表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
頤使少女とショウシツ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

373/1000

Ⅱ248.騎士は着替える。



ほんっっっっっとに死ぬッッ‼︎‼︎


カラム隊長の手で別室へ連れて行ってもらった後、扉を閉じて一人になった瞬間堪らず壁に頭突きを打ち込んだ。

ガンッッ‼︎と音が響いて、扉を閉じてくれたカラム隊長から「物に当たらないように」とノック音と一緒に念押しされた。

すみません、って口では言ったけど、壁の向こうに届いたかわからない声しか出なかった。ジルベール宰相が特殊能力を解くまでに脱がねぇといけないのに、壁に額と手をついたまま動けなくなる。勢いよくやりすぎて銀縁の眼鏡だけが絨毯の敷かれた床に落ちた。頭の中でぐわんぐわんとさっきのプライド様の言葉と笑顔が回って死ぬ。


『外すなんてあるわけないわ。アーサーは私の騎士だもの』


もう、言ってくれる言葉全部が全部嬉しすぎて。

なんでああいうことをあんなに簡単に言ってくれちまうんだと思えば、……そんだけあの人にとってはそれが〝当然〟になってくれているんだとまた顔が熱くなる。さっきだっていきなり手ぇ握ってくるし、ッいや俺も抱きかかえたりしたけどアレとは別で‼︎‼︎‼︎……ほんっとに、あの人からされると心臓に悪くなる。

ハァァァァァァ………と身体中の熱気ごと吐き出しながら、一度だけ呼吸を止める。胸を鷲掴んで抑えたら、わかりやすくバクバク言っていた。背中の火傷よりこっちの方が熱いしヤバい。

ほんっとに大したことない傷なのにプライド様もステイルも心配し過ぎるから焦った。プライド様だけでもあんなに顔色悪くするのに、ステイルまで顔が強張ってた。

怪我をしたことだって新兵時代わりとよくあったし、騎士に怪我なんて付きものみたいなもんだ。それこそ怪我治療の特殊能力者にも治せないほどの痕が残っている騎士も普通にいる。俺はただ騎士の中で怪我することが少ないだけだ。護衛対象を守っての怪我なんて、当然ぐらいに思っててくれりゃあ良いのに。


「……やべ、早く脱がねぇと……」

戻る。そう思って溜息をまた吐きながら慌てて上から脱ぐ。

服を着たままだとジルベール宰相の特殊能力が解けた時すげぇ脱ぎにくくなる。毎回伸び縮みする度に、自分でも思ったより数年で身体が変わってたんだなと実感する。

取り敢えずは急いで脱いで、それから一枚ずつ畳む。ステイルやプライド様と違って俺は着替えの手伝いが居ない分、気が楽だ。上の方はもう焦がしちまったし着ねぇとは思うけど、脱ぎ散らかすのは気が引ける。

畳み終えた服を拾った眼鏡と纏めていつもの場所に置いき、着慣れたシャツからベストと順々に手を掛ける。身体の大きさが合わないからブカつくけど着た後でも割と何とかなる。いつもの順で身に着けながら手袋を嵌めた時、ふとそこで手が止まった。


……あの時と比べりゃァ本当怪我の内にも入らねぇのにな。


自由に動く、自分の右腕を開いては閉じてを意味もなく繰り返す。

けどプライド様はそれを知らねぇし、ステイルは寧ろ知ってるからこそ大袈裟に心配してくれたところもあるんだろう。っつーか、ステイルの場合は俺が隠し通そうとしていたこと自体にキレてたのも絶対ある。

ンな言うほどの怪我じゃねぇし、動くのにも支障はない。それでも未だ心配されちまうのは居心地が悪くなるような喉が詰まるような、妙にくすぐったい感じがする。

心配されンのは嫌だけど、大事な人がそう思ってくれることは幸せなもんだってことはちゃんとわかってる。……だからといって、いきなり服脱がされかけンのは焦っけど。

ステイルなら未だしも、プライド様の部屋でプライド様の前でンなことするのは流石に死ぬ。以前エリック副隊長が似たような目に遭って死にかけたのを思い出せば、俺も絶対そうなる自信がある。鎧を着込みながら、一人でうんうん頷いちまう。


『アーサー様』


ゴンッッッ!!

