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フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
頤使少女とショウシツ

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Ⅱ259.頤使少女は再び始め、


「では、行きましょうかプライド」

「カラム隊長、また学校では宜しくお願いしますね」

「失礼します!」


ステイルと私に続き、アーサーがカラム隊長に頭を下げた。

着替えを終え、私の部屋に訪れたステイルとアーサーが並ぶ中、カラム隊長と近衛兵のジャック、そして専属侍女のロッテとマリーがいつものように朝から見送ってくれる。

今日まではカラム隊長も一限から学校出勤だけど、私達の送迎を終えたエリック副隊長が城に戻ってきてからだ。

お気を付けて、と声を掛けて貰った私達はステイルの瞬間移動で視界が切り替わった。カラム隊長達の姿から、もう大分見慣れてきたギルクリスト家の玄関だ。


「おはようございます、ギルクリストさん」


既に控えてくれていたエリック副隊長だけでなく、朝食の皿を片付けているお母様にも挨拶をする。

おはよう、と優しい笑顔で笑い掛けてくれたお母様はもう私達の存在も見慣れている。そのまま重ねた食器を台所へと運んでいった。

ふんわりと香るコーヒーと焼けたパンが香る中、明るい雰囲気の内装と窓から差した陽の光が合わさって、何度見ても理想的な家庭風景だなと思う。エリック副隊長が早速家を出ようと玄関の扉に手を掛けた時、寸前にまた別方向から声がかけられた。


「あージャンヌ達か~。いってらっしゃ……」


ずしゃん!と。

声がしたかと思った瞬間、なにかが雪崩れ落ちたかのような音に思わず肩が上下する。

首を捻って向けてみるとやっぱりキースさんだ。……多分。居間のソファーから毛布ごと大人一人が床に落ちたところだった。こちらからだと背もたれ側でよく見えない。でも声からして間違いないと思いながら、先ずは落下したことが心配になる。ぴょこんと見える柔らかそうな髪の旋毛位置から推測して多分私達の顔を見ようとした拍子に毛布ごと落下しちゃったのかなと思う。大分声も寝ぼけていた気がするもの。

「大丈夫ですか⁈」と身体ごとで振り返れば、伸びきった腕のまま手首だけ軽く振って答えてくれた。それからまた力尽きたかのようにパタリと手の平も床に落ちてしまうから、まるで死んでしまったかのように見える。

エリック副隊長の溜息が聞こえると思って見上げれば、額を手で覆っていた。


「キース、もう部屋で寝ろ……」

「だーかーら疲れすぎて動けねぇんだって何回も言ってるだろ……。昨日は死ぬほど忙しかったんだから」

呆れたようなエリック副隊長の言葉に、キースさんもいつもより弱々しい。

もう食う体力もねぇよ、と零す言葉を聞くとまだ朝食も一人食べていないのかなと思う。そういえば二日前も仕事で帰ってこないと言っていたし、そんなに忙しかったのだろうか。少し気になって瞬きが多くなってしまうと、ステイルも身体ごとキースさんへと振り返った。その途端もう少し立ち話に入ると判断したらしいアーサーが「大丈夫っすか?」と早足で倒れたままのキースさんに駆け寄った。


「昨日はそんなにお忙しかったんですか?」

「忙しい忙しい。ていうか……急に忙しく、……なった…………」

大丈夫、と手を貸そうとするアーサーに手を振って断るキースさんがまたパタリと腕ごと床に同化した。

最後はまるで試合に負けたかのように萎んだ声で呟くキースさんは、それ以上詳しく言わなかった。まぁお仕事がお仕事だから言えない部分もあるのだろう。そのまま床にくっついたままのキースさんにアーサーがあたふたする中、たった十秒近くの沈黙で今度は寝息まで聞こえてきてしまった。本当に大分疲れているらしい。アーサーもまさかの展開にびっくりしていた。

エリック副隊長がもう出ようとアーサーを無言で手招きすると、一度エリック副隊長とキースさんを見比べた後に意を決したように寝ているキースさんを手早く抱え上げて目の前のソファーに乗せた。ぼすん、と突然の体重をソファーが受け止めた後、駆け足でアーサーだけが私達のところに駆け寄ってきてくれた。優しいアーサーらしい。

