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フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
頤使少女とショウシツ

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Ⅱ251.頤使少女は見守る。


……なんか、すげー居心地が悪ぃンだけど。


医者から処置を受け、再びプライドの部屋に戻ってきたアーサーはぼんやり思う。

ノックを鳴らし、近衛兵のジャックに開かれた扉から入れば彼女の部屋はいつもの倍空気の重量が増していた。自分が戻ってきた直後こそプライド達が「怪我はもう平気?」と心配してくれたり退室したジルベールと入れ替わりに休息時間を取ったティアラが彼女の隣に座って手を振ったりとしていたが、どう見ても彼の目には部屋中にいる殆どが違和感のある表情で塗り固められていた。


「ハリソンさん、お忙しい中交代して頂いてありがとうございました。後は八番隊をお願いします」

「承知した」

唯一、いつもと同じ表情で自分を見つめ返していたのはハリソンだけだった。

今だけは彼の視線も落ち着くと思いながら、アーサーはぺこりと頭を下げて交代を願う。ハリソンもそれに答えるとプライド達へ挨拶だけ済ませて速やかに部屋から立ち去ってしまった。一番いつも通りの表情であるハリソンが消え、アーサーは改めてぐるりと部屋の中を見回す。

誰も彼もがアーサーに今言うべきかと口を結び、目が合えば曖昧な笑みや苦笑を浮かべてしまう。

既に部屋に戻ってからプライド達に話を聞いたティアラも、気軽にアーサーへ教えようとは思えなかった。その場にはいなかったティアラだが、兄が踏み切った火種は確実にプライドとアーサーにあるとわかった。最終的にはそれが最善であることも理解したからこそ頬を膨らませるだけで済んだが、アーサーが知ったらまた別の反応をするのだろうと思う。


「……ええと、あの後結局どうなりました……?」

ジルベール宰相とのお話は、と。恐る恐る尋ねるアーサーに、プライドの肩が上がる。

どこから順序立てて話すものかと、第三者であるジルベールやティアラと違い完全なる当事者であるアーサーへの言葉を選ぶ。すると、彼女よりも先に悠々と口を開いたのは、アーサーが戻ってから一言も口を利かなかったステイル本人だった。


「明日、ジルベールに例の件について動かしてもらうことになった。これでレイ・カレンへの説得もいくらか容易になる」

「?どういうことだよ。そっちはレイへ協力してからだろォが」

「少し順序を変えた」

簡単に要件だけで済ますステイルにプライドは苦笑いする。

彼としてもやはり、アーサーには嬉嬉として言うのは気が引けたのだろうと考える。話しの流れを一から話せばアーサーにもどういう流れで決断に辿り着いたのかわかってしまう。

アーサーもステイルの隣に座る彼女の苦笑を受け、やっぱり何か隠してやがるなとステイルに蒼の眼光を向ける。まだ状況全ては飲み込めていないが、自分が負傷してステイルがそのことを気にしているのもわかっていれば、ぼんやりと輪郭に辿りつくのは難しいことでもなかった。まさか、と思いながらもステイルに今度は自分から推論を向ける。

「……意趣返しとかじゃねぇよな……?」

「違う。自惚れるな、それが単に一番迅速で面倒も被害もないと判断しただけの話だ」


バレてンぞ。


ステイルの言葉に、心の中だけでアーサーは言葉を刺す。

流石にこの場で拳骨を落とすのは躊躇ったが、それでもギラリと眼が光った。自分の問いに対し、平静を繕うステイルの表情がアーサーには火を見るより爛々と浮かび上がった。

その後の一番迅速という言葉には嘘がないようだったが、それでも確実にきっかけは自分の火傷とプライドへの侮辱や危険に晒されたことへの怒りも込められているのだろうと理解する。