思い出した瞬間、今度は壁に当たる前に拳で自分の額を打ち付ける。

今度は額にも手にも同じくらい響いた。それでも一番響くのは、あの人の言葉と笑顔ばっかで息が止まる。

あんな綺麗な笑顔であんな呼び方されたら、心臓がいくつあっても足りない。あのレイの炎よりもずっと熱いし死にかけた。最近はジャック呼びが聞き慣れてた所為で余計にだ。

聖騎士の名前よりも、様づけなんかされる方が頭に血が上る。このままだとその内「アーサー」って呼ばれただけでも緊張するんじゃねぇかと心配になる。

全部着終わって最後にブカつく団服に袖を通そうとすれば、そういえばまだステイルから借りた本を読み終えてないなと思い出す。


聖騎士について鮮明に書かれたアレは、借りた日に早速読んだけど読めば読む度に喉が干上がって変な汗が出る。

カラム隊長やエリック副隊長も時々話してくれるけど、知れば知るほど聖騎士が重い称号なんだとわかった。聖騎士の名を受けて、その後もまた伝説級の功績を立てている。しかも先代の聖騎士二人ともだ。

ガキの頃に読んだ物語がまさか実在したなんて思いもしなかった。実際、聖騎士はすげぇ特別で、その本の中では神聖視みたいにされてて、王女や王子が聖騎士に敬意を表してそう呼んでいたとも書いてあった。

王族に様付けされるなんかどんだけだって思ったけど、目を通した分の功績や戦歴だけでも確かにそうなるのも無理ねぇなと納得した。………………けど、俺は。


『守ってくれてありがとう。流石は聖騎士アーサー様だわ』


ッッッだから‼︎守っただけなんだってのに‼︎‼︎

ガンッ‼︎と拳を鎧の足にたたき落とす。着替え終わった今、落ち着かなくてジルベール宰相の特殊能力が解けるまで近くの椅子に腰を下ろした。息を吐いたらまた肩が丸くなる。

歴戦の聖騎士や父上みたいにすげぇ功績を一人で打ち立てたわけじゃない。俺がどんなつもりであろうと、形としては国を救うどころか一度は敵に回そうとしたことも事実だ。なのにすげぇ勲章と称号まで貰っちまって、プライド様からまであんな呼び方されるなんて不相応過ぎる。

大体、自国の次期女王に向けて拳や剣振るったことのある騎士なんて、聖騎士どころか世界中の騎士探しても俺くらいだろ。

知れば知るほどに聖騎士は王族くらいに天の上の存在で、腹決めた筈なのに〝名ばかり〟の言葉が頭に過ぎる。カラム隊長に相談しようかとか、アラン隊長に愚痴ろうかとか思ったことも一度や二度じゃない。


『アーサーは私の騎士だもの』


大仰な称号とか無くても、あの言葉の為にならまた命を掛けられる。痕の消えない傷がいくつできても構わない。

あの唯一無二の称号の為になら何でもできると思うし、……その為なら、この〝聖騎士〟も背負っていけると毎回ここで思い直す。

結局いつもの結論に戻ったと、自分の頭をガシガシ掻けばまだ髪が編み込まれたままだと気付く。一番最初の時は服選びから変装まで全部侍女が色々提案してくれて髪もやってくれたけど、その後からは全部自前だ。結っていた髪紐を解けば、軽く首を左右に振るだけで編み込んでいた髪がバサリと降りた。別に編み込んだままでも一本に結っていることに変わりはねぇから良いけど、それで〝ジャック〟と正体がバレたらやべぇし。……特に、ノーマンさんに。

俺の所為でプライド様の目的が果たせないなんて絶対に許されないし、俺も許せない。場合によっては、俺だけ任務から外される場合もある。残り半月を切ってるし、絶対にやり遂げたい。最初の予知だって全部はプライド様も思い出せていねぇンだ。


『こんぐらいの怪我で諦めるとか護衛から外すとか考えてたら、やめてください!』


…………アレは、少し必死になり過ぎちまったけど。

俺が怪我したって聞いたら絶対プライド様は気にするってわかってたし、謝られた後には黙りこくっちまったからつい焦った。

昔から突っ走ることは止めねぇのに、人を巻き込むことを怖がる人だから。また俺が怪我なんかしたって言ったら、「アーサーはもう無理しないで良いわ」って言われる気がしてつい口走った。

レイの攻撃だって、カラム隊長やエリック副隊長ならもっと迅速な判断ができただろうし、アラン隊長やハリソンさんだったら自分まで怪我を負うなんてドジしなかった。今は昔と違ってプライド様を守る近衛騎士は俺だけじゃない。

