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フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
支配少女とキョウダイ

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Ⅱ30.支配少女は向かう。


「か~わ~い~そぉお~!信じらんな~い!」


…………誰?


「ッお前に何が分かるんだ‼︎」

……彼、は。


窓明かりだけの世界。

内装こそ綺麗に整っていたけれど、古びて薄汚れた私物が並べられたその部屋は酷く歪に見える。たった一つのベッドには身体を起こした女性が身体を震わせ、顔を両手で覆ってうずくまっていた。

愉快そうな少女の笑い声と、そして怒りを剥き出しにした白い少年の声。その中に、ぽつりぽつりと雨粒のような別の女性の声が合間を縫うように零れてきた。


「可、哀想……。そう、そうよね……私、私の、せいで……私が……なかったら……ちゃんは、……」

ぽつぽつと雨粒のような声に混ざり、女性の目から雫が落ちた。顔を覆う両手の指の隙間から落ちたそれが、膝の上の毛布に吸い込まれる。

見るだけで痛ましいその姿を少女は嗤う。声を上げ、心から楽しそうに悪意を込めてあざ笑う。


「えー?当然の感想じゃない??それでも姉?ほんっとにこんな姉いない方がマシ」

「うるさい!!姉さんは悪くない‼︎僕らは家族なんだから面倒をみるのは当然だ‼︎身体だって、ずっと、ずっと僕らの為に身体を壊すまで働いたから姉さんはっ……」

「姉さん姉さん煩いんだけど?そんな風に刃向かって良いの??私の不興を買えばどうなるかわかっているでしょ」

姉を侮辱する少女に、いくら怒鳴っても届かない。

……そうだ、お姉様は悪くない。悪いのはー……。

少女は思い直すどころか、むしろ脅すように彼を睨み返す。甲高い少女の声が、余計に彼の怒りを煽る。敢えて目の前の女性に聞こえるように高々と放った言葉の刃は、まだ刺さったままだ。

姉を傷つけた少女に歯を剥きながら彼は逆らえないように下唇を噛み締めた。拳を握り、憎々しげに少女を睨む。

自分に逆らえないことを確認した少女は間近にまで彼に顔を近づける。……ああ、この光景を知っている。確か、ずっと昔にゲームで……


「良いの?纏めてここを追い出されても。行くあても無いんでしょ?今の仕事なくなったら困るのは貴方達よねぇ?」

含むように少女が笑う。

近づけられた顔と新しい玩具を見つけたように笑う目が残酷で。彼が顔を背中ごと反らした後も少女は楽しげに嗤い続けていた。


「言ったでしょ?貴方は今日から私の物。そうあの人が決めたの。私が言えばあの人は迷わず貴方達を切るわ。貴方は私に逆らうのも駄目。私の望む通りに動くの。じゃないと使えない姉を引き摺って野垂れ死ぬことになるのよ?……だ〜か〜ら」

擽るような少女の声に彼の顔色が変わり、歪む。

彼の反応を楽しむように彼女がニヤニヤと笑みを広げる。腕を組み、自分が絶対的有利だと彼に示しながら途中で言葉を切った。

妖しく光る眼差しを彼から流れるようにベッドの女性へと移す。人に向けてはいけない危ういその眼差しに、彼が声を漏らす。

彼女が口を開く前に「やめろ」とこれから起こることを予期するように喉を震わせた。その言葉を皮切りに、少女は一歩ずつベッドの上の彼女に歩み寄る。


「カワイソウ、カワイソウカワイソウカワイソウ。貴方のせいでそんなことになるなんて。本当に本当に可哀想。貴方のせいでこんな暮らしになるなんて。役立たず、役立たず、役立たず、役立たず、生きているだけで大迷惑。貴方さえいなければクロイも」

やめろ、それ以上言うな、と彼が繰り返し叫ぶ。振り下ろしたい手を拳で留め、必死に耐える。

彼は彼女に逆らうわけにはいかない。大事な姉を生かす為に、彼女の為に、生活の為に、そう思いながら彼は大事な姉が目の前で傷つけられるのを止めることも許されない。大事な姉の為に、姉を傷付ける言葉を止められない彼は必死に声だけで拒絶と許しを乞う。

「違う」「僕らは家族なんだから」「おやめ下さい」「姉さんをこれ以上傷つけないで下さい」と。

顔を覆い、耳を塞ぐ前に全身を震わせ硬直する姉が、彼女の毒に目蓋を無くすほど目を見開く。発作のように息を荒くし、か細い悲鳴が漏れ聞こえた。


「そう……そうなのっ……私……私の、私の所為でっ……あ、あぁぁあぁぁぁあぁ……ど、どうしましょうクロイちゃん……お姉ちゃん、お姉ちゃんはあんな、あんな取り返しのつかないことをっ……クロイちゃんクロイちゃんクロイちゃん私、わたしはどうすればっ……クロイ、クロイちゃん⁇クロ、……誰。誰なの……⁈ご、ごごごごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい‼︎」