この場で殴らない代わりに、アーサーは部屋に響くほどはっきりと深く長い溜息を吐いて相棒へと警告を鳴らした。


「お前、……本ッ当に容赦ねぇよな。火ィ放たれたからってレイまで丸焼けにするこたねぇだろ」

「……。別に丸裸にして野に放つわけでもない。ちゃんと逃げ場も最低限の財も残り、何より元々遅かれ早かれ決まっていたことだ」

「レイが今日大人しかったら協力突っぱねられても、そこまでやろうとは思わなかったろォが」

「……………………」


一発で見破られたことを理解したステイルは、折角決めていた釈明ですら両断されてしまい押し黙った。

ぐっ、と口の中を噛んだまま眼鏡の黒縁を押さえ付けたが、それ以上は堪えた。

プライドの部屋で、姉妹の目の前でこのまま喧嘩するわけにもいかない。寧ろ場所さえ気兼ねなかったら確実にアーサーからは実力行使と更に自分が言い返せない言葉の連撃をぶつけてきたであろうと考える。

むむっと顔に力を込めてアーサーを睨み返せば、彼も頭をガシガシと掻くだけでそれ以上は言わなかった。「ったく……」と言いながらも、やはり自分の所為でプライドだけでなくステイルにまで要らない気を負わせてしまったことを反省する。


ステイルとアーサーのやり取りを肩を強張らせて見守っていたプライドも、これには改めてアーサーは流石だと思う。聖騎士とはいえ、やはり長年共に腕を磨き合っていた友人でないとここまで強くは言えない。何より、ステイルを黙殺できる相手など論破のプロであるジルベールを覗けば、アーサーかティアラくらいのものではないかと考える。

険悪、というよりも単純に叱られた弟と叱った兄のような不思議と棘のない空気に、段々と部屋の空気も緩まった。そのままカラムと並び、いつもの控える位置まで戻ったアーサーが「ンで?」と投げかければやっとステイルもふて腐れていた顔を上げた。


「結局、明日からはどういう策なんだ?」


その問いに、ステイルは僅かにニヤリと笑んだ。

聞く気はあるんじゃないか、と言わんばかりの彼の眼差しにアーサーも第一王子相手に顎で促す。

王族相手に本来であればあり得ない返事だが、隣に立っていたカラムも今更指摘しようとは思わなかった。もう彼らのこういったやり取りはアランの部屋で見慣れている。何より、ステイル本人がアーサーからのそういった態度を強く望んでいると理解している今は、ここで指摘するのも野暮だと判断した。前髪を指先で押さえ、ステイルの口から語られる今後の策とそれを聞き口を僅かに開いていくアーサーを見守る。


例の件を動かす理由から、それによって考えられる展開、そしてジルベールの情報操作によって敢えてレイ・カレンを踏み止まらせる策まで全てがカラムも何度聞いても見事と思う。

策だけをただ聞けば、むしろ状況を冷静に判断した上での解決までの最短距離とも言える。アーサーも一つ一つ理解してはやっと、ステイルなりに考えた納得の域に及ぶ考えでもあったのだと理解した。


「……ンじゃあ、明日も結局レイの家には行くのか?」

「ああ、全部済ませた後でな。例のとこに関しては、既に父上の耳にも届いていたことだ。必要な許可も命もジルベールが取っている」

今頃それを早速動かし初めているところだろう、とステイルは続けた。

すでに発覚してから時間を掛けて水面下で捜査し、動かしていた案件である。許可さえあれば、いつでも最終決定が落とせるように準備が整ったのも昨日だった為、今日明日に実行に移しても全く不思議ではない。むしろこのまま頑ななレイに時間を掛けることよりも遥かに良い。

聞きながらアーサーが明日の自分の役割について整理をつけ、ステイルから心を読んだように「勿論、全て決定次第すぐに騎士団へも正式に伝える」と続けられた。


「とはいっても、今回はお前の八番隊に任命は来ないだろう。恐らくは三番隊か四番隊か。カラム隊長、お忙しくなると思いますがどうか宜しくお願いします。アーサーについては姉君と午後から同行させられるように近衛に任の調整を」