まさかプライド様から見放されるみたいなことはないとわかっていても、〝アーサーは危ないから〟とか言われたら立ち直れる気がしない。折角ああやって俺らのことを信頼して助けを求めてくれるようになったんだから、ここは最後まで喰らいつかねぇと。自分でもあんな押し売りみてぇなことを言うなんて思わなかった。……だから。



『外すなんてあるわけないわ。アーサーは私の騎士だもの』


あの言葉が、正直一番嬉しかった。

〝私の騎士〟って当然のように言ってくれた言葉に添えられた、一言が。あの人の騎士ってだけじゃなくて、外すわけないって言って貰えた途端、それ以上言葉が出なかった。

いつもの嘘偽り無い花のような笑顔で、俺の名を言いながら凜とした声を響かせてくれた。〝信頼〟を形にしてくれたような全部を受けた途端、気が抜けて息が自然と通った。


「……あの後に、殺されかけたのは堪ンねぇけど」

とうとう言葉に出た。

独り言になったと思わず意識して口を絞れば、その途端に手足が伸び出した。ジルベール宰相が特殊能力を解いてくれたんだと、一度椅子から腰を上げて姿勢を正す。

本当に、何度やってもすげぇ特殊能力だと実感する。普通なら極秘でもある宰相の特殊能力を受けれるなんて、それ自体も結構すごいことなんだよなと麻痺している頭に言い聞かす。

そういやぁ身体がでかくなったのに合わせて傷も小さくなってくれていねぇかなと思ったけど、もう着替えた後だと確認するのも面倒になる。今日は学校じゃねぇし、このまま午後までプライド様の護衛について交代の時に救護棟に寄れば良いかと考える。カラム隊長はすぐに医者にって言ってたけど、痕が残るほどじゃねぇなら今治療しても数時間開けても大して変わらない。今のところ痛みどころか全然沁みねぇし。

でもまたステイルやプライド様に心配かけちまうかなと、鏡で身だしなみだけ確認しながら髪を一本に結い直す。

やっぱ編むよりこっちの方がしっくり来る。

鍵を開け、プライド様の部屋前にいるだろうカラム隊長と合流すべく扉を





「隊長。…………不覚を取ったとは本当か」





「ハ、……リソン……さん……」

開けた、瞬間。

目の前に佇んでいた影にヒュッと喉が変な音を出す。顔の筋肉が変に強張って自分でも歪な顔をしているとわかる。

思わず扉を開けたままぶつかりそうだった顔を顎から反らし、半歩引いた。それでもハリソンさんはその場から一歩も動かないまま紫色の眼光で俺を睨み続けている。

なんで、確か護衛の後はそのままカラム隊長と交代で騎士団に戻る筈だったよな⁈と頭の中では思いながら、本人に問いただせない。どうしてこの人がそのまま王居まで来ているのか、しかも俺の怪我まで知っているのかと疑問だけが回る。

カラム隊長やジャックさんが言うとは思えねぇし、俺より身だしなみに時間を掛けるステイルやプライド様はまだ着替え中の筈だ。

ヒク……と顔が笑うみたいに引き攣りながら「どうしてそれを」と絞り出す。

すると、無言のままハリソンさんは見覚えのあるカードを指に挟んで俺の眼前に掲げてくれた。



〝アーサー負傷。医者に診せに行かせる為、王居で彼と交代して下さい〟



ステイル・ロイヤル・アイビーと。見慣れた筆跡とその名前で一気に全部理解する。

あの野郎、先に瞬間移動でハリソンさんにカード送りつけやがった。

読み終えた途端、完全に追い詰められた状況にもう一度部屋の中に逃げたくなる。


「いえ、負傷ってほどじゃないです。ちょっと煽りを喰らって軽く火傷しただけで……」

「交代だ」


はい……、と殺気の混ざった目で睨まれてそれしか言えなくなる。

言い訳は許さないとその顔に書いてある。このまま俺が四の五の言ったら、確実に力尽くで引き摺られるか戦闘になる。しかもステイルがここまで先手を打つってことは、ここで俺が何しても今度は瞬間移動で強制送還されるのが目に見えている。

仕方なく俺はそのままプライド様の部屋へ向かうこともなく王居に常勤している医者のところへ向かうことになった。


そういえばジルベール宰相だけじゃなく第一王子の特殊能力も結構俺のことで使わせちまってるよな、と。今更のことを思いながら。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