難しいですから」
寮に入ればステイルに瞬間移動で迎えにきて貰うこともできるけれど、それでも一時的に一人にはなってしまう。
学校の教師にも身分を隠す手前、手続き無しでこっそり寮を抜け出しまくっては怪しまれてしまう。寮は個室もあるけど、複数人部屋にでもなったら同室の子どもに絶対バレる。上手く個室にすることができても、結局は見回りで寮母さんにバレてしまうのが見えている。ステイルもずっとヴェスト叔父様との公務を休むわけにはいかないし、私も王族としての勉強が残っている。アーサーだって騎士団での任務や演習がある。
この説明には、騎士達も納得するように頷いた。騎士団長も深々と頷きながら「確かに」と同意してくれる。
全員が納得をしたのを確認してから、ジルベール宰相はにこやかな笑顔で更に続けた。
「そして毎日通学を城から往復しては誰かしらに気づかれてしまいます。あくまで上級層の人間ではなく、一般の民として正体を隠さなくてはなりませんから」
学校内の人間に気づかれた時点で視察も中止。プライド様達は城に戻らないといけませんと話を聞きながら、心の中で前世にあった昔話や昔の魔女っこアニメみたいだなと少し思う。
通学途中に馬車で向かうわけにもいかないし、王族として隠すにしても帰るための仮の家が必要になる。ステイルの特殊能力を知っているジルベール宰相の屋敷でも良かったけれど、どちらにせよ上層部の人間だと気づかれてしまう。帰宅途中でいつ民に見られるかもわからないし、何処に住んでいるのとか聞かれたときに中途半端な嘘だと明るみになる。その為にも
「アーサー殿も含め、子どもの姿になって頂きます御三方の〝親族〟として近衛騎士の方の家と立場をお借りし、送迎もお任せできればと。」