畏まりました、とカラムが一言で返せば、アーサーも深々とカラムに礼をした。

そうなるとまた今日と同じように後半の護衛は自分とハリソンだろうかと考えれば、……そこでやっと大事なことを思い出す。


「あ゛ッ⁈そうだハリソンさん‼︎さっき……っつーか護衛中のアレ‼︎そっちこそ次に止めとかねぇと‼︎」

どああああ⁈と、ついさっきまで忘れていたことにハリソンが去って行った方向の扉を目で追い、そして演習場の方向へと振り返る。

当然ながらハリソンを確認することはできないが、アーサーはぐったりと額に手を当てながら「忘れてた……」と脱力した。アーサーの突然の叫びに驚いたプライド達も彼の言葉に思い返すように、今日のレイの屋敷での出来事に「ああ……」と声を漏らした。

その場にいなかったカラムやティアラも、三人のその様子に首を傾げる。ティアラが「何かあったのですか?」と尋ねれば、苦笑した口のままプライドが「それが……」とやんわり説明を始めた。


レイ・カレンの屋敷で、集っていた裏稼業の人間を潜んでいたハリソンが窓から一掃したことを。


それを聞いた途端、今度はカラムまで頭が痛くなった。

またか……、と思いながら丸くするアーサーの肩を労うように叩いた。

ついさっきまでアーサーと交代してその場にハリソンはいたが、ステイルもプライドも瞬殺された裏稼業のことよりもレイの攻撃と拒絶、そしてアーサーの軽傷のことばかりに重要視してしまっていた。そういえばあれも一応はやり過ぎの範囲に入っているのだと、プライドも今更ながらに思い出す。


「けど、……その、お陰で裏稼業からは交戦することもなかったし、ハリソン副隊長も姿は見られなかったのだから」

流石だわ、とやんわりハリソンを弁護するが、彼女自身よくわかっている。

実際はあのタイミングに窓から逃げれさえすれば、レイがあそこまで逆上する前に逃げ仰せた可能性の方が高い。しかし逆上するレイに斬り掛かることがなかった分、ハリソンもあれで抑えてくれたのだろうとも理解する。

ステイルとしてもあくまでプライドを守るという一点に関しては、優秀この上ない彼に対して苦言を言うのも躊躇われた。今までも彼のことで苦労することもあったが、同時に彼の迅速な動きとプライドへの絶対守護に関しては目を見張るものがある。今回も、プライドに危険が迫ったからこそ動いてくれたと考えればそこまで間違った判断でもない。


「……取り敢えず、アーサー。お前の口からハリソン副隊長に一言頼む。次はせめて一掃ではなくレイが平静を保てるように半分程度にしておいてくれと。いっそ今回の護衛中だけでも何かお前から送れる合図を決めておけ」

〝逃亡〟や〝攻撃禁止〟だけで良い、と。そう言うステイルにカラムも大きく頷いた。「それが良い」と、アーサーに関しては命令を絶対聞くハリソンには一番効果的だと考える。

しかし一度了承したアーサーは「合図ったって……」と少しだけ眉を寄せた。騎士団や八番隊内のサインや合図ならあるが、それとはまた別に〝ジャック〟としてできる合図があるかと一人頭を傾けてしまう。何より今は自分が隊長とはいえ、ハリソン相手に「こうしたら、こう動いて下さい」と命じるのは少し気が引けた。

しかし、それがないとまた今回のことやナイフを放つような事件になると思えば、腹を決めるしかないと覚悟する。


「思いつかないならば、私も一緒に考えようか」

「すみません、どうか宜しくお願いします……」

もちろん自分で思いついたならそれが一番良い、と断るカラムにアーサーはひたすら頭を下げた。

決められた合図を覚えるのは難なくできるが、いざ自分で考えるとなるとどうしても考えあぐねてしまう。〝合図〟というからには、一目で相手にわかる上にそれ以外の動作では絶対しない動きである必要があるのだから。しかも今回は他の人間に合図と気付かれてもいけない。


「明日、計画通りにいけば来週からは憂いなくアネモネ王国の学校見学も再開できる。ティアラ、その時はまた案内を頼むぞ」

「!もちろん。何度でも案内するわっ」

兄からの言葉に嬉しそうに声を弾ませるティアラは、そのままぎゅっとプライドの腕にしがみついた。

レオンを学校に案内できることも楽しみだが、また校内の授業や教師生徒に会えることも、授業中のプライド達の様子をちらりとでもまた確認できるかもしれないことも全てが待ち遠しかった。自分達の来訪が少しでもプライド達の安全を守ることやアネモネ王国との同盟関係の力になれると考えれば今にも弾む想いだった。

