そして追われる。
「……おい、今通ったガキ共。カレンの屋敷方向から出てきたよな?」
「間違いねぇ」
ぼそぼそと呟く男達は、遠目の影で彼女らを覗き見る。
つい数時間前まで雇い人だった男の屋敷から出てきた少年少女を睨み、気配を押し殺した。
茂みと木の陰に身体を預けながらも、目はギラリと光っていた。人通りのないその道を歩くのがカレン家の屋敷へ用がある人間だけだと今まで通っていた彼らはよくわかっている。
アンカーソン家が検挙されたと情報が入ってから、ここにも騎士や衛兵の監査が入ると屋敷から逃げた彼らだが昨日までの日当で満足するわけもなかった。
半日近く経過してからコソコソとまた戻って来た。今ここにいるのは仲間同士の二人だけだが、先ほどまで自分達がここまで戻ってきた時には数メートル先にも不等間隔で同類の影があったことも気付いていた。今は姿が見えないが、全員があの三人が去って行くのを見逃したのかと彼らは疑問に思う。
屋敷まではまだ城の騎士や衛兵がいるのを恐れて近付けないが、自分達が張っていたのは人通りがある広場方面に近い。
彼らの目的は雇い主が逃げて蛻の殻になった屋敷の家財か、もしくは守る盾を無くした十五歳の青年だった。自分達を雇っていた時には驚くほど羽振りの良かった彼ならば、少し締め上げればまだ隠している金があるかもしれない。
国の足が付いたのならば尻尾を巻いて逃げるつもりではあったが、そうでない限りは諦めきれない。騎士さえ来なければ、衛兵さえ来なければ、いつかはあの屋敷と羽振りのよかった雇い主をと。そうハイエナのように考える裏稼業は彼らだけではない。つまりは城の手がカレン家へ届くのが先か、自分達が食い散らかすのが先かの保身を掛けた早い者勝
「邪魔が」
ガツッ、と。
声が耳に届くよりも先に、高速の肘が彼らの側頭部に突き出された。
短い呻きを満足に吐ききることもできないまま脳震盪を起こしたように頭をグラつかせた彼らは、思考することができなくなる。鋭い突きに勢いのまま左右に倒れ込んだ二人だが、重力で引かれる前に今度は突かれたのとは反対側から頭を掴まれた。ほっといても意識を失おうとしていた二人だが、今度は互いで頭をかち割るようにしてガゴンと楽器のようにぶつけ合わされた。
ほんの秒にも満たない時間で二撃を受けた男達は、次の瞬間には声もなく地面に今度こそ倒れ込んだ。
「……」
プライドの近衛騎士ハリソンは、意識を失った男二人を死んでいないことだけ確認するべく足で軽く蹴った。
意識はないが、生命反応はある彼らを確認すると素早く両手足を拘束だけしてその場に捨てる。どうせ暫くは目を覚まさないのだから、プライド達をギルクリスト家まで見送ってから近くの詰所で衛兵に掃除を命じれば良いと考える。目の前の男二人に辿り着く前にも、既に別箇所で潜む裏稼業の男達を十人以上無力化した後だ。広場方向へと去って行くプライド達の背中を確認し、これで全部かと判断する。
彼女達がレイの屋敷に向かった時こそ人影の一つもなかったが、帰りになる頃にはちょうど一度逃げ出した裏稼業の人間達が様子を窺いに戻って来たところだった。
プライド達が気配に気付くよりも先に、全箇所に潜む男達を先回りして掃除し続けていたハリソンだが最後の最後に損なったと一人眉間の皺を深くする。
思ったよりも潜んでいた男達の組が多かった為、自分が抱えて行くのも無理のある数になった時点で彼らを縛るか殺すか考えている間に最後の一組の処理に遅れてしまった。
遠目に離れていくプライド達の背中を見れば、今はもうプライドがステイルともアーサーとも手を離した後だった。
やはりこの距離だと彼らも気配にも気付いたのかと、王族二人を心の中だけで称賛しつつアーサーには当然だと思う。この程度の距離と素人もどきの気配の消し方にも気付かなかったら、それこそ自分が彼にナイフを投げている。
彼女達を追うべく注意だけを向け続けるハリソンは、そこでまた違う気配に気付く。ガサリと自分の方向に近付くそれに一瞬で拘束の足を使い姿を消したハリソンだが、直後には裏稼業の人間ではなくただの子どもだったと理解した。小兎程度の存在に、かれ早かれ裏稼業がいなくても、もう人通りのある場所には近付いていたのだと理解した。道を間違えただけらしい子どもが周囲を見回しそれ以上は進むことなく無事に踵を返していくのを見届けてから、ハリソンも足場を蹴った。
高速の足でまた護衛対象の後を追いながらも、プライドの機嫌が良い時間を数秒でも短縮させた最後の裏稼業一組への苛立ちが僅かに残った。
いっそ衛兵が回収に来る前に馬に蹴られて死ねば良いと、頭の隅で思う程度には。