「ッ違う‼︎‼︎姉さん聞いて!僕、僕らは……」



〝そうして姉さんはもっと壊れていった〟……ゲームで、彼が語った事実。



ハハハッ!と少女は嘲笑う。

目の前の弱り切った女性を前に、言葉だけで彼女の心を殺す。珍しい生き物を眺めるように笑み、壊れゆく様子を楽しむ。自分の言葉を真っ直ぐ受け止め傷付く彼女が面白くて仕方がない。人間ではなく、ぽろぽろと涙を零すだけの人形としか思っていない。

彼が耐えきれず、声を荒げてそんなことはないと否定すれば、くるりと振り返り彼に向けて人差し指を満面の笑みで口元に立てた。

お黙り、の意思を女性らしい仕草で表す彼女は悪意に満ちていた。彼の唇が絞られれば今度は彼にも聞かせるように、見せつけるようにベッドへ両肘をついて姉を覗き込む。


「どっちが先かしら⁇あの人が私を満足させてくれるのと、この人が壊れるの」

ニタニタと笑う彼女は絶対的優位に頬を染める。

まだ力を手に入れて暫くしか経っていない彼女は今、形のない力の美酒に酔いしれた。

彼が震える拳を握ったまま、俯き歯を食いしばって涙を零す。姉さん、聞いて、ごめん、と途切れ途切れに呟きながら彼女を直視すらできない。

姉を目の前で嬲られながら、姉の為に逆らえない。唯一姉弟で生き延びれる仕事を手放せない。憎しみに篭った眼差しは間違いなく少女へと向けられていた。


この世界の、ラスボス。


生まれて初めて権利を、力を手に入れた少女。

支配する悦びを知ってしまった少女。

渇いた器を満たす為だけに擬似の権力を味わい、彼らをまるで自分の使用人のように扱う少女。……最初から、全てを奪うつもりだった女。


彼女を、止めないと。


……違う、駄目。それだけじゃ足りないの。

その前に彼らを止めないと。もう、……そうだ、彼らはもうこの時には既に……。

お願い、間に合って。もう少し、もう少しだけ待って。お願いだからどうかまだ、まだ、どうか





消え、ないで。





……







「では、いってきますギルクリストさん。本当にクッキーごちそうさまでした」


お辞儀をし、家を出る。

また作るわね、と笑顔で送り出してくれるエリック副隊長のお母様に玄関前まで見送られた。既に少し疲れた様子のエリック副隊長は最後尾のアーサーの背をぐいぐいと押しながらすぐに扉を閉めた。

学校二日目。昨日と同じようにのんびりと歩きながら、私は口を両手で覆ってからあくびを零す。今朝は目覚めが悪かったせいか少し眠い。昨晩も色々ファーナム姉弟のことを色々考えていたからか、夢でも魘されたような気がする。目が覚めた後も胸騒ぎが酷かった。これが以前に母上やティアラが言ってた〝前兆〟なのか、それとも単なる考え過ぎの疲労なのか全くわからない。せめてちょっぴりでも覚えていれば判断つくのに。


「ではジャンヌ。最終確認ですが、本当に宜しいのですね?」


道すがら、改めてステイルに確認を受ける。

ええ良いわ、と即答して笑ってみせるけれどその途端に溜息が返ってきた。

やっぱりまだステイルは私が担うのが心配らしい。だけど相手はまだ子どもだし、不意打ちでさえなければ私でも勝てると思うから心配ない。何よりステイルやアーサー、影では今日からカラム隊長やアラン隊長とハリソン副隊長もいてくれるのだから。


「大丈夫よ。少なくとも今日は〝依頼〟だけなのだから。いきなり殴りかかられるようなことはないわ」

「昨日、あれほど怒らせたのをお忘れですか。ジャンヌの言った通りならば、彼らからの怒りを既に買っているのですよ?」

……確かに昨日はいろいろやり過ぎてしまったけれど。

ステイルの容赦ない言葉に思わず顔が固まる。エリック副隊長に負けないくらいに疲労いっぱいの表情のステイルは足取りも心なしか重い。

すると、背後からアーサーがバシンッとその背中を叩いた。気合を入れるような力強さにステイルも歩きながら一瞬つんのめったけれど、睨みかえした後はさっきよりも姿勢が伸びた。眼鏡の黒縁を指で押さえながら「とにかく絶対俺達から離れないで下さい」と私に念押す。


