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フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
頤使少女とショウシツ

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そして踏み込む。


「お前達の差し金か?」


少なくとも今は落ち着いている様子に息を飲み、私達は身構えたまま動かず彼をその場で見据えた。

レイの部屋は、屋敷や扉の装飾から想像できた通りの格調高い空間だった。手入れされた厚い絨毯と派手な額縁に飾られた絵画。長く使い込むことができそうな机だけが飾り気もなく、羽根ペンとインクだけが置かれている。

広い部屋だけど、一室の中で寝室も兼ねているらしく窓際には三人でも余裕で寝れそうな大きさのベッドもあった。そして、客を迎える為のテーブルや椅子、ソファーに壁際のタンスや全身鏡が、


全てひっくり返されていた。


……思わず肩が揺れた。

部屋の中央に配置された物が倒されたか投げられたのか、全て壁に寄ってひっくり返っている。テーブルの脚が一本だけ焦げ、椅子の脚は折れたまま床に散らかり、ソファーがタンスにぶつかったまま斜めに転がり、傍にあった全身鏡の中央に蜘蛛の巣のような亀裂が入っていた。

国の衛兵から取り調べが来ていたとしても、あからさまな破壊行為までは滅多にされないだろうし、きっと自分でやったのだろう。

彼本人も机前にある椅子ではなく、ひっくり返したテーブルの側面に腰を下ろして座っていた。私達が訪れた時には物音一つしなかったし、きっとその前からこの有様なのだろう。

侍女の手によって扉が静かに閉められれば、バタンという音すらも部屋の空気を割るように響いた。


「後ろ盾が一夜も経たずして全て消えた。お前達が騎士に密告したのか」

否定はできない。

テーブルに座ったまま、膝の上で手の平を合わせ結んだレイは黒髪を垂らし俯いたままだ。もともと芸術的な仮面で半分しかわからない顔が余計に表情が読めなくなっている。私達の顔も見たくないのか、それとも顔を見た瞬間に黒炎を放ってしまいそうだから見ないようにしているのか。

声は低く落ち着いているようにも聞こえるけれど、彼を中心に殺意が渦巻いていた。

実際、彼を今の状況に追いやったのは私だ。騎士ではなく正確には宰相と王配にだけれど、そんなの彼には関係ない。

沈黙を貫く私達に、レイはそれを返事と受け取ったように「やはり昨日殺せていれば良かった」と呟いた。その途端、髪紐を締めるアーサーだけでなく、ステイルからも沸々と警戒するような覇気が溢れ出した。ピリピリと肌を引っ掻くような緊張感の中、レイは気付かないように言葉を続けた。


「これで満足か。お前達の目的は結局これか。…………俺様を、笑いに来たのか」


渦巻く殺意に反し、腰を上げようとすらしない。

低めた声がだんだん鬱々と重さを増していった。直後にはギリッと歯を軋ませる音が聞こえてくる。ぐったりと項垂れた全身は動かない。昨日のように指一つ鳴らそうとすらしない。……たとえ鳴らしても。大声で呼んでも、裏稼業の人間は誰も現れないのを彼が一番わかっている。

裏稼業は誰よりも現実的だ。相手に金で雇う力さえなくなればあっさりと見切りをつけるし裏切る。騎士や国が関わっていると知れば、雇い主が何を言わずとも蜘蛛の子を散らしたように消えてしまう。

後ろ盾を無くし、更にはいつ騎士や衛兵が踏み込んでくるかもわからない屋敷なんて、侯爵家からの支援がなくなった時点で切り捨てて当然だろう。彼が雇っていた裏稼業の人間なんて残っているわけがない。

アンカーソンが掴まったと知った時点で、全員が我先にと屋敷から物色する暇も無く逃げ出したに違い無い。今後彼らとの関わりが発生するとしても、それは雇用の関係ではなく〝取り立て〟か〝恐喝〟しかない。彼の残された財産を狙うハイエナしかいない。どちらにせよ全員がレイを切り捨てた後だ。……けれど。


「いいえ、違うわ」

彼の鉛のような言葉に、私は決めた言葉を強く放つ。

ピクリと肩を反応させたレイは、半分だけの顔を少し上げ瑠璃色の目で私を睨んだ。この言葉が彼の望んだ言葉かどうかはわからない。ただ今はできる限り彼と冷静に、今度こそちゃんと交渉したい。

私の手を握るステイルの力が僅かに強まり、アーサーが私にぴったり背中をつけるように重心を下げる中、私は怯えていないと示す為に床を踏みしめ彼に向き合う。


「貴方に協力する気があるのは変わりません。ライアーを探すのに協力させて下さい。私を殺したいなら、ライアーを見つけ出してからでも遅くはないでしょう?」

「なら今すぐ奴をここに出せ。俺様の前に突き出してみろ。そうすれば……何でもくれてやる」

もう、誰かに払える財力も持っていないにも関わらず、まるで決まり文句のように彼は言う。

最初こそ再び荒ぶりそうなほど声色の変わったレイが、最後は自嘲じみたような笑みと一緒に崩れるような弱い声だった。

自分でもそんな代価をもう払えないことを知っている。この屋敷も手放すのは時間の問題だ。ただ、彼ができる最善がそれしかないのだろう。

要らないわ、と一言断っても彼から反応はない。ゲームではラスボスが彼の権威を借りて好き放題していたけれど、こうやって見ると彼も彼で父親のものを借りていただけなんだなと思う。