お待たせしました!と謝るアーサーに、弟が十四歳の姿の少年に面倒を見られたことがおかしかったのか、苦笑まじりの笑みで銀色の頭を撫でた。アーサーもエリック副隊長にまさかの頭を撫でられたことにはびっくりしたのか、ちょっとだけ目を丸くしている。なんだかこうして見るとアーサーがもう一人の弟みたいだ。

それからとうとう私達は家を出た。


「大丈夫っすかキースさん。大分おつかれでしたけど……」

通学路を数メートル進んだところで、「お見苦しいものをお見せしてしまい申し訳ありませんでした」と謝ったエリック副隊長へ最初に口を開いたのはアーサーだ。

去った後にも何度もギルクリスト家を振り返るアーサーに、私とステイルも頷く。確かに心配だ。しかも「急に忙しくなった」なんて言葉を聞くと、なんだか嫌な予感もする。

尋ねるアーサーにエリック副隊長は「大丈夫大丈夫」と軽い口調で返すと、少しだけ声を潜めながら笑った。


「ああ言ってるけど、急な案件に飛びついて自分から忙しくしたのはキースだから」

エリック副隊長の話だと、キースさんの二、三日夜通しはよくあることらしい。ただ昨日はやっと早上がりしようとしたところで急な案件が発生した結果、疲労困憊の身体にむち打って飛びついたと。急な案件……という言葉にちょっと喉がヒクついてしまう。ステイルも同じことを考えたのか、僅かに窺うような低い声でエリック副隊長を覗き込んだ。


「その、案件とは……?」

「〝とある侯爵家〟の検挙です。……ご存じの」

あはは……と笑うエリック副隊長には私達から敢えて視線を逸らすように正面を向くけれどもうこちらは、やっぱり⁈と肩が必要以上に上がってしまう。

キースさんは新聞社務めだ。そこで昨日起こった急な案件なんて絶対にアンカーソン絡みしか考えられない。詳しい詳細こそまだ明かされていないけれど、少なくともアンカーソンの屋敷に衛兵が何人も入ったのは周囲に住んでいる人が見ている筈だしちょっとした事件だ。

しかもその直後に働いていた使用人達も出て行っていれば、噂が広まるのもあっという間だろう。二日間通して働いていた上に、そこでそんな大スクープが飛び込んだ新聞社全体が大賑わいにならないわけがない。

ごめんなさい‼︎と慌てて謝れば、エリック副隊長は「本人は久々の大捕物と喜んでいたので」と笑いながら首を振ってくれた。けれどその結果あの瀕死っぷりだ。

特ダネ自体は嬉しいことかもしれないけれど、なんだかあの死にっぷりを見ると申し訳なくなる。


「ジャンヌ達も今日は色々とお忙しいと思うので、ご無理だけはなさらないで下さい」

頼んだぞ、と。エリック副隊長がアーサーの背中を叩けば、反るほど伸ばしたアーサーが元気の良い返事を上げた。私とステイルからも一声ずつ、エリック副隊長の気遣いに感謝を返す。

そう、今日は本当にいろいろと忙しい。攻略対象者探しの洗い直しだけでなく、昨日協力をすることを許されたレイと一緒にライヤー探し



だけでは、ない。




……




「ジャンヌ!ジャック!フィリップ!」


「ネイト?」

校門でエリック副隊長に手を振り、中等部の昇降口へ向かったところで今度は正面から声を掛けられた。

リュックを足下に降ろし元気に手を振っているネイトは、まだ至る所にガーゼや包帯こそ巻かれていたけれど元気そうだ。狐色の目を爛々と輝かせてくれる彼へ駆け寄れば、「おせーよ!」と明るい笑顔で迎えられた。明後日まで自宅謹慎中の彼は、今日も引き続き授業には参加できない。


「また無理して来たの?怪我の具合はどう?」

「もう全然大したことねーよ!全然歩けるしリュックも軽いし飯も食ったし完成もした!」

元気いっぱいに返してくれるネイトの言葉をうっかり聞き流しそうになる。

確かに怪我をしていることを抜けば、こうして話している間も元気よく跳ねて見せる余裕がある彼は身体に響いていないのも本当かもしれない。しかも今、「完成」したって……。

もしかして、と思って瞬きも出来ずに見返すと、歯を見せて自慢げに笑ってくれた。軽いステップでしゃがむと、リュックの中から大して探る必要もなく両手でそれを取り出した。


三日前、彼が私に贈ってくれた物と全く同じ発明だ。



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