「あとは学年とクラスっすね。取り敢えず姉の方は高等部だと思いますが、あっちは俺らと同じ中等部っぽいですし」

そうだ。クラスがわからないとどうにもならない。

アーサーの言葉を聞きながら私ははっきり頷く。確かクロイはゲームでは主人公と同い年だった。なら、中等部の私達の学年で別クラスにいる筈だ。

ステイルから取り敢えずは近くのクラスから確認してみましょうと提案されて私も頷く。私達は三組だから両隣の二クラスのどちらかにいる筈だ。


「あの人も平気ですかね……なんか、身体はあんま丈夫そうじゃありませんし、また階段で倒れなけりゃあ良いンすけど」

思い出すように呟くアーサーは、少し心配そうに眉を寄せた。

アーサーが治癒できるのはあくまで病。体質は治せない以上、彼女が身体が弱いのは今も変わらないだろう。

前回はアーサーが偶然居合わせたから良かったけれど、そうでなければ大変なことになっていた。少なくとも昨日のことがあるし、お姉さんも今度こそ万全を期すか教室で待つという英断を取ってくれれば良いのだけれど。でも帰り以外にも移動教室とかもあるし、やっぱり不安だ。


「高等部なら配達人に聞いてみればいかがでしょうか?もしかしたら同じクラスかもしれません」

不安になって唇を絞って黙ってしまう私に気付いて、今度はエリック副隊長が提案してくれる。

確かにヴァルなら同じ高等部だし、運良く同じクラスだったら見守りやすいかもしれない。……あんな凶悪な顔の人にずっと睨まれたらそれはそれでお姉様の体調に悪そうだけど。

失礼とはわかりながらも正直な気持ちに苦笑いをすると、私が返すよりも先にエリック副隊長本人が「直接関わらせるのはお勧めしませんが……」と半笑いで続けてくれた。


「……パウエルにも、今日聞いてみましょう。彼も高等部ですから」

ステイルが少し抑えめに言ってくれる言葉にほっとする。

そうだ、彼も高等部だ。それに昨日の下校の様子から見ても友達もいるみたいだし、その人が同じクラスの場合もある。

ありがとう、とステイルにお礼を返しながら私はほっと胸を撫で下ろす。ゲームではまだこの時に学校はできていないし、お姉様は学校にも通っていない。うっかり階段で事故なんてそれこそ悲劇だ。

学校に近づくと、段々と生徒や保護者も増えてくる。エリック副隊長が少し警戒するように私の傍に寄ってくれながら目だけで周囲を見回した。

人通りが全くないのも怖いけれど、こういう人通りが多いのもわりと闇討ちとか誘拐には怖い。下級層からも遠くないから余計にだ。

下級層か中級層かは中等部以上の子だと服装で何となくわかるけれど、やっぱり多いなと思う。今こうしてみても、下級層の格好で校門を潜る子もいる。中にはまだ緊張するのか壁際や通学路の途中でこそこそと背を丸めて物陰に隠れる子もいる。今は特に上級層の生徒もいるから余計にだろう。学校制度が国に馴染めば、もっと各地に色々な学校を作って棲み分けやどの層の生徒も気負わず過ごせるようになるのだけれど。

現時点ではやっぱりクラスを変えても上級層の生徒と中級層と下級層の子どもが同じ門を通るのは躊躇うらしい。教師にはちゃんと私からもジルベール宰相からも公平に扱うようにとお願いはしてるし、上級層の人達にもそういう差別や問題行動は処罰の対象になると王族名義で書状は出してるけれど。

校門をくぐる際に、また昨日と違う騎士がエリック副隊長に挨拶をした。アーサーが俯いてステイルの背後に少し隠れながら門をくぐる。エリック副隊長が身内送迎の申請をしてるのは騎士団も承知済みだから、今回も大して驚かれない。

また後で。と挨拶を交わし、私達はエリック副隊長に手を振った。エリックさん呼びは初日からステイル達に注意されたので、いつも通りエリック副隊長!と挨拶を投げてから中等部の校舎に向かった。

ちょっぴりほっとした様子のエリック副隊長の顔が一瞬だけ見えて、そんなに馴れ馴れし過ぎたのかなと少しだけ落ち込んだけれど。……いや、落ち込んでいる場合じゃない。


クラスに着いたら早速彼を探しに行かないと。


正しいやるべきことを頭の中で再確認し、私は校舎へ向かった。


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