「けれど、探すのを協力することはできるわ。貴方が頷いてさえしてくれれば良いの。貴方の犯してきたことまで国に気付かれれば城下にだって」

「どうでも良い。……捕まろうが殺されようが、目的を果たせねぇなら死んだも同然だ」

私の声を上塗るような声量を放ったレイが、吐き捨てるように呟いた。視線がまた床に落ち、指を組んでいた両手が拳を作った。

彼の言いたいことは、……よくわかる。レイの目的は最初からずっと変わらない。その目的が不可能になったら彼の原動力はなくなってしまう。アムレットと恋に落ちていない彼は、きっと〝あの時〟のように自暴自棄なままだ。


─ そしてきっと、この先も。


「……お願い。協力させて。貴方だって捕まる前に見つけ出したいから、こうしてここに残っているのでしょう?」

「…………お前は、どうしてライアーにそこまで拘る?奴に何をされた。奪われたか?騙されたか?家でも焼かれたか?何の恨みがあって俺様を利用してまで奴を見つけたい?」

胸を右手で押さえて訴える私に、レイは淡々と問いを重ねた。

一瞬、不意を突かれてどういう意味か考えてしまったけれどすぐに理解する。彼が今までどういうつもりで私からの協力を拒んでいたのか、やっと納得できた。単に私が役に立ちそうじゃないからなだけではない。彼はちゃんと全ての可能性を考えた上で私を突っぱねた。……いや私だけじゃない。学校で秘密裏にライアーの情報を探らせたのも、大々的に指名手配をしなかった理由も、元はといえばそれが理由だ。


「何もされていないわ。ただ、私は私の特殊能力で貴方のことを知ってしまったから。だから、力になりたいと思っただけ」

首を振り、胸を押さえた手をぎゅっと握る。

ステイルと繋がった手を握り返しながら、アーサーの背中越しに彼へと胸を張る。言葉を選びながら、最も彼が私への誤解を解いてくれる選択をする。いつ彼が怒り狂って燃え出すかと心臓が気持ち悪く脈打つのが静かな部屋の中ではっきりわかる。

特殊能力?と少し興味深そうにまた顔の角度を上げた彼に、私はまっすぐ目を合わせた。もうここには裏稼業もいない。

彼にこれを言えば、きっと感情を波経たせることも覚悟した。


「人の弱みを見る特殊能力。……学校で貴方を一目見た時から、ライアーを探していることも知りました」


ガタン、と。

思った通り、反応は大きかった。さっきまで一歩も動こうとしなかった彼が、テーブルから重い腰をとうとう上げた。

口が俄かに開いたまま目だけが丸く見開かれている。瑠璃色の瞳が揺れ、動揺が露わになった。もともとあまり良くなかった顔色が白に近付く。

レイが立ち上がったことに、ステイルとアーサーが私を挟むように距離を狭めながら闘気を釣り上げた。私が彼を怒らせることを言うかもしれないと、二人もわかって黙ってくれている。


「だから知っています。貴方がライアーを探す理由も」


レイが固執する理由。

それは彼が雇った裏稼業の人間も、アンカーソンすら知らない理由だ。ゲームでも彼のルートに入らなければ明かされない。他の誰にも語らず、ずっと自分の内側に秘め続けていた彼の過去。

喉を鳴らす音がはっきりとレイから聞こえた。瞬きを忘れた目が、まだ私を疑っている。暴かれたくない自分の過去を、この場で語られることに怯えている。それでも今は、それが彼の心を動かす唯一の手段だ。

私から一度目を閉じ、再び開けた目で見上げれば、レイが喉を反らした。苦々しそうに口を歪め、声も出ないかのようにそこで動きが止まる。


「……見つけ出したいのでしょう?彼を」

ボワリ。

私の言葉を引き金にしたように、彼の足下が突然燃えだした。一瞬の黒い光が立った後、黒色の炎が絨毯をじわじわと燃やし出す。言葉よりも先に、彼の特殊能力が私に答えた。

瑠璃色の瞳が酷く揺れ、仮面の半分から歯を食い縛る。私ではない、遥か遠くを睨む彼に「そうでしょう?」と問いを重ねる。

彼はライアーを探したい理由がある。簡単な理由なんかじゃない。その為に情もない父親の望む通り家に居続けて、あんな自分に不利な条件まで叩きつけた。

ラスボスに利用されているとわかっても構わず、焦らされても耐え続け、心から愛したアムレットの制止すら拒んだくらい。

彼の人生はそこで止まっている。ライアーを見つけ出すまで彼は決して救われない。だってライアーは





「貴方の恩人だものね」





次の瞬間。

彼を取り巻く全てが黒く、燃えだした。


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