一瞬、高等部の特別教室のことを考えれば頬に力が入ったがプライドにしがみつくふりをして顔をくっつけ誤魔化した。


「プライドも宜しくお願いします。今度は俺からもなるべくレイを挑発しないように気をつけますので」

「ええ、ありがとうステイル。本当にごめんなさい、私が余計なことをしたから」

とんでもありません、とそこでステイルは首を横に振った。自分の耳でも煽るような言葉はなかった。

あれで逆上したレイから判断すれば、結局は何を言ってもあの攻撃を受けることになっていたのではないかとすら思う。それほどに今のレイの視野が狭いのはステイルにもわかっていた。


「あの、……ステイル?」

プライドがそっと、首を振ってくれたステイルへ身体ごと向けその手を取った。

少し不安げなに眉を垂らす彼女の表情と、不意に手に重ねられた白い指に思わずステイルの肩が揺れる。唇を結び、見返せばプライドから少し弱々しい声が溢された。


「レイは、その……彼に非も償うべきこともあるわ。裏稼業やあの炎だって未遂や過失でも許されないことだもの。ちゃんと裁かれるべきなのもわかってる。けれど、……せめてその時までは」

待って欲しい。

そう懇願するのが、続きを語られずともステイルはわかった。

まさか自分の所為でこんな顔をプライドにさせてしまうとは、とステイルは思わず結んだ唇に力を込める。

最初からレイに協力したいというプライドの望みを叶えるつもりはある。彼に対し腹立たしく思っていることも事実だが、それでも彼女の〝予知〟も意思も信じている。しかし、不安げに眉を垂らす彼女の顔を見ると、やはり少しやり過ぎてしまっただろうかと思考が過ぎった。


「~っ……わ、かっています」

あくまで冷静に、合理的に考えた結果という自負はある。

それでもアーサーやプライドに言われてしまうと、自分の中に蟠り続けていた憂さがじわじわと晴らす前に蒸発させられてしまうのを感じた。自分やジルベールは良いとして、彼女まで自分の黒い思考に巻き込みたくはないのに。

重ねられた指から手を引くこともできず、意識的に舌を動かしたステイルは首を僅かに窄める。口の中を飲み込み、それからちゃんと自分の意思を伝わるように言葉にした。


「俺も、レイに協力するつもりであることには変わりません。必要以上には追い詰めたりもしません。…………ちゃんと、彼の力にもなりたいと思っています」


絞り出した言葉を、誤解なく伝えようと思えば余計に子どものような言葉になってしまったのではないかとステイルは気恥ずかしくなる。

丸くなった肩と、柔らかくなった表情にプライドもやっといつものステイルだと笑みを浮かべた。彼が自分やアーサーの為に考えてくれたことも、その策が私怨だけでないこともわかっている。それでも、レイの屋敷から戻ってからの黒い笑みばかり浮かべるステイルのことは心配だった。レイを怒るのも嫌悪するのも当然だが、それでも力になりたいと言ってくれる彼はやはり優しい人だと思う。

ありがとう、とそのままステイルの頭を撫でれば一気に彼を纏う空気が萎れていった。

カラムやアーサーもいる前で止めて欲しいともステイルは思うが、未だにこれには抗えない。更にティアラまでソファーからわざわざ降りて自分の頭を撫でに来るものだから、せめてジルベールには見られなくて済んで良かったと思う。


やっと先ほどの黒い覇気や笑みからいつもの様子に戻ったステイルに、カラムは一人気付かれないように肩の力を抜いた。

アーサーに叱咤されては棘や毒気が消え、プライドに諭され撫でられては完全に無力化されてしまうステイルを見ると、改めてこの二人こそが心優しくも時折腹黒い面もある彼のもう一つの良心なのだなと思った。


そしてやっと部屋の空気が清浄に戻った頃、そっとマリーとロッテは新しい紅茶を淹れ直し始めた。

ジルベールから正式に明日の決定事項について城内から方々へと通達が巡り始めるのは、それから日が暮れた後のことだった。


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