そして気を引き締める。
「裏稼業か口の軽い連中じゃなければ勝手にしろ。…………下手に特定されて人質にされたら困る」
元々、裏稼業や彼の取り巻きに提供されていた情報は身体的特徴に限れば「細身、筋肉質。地毛は黒、深青もしくは翡翠に染め流した鼬色の瞳、鋭い垂れ目」というだけだった。正直それだけで照合するならどこにでも居る。染める髪なんて変化し放題だし、地が黒髪なら珍しくない。
この人相書きも含めて賞金をかけてバラ巻けば、簡単にライアーは見つかったかもしれない。そしてレイは、〝だからこそ〟少ない情報だけで探させていた。
ライアーを見つけたい気持ちもあるけれど、同時に金を持っているレイ相手にライアーを見つけた裏稼業が素直にそのまま引き合わせるとは思えない。〝本物かどうか直接見ないと判断できない〟という状況だからこそ、ライアーを安易に人質にされることもなくなる。そしてその為にライアーとの関係すら隠し続けていた。
レイがライヤーと会ってどうするつもりか。復讐か、金か恩か。そのどれもわからないままだからこそ裏稼業の人間も下手にライヤーへ手出しできなくなる。雇い主との関係がわからないというのは、つまり〝どう扱えば良いか〟もわからなくなると同義なのだから。
あくまで命令は見つけて引き合わせることのみ。復讐をしたいと判断されれば、見つかったライアーを手荒な裏稼業がどう捕まえるかわからない。恩人と判断されれば、今度は人質にされて手荒な真似を受けるかもしれない。どちらにしても関係が知られれば、裏稼業によってライヤーの身を危うくなる。こういう判断だけは流石レイ、裏稼業をよくわかっている。
どれだけ見つけたくても何よりも、彼の身の安全が一番大切だった。
「なら、騎士のアランさん達にも尋ねてみましょう」
「他に隠したいこととかはないっすか?」
「書類を全部見てから聞け馬鹿が」
ピキンッ!と、ステイルから硝子を割ったような音が聞こえた気がした。
直後には恐い気配もして恐る恐る振り返れば、黒い覇気をうっすら溢してレイを睨んでいる。レイとしては、この場で口では書類の内容やライアーの名前すらあまり出したくないのだろう。今この場には口が軽いか堅いかわからない生徒達がたくさんいるのだから。
アーサー本人はあっさりと「すみません」と謝った大人の余裕だったけれど、ステイルの方がお怒りだ。俺様な態度も手伝ってアーサーを馬鹿呼ばわりされたのも逆鱗に触れてしまったらしい。表情こそいつもの社交用平静を保っているけれど、確実に「協力させる気があるのかないのかはっきりしろ」と思っている。アーサーも気づいて引き攣った顔でステイルとレイを見比べた。
やっぱり相変わらずの俺様な性格はそのままだなぁと私は深く溜息だけを吐いてしまう。
まぁ貴族が庶民に偉そうにするのは、どこでもよくある話だけれども。……ステイルが王族と知ったらどうするのだろうこの人。
第二作目では主要キャラに王族はいない。一番偉い立場が貴族で理事長子息であるレイだったもの。レイが王族相手にどう出るのかは私も想像がつかない。
「また一限後に来てやる。それまでによく読み込んでおけ」
「えっ!ちょっと待って一限後はフィリップとジャックは選択授業だから……お昼休みはどうかしら⁈」
言うだけ言って飽きたように宿題を投げたレイから返事はない。
私の言葉も聞こえないように本を片手に立ち上がってしまう。知るかの一言もないまま、ズンズンと生徒に身体がぶつかるのも気にせずに背中を向けて歩いていく。
一限後に来い、じゃなくて自分から来てくれるというのはせめてもの配慮だろうか。……いや、単純に自分のいる特別教室の生徒の前でこの話をしたくないのもあるかもしれない。一限後じゃ生徒も皆いるまの。
去って行く背中に向けて一限は予定があるのと訴えるけれどレイは全く聞く耳持たない。そのまま扉の向こうへ去ってしまう、と思ったところで不意にピタリとレイが足を止めた。髪を耳にかけてそのままくるりと振り返ってくる彼に、もしかして昼休みに延長してくれるかなと僅かな期待を胸に持つ。
「そこのジャンヌと取り巻き二人に余計なことは聞くな。少しでも詮索や口外すれば、家ごとなくなると思え」
ッだから貴方もうそんな権力持ってないでしょう⁈
私を堂々と指しながらの脅迫宣言に、口端が引き攣ったまま固まってしまう。
確かにライアーのこととか聞かれたら困るのはわかるし、効き目ばっちりの脅し文句でしょうけども!
それだけ言うとまた踵を返して去ってしまったレイの背中を見送れば、もうなんだか置いて行かれたような気持ちになる。紙の束を一度閉じ、周囲を軽く見回せばさっきまでざわざわと遠巻きに見ていた子達も私から目を逸らし散っていく。
特別教室のレイとどういう話をしていたかも気になるけれど、それ以上に彼からの報復が恐いようだ。貴族に大々的にあんなこと言われたら恐いに決まっている。お陰でまた確実に私まで悪目立ちしてしまった。……このまま仲良くなれた子達まで離れてしまったらどうしよう。
取り敢えずレイがくれた書類を手に、彼が空けてくれた元の席に戻ろうとアーサーの席から一度立つ。ステイルが「こちらを使って下さい」とまだ一度も腰を下ろしていない自分の席の椅子を私と交換した。誰かが座った席に私が座るのを気遣ってくれたのか、それとも単にレイに怒っているからか。
どちらにせよステイルにお礼を言って座ると、そこで初めてステイルも隣の席に着いた。彼にしては珍しくどっかりと音を立てて座る様子は、やっぱりちょっとまだ怒っている。
それから中途半端に残った一限までの時間は、レイに渡されたノルマの速読に徹することにした。正直、授業中に読まないことを鑑みたら普通の人には一限終わりまでに読み切れる量じゃない。ステイルも椅子を寄せるようにして隣から覗き込んで読んでくれ、アーサーも私達の背後に回って覗きこんだ。
先ずは一限終わりに確実にノルマ完了しているか確認される私が読まないと始まらない。ステイルはまだしもアーサーには終える速さじゃないだろうけれど、ここは私主導でバンバンと頁をめくらせて貰った。授業だけでも真面目に聞く為にもこの場で一気に頭に入れてしまおう。悪知恵働く優秀な頭設定で本当に良かった!
一頁からめくっていく中で、読めば読むほど今回の資料は本当に詳細だった。
裏稼業達に伝えられていた情報にはなかったアレについてもちゃんと記載されているし、ライヤーの情報だけでなくレイとの関係まで書かれている。もしかしたらこれを目の前で読まれるのも嫌だったのかもしれない。
きちんと自分が今までどんな捜査方法で探したかも書かれている丁寧ぷりだ。……〝人身売買リスト〟を探したけど見つからなかった、とか違法ギリギリの内容もあるけれど。もしこれで手に入れてたらもうアウトだ。
私よりも素早く速読しちゃうステイルが「レイが……⁈」と声を漏らしたり、アーサーも単語単語は追っては「あれ、ンじゃあラ……こいつって」と驚いたように零していた。
私はゲームで知っていた情報だけれど、二人には色々と衝撃だろう。レイが絶対に裏稼業の人間にもそして父親にも口外したくなかった情報だ。……やっぱり、あんな態度ではあるけれど私達に協力させてくれるつもりはある。
鐘が鳴り、暫くして何処か顔色を悪くした教師が教室に入ってきた直後に寸前でなんとか読み終わった。
最後の一枚を捲り終わった瞬間、ステイルと合わせてハァーーーー……と息を吐き出してしまった。速読だけでここまで集中力を使ったのは初めてかもしれない。ステイルも流石に疲れたように眼鏡の下の目頭を押さえながら脱力している。
「……ジャックにも、あとで教えるわね」
お疲れ様です、と席に着きながら言ってくれるアーサーに笑顔を返し、レイから貰った書類を一度リュックにしまう。
私とステイルは目を通せたから良いけれど、アーサーに授業中に読ませるわけにもいかない。折角貰えたのだし後でゆっくり読んで貰うか説明しよう。少なくとも私はもう全部覚えたから問題ない。
先生が出欠を取り始める中、視界に広がる生徒達の背中を眺める。本当に読んでいる間全員一度も私達に話しかけてこなかった。途中から集中力上げすぎて耳に入らなかっただけかもしれないけれど。それでも誰かが話しかけたり覗き込んできたらアーサーがわかる筈だ。
『少しでも詮索や口外すれば、家ごとなくなると思え』
本当にセドリックの時もそうだったけれど、俺様キャラってどうしてこう対人関係になると色々面倒にしちゃうのか。
効果は抜群だったけれども、私達三人が危険人物みたいに扱われてしまいそうで困る。まだ学校潜入まで期間があるのに。
もうアンカーソンの後ろ盾がない以上、彼に家を潰すような力はない。カレン家も貴族ではあるけれどそんな力は絶対残っていない。まさか物理的に自身の特殊能力でやるつもりじゃないかと心配になる。ライアーを見つけるのに彼の身の安全の為なら物理的に全焼くらいやりかねない。……あれ、全
「ジャンヌ・バーナーズ」
はい、と。まだ顔色の悪い先生に呼ばれ、声を上げる。
取り敢えずまた出欠を聞き逃すうっかりはしないで済んだことにほっとしつつ、私は一限後のことを考えることにする。一限後にはステイルもアーサーもいない。…………しかも、大事な先約もいる。
相変わらずの最前列で教師の授業をしっかりと聞いているアムレットに自然と視線が行く。
攻略対象者探しの中断も残念だけど、この後もまた色々と大変なことになりそうだと今から覚悟した。




